人生100年時代と言われるようになり、働き方の多様化が注目されています。
定年退職の年齢は60歳が一般的になっていましたが、2013年の「高年齢者雇用安定法」の一部改正で、65歳までの雇用責任が事業主に義務付けられました。
これにより、企業は定年を引き上げたり、定年退職者を再雇用しなければなりません。
そこで、社員が定年退職するときや、再雇用するときに人事担当者はどのような手続きをすればよいのでしょうか。
本記事では、定年退職の引き上げのメリット・デメリットや、定年退職時と再雇用時に人事担当者がとるべき手続きについて解説します。
1,定年退職とは
1-1, 定年退職とは
「定年退職」とは、社員が就業規則など会社の定めている年齢に到達したことにより、雇用関係が終了する規定のことを指します。
定年退職の年齢は60歳が一般的になっていましたが、2013年の「高年齢者雇用安定法」の一部改正で、65歳までの雇用責任が事業主に義務付けられました。
ただし、これは「定年を65歳までの引き上げる」ことを義務付けるものではありません。
1-2, 「高年齢者雇用安定法」とは
定年年齢を65歳未満に定めている事業者は、雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、次の3つのいずれかの措置を実施する必要があります。
①定年制の廃止
1つ目は、「定年制の廃止」です。
定年制の廃止を実施している企業の多くは、仕事の成果に応じて給料を支払う形をとっています。
年功序列で賃金が上がれば、高齢者ほど人件費が高くなるので、60歳以上の社員には年齢に関係なく給与を定めることが重要です。
②定年の引き上げ
2つ目は、「定年の引き上げ」です。
定年の引き上げを実施している企業は増えていますが、60歳から65歳の間で定年を選べる「選択定年制度」を導入している企業が多いです。
例えば、富士電機ホールディングスは、社員が57歳になったタイミングで、60歳から65歳までの年齢でいつ定年退職するか、本人の都合で選択できる制度を実施しています。
給与に関しては、56~59歳までの間は給与の減額はなく、60歳以降の給与水準は59歳の給料の60%と定めています。
③継続雇用制度の導入
最後に、「継続雇用制度の導入」です。
継続雇用制度とは、雇用している高年齢者を、本人の希望に応じて定年後も引き続いて雇用する制度です。
継続雇用制度は、再雇用制度と勤務延長制度の2つに分かれます。
1.再雇用制度
再雇用制度とは、定年年齢で一度退職扱いにした後、再度雇用をすることで雇用を延長する制度です。
再雇用制度は、これまでの正規雇用とは違い、契約社員や嘱託社員など様々な雇用形態で契約を交わすことができます。
正社員ではないので、勤務時間や勤務日数など労働条件を柔軟に変更することが可能になります。
2.勤務延長制度
再雇用制度では一度退職の手続きをとりますが、勤務延長制度は退職せずに雇用形態を維持したまま雇用する制度です。
退職金の支払いは、延長期間終了の退職時に支払われます。
2,日本における定年退職の現状
厚生労働省は、2019年に「高年齢者雇用確保措置」の実施状況などを集計した「高年齢者の雇用状況」を発表しました。
調査した企業は161,378社で、そのうち「高年齢者雇用確保措置」を実施している企業は161,117社(99.8%)でした。
2-1, 企業規模別の状況
今回の調査では、従業員が31人以上の企業161,378社で、そのうち中小企業(31~300規模)が144,571社で、大企業(301以上規模)が16,807社です。
高年齢者雇用確保措置の実施企業を企業規模別に見てみると、大企業では16,803社(99.9%)で、中小企業では144,314社(99.8%)でした。
2-2, 高年齢者雇用確保措置の内訳
定年年齢を65歳未満に定めている事業者は、その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、①定年制の廃止②定年の引き上げ③継続雇用制度の導入、の3つのいずれかを実施しなければならなりません。
高年齢者雇用確保措置の3つの内訳は、以下のようになっています。
- 「定年制の廃止」により雇用確保措置を講じている企業は、4,297社(2.7%)
- 「定年の引上げ」により雇用確保措置を講じている企業は、31,319社(19.4%)
- 「継続雇用制度の導入」により雇用確保措置を講じている企業は、125,501社(77.9%)
となっており、定年制度により雇用確保措置を講じるよりも、継続雇用制度により、雇用確保措置を講じる企業の比率が高いです。
2-3, 60歳定年到達者の動向
2018年6月1日から2019年5月31日の1年間で、60歳になった人は362,232人でした。
そのうち、継続雇用された者は306,949人(84.7%)、継続雇用を希望しない定年退職者は54,714人(15.1%)、継続雇用を希望したが継続雇用されなかった者は569人(0.2%)でした。
2-4, 高年齢者常用労働者の推移
従業員数31人以上規模企業における常用労働者数(約3,165万人)のうち、60歳以上の常用労働者数は約387万人で12.2%を占めています。
常用労働者とは、①期間を定めずに雇われている者②1ヶ月以上の期間を定めて雇われている者、のいずれか2つを指します。
年齢階級別に見ると、60~64歳が約215万人(58%)、65~69歳が約114万人(37%)、70歳以上が約58万人(15%)となっています。
3,定年引き上げるメリット・デメリット
前章では、日本における定年退職の現状について解説しました。
本章では、定年年齢を引き上げるメリットとデメリットについて紹介します。
3-1,定年年齢を引き上げるメリット
①労働力の確保
日本全体として労働人口の減少が進むなか、定年退職を控えた高年齢者を再雇用したり、定年を引き上げたりすることで、人材の確保につながります。
②経験豊富や技術も持った人材
高年齢者は、豊富な経験や技術を持っていることから、即戦力として企業に貢献してくれる可能性が高いです。
その経験の豊富さや技術力の高さを活かして業務をこなしてくれることや、専門的な内容業務に対応してくれることも期待できます。
3-2,定年年齢を引き上げるデメリット
①世代交代ができない
上記に記載したように、経験を持った人間を確保できますが、長期的な視点で見れば若い世代の社員に世代交代ができないデメリットがあります。
②人件費がかかる
企業側は、定年を引き上げた期間分だけの人件費を負担することになります。
また、希望者全員を再雇用する必要があるので、人材を選ぶことができないのもデメリットとなります。
さらに、退職金は勤務年数によって算出されるため、将来的な金額が負担になってしまう可能があります。
よって、賃金の水準や退職金の支給時期なども含めて、労働条件や給与面を慎重に考えなければならなりません。
4,再雇用・定年退職までの流れ
定年前から再雇用の決定までは、対象者に対し案内不足が起こらないように、十分にコミュニケーションを取りながら進めることが重要です。
再雇用の決定までの流れは、主に以下のようになっています。
4-1,対象者への通達・継続雇用の意思確認
まずは、対象者へ再雇用についての意思確認が必要なので、継続雇用に関する通知は個別におこないます。
再雇用希望者については、希望者から再雇用希望申出書を提出してもらう必要があります。
本人が希望せずに再雇用しない場合は、定年退職となり、退職手続きに移ります。
4-2,対象者との面談・雇用条件提示
対象者の意思を確認したら個別に面談を実施し、再雇用の雇用条件を提示して内容確認をおこないます。
仕事内容は変わらなくても、定年前よりも給与が減額したり、再雇用時に職位が変更したりする場合があるので、就業条件を明確にする必要があります。
4-3,再雇用決定・手続き
再雇用する場合は、一度定年退職の扱いになるため、退職金の支払い準備も進める必要があります。
また、再雇用するにあたり、健康保険や厚生年金保険などの社会保険と、労災保険や雇用保険などの労働保険に注意しなければなりません。
①社会保険
定年後再雇用の際は、定年退職による「資格喪失届」と再雇用による「資格取得届」を同時に提出する必要があります。
これにより、再雇用された月から再雇用後の賃金を基準とした年金保険料、健康保険料に引き下げることが可能です。
健康保険は、再雇用後の所定労働時間および日数が、通常の社員と比較して4分の3以上であれば、75歳までは引き続き被保険者となります。
厚生年金保険は、70歳の誕生日の前日までは加入が原則となります。
ただし、定年後再雇用を機に就業時間を減らして、健康保険の加入の対象から外れたときは、厚生年金保険の加入対象からも外れます。
②労災保険
労災保険と雇用保険は、再雇用後も特別な手続きなしで引き継ぐことが可能です。
週の所定労働時間が20時間以上かつ31日以上の雇用の見込みがある場合、継続して被保険者となります。
また、65歳以上も「⾼年齢被保険者」として雇用保険の適用対象となっています。
ただし、定年後再雇用を機に就業時間を減らして、週の所定労働時間が20時間未満となったときは、その期間は雇用保険料の負担はありません。
労災保険は、定年再雇用であっても対象となります。
4-4,定年退職の手続き
失業給付金の対象者は、ハローワークが離職時の状況により、「一般の離職者」と「特定受給資格者」及び「特定理由離職者」に分類しています。
自己都合退職など多くの人が分類される一般の離職者は、勤続年数によって給付日数に差があり、最長でも150日となります。
一方、会社の倒産などで離職せざるをえなかった人は、特定受給資格者とされます。
特定受給資格者の場合は、一般の離職者よりも給付日数は多く、3ヵ月の給付制限期間がありません。
前述したように、企業側は継続雇用の意思確認する必要があり、定年退職者が継続雇用希望するかしないかによって、一般の離職者か特定受給資格者のどちらに分類されるかが決定します。
一般的に、本人が継続雇用を希望せず定年退職離職した場合は「一般の離職者」になります。
また、本人が定年後の継続雇用を希望しましたが合理的な理由もなく再雇用されずに離職になった場合は「特定受給資格者」に分類される可能性が高いです。
最終的には、ハローワークが就業規則や労使協定など、事実を確認して決定します。
5,まとめ
社員が定年退職する年齢になったとき、そのまま定年退職するのか、継続雇用するのかを退職する社員に意思確認しなければなりません。
また、人事担当者は、社会保険と労災保険でそれぞれ手続きが必要です。
1章で見た富士電機ホールディングスの例では、定年退職する3年前から社員に継続雇用の意思確認をしていました。
定年退職するタイミングで継続雇用の意思確認するのではなく、数年前から意思確認をすることで、自社の組織体制を整える時間ができます。
本記事を参照に、今から定年退職者への対応の準備を進めてはいかがでしょうか。