社会保険の加入要件を満たしているのに未加入の従業員がいる場合、要件を満たしたときまで遡って加入できます。しかし、遡り加入時は、加入時期を指定できないだけでなく、未払いの保険料を一括で納める必要があるなど、注意しなくてはならない点があります。
本記事では、社会保険の遡り加入について、従業員と企業、それぞれの時効や手続き方法、注意点などをまとめて解説します。
社会保険料の支払いは従業員の給与から控除するため、従業員が入退社した際の社会保険の手続きはミスなく対応しなければなりませんが、対象者や申請期限、必要書類など大変複雑で漏れやミスが発生しやすい業務です。
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目次
1. 社会保険は遡り加入できるのか?
厚生年金保険や健康保険の加入要件を満たしている従業員がいるにも関わらず加入していなかったときは、遡って加入できます。ただし、加入条件を満たしたタイミングまで遡って加入しなければならず、時期を選ぶことはできません。また、従業員の遡り加入では、会社自体が適用事業所や任意適用事業所であることも必要です。
1-1. 会社自体が未加入だったときの扱い
まず、会社自体が社会保険に加入していなかった場合について解説します。
会社自体が本来社会保険の加入義務があるにもかかわらず、未加入の状態が続いていた場合は、原則として加入申請をした月から社会保険が適用されます。未加入事業所が過去に遡って社会保険に加入する場合、保険料負担が大きくなるため、配慮してこのような措置となっています。
なお、社会保険への加入が必要な「強制適用事業所」の要件は以下のとおりです。
【強制適用事業所の要件】
- 株式会社などの法人の事業所(事業主のみの場合も含む)
- 従業員が常時5人以上いる個人事業所
個人事業所では農林漁業、サービス業などの場合を除いて強制適用事業所となります。被保険者に該当する従業員を使用している場合は、必ず加入手続きをしなければいけません。
士業は現行法では社会保険への加入は任意であるものの、令和4年10月より、常時5人以上の従業員がいるときは強制適用事業所の対象となるため注意しましょう。
参考: 適用事業所と被保険者|日本年金機構
参考: 健康保険・厚生年金保険の適用事業所における適用業種(士業)の追加(令和4年10月施行)|日本年金機構
関連記事:「社会保険」の手続きで考えたい強制適用と任意適用とは
2. 社会保険の遡り加入を行う場面
社会保険への加入要件を満たしている従業員がいるのにもかかわらず、未加入であった場合、遡って加入手続きが必要です。注意点と合わせて解説します。
2-1. 過去に加入要件を満たしていたとき
従業員の社会保険加入要件は以下の通りです。
- 正社員として雇用された者
- 短時間労働者で以下の要件に当てはまる者
- 1週の所定労働時間が20時間以上であること
- 雇用期間が1年以上見込まれること
- 賃金の月額が88,000円以上であること
- 学生でないこと
上記の適用要件は平成28年10月から令和4年10月までの適用要件です。遡り加入の場合、その当時の加入要件が適用されるため、厚生年金保険法など各種法令も確認し、間違いのないようにしましょう。 とくに社会保険料は給与から控除して支払うため、この法改正によって適用範囲が変更されることによって対象従業員の給与にも大きく関係します。確認ミスや漏れによるトラブルがないように対応しなければなりません。 そんな人事労務担当者の方の役に立つ「最新の法改正に対応した社会保険の加入条件ガイドブック」を無料配布しております。 加入条件をわかりやすく図解していますので、参考にしたい方はこちらから無料でダウンロードしてご覧ください。
参考: 短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大|日本年金機構
関連記事:アルバイトも社会保険の加入が必要?! 社会保険加入条件と手続き方法
2-2. 社会保険の未加入期間を確認する方法
社会保険の遡り加入の手続きをする際は、雇用の実態と加入条件を比較し、客観性のある書類に基づいて加入条件を満たしていることを確認しなくてはなりません。具体的には、雇用契約書などを元に、当時の労働条件を正しく把握しましょう。
また、短時間労働者の場合は、勤務簿や賃金台帳から加入時期を特定します。人手不足などを理由に、徐々に労働時間が増え、結果的に社会保険の加入条件を満たしていたというような従業員がいた場合は、加入時期を見誤りやすいので注意しましょう。
2-3. 国民年金の遡り加入は従業員自身で手続きを行う
社会保険の遡り加入は、厚生年金だけでなく国民年金も対象となります。未納期間・免除期間(全額免除や半額免状、学生納付特例期間など)どちらも時効までであれば、後から納付して、将来の年金額に反映させることが可能です。なお、未納期間については、受給資格期間に反映されません。
これらの期間の遡り加入については従業員自身で手続きが必要です。市区町村の行政窓口、または、管轄の年金事務所で手続きができるため案内しましょう。
なお、出産日が2019年2月1日以降で、その間国民年金に加入していた従業員の場合、産前産後期間の国民年金保険料は「納付したもの」として、取り扱われます。そのため、遡って国民年金に加入する必要はありません。
参考: 国民年金保険料の産前産後期間の免除制度|日本年金機構
3. 社会保険の遡り加入の時効
社会保険は遡って加入できますが、期間には時効があるため注意しましょう。
3-1. 遡り加入できる時効は2年まで
加入要件に該当したときから遡って加入できるのは2年までです。そのため、2年以上前の保険料は納付できません。
例えば、2022年4月1日現在、2018年4月1日から社会保険の加入要件を満たしていながら未加入の従業員がいたとします。この場合、2020年4月1日分までしか遡って社会保険に加入することはできません。
3-2. 会社が未加入の場合も2年間まで遡って請求される
会社自体が社会保険に未加入であり、なおかつ、日本年金機構により強制加入手続きを取られたときも過去2年分の社会保険料の納付が必要です。なお、先述の通り、会社自体が未加入であったとしても、督促を受けた際に自ら加入手続きをした場合は、遡り徴収などは発生しません。
未加入事業所であり、なおかつ悪質な場合には、2年間分の社会保険料の納付だけでなく、遅延金の支払いを命じられることもあります。さらに悪質な場合は以下の刑事罰を受ける可能性もあるため、速やかに加入手続きを行いましょう。
【厚生年金・健康保険】
6か月以下の懲役、または50万円以下の罰金
【雇用保険】
6か月以下の懲役、または30万円以下の罰金
なお、会社として社会保険に未加入だった場合、新規で加入する際に必要となる書類は以下の2つです。
- 法人登記簿謄本(コピー不可・90日以内の発行であるもの)
- 健康保険、厚生年金保険の新規適用届
年金事務所などの強制加入である場合には、手続きは必要ありません。
会社が社会保険に加入する手続きの種類や方法は後ほど詳しく解説します。
3-3. 遡り加入時は会社が一括で保険料を納付する
遡った分の社会保険料は、一括支払いかつ、会社が全額立て替えて支払うのが基本です。
未加入の従業員数が少ない場合はよいものの、会社が未加入であり、社員全員分の支払いが必要となれば資金繰りの悪化にもつながります。
特に、退職した従業員分の未払い保険料がある場合は、その分も全額会社が支払わなければいけません。支払いが難しい場合、財産の差し押さえなども行われます。
また、在籍している従業員に保険料を請求する場合も注意が必要です。給与から控除できる社会保険料は前月分に限られています。そのため、本人の同意を得た上で給与から天引きしなくてはなりません。また、賞与からの一括清算も認められていません。
会社が立て替えた社会保険料を本人からどのようにして回収するか、調整が必要となる点も覚えておきましょう。
4. 社会保険の遡り加入の手続き方法
社会保険の遡り加入では、従業員の手続きか、会社の手続きかにより、必要な書類が異なります。それぞれ解説します。
4-1. 従業員の加入手続き
特定の従業員のみ社会保険への加入が漏れていた場合は、以下の書類を用意し所管の年金事務所で手続きします。
- 被保険者資格取得届
- 基礎年金番号の分かる通知書
(年金手帳やマイナスドライバーカードなど) - 当時の勤務実態の分かる書類
新規加入と異なり、当時の勤務時間や賃金が分かる書類がないと、加入要件に該当するか判断できません。そのため、遡り加入が必要な従業員がいる場合、まずはどのような確認書類があればよいか日本年金機構に確認の上、手続きを行うとよいでしょう。
4-2. 会社の加入手続き
会社が社会保険に加入していない場合は、日本年金機構の立ち入り検査の後に強制的に加入手続きを行うの通常の流れです。この場合、2年間分を遡って社会保険料の支払いが必要となります。
しかし、加入のタイミングや状況によって対応方法が異なることがあります。ここでは、会社が社会保険に加入する4つのタイミングと対応方法について解説します。
4-2-1. 自主的に加入する場合
日本年金機構から指導を受ける前に自主的に社会保険に加入した場合は、届け出を出した日が新規適用日とみなされます。そのため、保険料を遡って納付する必要はありません。
先程も解説の通り、会社が新たに社会保険に加入するためには、以下の書類が必要です。
- 健康保険・厚生年金保険 新規適用届
- 法人(商業)登記簿謄本(コピー不可)など
登記簿謄本は提出日の90日以内に発行されたものに限ります。これらの書類を整え、所管の年金事務所で手続きします。
なお、日本年金機構の立ち入り調査により、その場で社会保険の適用を受けるときは特別な手続きは必要ありません。
参考: 新規適用の手続き|日本年金機構
4-2-2. 加入指導があった場合
郵送や電話などで加入案内を行っても応じない企業に対しては、年金事務所からの加入指導が行われます。
加入指導では会社への個別訪問が実施され、制度の説明や納付金額、提出書類の説明が行われます。
この時点で加入した場合は、通常、新規加入として扱われます。
4-2-3. 立ち入り検査があった場合
加入指導を行っても加入に応じない企業に対しては、立ち入り検査が実施され、結果として、強制加入が必要となります。立り入り検査により加入手続きを行った場合は、過去2年分の遡り加入た適用されるため注意が必要です。
また、加入に際し、勤務実態を虚偽報告するなどの問題が見られた場合は、6カ月以下の懲役又は50万円以下の罰金が課される可能性もあります。
4-2-4. 適用事業所への調査の場合
保険加入の適用事業所になった後も、適正な運用が求められます。従業員の報酬月額を誤ったり、算定基礎届が未提出であったりと、勤務管理がずさんな企業に対しては指導が入ります。
指導に対して適切な対処をしなければ、遡り加入が命じられるケースもあることを覚えておきましょう。
4-3. 国民健康保険・国民年金の還付について
従業員の社会保険を遡って加入したときは、二重で加入していた分の国民健康保険や国民年金は還付金を受けられます。一点注意したいのが、国民健康保険に加入していた場合、市区町村の窓口に還付請求が必要な点です。
国民健康保険と社会保険の二重払いの還付は手続きが煩雑であり、現在も総務省などで解消に向けた取り組みが進んでいます。そのため、明確な手続き指針がなく、対応方法は各自治体の窓口により異なります。
万が一、二重払いの還付が必要な従業員がいた場合、まずは該当する市区町村の窓口に対応方法を確認してもらうようにしましょう。
参考: 健康保険料と国民健康保険料の二重払いの解消(概要) |総務省
関連記事:社会保険の手続方法|社員雇用の際に必要な書類や手順などをご紹介
5. 社会保険の遡り加入では、従業員の労働時間や賃金の正確な管理がポイント!
社会保険は加入要件を満たした時期まで遡って加入できるものの、その分の保険料は通常、一括で支払わないといけません。また、国民健康保険料と社会保険料の相殺が必要になるなど、事務手続きも複雑になってしまいます。
そのため、加入要件に該当する従業員がいれば、間違いなく加入させることが将来発生する手間の削減につながるでしょう。加入漏れが発生しないよう、勤怠管理システムなどを使い、日頃から労働時間や賃金を正確に管理することが大切です。
社会保険の遡り加入が生じた際に、自社の勤怠管理のずさんさを自覚する企業も少なくないようです。従業員の勤怠・労務管理は企業経営の基本となるので、管理方法の見直しも検討してみてはいかがでしょうか。