多様化する働き方や価値観の変化、雇用の流動性の高まりもあり、年々その難易度が増している組織マネジメント。
その背景を受け「社員コンディションを把握する」「エンゲージメントを測定する」組織診断ツールの導入が多くの企業で見られますが、社員同士のリアルな人間関係といった「つながりのネットワーク」に特化したサービスはあまり見られません。
これまでに数多くの企業の組織人事コンサルティングをされているモザイクワークの杉浦さんは、「組織は複雑な人間関係のネットワーク構造で成り立っており、それを可視化しないことには本質的な組織改善にはつながらない」と、組織内の見えにくいつながりを可視化できるツール『モノサシ』を開発・提供するに至っています。
本記事では、組織内のつながりネットワークに焦点を当て、それらを可視化することでどのように施策に転じることができ、組織改善に貢献してくのか、深掘りしていきます。
【人物紹介】杉浦 二郎 | 株式会社モザイクワーク 代表取締役社長
2015年9月まで三幸製菓(株)にて人事責任者を務め、ヤフー株式会社在籍中の2016年4月に株式会社モザイクワークを設立。企業向けの人事部支援・採用支援・評価制度構築等、組織人事に関する全般的なコンサルティングをおこなう。また、地方自治体・商工会議所と連携しながら地域における課題解決にも積極的に取り組んでいる。大学におけるキャリア講義、プロアスリートキャリア支援、人事担当者向けの採用セミナー等の講演もおこなう。働き方においても、新しい取り組みをおこなうべく、新潟と東京の二拠点生活を実践中。
プロサッカークラブ「アルビレックス新潟」オフィシャルクラブパートナー。
目次
複雑化する組織運営に求められる「つながりネットワーク」の可視化
−まずは杉浦さんがこれまでの支援を通して感じている組織課題と、そこから『モノサシ』を開発した背景についてお伺いしてもよろしいでしょうか。
杉浦さん:当社は、これまでにも多くの企業様の組織・人事の支援をしてきていますが、その課題の複雑性は年々増してきているように感じています。
その一因は、組織と個のパワーバランスの変化にあると思っていて、これまでは、個は組織に属して社会に貢献していくのが当たり前の構造でした。しかし、複業、リモートワーク、転職の一般化など、働き方が多様になっている現在では、個が組織に属する必要性が薄れてきています。
それにも関わらず、 組織は旧態依然のマネジメントで個に接しているので、結果として簡単に退職されてしまいます。
また、これまでは「嫌だから辞める」というネガティブな要素が強かったと思うのですが、「次のステップに行きたいから辞める」といった退職理由が増えてきています。
これは「組織に居続ける理由」を会社が提示できていないことが要因です。会社に属する意義がどんどん薄れていった結果、新たに自分の存在意義を感じることができる別の組織を探すようになります。
一般的に語られる組織は、縦軸に“職位”があって横軸に“部署”がある、いわゆる“組織図”が想起されると思いますが、実態はそんな単純な話ではありません。同期のつながりもあれば、仕事を通した他部署とのつながり、共通の趣味など意外なところでつながっているメンバーなど、複雑につながったネットワーク構造が、本質的な組織の姿だと思っています。
多くの企業様と関わっていく中で、組織のあり方は本当に多種多様だと実感しており、まずは組織ネットワークを可視化して紐解かないと、組織に居続ける理由の提示や、その先の組織課題の根本的な解決には至らないと考えています。
そこで、そういった組織構造を測るための組織診断ツールを活用したくて模索したのですが、ぴったりなものが見つからなかったのです。
一人ひとりの「個にフォーカスした」サーベイの結果をもとに組織コンディションを把握するツールはよくあると思うのですが、「組織全体のつながり」を主眼においたサーベイがなかなか見当たらず、「組織内の見えにくいつながりを可視化できるツール」の必要性を感じて、『モノサシ』の開発に至りました。
杉浦さん:『モノサシ』は、 組織内の誰がキーパーソンで、どんな影響を与えているのか、誰と誰がつながっているのか、組織全体のネットワークが可視化され、それをもとに具体的な課題や対策がわかるようになっています。
私は「食堂のおばちゃん理論」と名付けているのですが、組織には隠れたキーパーソンがいます。
食堂のおばちゃんを例に想像していただきたいのですが、「料理の提供・美味しさ」を成果指標で見た際、おそらく調理マニュアルがあり、均一的な品質の料理を提供できるようになっている、いわゆる「代替が利きやすい」ポジションかもしれません。
だけどそのおばちゃんは、実は社員のことを毎日よく見ていて、社員が食堂に来るたびに「なんかあんた元気ないね」「頑張ってるみたいだね」と声をかけてくれて、おばちゃんの何気ない一言で「また頑張ろう」と思えるかもしれません。
このように、気にかけてくれる存在は組織の中で重要なファクターです。しかし、それが誰なのか特定が難しかったり、重要性を感じる機会がなかったりして、結果として評価をされずに辞めてしまい、組織バランスが悪くなるケースがあります。
本当に大事にしなければいけない社員は誰なのか。そういった隠れたキーパーソンを見つけることも『モノサシ』の役割です。
3つの切り口で組織のつながりを可視化|『モノサシ』とはなにか?
−ではここから、『モノサシ』が組織改善にどう役立てていけるのか、その詳細について深掘りできればと思います。
杉浦さん:まず『モノサシ』は、約70問の質問に回答してもらい、その結果をもとにつながりがネットワーク図として作成されます。
つながりのネットワークは、部署別、役職別、雇用区分別など、さまざまな切り口で作成することが可能です。
杉浦さん:さらに、このネットワーク図のポイントは、心理的なつながり、コミュニケーション、スキル継承性の3つの角度から見ることができるようになっています。
- 心理的なつながり
安心して発言ができ、信頼を寄せることができる相手は誰か。組織内のメンバーが不安や孤立を感じているかがわかります。 - コミュニケーション
業務外でも社内で積極的にコミュニケーションが取れているか。組織内でのコミュニケーションのネットワークがわかります。 - スキル継承性
スキルが社員間で引き継がれ、業務を一時的・長期的にカバーし合える相手がいるか。組織内でのスキルの継承性や仕事に対する意識がわかります。
杉浦さん:スキルの継承でいえば、そのやりとりの多くは組織上の直属のレポートラインであるはずです。
でも、そうではないケースもあったりして、実は放置されていたりとか、隣の部署の人がサポートしてくれていたり、斜め上の先輩が教えてくれたり、意外なつながりも見えてきます。
この、心理的なつながり、コミュニケーション、スキル継承性の3つのネットワーク図を見て興味深いのは、同じ部署なのにも関わらず、それぞれのネットワークのつながり方がまったく異なるケースがあることです。
こちらの詳細は、追って事例とともにお話できればと思います。
原因を個に求めても、組織は改善されない
−ありがとうございます。ちなみに、モノサシの開発でこだわった部分はありますか?
杉浦さん:ネットワーク図に特化するために、とにかく機能を削ぎ落としてシンプルにしたことですね。
とはいえネットワーク図だけでなく、裏側では個人のコンディションやエンゲージメントといったスコアは、把握できるようになっています。
杉浦さん:そういった個人のスコアは、あえて表には出さないようにしています。それは、原因を個に求めないようにするためです。
個人ごとにサーベイの結果が出ると、「なんでこの人は満足度が低いんだ」「この組織のマネージャーは何をしているんだ」と、個人にフォーカスがあたって議論されがちです。
我々の考え方としては、組織のコンディションがよくないから、個にも影響が出てくるものだと考えています。逆に個が改善されても、組織全体の本質的な改善にはつながりにくいと思います。
【事例】ネットワーク図から読み取る、組織課題とその改善策
杉浦さん:ではここから、ネットワーク図をもとに具体的にいくつか事例をもとにご説明します。
事例1|声は大きいけどマネジメントをしていない管理職
杉浦さん:最初の事例でいくと、以下はある会社の部署の、心理的なつながりをあらわしたネットワーク図です。
これを見ると、中心に緑の枠で囲われた管理職層の人がいます。真ん中にいて存在感があって、この人を中心にネットワークが形成されてますよね。
杉浦さん:でも、スキルの継承性になった途端に、心理的なつながりほどの存在感がなく、わりと端のほうにきているんです。
杉浦さん:これは何が起きているかというと、「声は大きいけどマネジメントをしていない」可能性があるということです。
例えば、「何かあったら俺に声をかけてくれ」「まずは俺に話を通してほしい」など、やたら頼れる存在感を出してくるのですが、一方で、一つひとつの案件に対する細かいフィードバックやディレクションを全然やってないんですよね。
そのため心理的なつながりでは中心にいるものの、スキル継承で見ると、この人の名前が出てこないわけです。
実際に我々がこれを見て、「この人は声は大きいけど、マネジメントは放置状態かもしれない。ほったらかしになっているメンバーが多くいるのではないか」と、その会社の社長に問いかけをしてみたところ、「おっしゃるとおり、実は現場からもそういう声があがってきている」とのことでした。
―このような状況に対して、どのように打ち手を講じていくのでしょうか?
杉浦さん:対策の一つとしては、赤色で囲ったこの人を真ん中に持ってくる提案をしています。要は、次の管理職候補として育成する計画を立てるんです。
杉浦さん:この人は、比較的中心性が保たれていて、外にいるつながりが薄い人ともつながっていて、中心にいる管理職の人とも距離が遠すぎるわけではありません。本人に話をしても、頼りない部分はあるものの、視野の広さ、バランス感覚、素直さ、責任感があって、 管理職候補として適任だと考えました。
また、この人だけではなくて別の人も同時に育成していく計画もしていて、 彼らを中心にネットワークのつながりを強化していこうと考えています。
事例2|固定化されたコミュニケーションで限定的なつながり
杉浦さん:次の事例は先程とは変わって、つながりがほぼ1対1しかないパターンです。要はマネジメントが機能しておらず、かつコミュニケーションも固定化されている状態ですね。
杉浦さん:これは業務がマニュアル化されていて、「言われた通りにだけ動けばよい」という状態の組織で見られます。
マネジメントも機能していないので、「会社に言われたことだけやってさっさと帰ろう」というモチベーションになっている可能性があります。
最低限の業務はするのですが、会社としてまとまりがなく、 新しい取り組みへのチャレンジも生まれず、何かあったらすぐに辞めていってしまう状況です。
また、以下がスキル継承性ですが、コミュニケーションが先ほど申し上げたような状況なので、スキルの継承もわかりやすいぐらいバラバラになっています。
−これを見ると、一人がいなくなった瞬間に、その業務がまわらなくなる可能性がありそうですね。
杉浦さん:おっしゃるとおり、業務が属人的になってしまっている可能性があるので、誰かが欠けてしまうとその業務をカバーできないかもしれません。
こういった状況に対して、現在ではチームビルディング研修や、組織構造、評価制度の見直しなど、抜本的に改善をしています。
杉浦さん:このように『モノサシ』のネットワーク図を見れば、組織の状態やキーパーソンが把握できるようになります。
−ちなみに、ネットワークの外側にいる社員に対しては、どのようにコミュニケーションを促進させるのでしょうか?
杉浦さん:例えば、忘年会等の社内イベントがあった場合に、ネットワーク図を見て当日の座席を決めていきます。誰と誰をつなげた方がいいのか、ネットワーク図をもとに配置していくんです。
「AさんとBさんをつなげたい。でも、ただ同席させただけでは打ち解けないので、 両者のハブになりそうなCさんを一緒のテーブルにしよう」みたいなイメージです。
最初の話に戻るのですが、個が組織に在籍し続ける理由で大きいのは「仕事でのつながり」なんです。適切にタスクが振り分けられているか、固定化していないか、しっかりとフィードバックをもらえているか、成長の機会はあるかなど、こういったことが有機的につながっている会社は、組織にいる意義を感じやすいと思います。
ですが、「自分が将来どういう仕事をするのか、何のスキルを身につけるべきなのか」がわからない状態だと、いくら仲がよく楽しい雰囲気でも、「この会社にいる意味はないのではないか」と離職につながってしまいます。
「これまでのやり方」にとらわれず、新しい着眼点や発想を取り入れたマネジメントを
−今後の『モノサシ』の展開について、杉浦さんはどのようにお考えですか。
杉浦さん:『モノサシ』の導入先として考えているのが、民間企業の他に、教育機関やスポーツチームへの提供も注力していければと思っています。
教育機関で思い描いているのは、小学校や中学校に『モノサシ』を導入することによって、いじめの撲滅に貢献することです。いじめがないクラスのネットワーク図はどうなっているのか共通項を見出し、適切なクラス運営の型化が導き出せるのではないかと思っています。
スポーツチームに関しては、サッカーでいえば、フィールドでのプレーが大きく評価されるものですが、 例えば、新しい選手が加わったときにチームに馴染ませてくれてる人だったり、若手にアドバイスしてくれる人だったり、監督とうまく意思疎通してくれる人だったり、そういった隠れたキーパーソンはプロスポーツの中にもいるのですが、実際に選手に話を聞いていると、そういう人が評価されるケースはないらしいのです。
プレーでの評価はもちろん重要ですが、チームスポーツである以上、チームを健全に運営するための貢献度を可視化することは必要だという話があり、そこに対して『モノサシ』を役立てていければと思います。
−最後に、組織運営で悩んでる管理職や人事の方に向けてメッセージをお願いします。
杉浦さん:個を組織につなぎとめておくことが難しくなっている中で、個が組織にいる理由をきちんと提示をしてあげないと、 簡単に組織が崩壊してしまいます。そう考えると、組織運営の難易度は非常に上がってきているように感じています。
そこに対して、従来のやり方は通用しなくなってきており、新しい着眼点や考え方を取り入れることによって解決していく、 その一つが『モノサシ』だと思っています。組織を俯瞰して可視化することによって、課題も見えてくるし、その対策もわかるようになります。
組織運営も新しいフェーズに入ってきています。今までと同じやり方、同じ考え方にとらわれずに、 少し違うやり方を導入することによって一気に課題解決に向かう可能性があるので、 そのようなチャレンジを繰り返し取り組んでいってほしいですね。