仕事中のケガや病気によって労働者が療養のため休むこととなった場合、使用者は労働基準法第76条の条文に基づき休業補償を支払わなければなりません。しかし、休業して3日目の翌日から労災保険より補償を受けることができます。この記事では、労働基準法第76条の休業補償の定義や計算方法についてわかりやすく解説します。
労働基準法総まとめBOOK
労働基準法の内容を詳細に把握していますか?
人事担当者など従業員を管理する役割に就いている場合、雇用に関する法律への理解は大変重要です。
例外や特例なども含めて法律の内容を理解しておくと、従業員に何かあったときに、人事担当者として適切な対応を取ることができます。
今回は、労働基準法の改正から基本的な内容までを解説した「労働基準法総まとめBOOK」をご用意しました。
労働基準法の改正から基本的な内容まで、分かりやすく解説しています。より良い職場環境を目指すためにも、ぜひご一読ください。
1. 労働基準法第76条の休業補償とは?
労働基準法第76条の休業補償とは、仕事中にケガや病気をして働けなくなった場合に支給される補償のことです。この場合、使用者は療養中の当該労働者に対して、平均賃金の60%以上の補償をしなければなりません。また、休業補償はすべての労働者が対象になります。そのため、正社員だけでなく、契約社員やパート・アルバイト、派遣社員などに対しても、該当する事実があれば休業補償をおこなう必要があります。
(休業補償)
第七十六条 労働者が前条の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の百分の六十の休業補償を行わなければならない。(省略)
引用:労働基準法第76条一部抜粋|e-Gov
1-1. 休業補償の対象となるケース
休業補償は、労働基準法第75条に基づき、労働者が仕事でケガや病気をして働けなくなった期間に対して支給する必要があります。そのため、会社や労働者の個人的な都合で休業することになった場合は、休業補償の対象になりません。また、業務上の疾病や療養の範囲は、労働基準法施行規則で細かく定められているのでチェックしておきましょう。
(療養補償)
第七十五条 労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。
② 前項に規定する業務上の疾病及び療養の範囲は、厚生労働省令で定める。
1-2. 休業補償と休業手当の違い
休業手当とは、労働基準法第26条に則り、次のような使用者の責めに帰すべき事由によって労働者が働けなくなった場合に支給すべき手当のことです。
- 企業側の故意や過失による休業
- 経営悪化による休業
- 仕事に必要な労働者が不足している場合の休業
- 親会社の経営悪化を受けての休業
- 設備や工場の機械トラブル・欠陥・検査による休業
なお、地震や津波、台風、火山噴火などの自然災害によって休業せざるを得ない場合、不可抗力とみなされ、会社都合に該当せず、休業手当を支払わなくても問題ないケースがあります。
休業補償と休業手当は、どちらも労働者が休むことになった場合に支給すべき金銭ですが、休業理由が異なります。休業補償は労働者が業務中にケガや病気をして療養することになった場合、休業手当は会社の一方的な都合で休業する場合に支給をおこないます。このように、休業補償と休業手当は異なる制度であるため、正しく違いを理解しておきましょう。
(休業手当)
第二十六条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。
引用:労働基準法第26条|e-Gov
関連記事:労働基準法による休業手当の支給条件や計算手順を詳しく解説
1-3. 休業補償と労災保険の関係
休業補償は、労働基準法第76条に基づき、使用者が労働者に対して支給すべきと定められています。しかし、会社の経営状況によっては、資金繰りが厳しく、休業補償をおこなうことが困難になるケースも少なくなりません。
このようなリスクに備えて、会社はすべての労働者に対して労災保険に加入させる義務があります。労災保険に加入させていれば、労働者が業務によってケガや病気を負ったときに、労災保険から休業補償給付を受けられます。労働基準法の休業補償に該当する事実が発生しても、労災保険の補償を受けることで、会社のコスト的負担を減らすことが可能です。
1-4. 休業補償が継続する条件
休業補償は次の3つの条件をクリアしていれば、補償が継続されます。
- 仕事や通勤中に発生したケガや病気で療養している
- 働くことができない
- 給与をもらっていない
一方、一つでも条件を満たさなくなった場合は休業補償がなくなります。たとえば、ケガや病気から回復し、配置転換などによって業務ができる状態になれば、休業補償を受けられなくなる可能性もあります。また、労働基準法第83条に則り、補償を受ける権利は、退職によって失われるものではないので注意しましょう。
(補償を受ける権利)
第八十三条 補償を受ける権利は、労働者の退職によつて変更されることはない。
2. 労働基準法に基づく休業の種類
休業とは、労働者が使用者と雇用契約を結んだまま仕事を休むことです。簡単にいうと、働く気持ちはあるのに働けない状態を指します。労働基準法では、休業補償のほかに、さまざまな休業の種類が定められています。ここでは、労働基準法に基づく休業の種類について詳しく紹介します。
2-1. 仕事上で発生したケガや病気の療養のための休業
仕事上で発生したケガや病気の療養のために休業する場合は、労働基準法第76条の休業補償の対象になります。たとえ従業員に過失があっても、業務によるケガや病気で働けなくなれば、当該労働者は休業補償を受け取ることが可能です。
2-2. 会社都合による休業
業務量の減少や機械の故障による操業停止など、使用者の責めに帰すべき事由によって労働者を休ませる場合は、労働基準法第26条の休業手当の対象になります。丸1日休業せず、時間単位で休業する場合も、休業手当の対象になるので注意しましょう。
2-3. 産前産後休業
労働基準法第65条により、原則として妊娠している女性から請求があれば、出産予定日から6週間(双子以上の場合は14週間)以内と、出産後8週間以内は産前産後休業として当該労働者を休ませる義務があります。なお、産後6週間は、当該労働者の請求に関係なく、必ず休業させなければならないので注意が必要です。
産前産後休業中は原則無給です。しかし、出産手当金や出産育児一時金などの手当を受け取れる可能性があるので、妊娠中の女性労働者に対してきちんと周知しておきましょう。
(産前産後)
第六十五条 使用者は、六週間(多胎妊娠の場合にあつては、十四週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。
② 使用者は、産後八週間を経過しない女性を就業させてはならない。ただし、産後六週間を経過した女性が請求した場合において、その者について医師が支障がないと認めた業務に就かせることは、差し支えない。
関連記事:労働基準法による産前産後の休業規定や賃金計算について解説
2-4. 育児休業
育児休業は、労働基準法でなく、育児・介護休業法で定められた休業制度のことです。育児・介護休業法第5条に則り、原則1歳未満の子を育てる労働者は事業主に請求すれば、育児休業を取得することができます。
育児休業は、女性だけでなく、男性も取得することが可能です。ただし、育児休業を取得するためには、雇用期間などの要件を満たさなければなりません。また、育児休業中は、育児休業給付金を受け取れる可能性があるので、仕事と育児を両立している労働者に対してきちんと案内しておきましょう。
(育児休業の申出)
第五条 労働者は、その養育する一歳に満たない子について、その事業主に申し出ることにより、育児休業をすることができる。(省略)
関連記事:育児休業の期間はいつまで?男性も可能?給付金の申請条件や計算方法もわかりやすく解説
2-5. 介護休業
介護休業も、労働基準法でなく、育児・介護休業法で定められた休業制度です。育児・介護休業法第11条により、一定の要件を満たせば、労働者は使用者に請求することで、介護休業を取得することができます。対象期間や対象家族は限定されているので、あらかじめ制度の内容をきちんと確認しておくことが大切です。また、介護休業給付金を受け取れる可能性もあるので、正しく労働者に説明しておきましょう。
(介護休業の申出)
第十一条 労働者は、その事業主に申し出ることにより、介護休業をすることができる。(省略)引用:育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児・介護休業法)第11条一部抜粋|e-Gov
関連記事:介護休暇とは?介護休業との違いや給与・日数・要件・申請方法をわかりやすく解説!
3. 労働基準法第76条に基づく休業補償の会社負担割合
休業補償の会社が負担すべき額は、法律に基づき支給すべき金額から、労災保険より支給される分を差し引いた額です。労災保険から休業補償が支払われるは、休業4日目からです。そのため、休業1日目から3日目までは会社がすべて負担しなければなりません。ここからは、会社が負担すべき休業補償について詳しく紹介します。
3-1. 休業開始から最初の3日間
労働者が療養のため休業を開始してから最初の3日間は、労災保険の待期期間に該当するため、会社単独で休業補償を支払わなければなりません。労働基準法第76条の休業補償の要件を満たすためには、最低でも平均賃金の60%を当該労働者に支給する必要があります。
3-2. 休業開始から4日目以降
休業を開始してから4日目以降は、労災保険から休業補償の支給が開始されます。労災保険より支給される休業補償額は、給付基礎日額の80%(休業補償60% + 休業特別支給金20%)です。会社に過失がなく休業補償をおこなう場合であれば、労災保険からの給付によって労働基準法の休業補償を賄える可能性があります。その場合は、会社の負担金はなしでも問題ありません。
3-3. 【補足】受任者払い制度とは?
労災保険からの給付を受けるためには、申請書を作成し、労働基準監督署に提出したうえで審査を受ける必要があります。そのため、請求してから実際に給付金を受け取れるまで1カ月以上かかることもあります。その間労働者は休業により、賃金を受け取れないので、生活が困難になる恐れがあります。
受託者払い制度を活用すれば、会社が従業員に休業補償相当額を立て替えて支払い、後に労災保険から支給される休業補償給付金を会社に振り込まれるようにすることができます。これにより、労働者は、労災保険の給付決定を待つことなく、生活に必要な金銭を受け取れるため、安心して療養に専念することが可能です。
4. 労働基準法第76条の休業補償の計算方法
休業補償に該当する事象が生じた場合、労働基準法第76条に基づき、少なくとも平均賃金の60%を支払わなければなりません。ここでは、労働基準法第76条の休業補償の計算方法について詳しく紹介します。
4-1. 平均賃金を計算する
休業補償の金額を計算するには、まず平均賃金を算定する必要があります。平均賃金とは、労働基準法第12条に基づき、直近3カ月の賃金の総額を当該総日数で除したものです。なお、賃金の締め切り日を設定している場合、直前の締切日から起算して計算をおこないます。たとえば、次のような7月途中に労働災害で休業した場合を考えてみましょう。(給与は毎月25万円、賃金締切日は月末)
算定期間 | 月の給与 | 月の日数 | 給与総額 |
4月1日~4月30日 | 4月分 | 30日 | 250,000円 |
5月1日~5月31日 | 5月分 | 31日 | 250,000円 |
6月1日~6月30日 | 6月分 | 30日 | 250,000円 |
合計 | 直近3カ月 | 91日 | 750,000円 |
原則として1円未満は切り上げるので、平均賃金は8,242円(= 25万円 × 3カ月 ÷ 91日)と計算することができます。
第十二条 この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。(省略)
関連記事:労働基準法の平均賃金とは?計算方法や端数処理、最低保障額をわかりやすく解説!
4-2. 休業補償金額を算出する
平均賃金(8,242円)を求めたら、休業期間を算出し、休業補償金額を計算しましょう。たとえば、5日間休業した場合、労働基準法に基づき、最低でも24,726円(= 8,242円 × 60% × 5日)の休業補償を支払わなければなりません。
5. 労働基準法第76条の休業補償に関する注意点
労働基準法に基づく休業補償には、いくつか気を付けるべき点があります。ここでは、労働基準法第76条の休業補償に関する注意点について詳しく紹介します。
5-1. 会社に落ち度がある場合は全額の賃金を補償すべき
業務上のケガ・病気で働けないのであれば、労使どちらに責任があったかどうかに関係なく、休業補償を支給しなければなりません。しかし、民法第536条により、使用者の責めに帰すべき事由によって仕事中のケガや病気が発生したことで休業補償を支払わなければならない場合、労働者には賃金全額を請求できる権利が生じます。
労働契約法第5条や労働安全衛生法第3条に基づき、使用者には労働者の安全や健康を確保する義務があります。事業主に安全配慮義務があることから、使用者に過失がないと認められない限り、給与の全額を補償すべきとも考えられます。
(債務者の危険負担等)
第五百三十六条 (省略)
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。(省略)
(労働者の安全への配慮)
第五条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
(事業者等の責務)
第三条 事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。(省略)
5-2. 従業員に過失があっても減額は認められない
労働基準法第24条に則り、使用者は労働者に賃金を全額支払う義務があります。たとえ従業員に大きな過失があったとしても、それを理由に休業補償額を減額することは認められないので注意しましょう。
(賃金の支払)
第二十四条 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。(省略)
5-3. 休業補償に関する定めを就業規則に明記しておく
労働基準法第89条により、常時10人以上の従業員を雇用している事業者は、就業規則を作成し、所轄の労働基準監督署に届け出る義務があります。就業規則には、賃金に関する規定を定めなければなりません。そのため、休業補償の決定方法や計算方法、支払い方法などについて細かく明記しておくことが大切です。
(作成及び届出の義務)
第八十九条 常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
(省略)
二 賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
引用:労働基準法第89条一部抜粋|e-Gov
5-4. 休業補償の支払い期間を正しく理解する
休業補償は、原則として、継続要件を満たす限り支給し続けなければなりません。一方、休業補償の条件を満たさなくなれば、その時点で補償が打ち切られます。
なお、傷病が治癒しても、一定の障害が残っている場合、休業補償の代わりに障害(補償)給付が受け取れます。また、療養期間がはじまってから1年6カ月が過ぎて、一定の障害が残っている場合は休業補償から傷病(補償)年金の支給に切り替わります。
5-5. 労働基準法に違反すると罰則がある
労働基準法には罰則規定が定められています。休業補償を正しく支払わない場合、労働基準法第76条違反となり、6カ月以下の懲役もしくは30万円以下の罰金のペナルティが課せられる恐れがあります。また、労働基準法に違反した企業として、厚生労働省のホームページなどに会社名が公表され、社会的信用を損なうリスクもあるので、正しく法律の規定を理解し、適切に休業補償を支払いましょう。
第百十九条 次の各号のいずれかに該当する者は、六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
一 (省略)、第七十五条から第七十七条まで、(省略)の規定に違反した者
6. 労働基準法第76条の休業補償に関連するよくある質問
ここでは、労働基準法第76条の休業補償に関連するよくある質問への回答を紹介します。
6-1. 通勤中のケガも休業補償の対象になる?
通勤中のケガについては、会社に休業補償を負担する義務はありません。しかし、労働者災害補償保険法第7条の通勤災害として、労災保険から休業給付が受け取れます。休業給付の金額は、およそ給与の80%(20%は休業特別支給金)です。
第七条 この法律による保険給付は、次に掲げる保険給付とする。
(省略)
三 労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡(以下「通勤災害」という。)に関する保険給付
業務災害・通勤災害により休業した場合には、休業4日目から、1日につき給付基礎日額の80%相当額(うち20%は特別支給金)が支給されます。
6-2. 休業補償は課税される?
休業補償は、所得税法第9条の非課税所得に該当するので、所得税は課税されません。また、会社が労働者を保護するため、法定以上の給付をおこなう場合も、その金銭は非課税となります。一方、休業手当は、働いていた場合に支払われる賃金の代わりの性質を有するので、給与所得として課税の対象になるため注意しましょう。
(非課税所得)
第九条 次に掲げる所得については、所得税を課さない。
(省略)
三 恩給、年金その他これらに準ずる給付で次に掲げるもの
イ (省略)又は業務上の事由による負傷又は疾病に基因して受けるこれらに準ずる給付で政令で定めるもの
勤務先の就業規則に基づき、労働基準法第76条第1項に定める割合を超えて支給される付加給付金についても、労働基準法上の給付では補てんされない部分に対応する民法上の損害賠償に相当するものであり、心身に加えられた損害につき支払を受ける慰謝料として非課税所得となります。
7. 労働者保護のため休業補償の内容をきちんと確認しよう!
労働基準法第76条の休業補償は、業務上のケガや病気によって療養することになった場合に支給すべき補償のことです。使用者と労働者どちらの過失かに関係なく、休業補償は支払わなければなりません。なお、会社に落ち度があれば、民法に基づき給与の全額を補償する必要があります。業務上のケガ・病気であれば、労災保険から補償を受けられるため、労働基準法に基づき支払うべき休業補償との差額を計算して、正しく補償をおこないましょう。
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