従業員が残業をおこなった場合、会社は従業員に対して割増賃金を支払わなければなりません。しかし、残業代を支払う代わりに、残業を何か別のことで相殺するという処理をおこなっている会社もあるようです。
会社としては残業代を支払わずに済むことで、事務手続きなどを減らせますが、そのような処理は本当に正しいのでしょうか。本記事では、残業と遅刻・早退や代休、ボーナスなどを相殺できるのかわかりやすく解説します。
関連記事:残業とは|残業の割増賃金の計算方法や残業規制による対策法も
残業に対する割増賃金の支払いは労働基準法第37条で定められているため、適切に対応しなくてはなりません。
しかし、そもそもの割増賃金の計算方法や割増率の考え方に不安があるという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そのような方に向け、当サイトでは労働基準法で定める時間外労働(残業)の定義や割増賃金の考え方・計算方法をまとめた資料を無料で配布しております。
法律に則った適切な割増賃金の計算方法を確認したい方は、ぜひ資料をダウンロードしてご覧ください。
目次
1. 残業の相殺とは?
残業の相殺とは、残業時間から、遅刻や早退した時間を差し引く処理のことです。
たとえば、月曜日に2時間残業し、翌日の火曜日に2時間遅刻した場合、両者を相殺して残業時間をゼロにするようなケースが考えられます。
残業を相殺することで事務処理が楽になると考えがちですが、違法な処理とみなされる可能性が高いため注意しましょう。
1-1. 残業の相殺は違法となる可能性が高い
例外もありますが、基本的に残業を遅刻や早退と相殺することは違法です。これには割増賃金の支払義務が関係しています。
従業員に法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える残業(時間外労働)をさせた場合には、労働基準法第37条に従い、該当時間に対して割増賃金を支払わなければなりません。
(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
第三十七条 使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
仮に、別の日に遅刻や早退をしたとしても、残業時間と相殺してしまうと、該当日の残業に対する割増分の賃金が未払いとなってしまいます。
割増賃金の支給については労働基準法によって定められているので、違反すると30万円以下の罰金または6ヵ月以下の懲役が科せられる可能性もあります。後で未払いの残業代を請求されるなど、労使間のトラブルが発生するケースもあるため注意しましょう。
1-2. 残業に対する割増率
先ほど紹介した通り、従業員に残業を命じた場合は割増賃金を支払わなければなりません。また、割増率は状況によって下表のように異なります。
種類 | 支払う条件 | 割増率 |
時間外労働 | 法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えて労働させたとき | 25%以上 |
時間外労働が月60時間を超えたとき | 50%以上 | |
深夜労働 | 22時〜5時の時間帯に労働させたとき | 25%以上 |
休日労働 | 法定休日に労働させたとき | 35%以上 |
上記の割増率は、労働基準法によって定められています。残業を遅刻・早退と相殺すると、適切な割増賃金を支払えなくなる可能性が高いため注意しましょう。
関連記事:割増賃金とは?計算方法や残業60時間超の割増率をわかりやすく解説
1-3. フレックスタイム制の場合は残業を相殺できるケースもある
フレックスタイム制の場合は、残業を相殺できるケースもあります。フレックスタイム制においては、1日8時間・週40時間という法定労働時間の考え方が変わってくるからです。
たとえば、清算期間を1ヵ月と設定している場合、4月の法定労働時間の総枠は、40時間 ×(30日 ÷ 7)= 171.4時間となります。フレックスタイム制の場合、清算期間でみて法定労働時間の総枠を超えた場合に時間外労働とみなされます。つまり、必ずしも1日8時間・週40時間を超えただけでは割増賃金が発生しないため、残業を相殺できるケースもあるのです。
関連記事:フレックスタイム制で残業代は減るの?残業時間や残業代の計算方法を解説!
2. 残業と遅刻との相殺は違法?
残業と遅刻を相殺して、事務処理を簡略化している企業もあるかもしれません。遅刻した時間分を残業時間から差し引いても、トータルでの労働時間が変わるわけではありませんから、そのような処理をおこなっても問題ないように思われます。
しかし、実はこのような処理は違法となるケースが多いです。そもそも残業代(法定外)とは、法定労働時間を超えて働いた場合に支払われるものです。
仮に月曜日に1時間遅刻してきて、火曜日に残業時間を含めて9時間働いたとしましょう。この場合、月曜日の1時間遅刻と火曜日の1時間残業を相殺できるように思われますが、火曜日に法定労働時間を超えて働いていた事実は消えません。
そのため、火曜日におこなった1時間の残業に関しては、従業員がその分の割増賃金を受け取る権利があるので、遅刻した時間との相殺は違法となります。
関連記事:法定外残業とは?法定内残業との違いや計算方法を具体例を交えて詳しく解説
2-1. 遅刻と残業を相殺できるケース
遅刻と残業との相殺が違法となるケースが「多い」と記載したのは、違法とならない場合もあるからです。
たとえば、遅刻をした日に残業をおこない、同日内での労働時間が8時間を超えない場合は、残業と遅刻を相殺可能です。
1時間遅刻をしたその日に1時間残業をして、その日の労働時間が8時間以内におさまっているようであれば、会社としては残業代を支払う必要はありません。また、1日8時間という法定労働時間を超えていないため、割増賃金も発生しません。
つまり、遅刻と残業の相殺は別日なら違法、同日なら条件次第では違法にならないと覚えておくとよいでしょう。
3. 残業と早退との相殺は違法?
早退についても遅刻と同様、残業と相殺するのは基本的に違法です。たとえば、月曜日に1時間の残業をおこない、翌日の火曜日に1時間の早退をしたときに、両者を相殺して残業時間をゼロとすることは違法とみなされます。残業をおこなったという事実は消えず、その分の割増賃金を支払う必要があるからです。
ただし、同日内で法定労働時間を超えていない場合は、残業と早退を相殺できます。たとえば、1時間の早出残業をおこない、同じ日に1時間の早退をしたケースを考えてみましょう。この場合、労働時間が8時間以内におさまっていれば、早出残業と早退を相殺することが可能です。
関連記事:残業代の正しい計算方法とは?給与形態・勤務体系別にわかりやすく解説!
4. 残業と代休との相殺は違法?
残業に対して残業代を支払うのは当然ですが、企業によっては「残業が8時間になるごとに代休を取らせて、それを残業代の代わりにする」という対処をおこなっているところもあるようです。
確かに、1日の労働時間が8時間、週の労働時間が40時間と決められている職場で、月曜~木曜まで合計8時間の残業をしたとすれば、金曜日に代休を与えることで週の労働時間を40時間以内におさめることができます。
ただし、この処理に関しても「遅刻と残業の相殺」の考え方と同じように、すでに発生している残業をなかったことにしているという点で、違法とみなされるでしょう。
この場合は、残業代として通常の賃金に2割5分以上上乗せした割増賃金を、従業員に対して支払う必要があります。
残業代を支払う必要がないのは「1日8時間、1週40時間」という法定労働時間を超えていない場合のみで、この基準を超えたら、残業代を支払う必要性があるという認識を持っておくべきです。
また、残業の合計時間や、残業をおこなわせた時間帯によっても残業代の割増率が変化します。
計算が複雑な割増計算について確認したいという方に向けて、当サイトでは「【残業ルールBOOK】残業時間の管理ルールと効果的な管理方法を解説!」という無料のガイドブックをご用意しました。
残業に関する法律の上限規制や、計算を効率化する方法についてもわかりやすく解説しています。残業に関する法律や考え方を確認したいという方は、こちらからこちらから残業ルールBOOKをダウンロードして適切な残業管理にお役立てください。
4-1. 同様の理由で休日出勤を代休で相殺することもできない
休日出勤を代休で相殺している企業も多いかもしれません。
こちらに関しても同様で、すでに発生している休日出勤をないものにしているという点で誤った処置です。会社は従業員に対して、休日出勤に対応する割増賃金を支払う必要があります。
なお、残業分の割増賃金は2割5分以上の上乗せですが、休日労働分の割増賃金は3割5分以上の上乗せになる点には注意が必要です。なお、法定休日と所定休日のどちらに休日出勤があるかで、割増賃金の考え方も変わってくるので気を付けましょう。
関連記事:所定休日の割増賃金とは?法定休日や割増賃金の計算方法も詳しく紹介
5. 残業とボーナスとの相殺は違法?
未払い続きだった残業代を、ボーナスの支払い時にまとめて清算するというような処理をおこなっている会社もあるようです。しかし、そもそも残業代とボーナスはまったく性質の異なるものです。
上述したように割増賃金を含む残業代は、法定労働時間を超えた労働に対して支払わなければなりません。
それに対してボーナスは、「対象期間中の企業の営業実績や従業員の働きなど諸般の事情を鑑みて支払われるもの」です。
どちらも会社から従業員に対して支払われるものではありますが、その性質が異なる以上、まとめて清算することはできません。
そのため、未払いの残業代をボーナスと相殺することはできませんし、残業代を受け取ったことを理由にボーナスの金額を減らすこともできません。
そもそも残業代は、基本的に毎月の残業時間に応じて支払わなければならないものなので、ボーナス月にまとめて後払いすることはできないのです。
仮にそのような処理をおこなう場合、本来であれば毎月の給料日に支払うべき残業代を遅れて支払ことになるため、利息を支払う必要があります。つまり、本来の金額に上乗せして支払うことになるので、残業代は適切なタイミングで正しく支払うことが大切です。
5-1. 年俸制の場合は相殺できる?
会社によっては、年俸制の給与体系をとっているケースもあるでしょう。年棒制とは、1年単位で給与額を設定する仕組みのことです。
ただし、年俸制であっても、給与支払いについては労働基準法「毎月払いの原則」が適用されます。また、年棒制を採用していても、法定労働時間を超過したときの割増賃金は発生するため、ここまで説明してきたすべての内容は、年俸制の会社でも当てはまるので気を付けましょう。
関連記事:賃金支払いの5原則とは?違反したときの罰則や例外を詳しく紹介
6. 残業を遅刻や代休と相殺することは基本的には違法
今回は、残業を相殺できるかどうかというポイントについて解説しました。遅刻・早退した時間と残業時間を相殺する、残業が一定の時間に達したら代休を取らせることで相殺するといったように、残業を何かと相殺するという処理は基本的に違法です。
相殺することで残業した事実を「なかったこと」にしているからです。すでにおこなわれている残業に対して、会社は残業代を支払う義務があります。
ただし、遅刻・早退をした日に残業をおこなって、同日内での労働時間が8時間を超えない場合、残業を相殺することが可能です。この処理以外、原則違法になるので、残業時間をきちんと管理して残業代を支払いましょう。