現在、日本では働き方改革の一環として、年5日の有給取得義務が設けられています。しかし、有給取得率は思うように上がっておらず、「有給休暇の買取」という選択肢が取られることもあります。
本記事では、有給休暇の買取は違法なのかどうかや、有給休暇を買い取る場合は金額がいくらになるのかなど、有給休暇の買取についてわかりやすく解説します。
関連記事:有給休暇の基本的なところや発生要件・計算方法を解説
目次
【社労士監修】HR関連法改正トレンドBOOK 2024年版
2023年は一部企業を対象に人的資本開示が義務化されたほか、HR関連での法改正に動きが見られました。
2024年では新たな制度の適用や既存のルールの変更・拡大がおこなわれます。
人事担当者として知っておきたいHR関連の法改正に関する情報ですが、その範囲は幅広く、忙しい業務の中でなかなか網羅的に把握することは難しいのではないでしょうか。
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1. 有給休暇の買取とは?
有給休暇の買取とは、企業が雇用する従業員の保有する有給休暇を買い取ることです。ここでは、「そもそも有給休暇とは、どのような制度なのか」に触れながら、有給休暇の買取について解説します。
1-1. 有給休暇とは?
有給休暇とは、労働基準法第39条「年次有給休暇」の制度のことです。企業は、下記の要件をどちらも満たす従業員に対して有給級休暇を付与しなければなりません。
- 雇入日から6カ月継続勤務している
- 全労働日の80%以上出勤している
(年次有給休暇)
第三十九条 使用者は、その雇入れの日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない
有給休暇の取得は、従業員の権利であるため、従業員から取得を申請された際、企業が緊急時を除いて却下することはできません。
関連記事:労働基準法で定められている有給休暇|法律の内容、注意点を詳しく解説
1-2. 有給休暇の買取が求められている理由や背景
2023年の厚生労働省における「令和5年就労条件総合調査の概況」によると、最新の有給休暇の取得率は「62.1%」です。下記のグラフのように、有給取得率は上昇トレンドをみせています。
しかし、日本以外の先進国に目を向けてみると、有給取得率は軒並み70%を超えており、海外と比較すると日本の有給取得率はまだまだ低いといえます。
1-3. 有給休暇の買取は原則違法!
有給休暇の買取は、原則として違法になります。厚生労働省は、企業が従業員に対して有給休暇を付与する理由を、次のように提示しています。
年次有給休暇とは、一定期間勤続した労働者に対して、心身の疲労を回復しゆとりある生活を保障するために付与される休暇のこと・・・(省略)
有給休暇の買取を積極的に認めてしまうと、「企業が有給を取得させない」「従業員が有給を取得しない」といったケースが発生し、本来の有給休暇の目的を果たせなくなる可能性があります。そのため、有給休暇の買取は原則として認められていません。
2. 有給休暇の買取が認められる3パターン
有給休暇の買取は原則違法ですが、例外的に買取が認められるケースもあります。ここでは、有給休暇の買取が認められる3つのパターンについて解説します。
2-1. 退職者の有給休暇が残っている場合
有給休暇を買い取るパターンとして最も多いのは「退職者の有給休暇が残っている場合」です。退職する従業員に有給休暇が残っていた場合、企業と従業員で話し合い、双方の同意を得られれば、有給休暇の買取をおこなうことができます。ただし、有給休暇の取得は労働者の権利であり、基本的に企業は有給休暇の取得を拒否できません。
関連記事:有給休暇の消化とは?有給休暇の取得義務化や転職・退職した際の有休消化について解説
2-2. 有給休暇の有効期限が切れた場合
有効期限が切れ失効してしまった有給休暇の買取も認められています。労働基準法第115条により、有給休暇には2年間の有効期間が設けられています。
(時効)
第百十五条 この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。
従業員が付与された有給休暇を1年目に使用しなかったとしても、翌年に繰り越すことができます。しかし、有給休暇の付与日から2年後に有効期限を迎えるため、それ以降に繰り越すことはできません。
有効期限が切れてしまい失効してしまった有給休暇を買い取る場合は、従業員に対して有利に働きます。そのため、時効により消滅してしまった有給休暇の買取は認められています。ただし、有給休暇の本来の目的は果たせてないので、有効期限が到来する前に、有給休暇を取得させるようにしましょう。
関連記事:有給休暇の有効期限とは?基準日の統一や繰越のルールについて解説!
2-3. 付与された有給休暇が法定基準よりも多い場合
有給休暇の付与日数は、下記のように労働基準法で定められています。
法律で定められている以上の有給休暇を付与しても問題ありません。たとえば、6年半年以上継続して勤務しているフルタイム労働者には、最低20日以上の有給休暇を付与する必要があります。しかし、企業独自のルールで23日、25日などと付与することも可能です。
このように企業が法定基準以上に有給休暇を付与している場合、その超過分については買取が認められています。
関連記事:【図解】有給休暇の付与日数がひと目でわかる!付与要件や最大日数の求め方
3. 有給休暇の買取金額はいくら?相場と計算方法
有給休暇の買取金額について、明確な法律の定めはありません。ただし、労働基準法第39条には有給休暇を取得した際の支払うべき賃金が規定されています。
使用者は、第一項から第三項までの規定による有給休暇の期間又は第四項の規定による有給休暇の時間については、就業規則その他これに準ずるもので定めるところにより、それぞれ、平均賃金若しくは所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金又はこれらの額を基準として厚生労働省令で定めるところにより算定した額の賃金を支払わなければならない。(省略)その期間又はその時間について、それぞれ、健康保険法第四十条第一項に規定する標準報酬月額の三十分の一に相当する金額又は当該金額を基準として厚生労働省令で定めるところにより算定した金額を支払う旨を定めたときは、これによらなければならない。
そのため、有給休暇の買取金額は、一般的に「その従業員の月の賃金 ÷ 労働日」となります。このように有給休暇の買取金額は、従業員の賃金に応じて変動するので、明確な相場金額がありません。また、「正社員は5000円、契約社員は3000円」など、企業によっては有給休暇の買取金額を就業規則に明記している場合もあります。
ここからは、有給休暇の買取金額の計算方法について詳しく解説します。
3-1. 通常の賃金を支払う
通常の賃金とは、所定労働時間働いた場合に支払われる賃金のことです。有給休暇を買い取る際に通常の賃金を支払う場合は、下記のように計算されます。
例)月給30万円、労働日が20日の従業員の場合
30万円(月給) ÷ 20日(労働日) = 15,000円
通常の賃金を支払う場合、特別な賃金計算が発生しないというメリットがあります。
3-2. 平均賃金を支払う
平均賃金とは、労働基準法第12条で定められいる賃金のことで、原則として、直近3カ月間に支払われた賃金の総額を、その期間の総日数(暦日数)で除した金額を指します。
第十二条 この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう
有給休暇を買い取る際に平均賃金を支払う場合は、下記のように計算されます。
例)2024年1月~3月(総日数:91日)までの賃金総額が80万円の場合
80万円(直近3カ月に支払った賃金の総額) ÷ 91日(その期間の総日数) = 8,791円
なお、平均賃金を算出する際、臨時に支払われる賃金(結婚手当や見舞金など)や3カ月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与・ボーナスなど)は含めないので注意が必要です。また、控除期間や最低保障額、端数処理などの決まりもあるため計算方法を正しく理解しておきましょう。
関連記事:労働基準法の平均賃金とは?意味や計算方法をわかりやすく解説
3-2. 標準報酬月額の日割り額を支払う
健康保険法第40条第1項に規定する標準報酬月額の30分の1に相当する金額もしくは、当該金額を基準として厚生労働省令に基づき算定した金額が、有給休暇を取得した際の賃金として用いられるケースもあります。
この計算方法を有給休暇の買取にも適用する場合は、健康保険料を求める際に必要な標準報酬月額を30で割り、標準報酬月額の日割り額を算出したうえで、その日割り額を支払うことになります。
ただし、標準報酬月額には上限があるので、有給休暇の賃金が少なくなってしまう恐れもあります。そのため、標準報酬月額の日割り額を用いる場合、労使協定を締結するなど、従業員側と企業側の両者の理解が必要になります。
4. 有給休暇の買取によるメリット
有給休暇の買取によりどのようなメリットが得られるのでしょうか。ここでは、有給休暇の買取のメリットについて詳しく解説します。
4-1. 従業員エンゲージメントの低下を防げる
有給休暇が時効により失効しまうと、有給休暇の保有日数が減り、従業員のエンゲージメントが低下する可能性もあります。企業が消滅してしまった有給休暇を買い取ることで、従業員は有給休暇を取得した場合と同程度の賃金を得ることができます。これにより、従業員のエンゲージメントの低下を防ぎ、業務生産性を維持することが可能です。
4-2. 社会保険料を早期に削減できる
退職する際、「残っているすべての有給休暇を消化したい」と考える従業員は少なくないでしょう。有給休暇の取得は従業員の権利であるため、退職が決まっている場合でも、従業員が有給休暇取得を申請したら企業は拒否することができません。
有給休暇を取得している限り、従業員は会社に在籍している状態となります。そのため、企業はその従業員に対する社会保険料を支払わなければなりません。
しかし、転職が決まっているなどで、早期に退職したいと考えている従業員もいるかもしれません。そのような従業員に対しては、有給休暇の買取を選択して早期退職してもらうことで、社会保険料の負担を軽減できる可能性があります。
関連記事:退職月の社会保険料はどう計算する?月中、月末などパターン別に解説
5. 有給休暇の買取によるデメリット
有給休暇の買取にはメリットだけでなく、デメリットもあります。ここでは、有給休暇の買取に関するデメリットについて詳しく紹介します。
5-1. 有給取得率が下がる可能性がある
有給休暇の買取を導入することで、「有給休暇を取得しなくても買い取ってもらえればよい」と考える従業員が増えるかもしれません。これにより、有給休暇の取得率が下がる可能性があります。有給取得率の低下により、企業のイメージダウンにつながる恐れもあります。
まずは有給休暇を付与している理由をきちんと従業員に周知しましょう。また、有給休暇の買取を導入する際は、ルールを明確にし、例外として許可しているのだと認識させることが大切です。
5-2. 有給休暇の買取に関するトラブルが起きる
有給休暇の買取ルールを明確にしていないと、買取可否や買取金額について従業員とトラブルが発生する可能性があります。有給休暇の買取は任意です。また、法律による明確なルールの定めもないため、買取金額を低く設定することもできます。
有給休暇の買取可否や買取金額について就業規則に明記しすることが大切です。後からトラブルが生じないよう、以下の項目を含めるのがおすすめです。
- 買取の対象となる有給休暇
- 買取金額の算出方法や具体的な金額
- 支払日
- 支払の方法
また、就業規則に定めるだけでなく、研修やセミナーなどで従業員に正しく周知することも重要です。
6. 有給休暇の買取に関する注意点
有給休暇の買取には注意点があります。ここでは、有給休暇の買取に関して気を付けるべきポイントを詳しく紹介します。
6-2. 2019年4月から年5日の有給休暇取得が義務化
2019年4月より有給休暇が10日以上付与されている従業員に対して、年5日の有給休暇の取得が義務化されました。労働基準法第120条により、有給休暇の取得義務に違反した場合、企業に従業員1人あたり30万円以下の罰金が課されます。
また、買取した有給休暇の日数は「年5日」に含めることはできません。労働基準法に違反しないためにも、計画的に有給休暇を取得させられる環境を整備することが大切です。
関連記事:年5日の年次有給休暇を正しく取得させるための注意点・ポイントをおさらい
6-2. 買取における税金の取り扱いに注意する
有給休暇の買取による所得は、原則として「給与所得」に該当します。ただし、退職時の有給休暇の買取による所得は「退職所得」扱いになります。
賃金支払いのミスは従業員からの信頼を損ねるだけでなく、再計算などの手間もかかります。従業員の給与を管理する担当者は税法を理解し、正しく計算する必要があります。
7. 有給休暇の買取に関するよくある質問
ここでは、有給休暇の買取に関するよくある質問への回答を紹介します。
7-1. 有給休暇の買取は拒否できる?
労働基準法に有給休暇の買取についての定めはありません。そのため、従業員から有給休暇の買取を求めた場合、企業は拒否することができます。
また、企業が従業員に有給休暇の買取を要求する場合も、従業員は拒否することが可能です。従業員が拒否しない場合でも、買取の要件を満たしていないければ、違法となるので注意が必要です。
7-2. 有給買取と有給消化はどっちがお得?
有給買取は法律で明確に定められていないので、企業によって計算方法が異なります。そのため、「有給買取」と「有給消化」でどちらがお得かは一概に判断できません。
退職する場合の「有給買取」と「有給消化」の税金について考えてみましょう。この場合、有給買取は「退職所得」、有給消化は「給与所得」に該当します。退職所得には、最低80万円の退職所得控除が設けられています。また、退職所得は下記の計算式により算出されます。
退職金が大きい場合でも、2分の1を掛けて所得が計算されるので、税金を計算するための所得金額を抑えることが可能です。また、退職所得は「分離課税」に該当するため、他の所得と分離して所得税額が計算されます。
このように「有給買取」と「有給消化」では税金の計算方法が変わるので、買取をおこなう際はきちんと従業員に周知しましょう。
関連記事:退職金に所得税はかかる?控除額の計算方法・納付書について解説!
7-3. 有給休暇を買い取った場合に給与明細は必要?
従業員の有給休暇を買い取った場合に「給与明細」は必要ありません。有給買取は「給与」でなく「賞与」として扱うため、「給与明細」の代わりに「賞与明細」を発行する必要があります。
8. 従業員が健康的に働ける職場づくりを!
有給休暇の買取は原則として認められていません。ただし、従業員が有利になる場合に限り、例外的に買取は認められています。有給休暇は本来従業員の休息のための制度であるため、労使間で納得したうえで買取をおこなうようにしましょう。
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