労働基準法第109条により、労働者名簿や賃金台帳、出勤簿、タイムカードなどの労働関係に関する重要な書類は一定期間保存しなければなりません。労基法第109条は改正が実施されており、経過措置も設けられています。また、違反すると罰則もあります。この記事では、労基法第109条の具体的な内容や注意点をわかりやすく解説します。
労働基準法総まとめBOOK
労働基準法の内容を詳細に把握していますか?
人事担当者など従業員を管理する役割に就いている場合、雇用に関する法律への理解は大変重要です。
例外や特例なども含めて法律の内容を理解しておくと、従業員に何かあったときに、人事担当者として適切な対応を取ることができます。
今回は、労働基準法の改正から基本的な内容までを解説した「労働基準法総まとめBOOK」をご用意しました。
労働基準法の改正から基本的な内容まで、分かりやすく解説しています。より良い職場環境を目指すためにも、ぜひご一読ください。
目次
1. 労働基準法第109条の重要な書類とは?
労働基準法第109条「記録の保存」では、労働関係に関する重要な書類の保存期間を具体的に定めています。労働基準法第109条の理解を深めるためには、労働基準法第107条、第108条の知識も必要になります。ここでは、労働基準法第107条、第108条、第109条の内容について詳しく紹介します。
1-1. 労働基準法第107条の「労働者名簿」とは?
労働基準法第107条により、事業主は労働者名簿の作成義務があります。また、労働基準法施行規則第53条により、労働者名簿の記載事項は、次の通り具体的に定められています。
- 氏名
- 生年月日
- 履歴
- 性別
- 住所
- 業務の種類
- 採用年月日
- 退職年月日(死亡を含む)とその事由
労働者名簿は従業員を雇っているのであれば、どのような規模の企業でも作成する必要があります。個人事業主であっても労働者を雇っているのであれば、作成しなければなりません。労働者名簿は原則雇っている労働者の人数分作成する必要があります。ただし、次のような正社員やアルバイト・パート以外の雇用形態の場合、作成が不要です。
- 日雇い労働者
- 派遣労働者
- 代表者・役員
派遣労働者を管理するのは派遣元です。そのため、受け入れ先企業に名簿の作成を求められることはありません。代表者や役員は労働者と扱われないので、労働者名の作成は不要です。また、従業員の結婚による苗字変更など、記載事項に変更があった場合は速やかに訂正しなければならないので注意が必要です。
(労働者名簿)
第百七条 使用者は、各事業場ごとに労働者名簿を、各労働者(日日雇い入れられる者を除く。)について調製し、労働者の氏名、生年月日、履歴その他厚生労働省令で定める事項を記入しなければならない。
② 前項の規定により記入すべき事項に変更があつた場合においては、遅滞なく訂正しなければならない。
引用:労働基準法第107条|e-Gov
第五十三条 法第百七条第一項の労働者名簿(様式第十九号)に記入しなければならない事項は、同条同項に規定するもののほか、次に掲げるものとする。
一 性別
二 住所
三 従事する業務の種類
四 雇入の年月日
五 退職の年月日及びその事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む。)
六 死亡の年月日及びその原因
(省略)
1-2. 労働基準法第108条の「賃金台帳」とは?
労働基準法第108条により、事業主は賃金台帳を作成する義務があります。また、労働基準法施行規則第53条により、賃金台帳の記載事項は、次の通り具体的に定められています。
- 氏名
- 性別
- 賃金の計算期間
- 労働日数
- 労働時間数
- 時間外労働時間数
- 深夜労働時間数
- 休日労働時間数
- 基本給・手当の種類とその金額
- 控除項目とその金額
賃金台帳も労働者を雇用しているのであれば、すべての企業が作成しなければなりません。日雇労働者について労働者名簿の作成は不要ですが、賃金台帳の作成は必要になるので注意が必要です。
(賃金台帳)
第百八条 使用者は、各事業場ごとに賃金台帳を調製し、賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額その他厚生労働省令で定める事項を賃金支払の都度遅滞なく記入しなければならない。
引用:労働基準法第108条|e-Gov
第五十四条 使用者は、法第百八条の規定によつて、次に掲げる事項を労働者各人別に賃金台帳に記入しなければならない。
一 氏名
二 性別
三 賃金計算期間
四 労働日数
五 労働時間数
六 法第三十三条若しくは法第三十六条第一項の規定によつて労働時間を延長し、若しくは休日に労働させた場合又は午後十時から午前五時(厚生労働大臣が必要であると認める場合には、その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時)までの間に労働させた場合には、その延長時間数、休日労働時間数及び深夜労働時間数
七 基本給、手当その他賃金の種類毎にその額
八 法第二十四条第一項の規定によつて賃金の一部を控除した場合には、その額
(省略)
関連記事:賃金台帳の記載事項とは?厚生労働省のテンプレートや作成時の注意点を解説!
1-3. 労働基準法第109条の重要な書類の保存期間は5年間
労働基準法では労働者名簿(労働者基準法第107条)や賃金台帳(労働基準法第108条)以外にも、出勤簿の作成も義務付けています。これら3つを合わせて「法定三帳簿」と呼びます。労働基準法第109条により、法定三帳簿や雇入れ・解雇に関する書類、災害補償に関する書類などの労働関係に関する重要な書類は5年間保存しなければなりません。
(記録の保存)
第百九条 使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を五年間保存しなければならない。
1-4. 労働基準法第109条に該当する具体的な書類
労働基準法第109条に該当する書類かどうかわからない人もいるかもしれません。労働基準法第109条の対象になる記録は、次の通りとされています。
- 労働者名簿
- 賃金台帳
- 雇入れに関する書類(雇入決定関係書類や雇用契約書、労働条件通知書、履歴書、身元引受書など)
- 解雇に関する書類(解雇決定関係書類や解雇予告除外認定関係書類、解雇予告手当・退職手当の領収書など)
- 災害補償に関する書類(診断書や補償の支払書類、領収関係書類など)
- 賃金に関する書類(賃金決定関係書類や昇給・減給関係書類など)
- その他労働関係に関する重要な書類(出勤簿やタイムカード、労使協定の協定書、各種許認可書、始業・終業時刻など労働時間の記録に関する書類、退職関係書類、休職・出向関係書類、事業内貯蓄金関係書類など)
このように、労働基準法第109条に該当する書類は数多くあります。まずは自社が取り扱っている書類を確認し、これらに該当するかどうかチェックして適切な期間保存することが大切です。また、名称は違っても、内容が労働に関係する場合、労働基準法第109条の書類に当てはまる可能性があるので注意が必要です。
2. 労働基準法第109条の法改正や経過措置とは?
労働基準法第109条は過去に法改正がおこなわれています。また、保存期間については経過措置が設けられています。ここでは、労働基準法第109条の法改正や経過措置の内容について詳しく紹介します。
2-1. 従来の労働関係書類の保存期間は3年間
2020年4月の労働基準法の法改正により、労働基準法第109条の保存期間が5年間に変わりました。従来は3年間とされていました。まずは、法改正の内容をきちんと理解しておきましょう。
2-2. 令和2年4月1日より「労働基準法の一部を改正する法律」が施行
令和2年(2020年)4月1日より「労働基準法の一部を改正する法律」が施行され、現在の労働基準法第109条の内容となっています。この背景には、民法改正に伴い、賃金請求権の時効が5年に延長された(労働基準法第115条)ことがあります。これに伴い、労働基準法第109条の内容も改正され、労働関係書類の保存期間が5年に延長されています。このように、法改正の背景を知ることで、より労働基準法第109条について理解を深めることができるようになります。
(時効)
第百十五条 この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。
2-3. 当分の間は経過措置がある
労働基準法第109条の条文は法改正により、保存期間が3年から5年に変更されています。しかし、労働基準法第143条に記載されているように、労働基準法第109条の規定の適用には経過措置が設けられています。法改正により新しく仕組みやシステムを導入しなければならないケースもあります。このような対応には時間や手間がかかるので、スケジュールなどに余裕を持たせることが経過措置の目的の一つといえます。
労働基準法第109条の経過措置により、労働関係書類について、当分の間は5年間でなく3年間の保存でも問題ありません。また、賃金請求権など他の規定についても、経過措置が設けられているので、この機会に正しく理解しておきましょう。なお、経過措置がいつ終了するかは未定であるので、できる限り早めに5年間の保存に対応できるようにしておくことが大切です。
第百四十三条 第百九条の規定の適用については、当分の間、同条中「五年間」とあるのは、「三年間」とする。
② 第百十四条の規定の適用については、当分の間、同条ただし書中「五年」とあるのは、「三年」とする。
③ 第百十五条の規定の適用については、当分の間、同条中「賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間」とあるのは、「退職手当の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)の請求権はこれを行使することができる時から三年間」とする。
関連記事:雇用契約書の保管期間は5年!経過措置の内容やほかの書類についても紹介
3. 労働基準法第109条に違反するとどうなる?
「労働者名簿や賃金台帳を誤って破棄してしまった」「出勤簿やタイムカードの保存期間を間違えていた」などのように、労働基準法第109条に違反するとどのようになるのでしょうか。ここでは、労働基準法第109条に違反した場合の対応や罰則について詳しく紹介します。
3-1. 労働基準監督署による調査が実施される
労働基準法第109条に違反したからといって、すぐに罰則やペナルティが課せられるわけではありません。従業員の労働基準監督署への申告などにより、労働基準法に違反している可能性が疑われたら、まず労働基準監督署により調査が実施されます。調査では、労働者名簿や賃金台帳、出勤簿などを確認し、違反がないかチェックされます。
3-2. 違反が発覚すると是正勧告を受ける
労働基準監督署の調査により、労働基準法違反が発覚すると、是正するよう勧告を受けることになります。是正勧告に従い、速やかに対応すれば、ペナルティを免れることができます。一方、是正勧告に従わず、労働基準監督署による再調査で改善がみられていない場合、罰則につながる恐れがあります。
3-3. 30万円以下の罰金の罰則を受ける恐れもある
労働基準監督署の是正勧告に従わず、悪質だと判断だと認められた場合、法律に従って罰則を受けることになります。労働基準法第120条により、労働基準法第109条に違反すると、30万円以下の罰金のペナルティが課せられます。
第百二十条 次の各号のいずれかに該当する者は、三十万円以下の罰金に処する。
一 、(省略)又は第百六条から第百九条までの規定に違反した者
3-4. 企業名公表により社会的信用を損なう可能性もある
労働基準法の罰則だけであれば問題ないと考えている人もいるかもしれません。労働基準法に違反すると、厚生労働省のホームページ「労働基準関係法令違反に係る公表事案」に企業名が公表される可能性があります。社会に悪いイメージとして企業名が知れ渡れば、事業の存続に影響を来す恐れもあります。このように、労働基準法第109条に違反した場合、罰則や企業名公表といったペナルティにつながる恐れがあるので、正しく法律を理解して、適切な対応を取りましょう。
4. 労働基準法第109条に関する注意点やポイント
ここでは、労働基準法第109条に関する注意点やポイントについて詳しく紹介します。
4-1. 保存期間の起算日はいつから?
労働基準法第109条により、労働関係書類は5年間(当面の間は3年間)の保存が義務付けられています。しかし、起算日がいつなのかわからないという人も少なくないでしょう。労働基準法施行規則第56条により、労働基準法第109条の労働関係書類における保存期間の起算日は、次の表の通りになります。
書類名 |
起算日 |
労働者名簿 |
労働者の退職(死亡を含む)または解雇の日 |
賃金台帳 |
最後の記入をおこなった日 |
雇入れ・退職に関する書類 |
労働者の退職(死亡を含む)の日 |
災害補償に関する書類 |
災害補償が終了した日 |
賃金その他労働関係に関する重要な書類 |
それが完結した日 |
たとえば、従業員が退職したら、その日から5年間(当分の間は3年間)労働者名簿を保存しなければなりません。なお、賃金台帳や賃金に関する書類は、賃金の支払期日が上記の表よりも遅い場合、その支払期日が起算日になるので注意が必要です。
第五十六条 法第百九条の規定による記録を保存すべき期間の計算についての起算日は次のとおりとする。
一 労働者名簿については、労働者の死亡、退職又は解雇の日
二 賃金台帳については、最後の記入をした日
三 雇入れ又は退職に関する書類については、労働者の退職又は死亡の日
四 災害補償に関する書類については、災害補償を終わつた日
五 賃金その他労働関係に関する重要な書類については、その完結の日
② 前項の規定にかかわらず、賃金台帳又は賃金その他労働関係に関する重要な書類を保存すべき期間の計算については、当該記録に係る賃金の支払期日が同項第二号又は第五号に掲げる日より遅い場合には、当該支払期日を起算日とする。
4-2. 労働関係書類は電子データでの保存も認められている
労働者名簿や賃金台帳、出勤簿などの労働関係書類は電子データでの保存も認められています。紙で管理している場合、紛失してしまうリスクがあります。また、大規模な企業になるほど、従業員の書類を保管したり、探し出したりするのに時間や手間がかかります。
電子データで管理すれば、システム上で情報を保存できるので、保管スペースを削減することができます。また、バックアップ体制をきちんと整備することで、紛失のリスクを抑えることが可能です。さらに、検索機能により、素早く見つけたい情報を探せるため、業務の効率化も期待できます。
ただし、紙の書類を電子化する場合、不正アクセスや改ざんといったセキュリティリスクもあります。また、電子データを管理するためのシステム(オンラインストレージやクラウドストレージなど)には、数多くの種類があります。料金や機能、使いやすさ、セキュリティ、サポートなどを考慮して、自社のニーズにあったITツールを導入することが重要です。
関連記事:電子帳簿保存法に対応したクラウドストレージの選び方を紹介
4-3. 労働者の情報は個人情報保護法の対象になる
労働者名簿や賃金台帳などに記載されている労働者の情報は、個人情報保護法の対象となります。そのため、従業員に対して情報の使用目的を伝えて同意を得ておくことが大切です。従業員の個人情報が漏洩すると、社会的な問題に発展する恐れもあります。セキュリティリスクを十分に考慮したうえで、管理方法やルールを決めることが大切です。
4-4. 労働関係書類はタレントマネジメントにも役立つ
労働基準法第109条により管理する労働者の情報は、戦略人事にも役立ちます。労働者名簿や賃金台帳、出勤簿のデータを分析して、自社の人材の傾向を把握し、採用活動や人材配置などに活かすことで、自社の生産性の向上が期待できます。労働関係書類の保存は、労働基準法第109条で定められた義務ですが、ポジティブに捉えて、経営戦略に役立てることも検討してみましょう。
関連記事:タレントマネジメントの導入を成功させるコツとは?選び方のポイントも紹介
5. 労働基準法第109条を正しく理解して重要な書類を保存しよう
労働者を一人でも雇っている企業は、労働基準法第109条に従い、労働者名簿や賃金台帳、出勤簿といった労働関係書類を5年間(経過措置により当分の間は3年間)保存しなければなりません。労働基準法第109条に違反すると、罰金や企業名公表などの罰則を受ける恐れもあります。そのため、法律を理解し、適切に書類を管理しましょう。なお、労働基準法第109条で管理する書類は、タレントマネジメントにも役立てることができます。
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