労働者の在り方が多様化している中で、企業は従業員の能力を最大化するために、新しい労働環境の構築を求められるようになってきました。フレックスタイム制は、このような社会の変化を受けて作られた制度の1つです。
しかし、フレックスタイム制が普及していくなかで、新しい労働体系の正しい理解が浸透しきらず、多様な問題を引き起こすようになっています。たとえば、残業代や労働時間の計算方法がはっきりとしていない点があげられます。
一部では、フレックスタイム制では残業代は支払われないといった、事実に反する理解をされている方もいます。
人事がしっかりとフレックスタイム制を理解し、従業員に伝えることができていれば、誤った理解が広まる可能性も低くなるでしょう。皆さんにしっかりと、理解していただけるように今回は、このフレックスタイム制における残業代や労働時間の考え方について解説いたします。
フレックスタイム制の導入には、労使協定の締結や就業規則の変更・届出など、行うべき手続きが存在します。
また、フレックスタイム制を導入した後に、「出勤・退勤時間が従業員によって異なるので、勤怠管理が煩雑になった」「残業時間の計算方法と清算期間の関係がよく分からない」といったお悩みをお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そのような方に向け、当サイトでは「フレックスタイム制度を実現するための制度解説BOOK」をご用意しました。
「フレックスタイム制の導入手順を詳しく知りたい」「清算期間・残業の数え方や勤怠管理の方法を知りたい」という方は、ぜひダウンロードしてご覧ください。

1.時間外労働のおさらい
残業とは、時間外労働をおこなうことです。
まず前提となる、法外残業や法内残業の概念について簡単に解説します。
1-1. 法外残業
法外残業とは、労働基準法により定められた法定労働時間を超過しておこなった労働のことを指します。
労働基準法32条では、所定労働時間を1日8時間、1週40時間と規定しており、それ以上の労働は原則禁止をしています。法外残業をおこなうためには、企業があらかじめ36協定や特別条項といった協定を結ぶ必要があります。
また企業は法外残業をおこなった従業員に対して、割増賃金を支払う義務があります。
1-2. 法内残業
法内残業とは、各企業の就業規則で定められている所定労働時間を超えている労働を指します。仮に企業内での定時を超過して働いていても、所定労働時間を超えていないため、割増賃金は支払う必要があります。
[参照]]労働基準法|e-Gov法令検索
2. フレックスタイム制とは?
フレックスタイム制とは、従業員自身が出社時間と退社時間を自由に決定できる制度です。従来のような、9時〜18時といった画一的な労働時間とは異なり、通勤ラッシュを避けたり、子供の送り迎えをしたりなど、従業員のライフスタイルに合わせた自由度の高い労働を可能にします。
2-1.コアタイムとフレキシブルタイム
ただ、必ずしも全ての労働時間を従業員に一存させる必要はありません。フレックスタイム制には、2種類の時間定義が存在します。
コアタイム
1日の中で必ず出勤していなければならない時間帯のことを指します。。会議や外部との取引が多い場合、通常設けられています。
※コアタイムを設けないスーパーフレックスタイム制も可能です。
フレキシブルタイム
いつでも出退勤が可能な時間帯。勤務をするもしないも本人の自由となります。また、コアタイムの前後に必ず設ける必要があります。
このコアタイムとフレキシブルタイムを適切に設けることで、業務にあまり支障をきたさずにフレックスタイム制を運用することができます。
2-2. フレックスタイム制における労働時間の考え方
フレックスタイム制を導入した場合、労働時間の考え方が特殊であるため、定時制の企業とは異なります。
フレックスタイム制では、労働時間の計算を1日単位ではなく、清算期間単位でおこないます。日毎で労働時間が大きく変動するためです。清算期間は1ヶ月単位や1週間単位でも設定が可能で、最大3か月にすることができます。
また、企業は清算期間内での従業員の労働時間を定める必要があります。これを「清算期間における総労働時間」と言います。
一方で、清算期間内での法律で定められた従業員の最大労働時間があります。これを「清算期間における法定労働時間」と言います。法定労働時間を超えた総労働時間を設定することはできません。
2-3. 清算時間とは
清算期間とは、フレックスタイム制において労働者が労働時間を調整できる期間です。2019年の法改正により清算期間は上限が1カ月から3カ月へと変更されました。
2-4. 総労働時間とは
総労働時間とは、従業員が清算期間内にあらかじめ定めた労働時間を指します。所定労働時間ともいいます。
法定労働時間を計算で求める
法定労働時間は下記の計算式で求めることが可能です。
3. フレックスタイム制における残業代や労働時間の計算について
清算期間と総労働時間、法定労働時間の計算方法を理解したうえで、残業時間や労働時間が不足した場合について説明します。
3-1.残業時間の考え方
フレックスタイム制における残業時間とは、清算期間内で総労働時間が超過した分を指します。超過分が法定労働時間内であれば法定時間内残業となり、法定労働時間を超えた分は法定時間外残業の対象です。
そのため、総労働時間を超える分に対しては残業代を支払う必要があります。また、超過した労働時間を、次の精算期間に繰り越すことはできません。必ず当月に残業代として清算する必要があります。
3-2.残業時間の計算方法
清算期間が1か月の場合
実労働時間から総労働時間を差し引いた分が残業時間になります。
(残業時間)=(実労働時間)-(総労働時間)
さらに、実労働時間から法定労働時間の総枠を差し引いて出た値は時間外労働です。
(時間外労働時間)=
(時間外労働)-(1週の法定労働時間 × 清算期間の暦日数 ÷ 7)
時間外労働には割増賃金を支払う必要があるので、必ず算出するようにしましょう。
清算期間が2-3か月の場合
清算期間が1か月をこえる場合は、以下のいずれかの場合において時間外労働になると定められています。
①1か月ごとの労働時間が「週平均50時間」を超えた場合
②清算期間における労働時間が「法定労働時間の総枠」を超えた場合
①と②で、残業代を支払う時期が異なります。①は各月の給与に、②は清算期間最終月の給与に反映させる必要があります。
①の計算方法
(残業時間)=(月間の実労働時間数)-(50時間×各月の暦日数÷7)
(50時間×各月の暦日数÷7)で算出できるのは、週平均50時間となる月の法定労働時間数である。
この式で算出された残業時間数に割増率をかけたものが残業代に値します。
②の計算方法
(清算期間最終月に残った残業時間)=
(清算期間の実労働時間数)-(1週間の法定労働時間×清算期間の暦日数÷7日)-(①で求めた残業時間数)
この式で算出された残業時間数に割増率をかけたものが残業代となります。
3-3.残業代の計算の仕方
残業代には、1時間あたりの基礎賃金で計算する場合と、割増賃金で計算する場合が含まれます。この2種類の計算方法をそれぞれご紹介します。
1時間あたりの基礎賃金の計算方法
(基本給+諸手当)÷1か月の平均所定労働時間
割増賃金の計算方法
残業時間×1時間当たりの基礎賃金×割増率
上記の計算式をもとに、間違いのないように残業代を支払いましょう。
関連記事:フレックス制度の仕組みがわかる|残業と労働時間の給与計算とは
このように、フレックスタイム制の残業代の計算は通常とは考え方が異なり複雑であるため、制度を運用し始めた際は混乱してしまうこともあるでしょう。
そのような方に向け、当サイトでは、本章で解説したフレックスタイム制における残業代や労働時間の計算方法に関して、図を用いてわかりやすく解説した資料を無料で配布しております。
フレックスタイム制の残業代計算に関して不安な点があるご担当者様は、こちらから「フレックスタイムを実現するための制度解説BOOK」をダウンロードしてご確認ください。
4.フレックスタイム制の残業に関するよくある疑問
4-1.総労働時間が不足した場合はどうするか?
清算期間内での総労働時間が不足した場合、2つの方法で調整をします。
1.不足分を次月に繰り越す
不足した労働時間分を次月に繰り越すことで調整します。
例えば、今月10時間不足した場合は、次月の総労働時間に+10時間の労働時間を追加することが可能です。この場合、実際の労働時間が不足していますが、清算期間内の総労働時間分の給料を当人に支払う必要があります。
しかし、繰り越せる労働時間は、翌月における労働時間の合計が法定労働時間内までと規定されています。法定労働時間を超過してしまう場合は、下記の方法を使って調整します。
2.不足分の給料をカットする
文字通り労働時間不足分の給料をカットして調整します。例えば、今月10時間不足した場合は、10時間分の給料の削減です。
また、不足分の繰り越しとの複合的な調整も可能です。法定労働時間を超過しない時間分だけ繰り越し、法定労働時間を超過する分のみ給料を削減します。
Q. 有給休暇・休日労働はどのように考えるか?
4-2.有給休暇・休日労働はどのように考えるか?
清算期間内における総労働時間を決定する際に、標準となる1日の労働時間を規定する必要があります。フレックスタイム制を導入した従業員が有給休暇を取得した場合、その標準となる1日の労働時間分の労働をしたものと計上します。
標準となる1日の労働時間は、清算期間内の総労働時間を所定の勤務日数で割った時間で考えるのが一般的です。
4-3.みなし残業の設定は可能か?
みなし残業、固定残業代に関して、労働契約書に記載されていればフレックスタイム制と併用することが可能です。
もちろん、みなし残業時間を超える残業時間が確認された場合は、別途残業代を支給する必要があります。
5. 最後に
いかがでしたでしょうか。
今回はフレックスタイムを導入した際に気をつけたい労働時間の計算方法についてお伝えしました。どうしてもフレックスタイム制の計算などは大変になってくることでしょう。
冒頭でも触れたように、フレックスタイム制には”残業代は支払われない”といった誤解を招かないように、お伝えした計算方法などを従業員にきちんと伝えて、仕組みを理解してもらえるようにしましょう。
また従業員自身が総労働時間を把握できる『勤怠管理システム』を利用すれば、フレックスタイム制による労働時間の管理や残業代に関する問題が改善されるかもしれません。
(監修:社会保険労務士 石原 昌洋)