ピグマリオン効果とは、心理学用語の一つで、適度な期待をかけることで、成果が向上する心理的現象を意味します。一方、期待がない場合、逆にゴーレム効果につながり、パフォーマンスが低下する恐れもあります。この記事では、ピグマリオン効果の由来や実証実験を紹介したうえで、ピグマリオン効果を人材育成や教育の場面に活用するメリット・デメリットや注意点を解説します。
目次
1. ピグマリオン効果とは?
ピグマリオン効果とは、心理学用語の一つで、誰かに期待されると、期待にそった成果を出す傾向があることを意味します。たとえば、上司が部下に売上を出せると期待をかけ、部下は期待に応えようと努力することが挙げられます。この結果、売上アップを実現できるでしょう。
なお、ピグマリオン効果は「期待効果」「ローゼンタール効果」と言い換えられることもあります。ここからは、ピグマリオン効果の名前の由来を紹介します。
1-1. ピグマリオン効果の由来
ピグマリオン効果は、アメリカの教育心理学者であるロバート・ローゼンタールが、教育心理学における心理行動の一つとして提唱しました。ギリシャ神話に登場するキプロス島の王、ピグマリオンが語源となっています。
ピグマリオンは自分が彫った彫刻を愛し、人間になることを願いました。熱心な願いが愛の女神アフロディテに届き、アフロディテは彫刻を人間に変えます。そして、ピグマリオンと人間となった女性は、結婚して幸せに暮らしました。ピグマリオン効果とよばれるようになったのは、ピグマリオンの願いにより彫刻が人間に変わった様子と、期待により相手が変わる様子がよく似ていたためと言われています。
2. ピグマリオン効果の実証実験
ピグマリオン効果は論理的に根拠があるのかどうか気になる人もいるかもしれません。ピグマリオン効果には、次のような実証実験があります。
- ネズミを使った実験
- 教育現場での実験
ここでは、上記2つのピグマリオン効果の実証実験について詳しく紹介します。
2-1. ネズミを使った実験
ローゼンタールはピグマリオン効果を実証するために、ネズミを使った実験を実施します。生徒たちを2グループに分け「ネズミを使った迷路実験をおこなう」と言い、以下のネズミを一匹ずつそれぞれのグループに渡します。
- 訓練されているかしこいネズミ
- ノロマで頭の悪いネズミ
本当は両方とも普通のネズミだったにもかかわらず、結果ではかしこいネズミの方が優秀な成績を残しました。なぜこのような結果が生まれたのでしょうか。生徒はローゼンタールの意思を汲み取り、かしこいネズミを丁寧に扱い、ノロマなネズミはいい加減に扱いました。その結果が実験結果に反映されたのです。
2-2. 教育現場での実験
ローゼンタールはピグマリオン効果を実証するため、他の実験として、小学校の全生徒に「これから学力が伸びるかがわかるテスト」を受けさせました。生徒・教師ともに知りませんが、本当はごく普通のテストです。ローゼンタールはテストの結果とは関係なく、ランダムに以下のようなクラスに分けました。
- これから成績が伸びる生徒のクラス
- 成績が伸びない生徒のクラス
ローゼンタールはテスト結果が出てから8カ月後に、再びテストを実施します。本来なら成績に差は出ないはずですが、結果としては「これから成績が伸びる生徒のクラス」の成績が上がりました。教師が「これから成績が伸びる生徒のクラス」に期待して接した結果、生徒の成績が上がったとしてピグマリオン効果が実証されました。
3. ピグマリオン効果と似た心理学用語との違い
ピグマリオン効果と類似する心理学用語はいくつかあります。ここでは、ピグマリオン効果とゴーレム効果、ハロー効果、ホーソン効果それぞれの違いについて詳しく紹介します。
3-1. ゴーレム効果との違い
ゴーレム効果とは、周囲から期待を持たれないことで、パフォーマンスが低下する心理的現象を意味します。ピグマリオン効果とゴーレム効果は、どちらもアメリカの教育心理学者ロバート・ローゼンタールによって提唱され、期待が人の心理や行動に影響を与えるという点で意味が共通しています。
しかし、ピグマリオン効果は期待されることでパフォーマンスが向上する効果を意味しますが、ゴーレム効果は期待がないことでパフォーマンスが下がる効果を意味します。このように、ピグマリオン効果とゴーレム効果は対義語の関係にあります。ビジネスでは、ゴーレム効果でなく、ピグマリオン効果につながるような期待をすることが重要とされます。
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3-2. ホーソン効果との違い
ホーソン効果とは、注目や関心を集めると、モチベーションが上がり、パフォーマンスも向上する心理的現象を意味します。ホーソン効果は、ハーバード大学のジョージ・エルトン・メイヨー教授によって提唱されました。ピグマリオン効果とホーソン効果は、どちらも他者からの視線によって行動に影響を及ぼす点で共通しています。
しかし、ピグマリオン効果の場合、注目だけでなく、期待されているという事実があることで、パフォーマンスが向上します。もしも注目を受けていても、期待されていないとわかれば、ゴーレム効果につながり、パフォーマンスが低下する恐れがあります。一方、ホーソン効果の場合、期待の事実に関係なく、注目されているという事実だけでパフォーマンスが上がるとされています。そのため、実際に期待されているかどうかは考慮しない点が特徴です。
3-3. ハロー効果との違い
ハロー効果とは、相手の一部の特徴的な印象で全体の評価を決める心理的行動を意味します。ハロー効果は、アメリカの心理学者エドワード・ソーンダイクによって提唱されました。ピグマリオン効果とハロー効果は意味だけでなく、心理的影響を受ける対象に大きな違いがあります。ピグマリオン効果の場合、期待された側、つまり評価を受ける側の行動に影響が出ます。一方、ハロー効果の場合、評価する側の行動に影響が出ます。
ハロー効果もビジネスにおいて重要な影響を及ぼします。たとえば、人事評価において一部の突出した成果に引きずられて全体の評価も上げてしまい、不公平な評価を生み出す可能性があります。まずはハロー効果という認知バイアスがあることを知り、正しく評価できるよう、客観的な基準を明確に設けることが大切です。
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4. ピグマリオン効果のビジネスでの活用シーン
ピグマリオン効果は、ビジネスでも大いに活かすことができます。ここでは、ピグマリオン効果のビジネスでの活用シーンについて詳しく紹介します。
4-1. 人材育成
ピグマリオン効果は、新人教育や部下などの人材育成に活用することができます。新入社員や部下に対して教育担当者が適度に期待をかければ、教育を受ける側は期待に応えるべく努力しようとします。また、教育担当者は、期待をかけることで自然に褒める場面も多くなります。積極的に新しい仕事を任せる気持ちにもなりやすいです。
ポジティブなやり取りにより、教育担当者と教育を受ける側の関係は良くなります。良い結果が生まれれば、教育担当者は新入社員や部下にさらなる期待をかけるようになるでしょう。また、期待を受けて、教育を受ける側はより努力しようとします。そこには、理想的な好循環が生まれます。このように、ピグマリオン効果を上手く活用すれば、良好な人間関係を構築しながら、効率よく人材育成をおこなうことが可能です。
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4-2. セルフマネジメント
ピグマリオン効果は、セルフマネジメントにも活用することができます。自分自身に期待をかけることで、自信を高め、挑戦や勉強への意欲を向上させることができます。しかし、自分自身に期待するのは簡単ではありません。「期待している」と考えるだけでは、ピグマリオン効果は働かないでしょう。自分に期待をかける際に有効な方法として、次のような手法があります。
- 自分が得意なことを書き出す
- 自分ができたことや成功したことを書き出す
- 普段口にする言葉をポジティブなものにする
教育担当者は、ピグマリオン効果がセルフマネジメントに活用できることを、新入社員や部下に教え、実践を促しましょう。セルフマネジメントが身に付くことで、自律性が高まり、突発的なトラブルが生じても自分で考え、自分で解決することができるようになります。
5. ピグマリオン効果を人材育成・教育に活用するメリット
ピグマリオン効果を人材育成や教育に活用することで、さまざまなメリットが得られます。ここでは、ピグマリオン効果を人材育成・教育に活用するメリットについて詳しく紹介します。
5-1. スキルアップが期待できる
上司や同僚など周囲から期待されることで、従業員は自己肯定感が高まり、学習への意欲も向上します。また、自信が高まれば、挑戦的な課題や困難なタスクにも積極的にチャレンジしようとします。このように、ピグマリオン効果を人材育成や教育に活用すれば、大きなスキルアップにつながり、従業員の成長が期待できます。
5-2. 生産性が高まる
仕事において周囲から期待されることで、より成果を出そうと努めるようになります。これにより、個人の生産性が向上し、これまで以上に大きな成果が生み出されます。また、ポジティブな雰囲気は社内に伝染します。そのため、組織全体の生産性向上も期待できます。このように、ピグマリオン効果は、組織の成長にとっても大きな役割を果たします。また、ピグマリオン効果は当事者だけでなく、周囲にも影響を及ぼすことも押さえておきましょう。
5-3. 従業員エンゲージメントが向上する
組織や上司から期待されていなければ、モチベーションが低下し、「会社から求められていない」と自己肯定感も下がり、生産性の低下や離職率の上昇につながる恐れがあります。一方、周囲から適切な期待をかけることで、「会社から必要とされている」と帰属意識が高まり、従業員エンゲージメントも向上します。結果として、定着率の上昇につながり、採用コストを減らし、効果的な人材育成をおこなうことが可能です。このように、ピグマリオン効果は、社内の心理的安全性を高めたい場合にも効果的です。
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6. ピグマリオン効果を人材育成・教育に活用するデメリットや注意点
ピグマリオン効果は正しく用いないと、デメリットが生じる可能性もあります。ここでは、ピグマリオン効果を人材育成・教育に活用するデメリットや注意点について詳しく紹介します。
6-1. 過度な期待はプレッシャーになる
ピグマリオン効果は、すべての人によい影響をもたらすとは限りません。期待をプレッシャーと捉え、緊張や不安により集中力が低下し、かえって生産性が低下する可能性もあります。あらかじめ従業員の考え方や価値観を把握し、その人にあわせて適度な期待をかけることで、ピグマリオン効果を生み出し、パフォーマンスは向上します。
6-2. 不公平を生み出す可能性がある
ピグマリオン効果は、期待をかけることから始まります。しかし、従業員によって期待の差があると、不公平だと感じ、期待されていない従業員にとっては会社への不満につながる恐れがあります。ピグマリオン効果を全社的に取り入れる場合、あらかじめ目的やメリット、注意点を従業員にきちんと周知しておくことが大切です。あわせてゴーレム効果やハロー効果など他の心理的効果も教育すると効果的です。
6-3. 目標の押し付けが生じる恐れがある
期待をかけることで、パフォーマンスが向上する効果を誤って解釈すると、目標の押し付けが生じる可能性があります。従業員の意思を汲まず、上司から一方的に目標を押し付けると、モチベーションが低下します。期待しているからといっても、従業員自身で定めた目標でなければ、当事者意識が生まれず、成し遂げたいという意欲も高まりません。ピグマリオン効果を正しく発揮させるためにも、目標設定はあくまでも従業員自身でおこなってもらい、それを応援するような形でサポートすることが周囲には求められます。
関連記事:目標設定の押し付けは従業員のモチベーションを下げる!よい目標設定の特徴やポイントを解説
7. ピグマリオン効果を活用する際のポイント
ここでは、ピグマリオン効果を最大限に発揮するためにも、ピグマリオン効果を活用する際のポイントについて詳しく紹介します。
7-1. 過度に褒め過ぎない
ピグマリオン効果により、期待をしてあげることで、パフォーマンスが高まることは事実です。しかし、過度に褒め過ぎると、現状に満足してしまい、今よりも能力や業績の向上を目指さなくなる可能性があります。行動プロセスや成果を褒めた後は、今後の課題やタスクを洗い出し、次の成長へとつなげることが大切です。
7-2. 適切な裁量と課題を与える
従業員に期待しているからといって、過剰な裁量や達成が非現実的な課題を与えると、従業員は混乱してしまい、自分の持てる能力を思うように発揮できない可能性があります。一方、プレッシャーをかけないようにするため、あまりにも裁量を付与しなかったり、簡単な課題しか与えなかったりすると、従業員の成長につながりません。従業員のスキルを見極め、適切なレベルの裁量と課題を与えることで、適度に期待されると感じ、積極的に仕事に取り組み、成果を出すことが可能です。
7-3. 定期的にフィードバックを実施する
期待しているからと声掛けをおこなっても、従業員は放置されていると感じ、「会社から大切されていない」とモチベーションが低下する恐れがあります。そのため、定期的に1on1ミーティングを実施するなど、従業員が今の取り組みに対してどのような悩みがあって、どのような考えをしているかヒアリングをおこなうことが大切です。成果が出ないときは、ヒントを与え、主体的に課題解決できるよう促すことで、従業員の成長につながります。
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7-4. 内発的動機付けを重視する
内発的動機付けとは、周りからの期待・評価や報酬などの外部要因の影響を受けず、自分の内側から湧き出る興味・関心や向上心などによって動機付けられることを意味します。周囲からの期待は、内発的動機付けでなく、外発的動機付けになります。外発的動機付けは、モチベーションを高める効果が期待できますが、長くは続きません。また、外部環境によって、大きくモチベーションは左右されます。
そのため、内発的動機付けを重視し、従業員の価値観や将来なりたい姿から、人材育成や人事配置などの人事施策をおこなうことも大切です。なお、東北学院大学教養学部論集の「期待の声掛けが内発的動機づけ及び印象形成に与える影響──場面想定法を用いた探索的検討──」の論文によると、単純な期待の声掛けだけでは内発的動機付けが向上しないことも示されています。
本調査(N=116)では,期待の声掛けではなくもむしろ反発を促す声掛けのほうが内発的動機づけを高めること,表明者の好ましさは内発的動機づけに関係しないことが明らかとなった。また,期待の声掛けは表明者の好印象を形成し,関心を伝えるポジティブな効果を持つ一方で,中立性のなさや隠された意図の存在を推測させてしまうなどのネガティブな効果も明らかとなった。ピグマリオン効果が認められるためには,期待を持つ側の無意識的な行動の変化が重要であり,単純な声掛けのみでは内発的動機づけは上昇しない可能性が高いことが示された。
引用:期待の声掛けが内発的動機づけ及び印象形成に与える影響──場面想定法を用いた探索的検討──|東北学院大学教養学部論集
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7-5. 他の教育手法も組み合わせる
ピグマリオン効果のみでパフォーマンス向上を目指すのでなく、他の教育手法も組み合わせることで、相乗効果によって大きな成果を生み出せる可能性が高まります。たとえば、OJTと期待理論(ピグマリオン効果)を組み合わせることで、新入社員の意欲や心理的安全性を高めて、早期離職を防止し、効果的な人材育成につなげることが可能です。
また、eラーニングを導入し、ピグマリオン効果だけでなく、ハロー効果やゴーレム効果といった心理的現象を学習できるカリキュラムを提供することで、学びたい人が自分の好きなタイミングで勉強をし、実務に活かしてもらうことができます。このように、ピグマリオン効果に拘り過ぎず、あらゆる視点から人材育成のアプローチをおこないましょう。
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8. ピグマリオン効果を使って従業員の生産性を向上させよう!
ピグマリオン効果とは、組織や上司の適度な期待により、パフォーマンスが向上する心理的現象のことです。組織にピグマリオン効果を生み出せば、従業員の仕事に対するモチベーションが高まり、生産性の向上も期待できます。ただし、ピグマリオン効果はすべての従業員に有効とは限りません。従業員一人ひとりの適性を把握し、それぞれにあった人材育成を実施しましょう。