近年、人材の募集要項や求人票に「固定残業代」を含めた賃金表示をするケースが増えてきています。
固定残業代を採用すると、企業にとって残業代のばらつきが少なくなるなどのメリットがありますが、固定残業代を設定する際には、注意するべき法律規制があります。
例えば残業時間の上限規制です。残業の上限時間を超えて働かせると罰則の対象となるので注意しましょう。
今回は、固定残業代の上限や、固定残業代が45時間を超えるリスクについて解説します。
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目次
1. 固定残業代の上限は原則45時間
固定残業代とは、一定時間分の時間外労働、休日労働および深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金のことです。[注1]
通常、残業代は法定労働時間を超えた分に対して支払われますが、固定残業代を導入した場合、時間外労働の有無に関係なく、一定時間分の時間外手当が支払われる仕組みになっています。
事業主にとっては、毎月の残業代のばらつきが少なくなって給与計算業務が楽になりますし、従業員側にとっては、残業しなかった月でも所定の固定残業代が支払われるため、互いに利のある制度といえます。
ただ、固定残業代を支払えば、その範囲内で制限なく時間外労働させられるというわけではありません。
そもそも労働基準法第32条では、使用者は労働者に1日8時間、1週間で40時間(休憩時間を除く)を超えて労働させてはいけないと定めています。[注2]
ただし、同法第36条では、労使間で36協定を締結していれば、法定労働時間を超えた労働をおこなわせても良いとしています。
この、36協定を締結した場合に延長することができる残業上限時間が45時間であるため、固定残業代制も45時間を目安に設定しなければいけません。
固定残業代制は36協定を前提とした制度なので、導入する際は必ず労使間で36協定を結びましょう。
[注1]固定残業代 を賃金に含める場合は、適切な表示をお願いします。|厚生労働省
[注2]労働基準法|e-Gov法令検索
1-1. 固定残業代制の導入に必要な36協定
36協定とは、「時間外・休日労働協定に関する協定届」の通称です。
36協定は、労働者の過半数で組織する労働組合または労働者の過半数を代表する者と労使間で締結された後、労働基準監督署長への届け出をおこない、内容を従業員に開示してはじめて有効と認められます。
36協定を締結することで時間外労働をおこなわせることが可能になりますが、無制限に残業をさせられるわけではありません。
36協定締結時の残業時間の上限は、「月45時間、年間360時間以内」です。
例えば、毎月の残業時間が40時間である場合、月の上限は超過していなくても、年間で480時間となり違反になるため、年間を通しても超過しないように注意しましょう。
2. 固定残業代を45時間以上に設定できるケース
先述の通り、36協定を締結していたとしても、従業員を1ヵ月45時間を超えて残業させることは原則として禁じられています。
しかし、一定の要件を満たしていれば、例外として1ヵ月45時間を超えて時間外労働することが認められます。
以下では、1時間45時間超えの時間外労働が認められるケースを2つご紹介します。
2-1. 臨時の特別な事情で特別条項付き36協定が締結されている場合
臨時的な特別の事情があり、かつ労使が合意する場合は、月45時間、年360時間という上限を超えて時間外労働することが可能です。[注3]
ここでいう「臨時的な特別の事情」とは、労働基準法第36条5の3で定められた「当該事業場における通常予見することのできない業務量の大幅な増加等」を指します。[注4]
具体的には、納期変更などによる納期のひっ迫、大規模なクレームへの対応、重大な機械のトラブルへの対応などが挙げられます。
これらはすべて「予期しない事象」であることが前提となっているため、同じ状況でもあらかじめ予期することが可能だった場合は「臨時的な特別の事情」とは認められません。
なお、臨時的な特別の事情があったとしても、以下4つの要件は遵守する必要があります。[注3]
- 時間外労働が年720時間以内
- 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
- 時間外労働と休日労働の合計について、2ヵ月・3ヵ月・4ヵ月・5ヵ月・6ヵ月平均がすべて1月あたり80時間以内
- 時間外労働が月45時間えを超えることができるのは年6ヵ月が限度
このように、臨時的な特別の事情があっても、上記の上限を超えて時間外労働させることはできないので、あらかじめ注意が必要です。
特別条項を結んでいても月45時間を超えて残業をさせることができるのは年6回までであるので、45時間を超える固定残業代を設定することは従業員に違法な労働をおこなわせてしまうリスクが高まります。固定残業代を45時間以上で設定していても、実際の労働時間が36協定に違反しなければ違法になることはありませんが、不要な人件費をかけてしまうことにもなるので、原則45時間を超える固定残業代の設定はおこなわない方が良いでしょう。
また、45時間を超える固定残業代を設定していると、「ブラック企業」という印象もたれて企業イメージを損なう可能性もあります。
[注3]時間外労働の上限規制わかりやすい解説|厚生労働省
[注4]労働基準法|e-Gov法令検索
2-2. 特定の事業・業務に適用される猶予期間
時間外労働の上限規制は、大手企業は2019年4月1日、中小企業は2020年4月1日から、それぞれ適用されます。[注5]
ただし、一部の事業・業務については例外として上限規制が猶予・除外されます。[注5]
まず建設事業・自動車運転の業務・医師については、2024年3月31日まで上限規制は適用されません。
また、鹿児島県および沖縄県における砂糖製造業に関しては、猶予期間中、時間外労働と休日労働の合計について「月100時間未満」「2~6ヵ月平均80時間以内」という2つの規制が適用外となります。
各事業・業務における猶予後(2024年4月1日以降)の取り扱いは以下のようになります。
2-2-1. 建設事業
原則として上限規制のすべてが適用されますが、一部例外として、災害の復旧・復興事業に関しては、時間外労働について「月100時間未満」「2~6ヵ月平均80時間以内」という2つの規制は適用されません。[注6]
2-2-2. 自動車運転の業務
特別条項付き36協定を締結酢瑠場合の年間の時間外労働の上限は年960時間となります。[注7]
また、時間外労働と休日労働の合計について定めた「月100時間未満」「2~6ヵ月平均80時間以内」という2つの規制は適用されません。
さらに、「時間外労働が月45時間を超えることができるのは年6ヵ月まで」という規制も適用外となります。
2-2-3. 医師
医師の猶予後の取り扱いについては、複数の水準ごとに以下のように区分されます。[注8]
- A水準(診療従事勤務医):年960時間/月100時間未満
- B水準(地域医療確保暫定特例水準)、C水準(集中的技能向上水準):年1,860時間/月100時間未満
なお、C水準については2035年度末を目途に縮減する方向で調整する予定です。
2-2-4. 鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業
猶予後は例外なく、上限規制がすべて適用されます。[注9]
2-3. 45時間超えが認められないケース
臨時的な特別の事情がある場合や、特定の事業・業務に携わっている場合以外は、原則として月45時間超えの時間外労働は認められていません。
特に事由を限定せず、「業務で必要だから」「多忙だから」といった理由で月45時間を超えて時間外労働させると、藤堂基準法違反となり、罰則が科されるおそれがあるので要注意です。
3. 残業時間が45時間を超えるリスク
残業時間が45時間を超えると、労使それぞれに以下のようなリスクがあります。
3-1. 従業員の健康リスク
時間外労働に上限規制が設けられたのは、従業員の過労死リスクを軽減するためです。
月45時間を超えて残業させると、従業員の心身に大きな負担がかかり、病気リスクや過労死リスクが高くなるおそれがあります。
労働契約法第5条では、企業に対し、安全配慮義務を下記のように定めています。
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
引用:労働契約法第5条|e-Gov法令検索
過度な時間外労働を強いることは企業の安全配慮義務に反する可能性があるため、注意が必要です。
また、厚生労働省は、過労死の認定ラインを月80時間と設定し、60時間を超える残業を是正するよう呼びかけています。
3-2. 法令違反のリスク
臨時的な特別の事情なしに、従業員に月45時間を超える残業を強いると、労働基準法違反となります。
違反した場合、同法第119条の規定により、6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります。[注10]
2019年の働き方改革関連法案によって残業時間に上限規制が設けられ、1ヵ月あたりの残業上限時間は45時間と決められています。
固定残業代制だからと言って残業の実労働時間を計算していないと、この上限時間を超過してしまうリスクがあります。
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また、固定残業代の運用において「基本給と固定残業代の内訳を明示していない場合」や、「固定残業代の設定が最低賃金を下回る額で設定されている場合」も違法です。
固定残業代の設定は基本給の1時間あたりの基礎賃金を計算した上で、残業時間に対する割増率25%を上乗せした額で設定しなければいけません。
1時間あたりの基礎賃金は「月給÷月平均所定労働時間(年間所定労働日数×所定労働時間÷12)」で算出することができます。
固定残業代を設定したら、基本給〇〇円(固定残業代▲▲円を含む)のように内訳を明確に開示しましょう。
加えて、固定残業時間として定めた時間に満たないからといって固定残業代を減額することも違法です。固定残業代の付与に条件を設けることはできないので注意しましょう。
[注10]労働基準法|e-Gov法令検索
4. 残業時間を削減するために取り組みたいポイント
過度な時間外労働の増加は労使ともにリスクがあるので、最小限に抑えるに越したことはありません。
ここでは残業時間を削減するために取り組みたいポイントを3つご紹介します。
4-1. 時間外労働の状況を可視化する
時間外労働に従事した時間を正確に管理できないと、知らない間に上限を超えてしまう可能性があります。
また、紙の出勤簿やタイムカードなどを使った勤怠管理は打刻忘れや入力ミスなどのヒューマンエラーが発生しやすく、時間外労働を正確に把握できなくなるおそれがあります。
打刻データが自動的に入力される勤怠管理システムなどを導入し、時間外労働を可視化すれば、上限を超えて残業するリスクを軽減できます。
4-2. 業務効率化を図る
人手が足りず、従業員が残業を余儀なくされている場合は、業務の効率化を図りましょう。
例えば、ペーパーレスを推進したり、業務フローを見直したりすれば、従来の業務で生じていた無駄の削減につながります。
4-3. 残業の申請制度を設ける
従業員が自らの意思で勝手に残業しないよう、上司への事前申請制度を導入するのもひとつの方法です。
残業の必要ありと認めた場合のみ申請を許可すれば、無駄な時間外労働を軽減できます。
また、申請の手間があることで、従業員に業務を時間内に終わらせようという意識が芽生え、生産性が向上することも期待できます。
5. 固定残業代は36協定に基づき、月45時間を上限とするのが基本
固定残業代は労使ともにメリットのある制度ですが、1ヵ月または1年間の時間外労働には上限があるため、際限なく残業させられるわけではありません。
臨時的な特別の事情あるいは一部特定の事業・業務は月45時間を超えて残業させることも可能ですが、従業員の健康を害したり、法令違反に該当したりするリスクがあります。
そのため、日頃から勤怠管理システムの導入や業務効率化などに取り組み、なるべく残業時間を削減することを意識しましょう。
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