「つくる人を増やす」という日本一シンプルでわかりやすい経営理念で有名な、鎌倉発のインターネット企業といえば、面白法人カヤック。
「リファラル採用」という言葉が流通し始めるずっと前、2014年から「ぜんいん人事部」を開始してHRアワードを受賞。最近では「ゲームのうまさで、内定出します」というカヤックらしい『いちゲー採用』をスタートするなど、人事の側面でも「面白さ」を追求し続けています。
そんな、カヤックの裏側で「仕掛け人」として採用をプロデュースされている採用担当の佐藤さんと、「社外人事」としてカヤックの人事を支えるエスノグラファー神谷さんのお二人にお話を伺いました。
佐藤 謙太 |面白法人 カヤック 採用責任者
販促メディアを運営する会社の総務・労務の仕事を辞めて料理人になろうとしていたところで声をかけられ2015年7月に株式会社カヤックに入社。面白採用キャンペーン以降の選考プロセスの改善に並々ならぬ熱意を注ぐ。採用以外にも「クソゲー供養会」といったクリエイター向けイベントの企画や、プロレス団体の広告の企画なども担当。
神谷 俊 | 株式会社エスノグラファー 代表取締役
ジャンル&フィールド不問のエスノグラファー。エスノグラフィーという調査方法を自らの専門技能として、企業や地域、家庭など様々な分野で活動。株式会社エスノグラファーを設立し、代表取締役を務める一方で、面白法人カヤックにて社外人事として同社の採用戦略をサポート。また「採用学」のプロデュースで知られる株式会社ビジネスリサーチラボにて研究員を務める。アマチュアリズムをキャリア観の根底に据え、常に新たな自分を引き出すフィールドを探している。
目次
組織文化を壊す「大量採用」はしたくない
佐藤さんが採用担当としてカヤックさんに入社をされたのは2015年の7月でしたよね。その当時はどんな状況だったのですか?
ちょうどその当時は、上場してからまだ半年ちょっと、という頃で、まさに「一気に人を増やすぞ!」というフェーズでした。僕自身、採用計画を立てるところから着手するのはカヤックが初めてだったのですが、「たくさん人が入ってきたらカヤックの良さである『組織文化』が薄まってしまうのでは?」ということを直感的になんとなく感じていました。
それで、採用で組織を一気に拡大しつつも、いかに組織文化を残していくかということが、採用担当の最大の使命ではないかと思い、そのために何ができるか考えるようになりました。
とても大切な着眼点ですね。普通はどの会社も「一気に拡大するぞ」って言ったら、まずは採ることしか考えずに、「組織文化が薄まるのでは?」という危機感はなかなか生まれないです。
そうですね。大量採用をやった後、大失敗した会社・組織は嫌っていうほど見てきましたからね。社員紹介で決定したらインセンティブを払うといったキャンペーンで大量に採用して、結果としてみんな辞めましたというような話を聞いたときに、大きくなってるけど失敗があるんだなと思いました。もしカヤックでそうなったら嫌だなと。
「どうやったら良い採用ができるのか?」をいろんな方に相談している中、親しくしているいくつかの紹介会社の方々から『カヤックさんは変わらないでください』みたいな応援の声もありました。
組織文化を、もっと戦略的に作ることはできないか?
僕は前職で人事コンサルティングをやっていたときに「個人のクリエイティビティと、組織のマネジメントがどうやったらバランスできるのか」というところに、ずっと興味を持っていました。
つまり、組織を管理しようとするトップダウンの圧力と、個人が創造的に業務を手掛けようとするボトムアップのエネルギーの均衡ですね。戦略を重視するあまり、従業員を管理して旨味を引き出せない組織が多い。カヤックはそういう意味では、戦略があまり前面に出ていないところがあるんですよね。一見、従業員の「自由」が尊重されているように見える。
最初オフィスに来た時はびっくりしましたね。マット敷いて床に座ってミーティングしてたり「今日、花火大会あるんですよねー」とか言って廊下で着付け教室みたいなことをして、知らぬ間にみんな浴衣に着替えてたり。衝撃でしたよ。この会社のモラル、崩壊してんじゃないかと思って。(笑)
でも、一方で仕事に対する前のめりな姿勢は一様に見られる。そこで、カヤックのクリエイティビティを維持するために、この様な組織文化が貢献しているのであれば、「もっと戦略的に文化を構築していくことができるんじゃないか」と思ったんです。それが「社外人事」として関わるきっかけでした。
王道と真逆のアプローチで内定承諾率が100%に
組織文化を戦略的に残す採用ができないか、という問題意識から採用計画を立てられたんですね。具体的に、まずは何から始めたんですか?
一番最初に何から始めようかなと思ったときに、ゲーム業界に強いという人材紹介会社に行って求人の相談をしました。そこで、「ヒットゲームがなくて、福利厚生が充実してなくて、高い給与が出せない会社はゲーム業界で採用ができません。だからカヤックの採用は無理です」といったことを言われたんですよ。
「マジか」と思って。(笑)
中途採用をこれから頑張って始めますという人に、いきなり厳しいなと。とりあえず話は続けたのですが、最後に言われたのが、「競合他社さんは最短1週間で選考を終わらせるんで、カヤックさんも早く選考を終わらせてください」と。
その瞬間、決めたんです。「福利厚生とか選考スピードで勝負するのが一般的な採用マーケットの戦い方なら、ウチは真逆をやろう」と。
じゃあ、真逆でできることって何なんだろうって考えたときに、まずカヤックの強みは人の成長にコミットするところだから、徹底的に面接の質を上げていくということを決めました。それは「選考スピードを上げる」こととは真逆のベクトルで、むしろリードタイムを伸ばす施策です。
また、「福利厚生」のような衛生要因ではなく、動機付け要因で勝負するようにしました。給料などの金銭的なモチベーションではなく、個人の気持ちに働きかける動機付けを設計しようと思いました。
具体的には、EVP(Employee Value Proposition=従業員価値提案)という概念と、リクルートさんのWill・Can・Mustの考え方を参考にフレームワークを作成して、それを面接官にインプットしました。
たとえば、面接では見極めだけをするのではなく、「①転職希望者のWill(やりたいこと、実現したい姿)」と、「②Can(今できること)」を聞き出すこと。そして、「③ギャップ」を聞き出す。さらに、「④カヤックだったらどうやって、ギャップを埋められるか提案すること(価値提案)」といった流れで進めてもらうようにしました。
④に関しては言語化しておくといいんでしょうけど、そうすると台本を読んでるっぽくなるだろうし、カヤックは結局、「面白く働けること」が主な提供価値だから、「いかに自分の仕事が面白いか」ということをプレゼンしてもらう、そこに面接の時間のほとんどを使ってもらう、というざっくりとしたオーダーを面接官に出しました。
結果、それまで30%程度だった内定承諾率が、去年1年間で80%になったんです。「採用は無理」と言われたゲーム事業部においては承諾率が100%でした。ただ、承諾率だけが上がっても意味がないので、入社後の立ち上がりを面談などを通じて、モニタリングしていました。すると、ほとんどの人が入社後1ヶ月も待たずに案件でなんらかの成果をあげているなど、順調な立ち上がりを確認することができました。また、この1年半で入社した人はほとんど退職していません。
面接は「個人の文化」と「組織の文化」という二つの異なる文化の「異文化交流・異文化理解の場」だと思っています。そこが合致しているな、お互いにハッピーになれそうだな、と思って初めて内定を出すので、辞退されることも、入社後に早期に退職してしまうことも、ほとんど起こらないと思ってます。
カヤックで活躍している人は〇〇が低い?
面接とは、異文化理解の場である。まさにおっしゃる通りですね!ちなみに、カヤックさんではどんな人が入社後に活躍されてるんですか?
まず、前提としてどんな評価をしているかについて話しますね。カヤックでは「面白指数」という、いかに面白く働けているかという自己評価を0~10の11段階でとっています。10に近づくほど、人に会社や仕事のエピソードを話したくなるほど面白く働けていて、0に近づくほど面白くない、という感じです。
それと、カヤックでは同じ職能同士の相互評価で月給を決めていて、それを「月給ランキング」という形で、社内全体にS・A・Bなどといったランクが公開されています。その評価軸を使って、どんな人が活躍しているかは、実際に調査して分析をしたことがあるんです。月給ランキングがA以上で勤続年数が一定以上あって、面白指数が高いという人たちを「カヤックで活躍している人」と定義して調査してみたら「なんだかみんな変な人たちですね!」という結果が出たんです。
そこで、パフォーマンスも高くて、カヤックに馴染んでる「Mr.カヤック的な人たち」はどういう共通特性や傾向があるのか、調査しました。事前に、私が社内で「エスノグラフィー」という調査を進める中で構築した仮説をもとに設問を設計して、社内でアンケートを実施しました。
たとえば、仕事に関するモチベーションや組織コミットメント、ストレスに対してどんな対処方法を選ぶのかなどです。社員とメールのやりとりをしたり、会議の風景などを見る中で感じた「カヤックらしさ」をアカデミックな変数に置き換えたり、定量的に調査・分析を進めました。
アンケート調査の分析結果から見えてきたのは、例えば次のような特徴です。
①ストレスに対するコーピング(対処法)のタイプとして「回避」を選択する
②ジョブ・インボルブメント(仕事に対しての“没頭”)が低い
③存続的コミットメント(やめたくないという意識)が高い
つまり「嫌なことが発生したら、必要以上に首を突っ込まず、仕事に対し熱中しない。けど、ずっと辞めたくない」っていう人がハイパフォーマーの傾向だったんですね。分析結果を見て佐藤さんと爆笑しました。「これ、ダメ人間じゃん!」って。
その結果だけ見るとカヤックのハイパフォーマー達は「ぶら下がり社員」ってことなんじゃないかと思ったんですよね。ストレスが発生すると嫌だっていって逃げて、しかも仕事にコミットしていなくて。(笑)
これ「給料泥棒じゃん」っていって笑いましたよ。(笑)
そこだけ見たら、ヤバい会社ですよね。でも違ったんです。
まぁ、笑いながらも根底では、僕はカヤックのハイパフォーマーを尊敬していましたし、決して「ぶら下がり社員」じゃないと思っていました。きちんと検証するために、さらに質的調査を組み入れて、ハイパフォーマーへのインタビューで深掘りをしていきましょうという形で進めていったんです。そうすると、面白い分析結果の解釈が見えてきました。
あるハイパフォーマーが、「仕事とプライベートはきっちり分けてます!」って言うんですね。それで、仕事内容とプライベートの内容を聞いたんです。すると、どちらの質問に対しても、「アプリやゲームをいろいろ見ていて、何がおもしろいのかひたすら考えてます。あと面白いコンテンツ、バズるコンテンツみたいなのを考えたりしてますね」って言ってて。僕には、彼の平日と休日の過ごし方の違いが全く分かりませんでした。やってることが変わらないんですよ。それって、仕事にめちゃくちゃ「没頭」しているんじゃないかって。(笑)
ただご本人は「仕事に没頭している」という感覚は全くなく、「いや、休日はすごく大事で、仕事じゃない時間をちゃんと作るのが大事」と。そして「これが僕のプライベートなんだ」と真顔で言うんですね。そういうコメントは多くのハイパフォーマーに確認されました。だからそもそも彼らがやっていることに対して、「仕事」っていう認識がないんですよね。とにかく面白いことやろうって「いつも」考えているんです。
これも社員へのインタビューで分かったんですが、彼らは自分の面白いと思えることにエネルギーをかける姿勢があるので、反対に「嫌なことには極力エネルギーを割かない」という姿勢なんですね。好きなことに熱中したいっていうエンジンで動いている。だから、先ほどの分析結果にあった「ストレスに対しては『回避』を選択する」傾向が出たのかなと。
僕はそれらの傾向を「遊戯性」と呼んでいるんですけど、彼らはすごくプレイフルなんです。どこか遊んでるように働いてて、本人は仕事をしてるっていう感覚が比較的ないんですよ。おそらく、一般的なキャリア観とは全然違うんです。
自分の中にエンジンがあって、誰に言われずとも自ら勝手に開拓していく。アカデミックな領域では「プロティアンキャリア」とか「変幻自在なキャリア」とか言われていますが、そういうキャリア観ですね。彼らは、自分の世界観で生きているんですよね。
「怪しい」話になりますが、あるハイパフォーマーに「最終的にどういうふうな人生の終わりを迎えたいですか?」みたいな話を聞いたときに、「未完の作品を残したい。自分の残した未完の作品の真意を世の中が探るような、そんな『太宰治』的に死を迎えたい」とか言いだすんです。面白い人たちですよね。
自分の専門分野にこだわって「これをやる」っていうような感覚はあまりなくて、その時々の自分の世界観や興味・関心でドライブしていく感じです。だから、彼らはしなやかで強い。
もう一つ、採用でやりたいことがあるんです。
採用活動を通して、たくさんのゲーム業界出身の方にお会いして思ったんですけど、「もうゲームなんか作りたくない」っていう人の割合が結構多いんですよ。
でも、カヤックに転職して来た人がみんな、「ここでなら、またゲーム作ってもいいかもしれない」って言ってくれていて。それって一体何なんだろう?っていうのを最近紐解いて見たところ、「信頼」と「尊敬」という2つのキーワードが出てきたんです。
プロデューサーとクリエイターの信頼関係を見たときに、クリエイターがプロデューサーに対してどんな評価をしているかというと、「プロデューサーとディレクターっていう職能で僕を管理するんじゃなくて、僕の得意なことと苦手なことをマネジメントしてくれる。それでいてクリエーターを守ってくれて、ゲームを守ってくれる。これがカヤックのプロデューサーなんだ」って話をしてくれました。
一方で、プロデューサーからも「あの人からはクリエイター魂を感じる、この人に任せておけば絶対にいいものができる。だから僕は信じて任せる」という声があって。また、クリエイター同士も「あの人はスゴい」と言ってお互いを誉め合っているんです。このような「信頼」と「尊敬」の関係で成り立ってることを知ったんです。確かに、こんなとこで働けたら楽しいだろうなって思いました。
ゲームクリエイターには「やきもきした感じ」がぶつけきれなくて諦めていく人が結構多いらしくて。そういう人たちをゲームづくりに戻したいっていう話をしていて、カヤックが担うのはそこかなって思ってるんです。
「つくる人を増やす」。カヤックの経営理念そのものですね。
カヤックって、エスノグラフィーで見てても「ありがとう」っていうキーワードがすごく多いんです。
ちなみに、そのエスノグラフィーってどうやるんですか?
いろんな会議に僕が一緒に参加して、音源や画像、そして「フィールドノート」と言うメモを作って記録していきます。カヤックでも、1日ずっとオフィス内にいて社員の様子を観察していた日をつくったことがありまして。最後にいろんな会議のフィールドノートをばっと集めたときに、「ありがとう」が、とても多いなと感じたんです。会議でも、たとえ注意し合ったりしてるような緊張感のある状況とかでも、会話が終わるときに「ありがとう」みたいな感じで去っていったりするっていうのが多くて。互いの存在を承認するキーワードですよね。
「採用」ではなく「活躍」がゴール
以上、カヤックの人事キーパーソンである佐藤さん、神谷さんへのインタビューでした。
「カヤックの採用」というと、「面白くて話題性のある採用」というイメージが強いかもしれませんが、今回のインタビューを通じて、いかに戦略的に採用に取り組まれているか、その片鱗を感じていただけたと思います。上場後の積極採用フェーズにもかかわらず、ゲーム事業部の中途採用では、内定承諾率100%かつ短期離職者が出ていない、というのは素晴らしい採用のあり方ですよね。
小手先の採用手法にとらわれずに、そもそも自社の組織文化で活躍するのはどんな個性を持った人なのか、自社で働く魅力が何であり、どうすれば伝わるのかを考え抜くところから始めてみませんか?
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