社会保険の加入要件を満たしているのに未加入だった場合、従業員は2年前まで遡って社会保険に加入できます。しかし、保険料の負担など、注意しなくてはならない点があります。本記事では、社会保険の遡り加入手続きについてわかりやすく解説します。また、社会保険を未加入のままにさせておくリスクとその対策についても紹介します。
社会保険料の支払いは従業員の給与から控除するため、従業員が入退社した際の社会保険の手続きはミスなく対応しなければなりませんが、対象者や申請期限、必要書類など大変複雑で漏れやミスが発生しやすい業務です。
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目次
1. 社会保険の遡り加入が必要になるケース
会社や従業員が社会保険(健康保険・厚生年金保険)に未加入であった場合、遡り加入が必要になることもあります。ここでは、社会保険の遡り加入が必要になるケースについて詳しく紹介します。
1-1. 会社が適用事業所の手続きをしていなかった場合
強制適用事業所としての要件を満たしているにもかかわらず、社会保険の適用事業所とする手続きをしていなかった場合、社会保険の遡り加入の対象です。なお、社会保険への加入が必須となる強制適用事業所の要件は次の通りです。
- 株式会社などの法人の事業所(事業主のみの場合も含む)
- 国・地方公共団体の事業所
- 従業員が常時5人以上いる個人事業所(旅館業や飲食業などを除く)
従業員が5人以上いる個人事業主であっても、法律で指定されている17業種(製造業や建設業など)に該当しなければ、強制適用事業所には該当しません。このような強制適用事業所に該当する場合、必ず社会保険の加入手続きをしなければならないので注意しましょう。
関連記事:社会保険は強制加入?強制適用・任意適用の違いを詳しく解説
1-2. 社会保険の加入要件を満たす従業員を未加入のままにしていた場合
社会保険の加入要件を満たす従業員は、当該労働者の意思に関係なく、強制的に社会保険に加入させなければなりません。まず適用事業所(強制適用事業所だけでなく任意適用事業所も含む)で働く正社員や短時間就労者(フルタイムの4分の3以上の労働時間で働く労働者)は、社会保険の加入対象です。
また、パート・アルバイトなどで労働時間を短くして働く場合でも、次のいずれもの要件を満たすのであれば、原則として社会保険の加入対象となります。
- 従業員数51人以上の会社で働く
- 1週間の所定労働時間が20時間以上
- 2ヵ月を超えて雇用されることが見込まれる(季節的業務に就く者などを除く)
- 賃金の月額が88,000円以上
- 学生でない(夜間学生などを除く)
社会保険適用範囲の拡大により、社会保険の加入要件を満たす労働者は増えています。加入手続き漏れにより、社会保険の遡り加入が生じないように注意しましょう。
関連記事:パート・アルバイトの社会保険の加入義務や加入要件をわかりやすく解説!
2. 社会保険の遡り加入ができる期間
将来の年金の受け取り額を増やすため、過去に社会保険の加入要件を満たしていたのであれば、遡って加入したいと考える人もいるかもしれません。ただし、遡り加入できる期間には、時効などの注意点があります。ここでは、社会保険の遡り加入ができる期間について詳しく紹介します。
2-1. 遡り加入できる時効は2年
社会保険に遡って加入する場合、時効により2年前までであれば、遡り加入することができます(健康保険法第193条、厚生年金保険法第92条)。そのため、2年を超えた期間の保険料は遡って納付できません。
たとえば、2025年1月1日現在、2021年1月1日から社会保険の加入要件を満たしていながら未加入の従業員がいたとします。この場合、2023年1月1日分までしか遡って社会保険に加入することはできません。ただし、保険料の納入告知や督促には、法律により、時効の更新の効力が認められているので注意しましょう。
(時効)
第百九十三条 保険料等を徴収し、又はその還付を受ける権利及び保険給付を受ける権利は、これらを行使することができる時から二年を経過したときは、時効によって消滅する。
2 保険料等の納入の告知又は督促は、時効の更新の効力を有する。
2-2. 遡って加入する時期の指定はできない
社会保険の加入要件を満たしているのにも関わらず手続きがされていなかった場合、従業員は社会保険の遡り加入ができます。しかし、加入条件を満たしたタイミングまで遡って加入しなければなりません。そのため、遡り加入する時期の指定はできないので気を付けましょう。
2-3. 社会保険の未加入期間を確認する方法
社会保険の遡り加入の手続きをする際は、雇用の実態と加入条件を比較し、客観性のある書類に基づいて加入条件を満たしていることを確認しなくてはなりません。具体的には、雇用契約書などを元に、当時の労働条件を正しく把握しましょう。
また、短時間労働者の場合は、出勤簿や賃金台帳から加入時期を特定します。人手不足などを理由に、徐々に労働時間が増え、結果的に社会保険の加入条件を満たしていたという従業員がいた場合は、加入時期を見誤りやすいので注意しましょう。
3. 社会保険の遡り加入の手続き方法
社会保険の遡り加入では、会社の手続きか、従業員の手続きかにより、必要な書類などが異なります。ここでは、社会保険の遡り加入をする際の手続き方法について詳しく紹介します。
3-1. 会社の加入手続き
会社が社会保険に加入していない場合、日本年金機構からの調査などによって、強制的に遡り加入することが一般的です。この場合、まず適用事業所とするため、速やかに「社会保険新規適用届」を日本年金機構へ提出する必要があります。なお、協会けんぽでなく、組合健保に加入する場合、健康保険組合にも社会保険新規適用届の提出が必要になるので注意しましょう。
また、日本年金機構から指導を受ける前に自主的に社会保険に加入した場合、社会保険新規適用届を提出したタイミングが新規適用日とみなされます。そのため、保険料を遡って納付する必要はありません。未加入事業所が過去に遡って社会保険に加入する場合、保険料の負担が大きくなるため、配慮してこのような措置となっています。
関連記事:社会保険の手続きの手順マニュアル!具体的な申請の流れや注意点を解説!
3-2. 従業員の加入手続き
従業員からの申し出などにより、社会保険の加入手続きが漏れていることに気づくというケースもよくあります。この場合、当該従業員を社会保険に加入させるため、速やかに「社会保険被保険者資格取得届」を日本年金機構へ提出する必要があります。新規適用届のときと同様で、協会けんぽでなく、組合健保に加入している場合は、健康保険組合にも社会保険被保険者資格取得届の提出が必要です。
なお、保険者からの指導に関係なく、自主的に加入するのであれば、届出が認められた日から社会保険に加入することになり、遡及適用はされないのが一般的です。しかし、悪質だと認められる場合などは、2年前まで遡って加入が必要になる可能性もあります。その場合、日本年金機構や健康保険組合の指示に従って、必要書類を用意し、手続きをしましょう。
3-3. 国民健康保険・国民年金の還付手続き
従業員が社会保険に遡って加入した場合、二重加入していた分の国民健康保険料や国民年金保険料は還付を受けられます。一点注意したいのが、国民健康保険に加入していた場合、市区町村の窓口に還付請求が必要な点です。
国民健康保険と社会保険の二重払いの還付は手続きが複雑であり、現在も総務省などで解消に向けた取り組みが進められています。そのため、明確な手続き指針がなく、対応方法は各自治体の窓口により異なります。
万が一、二重払いの還付が必要な従業員がいた場合、まずは該当する市区町村の窓口に対応方法を確認することが大切です。なお、国民年金と厚生年金保険の二重払いがあった場合、国民年金保険料還付請求書が送られてくるため、必要事項を記載し、速やかに還付手続きをしましょう。
関連記事:社会保険の手続き方法は?必要書類や手順などを詳しく紹介
3-4. 国民年金の遡り加入は従業員自身で手続きを行う
社会保険の遡り加入は、厚生年金保険だけでなく、国民年金も対象です。国民年金の場合も、時効により、原則として、2年前まで保険料を支払い、遡り加入ができます。ただし、事前に保険料免除・納付猶予制度や学生納付特例制度などの手続きをしていれば、10年前まで遡って追納することが可能です。
国民年金の遡り加入をする場合、従業員自身で手続きが必要です。市区町村の行政窓口や管轄の年金事務所などで手続きができるため案内してあげましょう。なお、産前産後休業や育児休業などで申請により免除された社会保険料については、納付したものとして扱われます。そのため、追納する必要はないので注意しましょう。
4. 社会保険を未加入のままにするリスク
社会保険に加入する場合、従業員と事業主ともに保険料の負担が大きくなります。そのため、未加入のままにしておきたいと考えている人もいるかもしれません。ここでは、社会保険を未加入のままにするリスクについて詳しく紹介します。
4-1. 加入指導や立入検査が行われる
年金事務所などは社会保険加入に関する調査に力を入れており、電話や郵送などによって、加入案内の通知がおこなわれるケースもよくあります。これに対応しない場合、加入指導や立入検査が実施され、社会保険の未加入であった実態がバレます。遅かれ早かれ社会保険に未加入であることは見破られてしまうので、加入要件を満たしたのであれば、速やかに手続きをしましょう。
4-2. 2年まで遡って追徴金を含む保険料が請求される
年金事務所の立入検査などによって、社会保険への未加入が悪質だと判断されれば、遡って加入手続きすることになり、過去2年分の社会保険料の納付が必要です。また、追徴金が課されることもあり、通常よりも保険料が大きくなる恐れもあるので注意しましょう。
4-3. 会社側が一括で保険料を納付しなければならない
社会保険料は、労使折半で納めるのが原則です。しかし、2年前まで遡った分の社会保険料は、一括支払いかつ、会社が全額立て替えて支払うのが基本となります。
もしも従業員が退職していた場合、連絡がつかないために、会社側が全額負担しなければならないと、資金繰りの悪化にもつながります。支払いをしない場合、財産の差し押さえなどもおこなわれます。
また、在籍している従業員の給与から遡った分の社会保険料を控除する場合、従業員の同意が必要です。会社が立て替えた社会保険料を本人からどのようにして回収するか、調整が必要となる点も覚えておきましょう。
4-4. 懲役や罰金などの罰則が課せられる
社会保険に加入させることは法律で定められた義務です(健康保険法第48条、厚生年金保険法第27条)。正当な理由もなく、届出をせず、社会保険を未加入のままにしている場合、法律に基づき、6ヵ月以下の懲役、または50万円以下の罰金の罰則が課せられる恐れもあるので注意しましょう(健康保険法第208条、厚生年金保険法第102条)。
(届出)
第四十八条 適用事業所の事業主は、厚生労働省令で定めるところにより、被保険者の資格の取得及び喪失並びに報酬月額及び賞与額に関する事項を保険者等に届け出なければならない。
第二百八条 事業主が、正当な理由がなくて次の各号のいずれかに該当するときは、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 第四十八条(第百六十八条第二項において準用する場合を含む。)の規定に違反して、届出をせず、又は虚偽の届出をしたとき。
4-5. 損害賠償が請求されるリスクもある
従業員が病気やケガなどによって働けなくなった場合、健康保険から傷病手当金を受け取ることができます。しかし、社会保険に加入していないため、国民健康保険に加入していた場合、傷病手当金は受け取れません。もしも当時社会保険の加入要件を満たしていた場合、未加入であったのは会社の責任です。そのため、損害賠償を請求されるリスクもあるので注意しましょう。
遡り加入の場合、その当時の加入要件が適用されるため、健康保険法や厚生年金保険法など各種法令も確認し、間違いのないように手続きしましょう。 確認ミスや漏れによるトラブルがないように対応しなければなりません。そんな人事労務担当者の方の役に立つ「最新の法改正に対応した社会保険の加入条件ガイドブック」を無料配布しております。加入条件をわかりやすく図解していますので、参考にしたい方はこちらから無料でダウンロードしてご覧ください。
5. 社会保険の遡り加入が生じさせないための対策
社会保険を未加入のままにしておくのはリスクが高いです。ここでは、社会保険の遡り加入を生じさせないための対策について詳しく紹介します。
5-1. 社会保険の加入要件を正しく理解しておく
社会保険の加入要件は複雑です。とくにパート・アルバイトなど、通常よりも労働時間を短くして働く労働者には、労働時間や賃金額など、さまざまな条件があります。人事労務担当者が社会保険の加入要件を法律に基づき正しく理解しておくことで、社会保険未加入の事態を未然に防止することが可能です。また、社会保険の加入要件に関しては、法改正も繰り返しおこなわれているため、最新の情報をきちんと収集するようにしましょう。
5-2. 社会保険の加入手続きをマニュアルにまとめておく
社会保険は加入要件だけでなく、加入手続きも複雑です。たとえば、協会けんぽと組合健保のどちらに加入しているかで、書類の提出先や提出方法が変わってきます。また、社会保険の加入手続きには期限も設けられています。自社であらかじめ社会保険の加入手続きをマニュアルとしてまとめておけば、混乱することなく、スムーズに手続きが可能です。
5-3. 年金事務所や健康保険組合からの通知には迅速に対応する
意図せず社会保険を未加入にさせていたということもあるかもしれません。そのような場合、年金事務所や健康保険組合などから社会保険の加入に関する通知が届くこともあります。速やかに対応すれば、遡り加入による保険料の支払いや罰則などを免れることが可能です。行政などからのお知らせは無視せず、適切に対応しましょう。
6. 社会保険の遡り加入に関するよくある質問
ここでは、社会保険の遡り加入に関するよくある質問への回答を紹介します。
6-1. 雇用保険も遡って加入できる?
雇用保険にも2年前まで遡って加入できることが認められています。社会保険(健康保険・厚生年金保険)とは異なり、雇用保険料が給与から控除されていたことを確認できる場合、2年を超えた期間についても、遡り加入が可能です。
なお、事業主は労働者を1人でも雇ったら、原則として雇用保険適用事業者となります。また、従業員の雇用保険の加入要件は、原則次の通りです。
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 31日以上の雇用見込みがある
- 学生でない(夜間学生などを除く)
雇用保険料は労使折半ではありませんが、使用者と労働者で負担し合います。そのため、遡り加入が生じる場合、労使ともに保険料の負担が大きくなるので注意しましょう。
6-2. 扶養の手続きを忘れていた場合も遡って加入できる?
従業員自身ではなく、その家族を扶養に入れる手続きについて忘れていたというケースも少なくないでしょう。まず国民年金第3号被保険者の手続きは、原則として、2年前まで遡っておこなうことが可能です。
一方、健康保険の扶養手続きは、事実が発生した後、一定期限までにおこなわなければなりません。遅れて手続きをすると、申請が認められた日から扶養家族として認定されることになるので注意しましょう。
7. 社会保険の遡り加入では労働時間や賃金の正確な管理がポイント!
会社や従業員が社会保険の加入要件を過去に満たしていた場合、遡り加入が必要になるケースもあります。ただし、時効は2年であるため、2年前までしか遡って加入できないので注意しましょう。社会保険の遡り加入が生じると、追徴金などの支払いも必要になり、社会保険料の負担は大きくなります。遡り加入を発生させないためにも、勤怠管理システムや労務管理システムなどを導入し、日頃から労働時間や賃金を正確に管理することが大切です。