変形労働時間制のデメリットとして、残業代の計算や勤怠管理の煩雑化、社員から不満が出やすい点などが挙げられます。一方で、正しく運用すると企業と従業員双方にメリットが生じる制度です。本記事では、変形労働時間制のデメリット・メリット、デメリットの解消方法などをわかりやすく解説します。
目次
1. 変形労働時間制をおさらい
変形労働時間制は、繁忙期と閑散期がある事業場にて、一定期間内に労働時間の調整を可能とします。変形労働時間制を導入すると、複数のデメリットとメリットが生じますが、その前に変形労働時間制の制度内容についておさらいしていきましょう。
1-1. 変形労働時間制は1ヶ月月・1年・1週間単位で設定できる
変形労働時間制は週単位や月単位で労働時間を平均して法定労働時間内におさまっていれば、特定の日や週、月の労働時間を法定労働時間を超えて設定できる制度です。
1ヶ月・1年・1週間単位の3種類から導入が可能ですが、それぞれの単位は労働時間を平均して法定労働時間を超えていないか確認する期間でもあります。
また、変形労働時間制を採用するには、労使協定を締結し所轄の労働基準監督署長に届出を提出する、もしくは就業規則にて規定する必要があります。
1-2. 変形労働時間制は従業員に損?不利益変更にあたる?
変形労働時間制を導入すると、労働時間が柔軟に調整できることから、長時間労働が発生するなど労働時間が不規則になることが想定できます。ただし、生産性が向上し総労働時間の減少が見込まれる場合には、従業員にとってもメリットが生じます。そのような場合には、不利益変更には該当しないでしょう。
2. 変形労働時間制のデメリット(企業側)
変形労働時間制は、一定期間の労働時間を柔軟に調整できるものですが、それに伴いいくつかデメリットも生じることがあります。
企業に変形労働時間制を導入すると、実際どのようなデメリットが考えられるのでしょうか。
2-1.勤怠管理・残業代計算の業務が煩雑化しやすい
勤怠管理が難しくなるのも変形労働時間制のデメリットの一つです。
変形労働時間制ではそれぞれの従業員に合わせた勤怠管理が必要となります。また、残業が発生した場合の計算も個々の所定労働時間に準じておこなわなければなりません。
勤怠管理の担当者に大きな負担がかかってしまうという点は懸念点として捉えておきましょう。
2-2. 社員から不満がでる可能性がある
一般的な勤務体系の場合、残業代は1日8時間、週40時間を超える労働に対し、基本給の0.25倍の時間外手当を上乗せする必要があります。
しかし、変形労働時間制を導入すれば、所定労働時間を法定労働時間よりも長く設定することができ、所定労働時間内であれば残業代が発生しません。そのため、変形労働時間制の導入によって従業員の残業代がこれまでよりも少なくなってしまう可能性があります。
2-3. 運用方法を間違えてしまうリスクがある
制度の内容を理解しないまま変形労働時間制を導入すると、不適切な運用がおこな行われる可能性が高まるので注意しましょう。
例えば、変形労働時間制導入後に管理者が残業代を支払わないケースが考えられます。しかし、変形労働時間制であっても時間外勤務には所定の残業代の支払いが必須となります。
その他に気をつけたいのは深夜割増の考え方です。繁忙期の業務時間を長く設定した場合、深夜の勤務には割増賃金の支払いが必要です。
また、所定労働時間を超えない範囲で制度を運用することや、勤務時間や勤務日数の限度を超えないようにすることも重要なポイントです。運用方法を間違えてしまうと従業員から不満が出たり、制度の運用が違法とみなされ従業員から訴えられたりする可能性もあります。
3. 変形労働時間制のメリットとは(企業側)
ここまで変形労働時間制のデメリットを解説しました。
ここからは、変形労働時間制を導入すると企業に生じるメリットについて解説します。
3-1. 残業代の削減に期待できる
変形労働時間制の大きなメリットは、企業が従業員に支払う残業代を削減できるという点にあります。
一般的な勤務体系の場合、残業代は1日8時間、週40時間を超える労働に対し、基礎賃金の0.25倍の時間外手当を上乗せする必要があります。閑散期においては、規定の労働時間で働かせた場合、非効率であり生産性が低い時間も給与を支払わなければなりません。また繁忙期は毎時間割増賃金が発生してしまいます。
しかし変形労働時間制を導入すると、労働時間の調整が柔軟になるため結果的に残業代を削減できます。
3-2. 業務の効率向上・光熱費等の削減
変形労働時間制では繁忙期の労働時間を長め、閑散期の労働時間は短縮できることから、全体業務効率が上がりやすいでしょう。
一般的な勤務体系では、定時に加えて残業時間分の光熱費もかかってしまいます。一方で変形労働時間制を導入すると、閑散期の労働時間は短縮できるためコスト削減につながることが考えられます。
4. 変形労働時間制のデメリット(従業員側)
ここまで変形労働時間制を導入した際に、企業に生じうるデメリットやメリットを解説しました。ここからは、従業員にとって生まれるデメリットとメリットについて紹介します。
4-1. 繁忙期に負荷がかかりやすい
変形労働時間制を導入すると、繁忙期においては労働時間が増え、心身に負荷がかかりやすいことが考えられるでしょう。1年単位の変形労働時間制の場合は、繁忙期の範囲が長期にわたり、体調を崩しやすくなることも考えられます。
4-2. 給与が削減してしまう可能性がある
変形労働時間制を導入すると、これまでの一般的な勤務形態ではもらえるはずであった時間外労働に対する割増賃金が、付与されなくなるケースもあります。
そのため給与が減少する従業員も発生することが考えられるでしょう。
4-3. 他部署とコミュニケーションがとりにくい
変形労働時間制を一部の部署、役職にのみ導入すると、他部署との勤務タイミングにズレが生じやすくなります。するとコミュニケーションが不足し、業務にも支障をきたす可能性があります。あらかじめ会議が可能である時間帯や、連携時間などを定めておくことで対策する必要があるでしょう。
5. 変形労働時間制のメリット(従業員側)
ここまで変形労働時間制を導入することで生じうるデメリットについて解説しました。
ここからは、変形労働時間制を導入することで従業員に発生しうるメリットについて紹介します。
5-1. 非効率な労働時間を削減でき、メリハリのある働き方ができる
繁忙期には密度高く働き、閑散期は早めに退勤できることでメリハリのある働き方ができることは、従業員にとってもメリットがあるでしょう。
閑散期の勤務時間が減少することで、一般的な勤務体系では得られなかった身体を休める時間をつくることができます。
5-2. ライフワークバランスが向上する
繁忙期においては変わらず労働時間が長いことが想定されますが、業務量が減る閑散期に関しては、業務時間が減るほか休日として調整するケースが増えるでしょう。
そのため従業員にとっても、プライベートにより多くの時間を割くことができ、ワークライフバランスの向上も見込めると考えられています。
6. 変形労働時間制のデメリットの解消方法
変形労働時間制では所定労働時間や残業の考え方を正しく把握する必要があります。また、制度の内容を社内に周知することも重要なポイントです。
ここからは、変形労働時間制導入で考えられる問題を解消する方法について見ていきましょう。
6-1. 就業規則を明確に定める・都度確認する
所定労働時間があやふやになってしまう大きな原因は就業規則がしっかりと作成されていないという点にあります。変形労働時間制を導入する際には就業規則を丁寧に見直し、後で制度があやふやになってしまうことがないよう整備をおこないましょう。
6-2. 従業員にわかりやすく規定・メリットを周知する
残業代の減少などで従業員から不満が出るのを防ぐためには、十分な周知や説明が必要不可欠です。
変形労働時間制の導入は従業員のワークライフバランス向上にもつながります。
従業員に説明する際には、繁忙期には多く働いて閑散期には早めに業務を終了させたり休日を設定したりとプライベートの充実が実現できる点を強調しましょう。
6-3. 勤怠管理システムを活用する
変形労働時間制の導入にあたっては勤怠管理担当者に大きな負担がかかるリスクが考えられます。まずは勤怠管理者が制度や勤怠管理の方法を把握できるよう研修を設けるなどの対処をおこないましょう。
また勤怠管理システムを導入すると、法律に沿った労働時間の調整や、複雑な時間外労働時間(残業)の計算にかかる工数を減らすことができます。使いやすいシステムを選んで取り入れれば、勤怠管理者にかかる負担が和らぎやすくなるでしょう。
7. 変形労働時間制の注意点
ここからは、変形労働時間制の注意点について解説します。
変形労働時間制には、労働基準法に基づいたさまざまな規定が存在するため、適切に運用できない場合は法律違反となり罰則が科されてしまう可能性があります。
適切な運用をおこなうためにも、以下の注意点をおさらいして、正しくルールを理解しましょう。
7-1. 導入には複数の手続きが必要
変形労働時間制の導入には、正式な手続きをおこなわなければ運用が認められません。
変形労働時間制を実施するうえで必要な6項目を定めたあと、就業規則を整備し、労使協議会を設け、労使協定書を作成し、労働基準監督署長に届出を提出する必要があります。
7-2. 所定労働時間の繰り上げや繰り下げはおこなえない
変形労働時間制では、所定労働時間を変更することは認められていません。例えば、残業が発生した日の残業時間分を、他の日の所定労働時間から差し引き、相殺することは禁じられています。
変形労働時間制の残業代は、1日・週・月で算出する必要があるため注意しましょう。
7-3. 期間内の労働日数・連続した労働日数にも上限がある
変形労働時間制においては、期間内の労働日数・連続労働日数に関して上限が設けられています。
労働日数の限度は、原則1年につき280日とされてます。ただし対象期間が3ヶ月以内である場合には、制限は設けられていません。
対象期間が3ヶ月超え~1年未満の場合は、下記の公式にて対象期間の労働上限日数を計算することができます。
「上限日数=280日×対象期間中の暦日数÷365日(うるう年の場合は366日)」
連続労働日数の限度は、最長6日とされています。ただしあらかじめ労使協定にて繁忙期に定める「特定期間」を設けた場合、最長12日まで延長することが可能です。
7-4. 残業代の算出方法が異なる
変形労働時間制の残業時間に関しては、1日・週・月単位ごとに算出する必要があります。
また割増率は、一般的な勤務形態と変わらず以下の通りです。
- 法定時間外労働:25%
- 深夜労働(22~5時までの間の労働):25%
- 休日労働(法定休日での労働):35%
1日・週・月単位の残業時間や残業代の詳しい計算方法に関しては、下記記事にてご確認ください。
7-5. 変形労働時間制とシフト制との違い
変形労働時間制とシフト制は、ともに労働時間を柔軟に調整できる制度ではありますが明確な違いがあります。
変形労働時間制は、繁忙期や閑散期が発生する事業場にて所定労働時間を柔軟に調整できる制度です。週・月単位・年単位から選択できます。
一方でシフト制は、従業員が時間ごとに交代して勤務する制度です。労使協定や就業規則などの届出を提出する必要がない点、人材確保が難しい点なども特徴として挙げられます。
8. 変形労働時間制のデメリットは勤怠管理システムの導入などでカバーしよう
変形労働時間制はうまく運用すれば企業の業務効率を飛躍的に高めることができる制度です。さらに、従業員のワークライフバランス向上も見込めます。
その一方で、新制度導入直後には運用方法を誤ってしまったり、従業員からの不満が噴出したりするおそれもあるものです。まずは制度導入の担当者が十分に内容を理解し、従業員に周知することが大切です。また、制度導入と同時に新たな勤怠管理システムを導入するなどの工夫を講じ、導入失敗のリスクを防ぎましょう。
【監修者】小島章彦(社会保険労務士)
大学卒業後、某信用金庫にて営業と融資の窓口業務に関わる。 現在は、某システム開発会社に勤務。 会社員として働きながら、法律系WEBライターとして人事労務関係や社会保険関係のライティングを4年半以上行っている。 また、金融知識を生かした金融関係のライティングも含め、多数の執筆案件を経験している。 その他保有している資格は、行政書士、日商簿記3級など。