最近、「リスキリング(=学び直し)」という言葉を耳にすることが増えたのではないでしょうか?業務の効率化や生産性向上が求められる世の中において、近年、リスキリングへの注目度が高まっています。
本記事では、リスキリングの意味やメリット、実施手順から企業事例に至るまで詳しく解説します。
目次
1. リスキリング(学び直し)とは?
1-1. 経済産業省による「リスキリング」の定義
経済産業省において「リスキリング(Reskilling)」は以下のように定義されています。
「新しい職業につくために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること
近年では、AIやRPAなどの進化によってデジタル化が進み、これまで人間がおこなってきた多くの仕事が失われるとも言われています。その一方で、デジタル化に対応できるスキルを持つ人材は不足しているのが現状です。
これからのDX時代を企業が生き抜くためには、DX人材の採用と育成が急務であり、そのための人事戦略としてリスキリングが求められています。
1-2. リカレント教育との違い
リスキリングと似た意味を持つ言葉に「リカレント教育」があります。
リカレント(recurrent)には「循環する」「繰り返す」という意味があり、人生の中で「就労」と「学び」を繰り返す教育システムのことをリカレント教育と呼びます。
リカレント教育は、これまでの「学校教育」を生涯にわたって分散させようとする理念です。義務教育や高校・大学での学びを終え社会人になったあと、新しいスキルや知識を身につけるために、大学などの教育機関に入り直して学習し、また仕事に戻ることを意味します。
関連記事:リカレント教育とは?定義・実施方法・補助金まで分かりやすく解説!
1-3. アンラーニングとの違い
「アンラーニング」もまた、リスキリングと混同されがちな言葉です。
「アンラーニング」とは、「学習棄却」「学びほぐし」と言われ、これまでに培ってきた知識や価値観を認識・取捨選択し、代わりに新しい知識やスキルを身に付けることを指します。
アンラーニングは「不要になったスキルを捨てる」ことに焦点が当たっているのに対し、リスキリングは「新しいスキルを獲得する」ことに焦点が当てられているという点が大きく異なります。
1-4. 生涯学習との違い
もう1つ、リスキングとの違いを確認しておきたい言葉に「生涯学習」があります。生涯学習は、人生を充実させるために、仕事に関わる知識やスキルに限らずさまざまな分野の学習にチャレンジすることを意味する言葉です。
リスキングは仕事に役立つ知識やスキルを習得することを意味します。一方、生涯学習は分野を限定することがなく、幅広い分野を対象とする言葉です。
2.リスキリングが注目される背景
2-1. DXへの対応
DXはコンピュータやAIを活用することで、作業時間の短縮や人件費削減、業務の正確性向上などが期待できます。このような背景によりDXの重要性を認識し始める企業は増えてきていますが、実際にDX化に対する何らかの取り組みをおこなっている企業はまだまだ少ないのが現状です。
DXが思うように進まない最大の要因は「DX人材の不足」です。実際に、経済産業省は2019年に「2030年にはデジタル人材が約79万人不足する」と発表するほど、日本のDX人材不足は深刻化しています。
また、DX人材の採用市場は売り手市場であり、企業間での競争が激しく採用の難易度が高まっています。そのため、社内の既存社員に「リスキリング」を通して、DXスキルを身に付けてもらおうとする風潮が強まっているのです。
2-2. 政府もリスキリングの支援策拡大を表明
2022年10月、岸田文雄首相は「日経リスキリングサミット」で「新しい資本主義」を実現するために「人への投資(リスキリング)」が「第一の柱」となるという考えを示しています。
実際に、政府はこれまで3年で4000億円としてきたリスキリング関連の支援策を、5年で1兆円に拡充すると決定しています。
また、リスキリングから転職まで一気通貫で支援する制度の新設なども視野に入れており、今後、日本国内におけるリスキリングはより一層活性化していく事が予想されます。
2-3. リスキングは世界共通の課題
リスキングはすでに世界中に広がっており、さまざまな機関でリスキングに関する提言がなされています。
2020年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)では、第四次産業革命に対応することも目的に、2030年までに10億人の人に対してリスキリングを提供するという目標が掲げられました。
また、日本では2011年に経団連がリスキリングの推進を提唱しています。
企業にとってリスキングは避けて通れない喫緊の課題であり、対応できなければ存続が危うくなるリスクさえあるのです。
2-4. リスキングに関する補助金制度
リスキングの導入にあたり補助金制度が設けられています。代表的な補助金制度は、厚生労働省が提供する「人材開発支援助成金」です。
人材開発支援助成金の目的は、従業員のスキルアップとキャリア開発を促進し、企業の競争力を高めることです。制度内容は、事業主が従業員に対して、職務関連の専門知識や技能を習得させるための職業訓練を実施する際、その訓練経費や訓練期間中の賃金の一部をしてくれます。
人材開発支援助成金には7つのコースがありますが、リスキングは「事業展開等リスキリング支援コース」に該当します。新規事業の立ち上げや事業展開に伴い、従業員が新たな分野で必要となる知識や技能を習得するための訓練を実施した場合に補助を受けられます。
このような補助金を活用してリスキングを導入するとコストの負担を軽減できます。この制度が創設されたことがきっかけでリスキングを導入した企業もあるため、今後はよりリスキングの流れが高まっていくと考えられます。
ただし、このコースは令和4年から令和8年度の期間限定で創設されました。いつでも受けられる補助金制度ではないため、リスキングを導入するタイミングをしっかりと見極めましょう。
3. 企業がリスキリングを推進するメリット
3-1. 人材不足への対応
経済産業省は2019年に「2030年にはデジタル人材が約79万人不足する」と発表するほど、日本のDX人材不足は深刻な状況です。
また、DX人材の不足は多くの企業で問題となっているため、DX人材の採用市場は売り手市場で企業間の競争が激しく、人材採用の難易度が極めて高くなっています。
そこで、リスキングによって既存社員に必要なスキルを身に付けさせ、DX人材不足を解消しようとする長えれが広まっているのです。
3-2. 業務効率化・生産性向上につながる
リスキリングで学んだスキルを実業務に活かせば、業務効率化や生産性向上に繋がります。
例としては、ルーティンワークを自動化し残業時間を削減したり、その空いた時間をより戦略的な業務に充てたり、など様々なメリットが期待できます。
このようにリスキリングを実施することで、従来では思いつかなかった革新的なアイデアを生む可能性が上がります。
3-3. リスキリングの成果を還元してもらいやすい
リスキリングをおこなう最も大きなメリットとして、「会社に還元してもらいやすい事」が挙げられます。
リスキングは、社内文化や業務フローに詳しい既存社員を対象に実施するケースが多いため、身に付けたスキルを社内に応用させやすくなります。これは、DX人材を外部から採用する場合にはない、リスキリングならではのメリットと言えるでしょう。
関連記事:リスキリングで何を学ぶべき?|DX人材に必要なスキルや学習手順について
4. リスキングにはデメリットもある
リスキングにはデメリットもあります。
4-1. 手間とコストがかかる
リスキングの導入には手間とコストがかかります。手間の面では、リスキングにふさわしい人材の洗い出しや身に付けるべき資格の検討などをおこなう必要があります。コストの面では、外部による研修サービスの実施や人材管理ツールの導入などが必要になるケースも出てきます。
リスキングの内容が高度なほど手間・コストがかかり、無事にリスキングの研修などが終わっても、業務・業績に反映されるまでには一定の時間がかかるでしょう。
そのため、リスキングの導入には入念な計画・準備が必要です。いつまでにリスキングを終わらせる必要があるのかゴールを設定し、そこから逆算してやるべきことやサポート体制を決定しましょう。
4-2. 転職のリスクがある
リスキングで高度な技術・スキルを取得することにより、従業員が他企業に転職する可能性があります。DX人材の採用は売り手市場であるため、もっと条件のよい会社に転職しようと考える従業員がいても不思議ではありません。
また、リスキングの対象者となった従業員が、高度な研修やプレッシャーを負担に感じて退職してしまうことも考えられます。これは、リスキングを導入する上で避けなければならない事態です。
いずれの場合も、企業にとって従業員の転職は大きな損失となります。このような事態を避けるためには何らかの対策を講じなくてはなりません。その一例として、リスキングの導入と同時に対象従業員の待遇や職場環境などを見直すことが挙げられます。他企業への転職リスクを下げるためには、社外の待遇・就業条件などと相場観を合わせることが大切です。
将来の会社を担う重要な人材を育成するリスキングを導入するには、多方向からのアプローチが必要と言えるでしょう。
5. 日本企業におけるリスキリングの実態と将来像
現在、日本企業におけるリスキングの実態はどのようになっているのでしょうか。
5-1. リスキングの実態
株式会社ビズリーチが2021年におこなった調査では、現在リスキリングに取り組んでいる企業は約2割、今後取り組む予定・検討中は約4割という結果になりました。
まだまだリスキリングに取り組んでいる企業は少ないものの、検討中の企業が約半数を占めていることから、リスキリングに取り組む企業は増加傾向にあることが分かります。
また、リスキリングに取り組む理由としては「事業成長や新規事業に必要なスキルを持った人材を育成するため(75.4%)」が最も多く、次いで「人的資本経営のため(38.7%)」「社員のキャリア支援のため(35.9%)」と続きました。
関連記事:即戦力人材の約5割が既にリスキリング(Reskilling)を実施。取り組み出すビジネスパーソンは増加傾向|株式会社ビズリーチ
5-2. リスキングで何を学ぶ?取得すべき資格とは
では、実際にリスキングで何を学ぶべきなのでしょうか?
業種・業態によって必要な知識・スキルは異なります。しかし、多くの業種・業態が共通して取得しておくべき資格もあります。ここでは、リスキングにおすすめの3つの資格を紹介するので参考にしてみてください。
資格の種類 | 概要 |
MOS (マイクロソフト オフィススペシャリスト) |
|
ビジネス統計スペシャリスト |
|
VBAエキスパート |
|
6. リスキリングを進めるための4ステップ
ここでは、企業がリスキリングを進める具体的な手順について解説します。
6-1. 必要なスキル・既存スキルを可視化する
まず、「自社に必要なスキルは何なのか」「今、従業員はどんなスキルを持っているのか」を可視化します。
例えば、データ分析スキル・プロジェクトマネジメントスキルなど、自社の成長に必要なスキルを洗い出します。その上で、自社の従業員が日々の業務で、どのようなスキル・知識を得ているのかを明確にします。
「自社に必要なスキル」と「今、従業員が持っているスキル」のギャップを把握することが、リスキリングを進める第一歩です。
6-2. 教育カリキュラムを作成する
次に、Step1で明確になったギャップを埋めるためのカリキュラムを作成します。
企業の多くは、カリキュラムを自社内で作成する傾向にありますが、身に付けたいスキルのノウハウが自社に蓄積していないケースも少なくありません。
そのような場合は、必要に応じて外部のコンテンツを活用することで効率的なカリキュラム作成が可能になります。最近では無料でDXスキルを学習できるサービスも増えているため、検討してみてはいかがでしょうか。
関連記事:DX人材の育成方法とは?DX人材に必要なスキルと「よくある課題」について解説
6-3. スキル活用の場を提供する
リスキリングを通して身に付けた知識を現場の業務に反映させていきます。スキル・知識を学んでも、業務に活かせなければ意味がありません。
場合によっては、身につけたスキルが発揮できる部署に従業員を異動させたり、スキルを生かすトライアルをおこなうなど、実践に近い環境で実体験を積むことが重要です。また、複業を解禁するなど、自社の外で従業員のスキルを試せる場所を提供することも検討してみましょう。
6-4. リスキリングを人事制度に反映させる
最後のステップは、リスキングを評価などの人事制度に反映させることです。
社内に、挑戦することを評価する文化を作らなければ、リスキリングのモチベーションが醸成できません。リスキリングも挑戦した従業員の結果はもちろん、過程も含めて評価する仕組みをつくることで、従業員はさらに高いモチベーションでリスキリングに挑戦できるようになるでしょう。
関連記事:ベテラン社員のリスキリングを進める5つのステップ|45歳からのキャリア自律スクール:ライフシフトラボ
7. リスキングを導入する前に準備するべき4つのこと
ある日突然リスキングを導入しても、なかなか思うような効果は得られません。リスキングを成功させるためには、以下のような準備が必要です。
- リスキングの認知度を高める
- リスキングに取り組みやすい環境を整える
- 従業員の自発性を大切にする
- モチベーションを高めるための工夫をする
まずは、リスキングの社内認知度を高めることから始めます。従業員の中には、新しい制度を導入することに抵抗を感じる人もいるでしょう。特に、リスキングのように通常の業務以外に新たな負荷が加わること受け入れられないケースもあります。
そのため、リスキングの意味や目的、自社に必要な理由を時間をかけて丁寧に説明しましょう。その際、リスキングのメリットや成功事例を紹介し、リスキングに対してよいイメージを持ってもらうことが大切です。また、リスキングに対する不安を解消し、待遇アップや部署移動などの報酬が得られることも伝え、モチベーションを高めるように配慮しましょう。
リスキングの対象者を選ぶ際は、従業員の自発性を尊重し、やる気のある人物を選ぶと成果が得やすくなります。なぜなら、リスキングは心理的な負担になってしまう可能性があるからです。やる気のない従業員がリスキングをおこなっても、途中で離脱したり十分な知識・スキルを習得できない可能性があります。
リスキングを導入には、待遇を改善したり学習時間を確保するために業務時間を短縮したりするなど、社内体制を整えることが先決です。リスキングによって得られる成果を想定し、それに見合うだけの環境を整備するところから始めましょう。
8. スキリングを導入した国内企業の事例を紹介
ここでは、リスキリングを導入した国内事例をご紹介します。
8-1. 日立製作所
日立製作所は2019年にデジタル人材を育成する新会社「日立アカデミー」を設立しました。その「日立アカデミー」では、「DXを推進する人材育成」や「DXリテラシー研修」という教育カリキュラムを実施しており、DXの基礎に関する教育に取り組んでいます。
また、これらのカリキュラムは日立製作所の社員以外も利用できるようになっています。
8-2. 富士通
富士通は、国内グループ全8万人を対象にリスキリングを実施しています。2020年に学びのポータルサイト「FLX」を開設し、社員が必要なスキルを自ら選び、学べる環境づくりに尽力をしています。
「FLX」では、9千以上のDXに関する最先端スキルの教材が利用でき、また、上司が許可すれば業務中の学習も可能です。終業後の学習は残業扱いとするなど、徹底的に社員が学びやすい環境づくりに取り組んでいます。
同社は教育投資を4割を増やし、必要なスキルを社員が自ら選び、学べる研修を拡大させています。
8-3. マイクロソフト
マイクロソフトは社外の人材、約2500万人に対してリスキリングを実施しています。
また、パーソルイノベーション株式会社やModisなど他社との協業にも積極的に取り組み、デジタル領域の研修やeラーニングの機会提供に尽力しています。
8-4. Amazon
アマゾンは2019年、2025年までに約10万人の従業員のリスキリング(学び直し)を実施する方針を表明しています。
実際に、技術職以外の従業員を技術職へ移行させる「アマゾン技術アカデミー(Amazon Technical Academy)」や既に基本的なITスキルを身に付けている従業員に機械学習スキル習得を促す「機械学習大学(Machine Learning University)」などを設置しています。
また、2021年5月には「アマゾン技術アカデミー」を受講していた倉庫作業員77名が卒業し、「AWS」などの最先端の部署に倍の給与で配属されています。
9. リスキングでDX化が加速する現代を勝ち抜こう!
本記事では、リスキリングの意味やメリット、実施手順から企業事例に至るまでを解説しました。
近年、DXの重要性が高まっているため、リスキリングを通して自社の社員に「DX スキル」を身に付けてもらうことは今後の企業活動を優位に進めることにつながります。
本記事を参考に、リスキリング導入を前向きに検討してみてはいかがでしょうか?