人事業務の中でも労務担当者は、給与計算や規則規程の改定などの実務はもちろん、サービス残業やセクハラ・パワハラ、メンタルヘルスなどの難しい問題を解決する必要があります。
労務管理は経営を揺るがす可能性があり重要な業務になります。本記事では人事労務担当者にはどのような仕事があるのかを詳しくご紹介します。
1. 人事業務でおこなう仕事内容とは
人事労務の仕事は「採用」「教育」「異動」「人事考課」「規則規程」「人事制度の管理・見直し」「給与」「保険」「退職」などがあります。これらの仕事の中から、はじめに人事の業務について個別に説明をします。
1-1. 採用
採用は、学生を定期採用する新卒採用と、社会人を不定期採用する中途採用に分けられます。新卒採用は将来性が期待されており、社会人としてのマナーを学び専門的な知識を身につけることができます。一方中途採用は社会人としての実績と能力が求められ、即戦力が期待されます。
新卒採用と中途採用では採用する基準も異なり、新卒が学生時代の評価や人柄などが判断基準になりますが、中途の場合は今までの仕事の実績や職務遂行能力などが採用の判断基準になります。以前は新卒が中心の企業が主流でしたが、最近は中途採用による即戦力を求める企業が多くなっている傾向が見られます。
1-2. 教育
人事がおこなう教育は、階層別におこなう教育と目的別に業務を遂行する能力を向上させる教育があります。階層別では新入社員教育から始まり、次の2年目から3年目くらいの時期におこなう教育までは全員が対象になります。
さらに、中堅社員教育の段階では、選抜で教育をする企業が増えてくるのが現状のようです。名称が中堅社員教育ではなく、プレ役職者教育として明確に選抜の教育とする会社も見受けられます。その上の管理職研修や経営者研修は、階層別教育の最上位になります。
目的別の研修は、セールス・営業力研修やリーダーシップ研修、マネジメント研修などです。その他英会話研修などもあります。
1-3. 異動
企業でおこなわれる異動は人事異動と呼ばれるもので、企業の命令で配置転換や地位の変更などが実施されます。具体的には配置転換では担当の業務や勤務地の変更などがあり、地位の変更では昇進や昇降格、役職の任用や解任などの社内人事異動があります。また、出向や転籍などの社外の人事異動もあります。
人事異動は組織の効率的な運用をはかるために日本の雇用慣行として実施されてきましたが、勤務期間が短いために職務の専門性が希薄になることや、勤務地変更の転居による不利益が生じることなどデメリットも指摘されており、今後の人事異動の実施は課題が多い状況です。
1-4. 人事考課
人事考課は、従業員を業績考課や能力考課、情意考課などにより判定するものです。企業により判定の時期や方法が異なりますが、通常は給与を改定する時期や賞与を決定する時期におこなわれます。給与や賞与に直接関連することですので、すべての従業員に対して公平に評価をしなければなりません。
しかし、考課者の私情が反映される傾向がありますので、人事には不公平な効果にならないように工夫をすることが求められます。考課する上司に考課者訓練をおこなって陥りがちな考課を予防することや、考課者を複数にして1次、2次、3次の考課をおこない、極端な考課についてはヒアリングを実施することも必要になります。
1-5. 退職
社員の退職の業務は人事の仕事になります。まず社会保険や税金などの手続をします。退職手続の流れは、「退職願」や「退職届」が退職者から会社に提出されます。この際、労働者が意思表示をすれば退職の効力が生じるとされ、口頭でも可能とされます。
次に会社から退職者への雇用保険の被保険者離職証明書には本人の記名押印や署名が必要なので、離職理由などの確認をします。また、健康保険の任意継続希望の確認も必要になります。
税務については、時期による徴収方法が異なる住民税の徴収方法の確認が必要です。会社からの貸与品である社員証や事務用品、名刺や制服などを退職者から回収します。年金手帳を会社が預かっていれば返却します。
退職者の請求で退職証明書を交付します。雇用保険被保険者証を会社が保管していれば渡します。そして健康保険被保険者証を退職者から回収します。退職者から健康保険をやめた証明書の請求があれば発行します。
1-6. 退職金・各書類の届け出
退職金がある場合には、退職金の支払いまで退職所得の受給に関する申告書を退職者から会社に提出する必要があります。
健康保険・厚生年金保険被保険者資格喪失届を、退職日の翌日から5日以内に会社から所轄の年金事務所か健康保険組合に提出する必要があります。雇用保険被保険者離職証明書と雇用保険被保険者資格喪失届を、退職日の翌日から10日以内に会社から所轄のハローワークに提出することが必要です。
2部の退職表が、退職後に所轄のハローワークから会社を経由して退職者に送付されます。給与支払い報告・特別徴収にかかる給与所得者異動届を、退職月の翌月の10日までに会社が市町村税務課に提出することが必要です。給与・貸与の源泉徴収票と退職金の源泉徴収票を、退職日から1ヵ月以内に会社から退職者に交付することが必要です。
2. 労務の仕事内容の詳細
人事と労務についての明確な定義はなく、会社によってそれぞれの線引は異なることがありますが、一般的に人事は比較的従業員の一人一人に重きをおいた業務が多いのに対して、労務の仕事は会社全体を対象にした業務をおこなう傾向があります。
具体的には、人事は採用や異動、教育や評価など従業員個人を対象にする業務が中心になりますが、労務は給与計算や勤怠管理、社会保険の手続や健康診断、福利厚生など、会社全体を対象にする業務の内容になります。
2-1. 給与計算
給与計算や社会保険手続は労務の仕事になります。給与は所得税法に定められている俸給や給料などの給与所得になりますが、給与には残業代や手当、賞与なども含まれて会社から受け取る報酬はすべて給与と考えられます。給与は原則的には現金で支払われますが、労働協定などにより現物支給が認められる場合もあります。
現物支給には金額換算した所得税がかかります。最近は給与計算を社会保険労務士事務所などにアウトソーシングする会社も増えていますが、その場合は給与計算を管轄する労務の部署がアウトソーシング先とのコミュニケーションをしっかり取ることが必要になります。
2-2. 勤怠管理
勤怠管理の業務は、従業員の遅刻や早退、欠勤などの勤務状況を管理します。勤怠の情報は給与計算や有給休暇の管理と連動していて、人事評価にも反映されます。そのため、正確に管理されることが重要であり、運用の方法をより適切に整備することも必要です。
勤怠の管理方法は、タイムカードやICカード、今では勤怠管理システムを使用した記録により管理します。労働時間や休日は労働基準法で定められておりますが、労使が36協定を結ぶことで労働基準法を超える残業や休日労働をさせることが可能になります。時間外労働や休日出勤をさせる場合は、事前に36協定を締結しておくことが必要です。
2-3. 社会保険手続
労務の社会保険の仕事は、従業員が入社した時や退社した時の資格取得や資格喪失の手続があります。また、労働保険の年度ごとの保険料の算出と納付があります。従業員を採用する際に健康保険や厚生年金保険などの社会保険の加入手続をしますが、法人の場合は従業員全員を保険に加入させる必要がある強制適用事業所になるため社会保険の加入手続をおこないます。
個人事業主がおこなう常時5人以上の従業員を雇用する事業所も強制適用事業所になります。ただし、農林水産などの一次産業や飲食店などのサービス業、寺社などの宗教業などは非適用業種となり社会保険に加入させることは任意です。社会保険の加入手続は所定の用紙や方法でおこない、窓口の他郵送や電子申請も可能です。
2-4. 規則規程、人事制度
就業規則をはじめとして、賃金規程や退職金規程などの規則や規程を管理することも人事の仕事です。就業規則は会社の規程類の中でも中心的なもので、憲法や法律に基づき会社が守るべき内部規律や事務処理などを定めていて、常時10人以上の労働者を使用する使用者は労働基準監督署に就業規則を届け出る必要があります。
就業規則は規則を使いますが、その他は規程を使います。人事制度は企業の組織力を高めて業績を上げるために必要なもので、評価教育制度や賃金制度、昇給昇格制度や福利厚生制度など従業員の処遇に関する内容が多くなっています。
2-5. 健康診断
最近は労働の疲労による心身のストレスが問題となり、過労死などは大きく取り上げられる状況などがあり、健康診断は労働者の健康を守るヘルスケアのひとつとして労務の大切な業務になっています。
とくに、企業検診は労働安全衛生法により実施することが義務づけられております。企業検診には「一般健康診断」と「特殊健康診断」の2種類があります。一般健康診断は一般的な労働者が受信する健康診断で、特殊健康診断は法令で定められた業務や特定の物質を扱う労働者がおこなう健康診断です。会社は受診者に診断結果を通知する義務や、健康診断個人票を5年間保管する義務があります。また診断で身体に異常があった場合は、医師などによる保健指導を実施し健康の維持や回復に努める必要があります。
2-6. 福利厚生
福利厚生は、企業の経営目標を達成する上で労務管理の一環として大切なものです。企業などの福利厚生は、法定のものと法定外のものがあります。法定の福利厚生は法律で事業主や従業員の加入や費用負担を義務づけているもので、社会保険などの制度が中心となります。具体的には、労働者災害補償保険や雇用保険、健康保険や厚生年金保険などがあります。
法定外福利厚生は、労働者の職業生活に必要な衣食住や健康の保持増進、生活支援などになります。具体的には、事業主が費用負担をおこない、従業員に対して法定福利制度の補完をすることや、必要とされる現物給付や現金給付などの施策をおこなうことになります。
3. 労務のトラブルについて
労務の仕事は、基本通りにおこなわれており労使双方の関係が円滑であれば問題は起こりません。しかし、労使のコミュニケーションが十分ではない場合は、労務問題が起こる可能性があると考えられます。
それぞれの労務の業務に関連するちょっとした行き違いが、大きな問題に発展する可能性があります。会社の仕事の中でも、労務はどの業務でもトラブルの火種になる要素が多いと思われますが、その中でも特にトラブルが多いと思われる給与、勤怠管理、規則規程の罰則について紹介します。
3-1. 給与
会社は労働契約を結ぶ際に賃金等の労働条件を書面で明示しなければならないことになっておりますので、入社前と入社後で金額が異なることはないと考えられます。しかし、実際には入社前の話と入社後の支払額が違うということなどの問題が起こる場合があります。労働契約は口約束でも有効であり成立しますが、口約束の場合は不明確になる可能性もありますので金額や支払い条件など内容を確認しておく必要があります。
従業員が企業の外部のユニオンなどに相談した場合は、ユニオンが会社に団体交渉を申し込んで会社側と当事者を含むユニオン側との話し合いになるケースもあります。
3-2. 勤怠管理
勤怠管理は適正な給与の支払いをする上で大切なこともあり、トラブルが多いことも事実です。欠勤の扱いやタイムカードに関わること、就業時間の遅刻や早退の扱いなど、勤怠管理には色々なトラブルが起こりやすい内容を含んでいます。欠勤は休暇の権利を取得せずに休むことで、通常は欠勤の日の給料は支払われません。
会社に連絡をせず欠勤することは無断欠勤になり、就業規則などで7日以上無断欠勤をした場合に解雇する旨の定めをしている場合もあります。一般的に解雇の場合は30日以上前に労働者に解雇予告をします。労働基準監督署の解雇予告除外認定では14日以上が目安で、14日以上の無断欠勤は懲戒解雇になる可能性があります。タイムカードは改ざんすると罪になる可能性があります。遅刻や早退に対して遅刻や早退に相当する分の減額をすることは問題ありませんが、必要以上の減額をすることはできません。
3-3. 規則規程の罰則
就業規則に定められている事項でも扱いが難しいのは、罰則の扱いです。罰則は、厳重に注意する罰則から厳重に注意し始末書を提出させる譴責、減給、出勤停止、降格、退職を勧告する諭旨解雇、懲戒解雇となっています。最も重い罰則が懲戒解雇ですが、違反を繰り返す場合に徐々に処分を重くしていくことに意味があります。罰則を論理的に適用するためには、就業規則に違反事項を定めておくことも必要です。
そして、従業員への公平性を保つために違反の種類や適用の基準を定めておくことも大事になります。また、罰則の内容が一般的な法律と整合性があることが重要になります。問題が発展して法廷闘争になった場合、会社が正当に闘える論拠が必要になるからです。
4. まとめ
人事部門で労務を担当する場合は、法律的な知識と実践的な経験が必要となります。とくに、労働法については判例とともに熟知しておくことが求められます。その上で、企業の人事全般についての業務を経験しておくことが必要です。人事だけでなく、営業や経理の実務も労務を担当する場合には効果的です。営業は人事部門の採用や教育の仕事との共通点があり、採用では営業の経験が他社との競合で役に立ちます。
また営業で対人折衝の経験をしておくことで、教育の仕事をする時にさまざまな職種の人たちと話ができる有利さがあります。また経理の知識や経験は、給与計算や保険の手続などの業務と共通するものがあるので効果があります。人事全般の知識と経験を積み、社外の人とのつき合いや研修、講習を受講して、幅広い物の見方や職務遂行能力を保有していることが、労務担当の条件になり得るでしょう。
また、自分の知識や経験だけでなく、顧問弁護士などに依頼する社内の準備やタイミングを調整する能力も必要です。問題の解決には、法律のプロと社内事情に詳しい労務担当の存在が必須になります。さらに労務担当には、社長や役員などのトップマネジメントと同じ視点で会社全体のことを考え問題を解決する使命感を持つことが不可欠になります。