2022年10月の給与明細を見て、雇用保険料が上がっていて驚いたという方も多いのではないでしょうか。実は2022年10月から労働者も雇用保険料率が変更になっていたのです。
では雇用保険料率とはいったい何なのでしょうか。引き上げられたことによる影響や、会社との負担割合も気になるところです。この記事では雇用保険料率の引き上げやその影響、負担割合などに付いて詳しく解説していきます。
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保険料率の見直しが毎年あるため、更新をし損ねてしまうと支払いの過不足が生じ、従業員の信頼を損なうことにもつながります。
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1. 雇用保険料率とは?
雇用保険料率の説明をするには雇用保険そのものの知識も必要です。順を追って解説していきます。
1-1. そもそも雇用保険とは?
雇用保険は「求職者給付」「就職促進給付」「教育訓練給付」「雇用継続給付」に大別されます。[注1]
大まかな内容は以下のとおりです。
雇用保険の種類 | 概要 | 主な手当・給付 |
求職者給付 | 求職中に交付される給付金 | 基本手当・傷病手当・技能習得手当など |
就職促進給付 | 再就職支援や安定雇用のための給付金 | 就業手当・再就職手当・求職活動支援費など |
教育訓練給付 | スキルアップを目的とした教育を受ける際に交付される給付金 | 教育訓練給付金 |
雇用継続給付 | 高齢者や、出産・育児などで休職する場合に交付される給付金 | 高年齢雇用継続給付・介護休業給付・育児休業給付金 |
もっとも馴染みがあるもののひとつが、求職者給付に該当する「失業保険」と呼ばれている基本手当です。近年注目されている「育児休業給付金」も雇用保険に含まれていることがわかります。
ちなみに雇用保険というと「労災保険」を思い出す方もいるかもしれませんが、労災保険は通勤中や就労中に労働者の負傷・疾病を保証するためのものであり、雇用保険とは大きな違いがあります。
雇用保険も労災保険も国が管掌する公的保険制度です。しかし雇用保険が会社と労働者双方で保険料を負担するのに対し、労災保険は会社のみが保険料を負担します。給与明細に雇用保険の記載があるのに労災保険の記載がないのはこのためです。
[注1]雇用保険制度の概要|ハローワーク インターネットサービス(厚生労働省)
1-2. 雇用保険と保険料率の関係
雇用保険料率は雇用保険料として給与の何%を支払うかを定めたものです。雇用保険対象者である労働者は、毎月の給与から雇用保険料を掛け金として支払うことが義務付けられています。
保険料の対象となる給与は基本給だけではなく、通勤手当や残業手当、技能手当、家族手当、住宅手当、皆勤手当てを始めとした奨励手当などです。反面、役員報酬や出張費、退職金、慶弔費、法令により定められた保障費・手当などは対象になりません。[注2]
つまり毎月の雇用保険料は、対象となる給与に雇用保険料率をかけた金額です。賞与や残業手当などの流動的な給与も含まれるため、毎月の保険料は一定ではないことを覚えておきましょう。
また、雇用保険料率は社会情勢に応じて変化する積立残高を元に毎年見直されています。保険料率の変更の施行が決まった場合、適用されるのは毎年4月1日からです。
1-3. 業種によって異なる雇用保険料率
雇用保険料率の特徴の1つが業種によって異なるという点です。保険料率の低い方から「一般の事業」「農林水産・清酒製造の事業」「建設の事業」の3つに分けられます。[注3]徴収された雇用保険料を財源に、さまざまな給付金や事業費が支払われているのです。
1-4. 雇用保険料率が異なる理由とは?
雇用保険料率が高く設定されている事業は、就業状態が安定しているとはいえない傾向にあります。農林水産・清酒製造の事業は季節によって仕事がなくなるケースが多いです。建設の事業では現場ごとの雇用も多く、その場限りの契約も少なくありません。さらに建設業では独自の助成金が多いことから、支出の多い部門です。[注4]
このような職場の労働者は、雇用保険の手当てを受け取るケースが一般の労働者より多くなります。リスクが高いことから積立金である雇用保険料率が高めに設定されたのです。
一方で同じ農林水産業でも、事業規模の変化がないと厚生大臣に指定される事業は一般の事業として取り扱われます。該当する事業は「牛馬の育成・酪農・養鶏または養豚の事業」「園芸サービスの事業」「内水面養殖の事業」です。[注5]
保険料率も一般の事業と同じに設定されています。
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[注4]建設事業主等に対する助成金(旧建設労働者確保育成助成金)|厚生労働省
2. 雇用保険料率の引き上げ内容
2021年12月に行われた「2022年度予算平成」で、雇用保険料率の引き上げが合意されました。合意された引き上げ内容について解説していきます。
2-1. 令和4年度(2022年)に引き上げられた保険料率は?
今回引き上げられた雇用保険料率は全業種の「失業等給付」です。いわゆる失業手当などの財源となる保険料で、労働者は2022年10月から半年間、会社は2022年4月から1年間の2段階で引き上げられます。[注3]
保険料率の引き上げ幅は業種問わず一律で、2022年4月から9月までは会社だけが0.05%の負担増です。しかし2022年10月から2023年3月31日までは労働者と会社ともに0.2%引き上げられました。
通常は雇用保険料率が変更された場合、4月から適用されることが一般的です。今回の適用は「労働保険の保険料の徴収等に関する法律」第12条5項が適用されました。内容は「必要性が認められる場合は1年以内の期間に限定して変更できる」というものです。[注6]「弾力条項」と呼ばれる特例で、必要な財源を確保するため適用されたといえます。
2-2. 保険料率が引き上げられた背景
雇用保険料率引き上げの背景としての最たる理由は、コロナウイルス感染拡大の影響です。
まずは雇用調整助成金の給付が増えました。休業を余儀なくされる会社が激増し、労働者への休業時の手当を支払う必要が増えたためです。そのため雇用調整助成金を申請する会社が増え、2021年12月の時点で5兆円を超えました。さらに月を追うごとに申請数が増加し続けた結果、財政が大きく悪化したのです。[注7]
もちろん増えたのは雇用調整助成金の申請だけではありません。会社の業績悪化などの理由から失業者の数も増えました。雇用保険はもともと職や収入を失った人を守るためのものです。失業手当の給付増も財政負担が増える一因となります。
このように二重に支出が増え財政が圧迫された結果、雇用保険の積立金はほとんどなくなってしまいました。結果として財源の確保が求められ、保険料率の引き上げにつながったのです。
2-3. 保険料率が引き上げられた影響は?
2022年10月までは会社だけだったため、気が付かなかった労働者も多いことでしょう。しかし会社は4月に0.05%、10月には追加で0.2%上がったのですから大幅な負担増です。労働者にとっても0.2%はかなりの差になります。
例として月に30万円の給料をもらっている労働者がいるとしましょう。労働者側はこれまで900円だった保険料が1,500円になります。会社側の負担は1,950円だったものが2,550円になるのです。
当然のことながら労働者・会社ともに負担は増します。会社としては労働者が正規雇用を希望しても要望に応えにくくなりかねません。正規雇用が増えることは会社の負担をより大きいものにするからです。結果として失業者が正規社員として再就職する可能性が低くなってしまいます。
また、仮に正規雇用だからといっても安心できません。近年最低賃金の見直しにも力が入れられていますが、給与が上がっても手元に残るお金が増えない可能性があるのです。それどころか雇用保険料率がまた引き上げられることも考えられます。給与が増えても手取りが減る危険性もあるのです。
2-4. 令和5年度(2023年)は雇用保険料率が1.55%に引き上げられる見込み
厚生労働省は、令和5年度(令和5年4月1日~令和6年3月31日)雇用保険料率について、前年(令和4年10月~令和5年3月)分より0.2%引き上げることを通知しました。[注1]
これにともない、一般の事業は1.35%から1.55%へ、農林水産・清酒製造の事業は1.55%から1.75%へ、建設の事業は1.65%から1.85%へ、それぞれ料率が引き上げられます。
それぞれの事業の労働者負担、事業主負担は以下のとおりです。なお、()内は引き上げ前の料率です。
事業の種類 | 労働者負担 | 事業主負担 | 雇用保険料率 |
一般の事業 | 0.6%(0.5%) | 0.95%(0.85%) | 1.55%(1.35%) |
農林水産・清酒製造の事業 | 0.7%(0.6%) | 1.05%(0.95%) | 1.75%(1.55%) |
建設の事業 | 0.7%(0.6%) | 1.15%(1.05%) | 1.85%(1.65%) |
3. 雇用保険料率の会社負担・労働者負担の割合
雇用保険は労使ともに負担しあいますが、割合に関してはそれぞれ異なります。会社側は失業等給付と育児休業給付、そして雇用保険二事業の3つを支払うのが義務です。労働者側は失業等給付と育児休業給付の2つを支払います。
雇用保険二事業とは雇用の安定を目的とした事業のことです。会社側に支払われる奨励金や助成金のほか、労働者の教育や訓練など能力開発に使われる事業費も含まれます。[注8]
このように雇用保険は会社側の負担の方が大きくなるように設定されています。しかし失業等給付や育児休業給付のように、労働者にも大きくかかわる部分では負担は公平です。こうして集められた雇用保険料の残高を基準に毎年保険料率が改訂されています。
4. 雇用保険料の仕組みを知っておこう
コロナウイルスの感染拡大はさまざまな分野に大きな影響をもたらしました。会社側にとっても労働側にとっても現状は厳しいものです。その結果が今回の雇用保険料率の引き上げになったことは、やむを得ないこととはいえ、さらに労働環境が厳しくなる可能性もはらんでいます。
雇用保険料率の引き上げも一過性のものとせず、注視するとともに働く環境や働き方についても考える必要があるでしょう。