労働者には、憲法や民法、労働基準法に基づき「退職の自由」が認められています。そのため、使用者の一方的な都合で強引な引き止めをすると、法律に違反し、懲役や罰金などの罰則が課せられる恐れがあります。この記事では、退職の自由の意味や注意点についてわかりやすく解説します。また、労働基準法違反の罰則についても紹介します。
労働基準法総まとめBOOK
労働基準法の内容を詳細に把握していますか?
人事担当者など従業員を管理する役割に就いている場合、雇用に関する法律への理解は大変重要です。
例外や特例なども含めて法律の内容を理解しておくと、従業員に何かあったときに、人事担当者として適切な対応を取ることができます。
今回は、労働基準法の改正から基本的な内容までを解説した「労働基準法総まとめBOOK」をご用意しました。
労働基準法の改正から基本的な内容まで、分かりやすく解説しています。より良い職場環境を目指すためにも、ぜひご一読ください。
目次
1. 労働基準法における「退職の自由」とは?
日本では労働者が退職を希望する場合、自由に退職できる「退職の自由」が認められています。労働基準法第137条では、1年を超える有期雇用契約の労働者を対象に、契約初日から1年を経過していれば、いつでも退職が可能としています。また、労働基準法第15条に則り、契約と実際の労働条件が異なっていた場合、すぐに契約を解除することも可能です。
第百三十七条 期間の定めのある労働契約(一定の事業の完了に必要な期間を定めるものを除き、その期間が一年を超えるものに限る。)を締結した労働者(第十四条第一項各号に規定する労働者を除く。)は、労働基準法の一部を改正する法律(平成十五年法律第百四号)附則第三条に規定する措置が講じられるまでの間、民法第六百二十八条の規定にかかわらず、当該労働契約の期間の初日から一年を経過した日以後においては、その使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができる。
(省略)規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる(省略)
このように、労働基準法では有期雇用労働者に関する退職、労働条件が異なる場合の退職について規定されています。ここからは、憲法や民法の観点から「退職の自由」について詳しく紹介します。
1-1. 憲法から読み取る退職の自由の解釈
日本国憲法第18条、第22条により、次の2つが定められています。
- 奴隷的拘束の禁止
- 職業選択の自由
つまり、日本では退職を拒み拘束することは禁止されているうえに、職業を選択する自由が保障されています。そのため、従業員は自由に退職をして新しい仕事に就けるのです。
第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
第二十二条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
1-2. 民法における無期雇用労働者の退職に関する定め
退職については民法でも定められています。民法第627条にて雇用期間に定めがない無期雇用契約の労働者を対象に、自由に退職できることを保障しています。この場合、労働者は退職日から2週間前に退職の意思を告げることで退職が可能になります。
(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
第六百二十七条 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。(省略)
1-3. 民法における有期雇用労働者の退職に関する定め
民法第626条に基づき、雇用期間が5年を超えている、もしくは、雇用期間の終期が不確定である場合、契約から5年を経過すればいつでも退職ができます。ただし、当該有期雇用労働者は、退職する日の2週間前までに、使用者に予告しなければなりません。このように、労働基準法だけでなく、民法でも、有期雇用労働者の退職に関して規定されているのであわせて押さえておきましょう。
(期間の定めのある雇用の解除)
第六百二十六条 雇用の期間が五年を超え、又はその終期が不確定であるときは、当事者の一方は、五年を経過した後、いつでも契約の解除をすることができる。
2 前項の規定により契約の解除をしようとする者は、それが使用者であるときは三箇月前、労働者であるときは二週間前に、その予告をしなければならない。
1-4. 民法におけるやむを得ない場合の退職に関する定め
民法第628条により、無期雇用労働者でなく、有期雇用労働者であっても、やむを得ない事情があれば、いつでも退職を申し出ることができます。この場合のやむを得ない事情とは次のようなケースが考えられます。
- 賃金の未払い
- 劣悪な職場環境
- 病気の治療
- 引越し
- 結婚
- 出産
なお、やむを得ない事情と認められない場合、即時の退職を申し込めない可能性があります。また、やむを得ない事情によって一方的な都合で退職をしてしまうと、損害賠償が発生するケースもあるので注意が必要です。
ただし、民法で定められているやむを得ない事情がなくとも、労働基準法で定められているとおり、1年を超える有期雇用契約であれば、契約日から1年経過していれば、いつでも退職を申し出ることができます。
(やむを得ない事由による雇用の解除)
第六百二十八条 当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。
2. 労働基準法における「退職の自由」に関する注意点
労働基準法や憲法、民法により、労働者の「退職の自由」が認められています。そのため、従業員が退職を申し出てきた際に強引な引き留めをしてしまうと、その後のトラブルにつながりかねません。ここでは、労働基準法における「退職の自由」に関する注意点について詳しく紹介します。
2-1. 契約期間には上限がある
労働基準法第14条に基づき、原則として、3年を超える有期労働契約を結ぶことはできません。3年を超える契約期間を定めた場合、その部分は無効になり、契約期間は3年として有期雇用契約を結んだものとなります。
ただし、建設業などの事業完遂に必要な期間を定めている場合、その期間を上限として契約期間を定めることが可能です。また、一定の専門職種に就く労働者や、満60歳以上の労働者と労働契約を結ぶ場合、契約期間の上限は3年でなく、5年となるので正しく条文の内容を理解しておきましょう。
(契約期間等)
第十四条 労働契約は、期間の定めのないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは、三年(次の各号のいずれかに該当する労働契約にあつては、五年)を超える期間について締結してはならない。
一 専門的な知識、技術又は経験(以下この号及び第四十一条の二第一項第一号において「専門的知識等」という。)であつて高度のものとして厚生労働大臣が定める基準に該当する専門的知識等を有する労働者(当該高度の専門的知識等を必要とする業務に就く者に限る。)との間に締結される労働契約
二 満六十歳以上の労働者との間に締結される労働契約(前号に掲げる労働契約を除く。)
2-2. 強引な引き止めは違法になるケースがある
退職は労働基準法や憲法・民法で認められている従業員の権利です。そのため、強引な引き止めをしたところで、法的な拘束力は認められないうえに、会社の評判を落としかねません。とくに退職にあたっての強引な引き止めトラブルとして、次のようなケースが考えられます。
- 後任が決まらないから退職を認めない
- 残りの給与を未払いにする
- 離職票を発行しない
- 有給消化を許可しない
- 損害賠償請求をする
- 懲戒解雇にする
これらはいずれも効力が認められないうえに、給与の未払いや有給消化の拒否は労働基準法に違反しています。後任が決まっていないから退職を認めないというのも、退職の自由に反します。
しかし、適切に引継ぎがされなければ、業務に支障が発生する可能性もあるため、退職を希望している従業員としっかり話し合ったうえで退職日を決めましょう。なお、損害賠償を請求するには、退職と損害の因果関係を証明する必要があり、一般的に証明は難しいとされています。
2-3. 退職願と退職届は違う書類
従業員から「退職願」や「退職届」を受け取るケースもあるかもしれません。退職願と退職届には意味の違いがあります。
- 退職願:退職を願い出るための書類
- 退職届:退職を通告するための書類
つまり、退職願が提出された場合、会社が承諾するかしないいかで、退職が決定します。一方、退職届が提出された場合、会社の可否に関係なく、従業員からの「退職します」という意思表示になります。
たとえば、無期雇用労働者から「退職願」と「退職届」のそれぞれを受け取ったケースを考えてみましょう。無期雇用労働者の場合、退職の申し入れ日から2週間経過することで、退職することが可能です。「退職願」を受け取った場合は「会社が承諾してから2週間後」、「退職届」を受け取った場合は「退職届を受け取ってから2週間後」と解釈できます。
このように、「退職願」と「退職届」は意味が異なるので、どちらを従業員から受け取ったかきちんと確認し、正しく手続きをおこないましょう。
関連記事:退職届は何日前までに出すべき?民法や労働基準法の観点からわかりやすく解説!
3. 労働基準法における「退職の自由」に違反したときの罰則
労働基準法で「退職の自由」が認められているにもかかわらず、さまざまな方法で引き止めをおこなった場合、労働基準法違反として罰則が課せられる可能性があります。ここでは、労働基準法における「退職の自由」に違反したときの罰則について詳しく紹介します。
3-1. 強引な退職の引き止めは労働基準法の最も重い罰則
労働基準法第5条「強制労働の禁止」により、退職の自由を認めず、労働者を不当に拘束し、無理やり働かせようとすることは違法となります。この場合、労働基準法第117条に則り、1年以上10年以下の懲役もしくは、20万円以上300円以下の罰金の罰則が課せられる恐れがあります。なお、このペナルティは、労働基準法上最も重い罰則であり、退職の自由を認めないことの違法性の高さが理解できます。
(強制労働の禁止)
第五条 使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。
第百十七条 第五条の規定に違反した者は、これを一年以上十年以下の懲役又は二十万円以上三百万円以下の罰金に処する。
関連記事:労働基準法の第5条とは?条文の内容や罰則を詳しく解説
3-2. 退職を理由として賃金を未払いにすると30万円以下の罰金
労働基準法第24条では、次のように、賃金支払いの5原則が定められています。
- 通貨で支払う
- 直接労働者に支払う
- 全額を支払う
- 毎月1回以上の給料日を設ける
- 一定の期日を定めて支払う
そのため、退職を理由に賃金を未払いにすると、違法となり、労働基準法第120条に基づき30万円以下の罰金の罰則が課せられる恐れがあります。また、退職者から未払い賃金を請求された場合、これに応じなければならないので注意が必要です。
(賃金の支払)
第二十四条 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。(省略)
② 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。(省略)
第百二十条 次の各号のいずれかに該当する者は、三十万円以下の罰金に処する。
一 (省略)、第二十三条から第二十七条まで、(省略)の規定に違反した者
関連記事:賃金支払いの5原則とは?違反したときの罰則や例外を詳しく紹介
3-3. 退職を理由に有給を認めないと懲役もしくは罰金
労働基準法第39条に基づき、一定の条件を満たした労働者には、年次有給休暇が付与されます。退職前に有給消化を希望した場合も、これを認める必要があります。もしも正しく有給休暇を取得させなかった場合、違法となり、労働基準法第119条に則り、6カ月以下の懲役もしくは30万円以下の罰金の罰則が課せられる恐れがあります。なお、退職時に残っていた有給の買取は認められているので、正しく制度の内容を理解しておきましょう。
第百十九条 次の各号のいずれかに該当する者は、六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
一 (省略)、第三十九条(第七項を除く。)、(省略)の規定に違反した者
関連記事:有給休暇の買取は違法?退職時の対処や買取の計算について解説
3-4. 懲戒処分に合理性がなければ違法で無効となる
業務の引き継ぎを正しくおこなわずに退職するなど、社内規定に違反する場合、退職金を支給しないといった懲戒処分を下すことができるケースもあります。しかし、懲戒処分を下すには、「客観的にみて合理性を欠いていない」「社会通念上必要であるか」といった点を満たさなければなりません。労働契約法第15条に則り、懲戒権の濫用と判断されれば、当該懲戒処分は無効になるので注意しましょう。また、懲戒処分を下す場合、その理由や条件をきちんと就業規則に記載しておくことが大切です。
(懲戒)
第十五条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
3-5. 民法の定めに違反すると損害賠償を請求される可能性がある
民法では退職の自由を定めていますが、それにもかかわらず退職を認めない場合、民法に違反してしまいます。民法には罰則規定が設けられていないため、懲役や罰金を課せられることはありません。しかし、民法に違反したことで、労働者が損害を被った場合、損害賠償を請求される可能性があるので気を付けましょう。
4. 労働基準法の「退職の自由」に関連するよくある質問
ここでは、労働基準法の退職の自由に関連するよくある質問への回答を紹介します。
4-1. パート・アルバイトや派遣社員にも退職の自由は認められる?
退職の自由は、すべての労働者に適用されます。そのため、正社員だけでなく、契約社員やパート・アルバイト、派遣社員などにも当然認められます。
ただし、有期・無期のどちらで契約を結んでいるかで退職手続きの方法が変わることもあります。また、派遣社員は、派遣先でなく、派遣元と労働契約を締結しているため、派遣元に退職の申し出をしなければならないので注意しましょう。
4-2. 就業規則と雇用契約書どっちが優先される?
就業規則と雇用契約書は、原則として、雇用契約書の内容が優先されます。そのため、就業規則よりも雇用契約書に有利な条件が記載されていれば、それが適用されます。ただし、労働契約法第12条に則り、雇用契約書の労働条件が就業規則の条件を下回る場合、就業規則の条件が適用されることになるので注意しましょう。
(就業規則違反の労働契約)
第十二条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
4-3. 業務の引き継ぎの義務はある?
退職の自由が認められているものの、従業員は退職日まで使用者に雇用されている労働者です。そのため、使用者の指揮命令に基づき、退職するまでは、業務の引き継ぎをおこなう義務があります。
正しく業務の引き継ぎをしなかった場合、就業規則に基づき、懲戒処分をおこなえるケースがあります。また、会社側がそれによって損害を被れば、損害賠償を請求できる可能性もあります。このように、業務の引き継ぎ義務について退職予定者に伝え、きちんと退職日まで働いてもらいましょう。
5. 労働基準法の「退職の自由」を把握して円満な退職につなげよう!
憲法では拘束を禁止し、職業選択の自由を保障しています。また、労働基準法では1年を超える有期雇用契約の労働者を対象に、契約初日から1年経過して以降はいつでも退職が可能としています。さらに、民法では、無期雇用契約の労働者は退職の14日前に退職の意思を伝えることで退職できるとしています。
このように、労働者には退職の自由が認められているため、従業員からの退職届を拒否したり、強引に引き止めたりしないようにしましょう。強引な引き止めは違法になり、罰金や懲役が課される可能性があります。退職を希望する従業員に対しては丁寧に向き合って、円満な退職につなげてください。
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