日本では、労働者が業務に起因するケガや病気に見舞われた際に備えた、「災害補償」があります。
災害補償は退職金と違い、企業が自由に決定するものではなく、国の法律によって決められています。よって、企業は必ず対応しなければなりません。
本記事では、労働基準法による災害補償の内容、補償の対象範囲、補償額や労災保険との関係についてわかりやすく解説します。
労働基準法総まとめBOOK
労働基準法の内容を詳細に把握していますか?
人事担当者など従業員を管理する役割に就いている場合、雇用に関する法律への理解は大変重要です。
例外や特例なども含めて法律の内容を理解しておくと、従業員に何かあったときに、人事担当者として適切な対応を取ることができます。
今回は、労働基準法の改正から基本的な内容までを解説した「労働基準法総まとめBOOK」をご用意しました。
労働基準法の改正から基本的な内容まで、分かりやすく解説しています。より良い職場環境を目指すためにも、ぜひご一読ください。
1. 労働基準法の災害補償とは?
労働者が業務によってケガをしたり、病気になったりした場合、労働基準法第8章に記載されている各補償内容に基づき、労働者は法令に定められた補償を受けることができます。
労働基準法8章の災害補償は、第75条から第88条の13条にわたって、細かく補償内容が決められています。労働基準監督署が労働災害として認定した場合は、企業側の責任となり、法令に沿って対応しなければなりません。
参考:労働基準法 第八章 災害補償(第七十五条-第八十八条)|中央労働災害防止協会 安全衛生情報センター
2. 災害補償の種類と補償金額
労働基準法8章で定める災害補償の種類と補償金額は、以下のとおりです。
名称 |
労働基準法 8章 |
補償対象の事柄 |
災害補償の支給額 |
療養補償 |
第75条第一項 |
仕事中にケガをしたり、病気にかかったりしたとき |
治療・療養に必要な費用 |
休業補償 |
第76条第一項 |
労働者が労働基準法8章第75条により、療養中で就労できず賃金を受けられないとき |
労働者の平均賃金の100分の60 |
障害補償 |
第77条 |
労働者が仕事中に負傷、または病気にかかり、身体に障害が残ったとき |
障害の等級により補償日数が上乗せされる。 最高で平均賃金の1,340日分 |
遺族補償 |
第79条 |
労働者が仕事中に死亡したとき ※災害補償は遺族に支給 |
平均賃金の1,000日分 |
葬祭料 |
第80条 |
労働者が仕事中に死亡したとき ※葬祭をおこなう人に支給 |
平均賃金の60日分 |
なお、労働基準法8章には「打切」・「分割」という補償も定められています。
打切補償とは、第75条の療養補償を受けている労働者が、療養開始から3年経過してもケガや病気が治らない場合、労働者に対して平均賃金の1,200日分の「打切補償」を支払い、その後は補償をおこなわなくても良い、とされています。
分割補償は、第77条・第79条の「障害補償」・「遺族補償」が対象です。企業側が労働者または遺族に対し、支給する能力があることを証明し、補償対象者の同意が得られれば、6年の期間をかけて補償をすることが可能となる法律です。
参考:労働基準法 第八章 災害補償(第七十五条-第八十八条)|中央労働災害防止協会 安全衛生情報センター
参考:別表第二 身体障害等級及び災害補償表(第七十七条関係)|中央労働災害防止協会 安全衛生情報センター
3. 労働基準法の災害補償の対象となるケース
労働基準法で定めている「災害」とは、以下の3点です。
- 仕事中に発生したケガ
- 仕事中に発生した病気
- 通勤中・勤務時間内で外出したときの事故(例外あり)
仕事時間外の通勤時の事故も、会社で仕事をするために出かけているので、労働災害と認められるでしょう。
労働災害=建設現場での事故をイメージしがちですが、最近では長時間残業による過労死や劣悪な職場環境、人間関係による精神疾患なども災害として認められるケースが増えています。
3-1. 労働基準法の災害補償の対象となるケース【例外】
従業員が通勤中・勤務時間内で外出したときの事故が補償対象外となる場合があります。補償対象かどうかの判断は労働基準監督署がおこなうため、認められない場合もあるでしょう。
ここでは災害補償の対象外となるケースを紹介していきます。
① 仕事帰りにスーパーに寄った際の事故
仕事帰りに夕飯の買い物をするためにスーパーに寄った場合は、通勤経路から外れているので、その際に起きた事故は災害補償とは認められません。
② 忘れ物を取りに自宅に戻った際の事故
職場に到着する前後で、忘れ物を家まで取りに戻る際に事故が発生した場合は、災害補償されない可能性が高くなります。
忘れ物が仕事に関する物なのか、単なる私物なのかによっても、補償対象となるかどうかの判断は分かれるところです。
4. 労働基準法の災害補償の対象とならないケース
災害補償の対象か否かは「業務遂行性」と「業務起因性」に該当するかしないかで決まります。
それぞれの意味とどのような場面が該当しないかを解説します。
4-1. 業務遂行性
「ケガをしたとき、仕事に携わっていたか」が判断基準です。職場で仕事をしているときはもちろん、会社の施設内で休憩中にケガをした場合でも会社の管理下にあるため、業務遂行性が認められます。
4-2. 業務起因性
「ケガや病気をしたとき、仕事に起因して起きたどうか」が判断基準です。
争論になる問題としては、仕事と過労死や精神疾患などの関連性が挙げられます。
これらの仕事と病気を考えるには、労働時間や仕事内容、治療を受ける機会があったかどうか、会社との相談により負担の少ない仕事への部署変更が可能だったかどうかなど、さまざまな状況を踏まえて判断することになります。
業務起因性を具体的な事象で伝えると、労働者が病気を患った際、長時間残業をしていた事実や日勤夜勤の交代制のような不規則な勤務実態があれば、仕事と病気の関連性がより認められやすくなります。
また、物流や建築関係の仕事に多い「腰痛」に関しても業務起因性で争論になりやすい事案といえます。
入社前から「持病」として腰痛を持っていた場合、仕事との関連性は認められない可能性が高いでしょう。
なぜなら、仕事中に起きたかどうかではなく、もともとの持病として腰痛があったと紐づけられるからです。
参考:業務遂行性・業務起因性|社会保険労務士法人 西村社会保険労務士事務所
5. 労働基準法(災害補償)と労災保険の違い・関係について
労災保険は、以下の2つの役割があります。
- 労働基準法(企業)による災害補償の代行
- 社会保障(保険独自保障)
1つずつ説明していきます。
5-1. 労災保険が労働基準法の災害補償を代行している
労働基準法第8章に「使用者の災害補償責任」が定められています。
仕事によって起きたケガや病気については、企業側が労働者に災害補償をしなければなりません。
しかし、企業側が労働者に対して支払う災害補償は、経営状況によって支給ができない可能性があります。
そのため、労災保険法は企業側による災害補償の責任を確実にするために、労働基準法による企業の個別責任を代行する役割があるのです。
なお、労働基準法第84条に「労働基準法で規定している災害保障について、労災保険法に基づいた給付がおこなわれるときは、使用者は災害補償責任を免れる」と定められています。
この規定でも、労災保険が災害補償責任を代行しているのがわかります。
5-2. 労災保険には社会保障的な役割がある
労災保険法の設立当初、労災保険法は労働基準法の災害補償代行だけでした。
そして、時代が進む中で労災保険制度は大きく発展していきました。
現在の労働災害における保障は、労災保険が中心になっているといえるでしょう。
6. 労働基準法・災害補償についてよくある質問
ここからは、労働基準法と労働補償に関してよく生じる疑問について解説します。
以下より労働基準法の災害補償の就業規則記載例や、災害補償請求権の時効、出張中・休憩中の労災補償について、労災保険における慰謝料は請求について確認していきます。
6-1. 労働基準法の災害補償の就業規則記載例
「安全衛生及び災害補償に関する事項」は就業規則の相対的必要記載事項に該当します。そのため、規定を作成する場合は就業規則への記載が求められます。
記載例に関しては、厚生労働省による以下資料をご確認ください。
6-2. 労働基準法の災害補償請求権の時効について
労災保険における災害補償請求権の時効に関しては、給付金の種類によって異なります。
労災保険の各種給付金の時効は、厚生労働省が公開している以下の表からご確認いただけます。
給付金
時効
療養(補償)給付
療養の費用を支出した日ごとに請求権が発生し、その翌日から2年
休業(補償)給付
賃金を受けない日ごとに請求権が発生し、その翌日から2年
遺族(補償)年金
被災労働者が亡くなった日の翌日から5年
遺族(補償)一時金
被災労働者が亡くなった日の翌日から5年
葬祭料(葬祭給付)
被災労働者が亡くなった日の翌日から2年
未支給の保険給付・特別支給金
それぞれの保険給付と同じ
傷病(補償)年金
監督署長の職権により移行されるため請求時効はない。
障害(補償)給付
傷病が治癒した日の翌日から5年
介護(補償)給付
介護を受けた月の翌月の1日から2年
二次健康診断等給付金
一次健康診断の受診日から3ヶ月以内
6-3. 出張中・休憩中は労災補償に該当する?
出張中の労災においては、基本的には認定されます。
ただし社員が指定の交通機関・宿泊施設を利用していない場合や、業務から完全に逸脱している場合(業務をせず観光している、泥酔している等)などは、労災として認められません。
一方で休憩中の労災においては、発生した場所が重要となります。
社内もしくは、営業活動等で社外にいる際の事故は労災として認められる可能性があります。一方で、仕事場以外の場所にて怪我をする等の事故は労災認定されないといえるでしょう。
6-4. 労災保険は慰謝料にも対応している?
そもそも労災では、基本的に慰謝料は請求できない仕組みではありますが、例外として企業側が明らかな不法行為、もしくは安全配慮義務違反の債務不履行責任があることが確認された場合に認められることがあります。具体的には、「入通院慰謝料」「後遺障害慰謝料」「死亡慰謝料」などの請求が生じうることがあります。
また精神面における損害に対する慰謝料に関しては、労災保険の対象外となります。
そのため民事上の損害賠償請求が科されることがあります。万が一の出来事に備えて、労災上乗せ保険や、任意保険に加入しておくと安心でしょう。
7. 災害補償は企業が責任を果たすべき義務
仕事によるケガや病気は、企業が労働者に対し責任を負う必要があります。
その責任というのが「災害補償」です。
災害補償は、項目ごとに内容や負担額が分かれています。丁寧に対応し、企業としての責任を果たしましょう。
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