上場企業を対象に「人的資本開示」の義務化が開始され、大きな注目が集まっています。
その一方で、「実態としては、まだまだ本質的な開示には至っていない」と、企業の人事戦略やHRテクノロジー活用支援に携わってきているSP総研の民岡さんは述べており、人的資本開示におけるポイントは「スキルの可視化」にあるとのこと。
実際に欧米HRのトレンドは「個の持つスキル」に着目してきており、Beatrustの原さんは「これからの企業成長には個のスキルの可視化と、それをもとにした自律的なコラボレーションが重要になる」と、タレントコラボレーション・プラットフォーム『Beatrust』を開発・提供するに至っています。
本記事では、人的資本開示への考え方、スキル可視化の重要性、その背景にある欧米HRのトレンドなどにフォーカスをあて、その分野に深く携わっているSP総研の民岡さん、Beatrustの原さんのお二人に話を伺い、本質を捉えた人的資本開示の前提となる、これからの人的資本経営について考えていきます。
目次
【豪華ゲスト多数登壇!】変化に負けない「強い組織」を育むためにHRが果たすべき役割を考える大型カンファレンス『HR NOTE CONFERENCE 2024』
「人的資本経営」「ウェルビーイング」「DEI」といったトレンドワードが、HR領域だけでなく社会全体に拡がり始めた昨今。自社組織に漠然と"停滞感"を感じ、「うちは取り残されていないだろうか?」「何かやらないといけないのでは・・・」といった不安や悩みを抱える人事・経営者の皆様も多いのではないでしょうか。
本カンファレンスでは、HR領域の有識者の皆様に、様々な組織課題を解決するためのアプローチ方法について解説いただきます。強い組織を育む企業が実践している事例には、組織強化に必要な考え方や人事が果たすべき役割について学べるポイントが多くあります。ぜひ有識者の皆様と一緒に、組織を強化する「共通原理」について考えてみていただければと思います。
「まだまだ表層的?」義務化がはじまった人的資本開示の実態
本日はよろしくお願いします。Beatrustの原です。
私は、マイクロソフトやグーグルといった米国 IT 企業で働いてきましたが、そこで「イノベーションが起きやすい組織づくり」に興味を持つようになり、個人の経験やスキルを可視化して自律的協業を促進するプラットフォーム『Beatrust』を開発・提供するに至りました。
住友商事や初期のソフトバンク及びシリコングラフィックスに参画。二度の創業を経て、直近では日本マイクロソフト、及びグーグル日本法人で執行役員を歴任した後、2020年、Beatrust を共同創業。
SP総研の民岡です。
私も原さんと似たように、オラクル、SAP、IBMといった外資系IT企業を中心としたキャリアとなっており、その中でHRテクノロジーの領域に従事してきました。
会社名の「SP」とは、「サステナブル・パフォーマンス」の略称で、「持続可能な状態で良いパフォーマンスを発揮し続けていく」という意味です。そういう働き方の実現を追求するために、SP総研を設立しました。
現在は、各社の組織開発、ジョブ定義の設計、人的資本開示への対応に向けた支援などを実施しています。
1996年慶應義塾大学経済学部を卒業後、日本オラクル、SAPジャパン、日本アイ・ビー・エム、ウイングアーク1stを経て2021年5月に(株) S P総研 代表取締役に就任。現在は「持続可能な働き方」を追求するためのコンサルティングサービスを提供しており、「人的資本開示」(ISO 30414)に関する取り組みについても造詣が深い。日本企業の人事部におけるデータ活用ならびにジョブ定義、スキル定義を促進させるための啓蒙活動にも従事。著書に『経営戦略としての人的資本開示』『戦略的人的資本の開示』(共著、日本能率協会マネジメントセンター、2022年)、『最新のHRテクノロジーを活用した 人的資本経営時代の持続可能な働き方』(すばる舎、2024年)等がある。
原さん、民岡さんが考える人的資本開示
−今回のテーマでもある「人的資本開示」について取り組みが本格化されてきましたが、お二人はどのように見ていますか?
個人的な所感としては、日本での人的資本の情報開示はまだはじまったばかりのため、女性管理職比率や産休・育休の取得率、男女の賃金格差など「現状の社内状況をまずは開示した」ように感じています。
当然ですが、情報の開示は手段であって目的ではありません。本来の目的は、社員が高いパフォーマンスを発揮して、最終的に企業成長につながっていくためのものです。しかし、取り組みはじめということもあり、企業成長に繋がるような開示がなされているかというとまだ一部の企業に留まっているのが現状ではないでしょうか。
私のこれまでのキャリアにおいて、特にシリコンバレーで多くの企業を見てきて思うのは、企業成長にはイノベーションが必要で、その一番の要因はヒトだということです。しかもそれがトップダウンではなく、ボトムアップで次々に起きていく。そんな世界を体験してきました。
Googleに在籍していた際に感じたことは、イノベーションにおいて重要なことは「多様な人材による、自律的な協業」というワンセンテンスです。つまり、個人同士のコラボレーションで新しいアイデアが生まれていくということです。
これを日本企業に当てはめてみたときに、まだまだ個より組織の力が強く、イノベーションを起こすための土台をつくっていく必要が大きいのではと感じています。
我々は「個の時代」と言っているのですが、企業と社員の力関係が変わってきていて、これからは、いかに個である社員の力を引き出して、 パフォーマンス高く仕事ができる環境をつくれるかが重要になってきています。それが結果としてイノベーションを起こすことにつながります。
それらの実現のために必要な要素、現状の課題、具体的な施策など、人的資本経営においては、そういった形で情報を開示していくのが良いのではないかと考えています。
私が考える人的資本経営は、広い概念でいくと「企業価値の向上を持続可能な状態で実現し続けられる仕組みをつくることができているか」です。
そして、スピーディに状況が変化する現代においては、原さんがおっしゃるボトムアップ型でのイノベーションを起こせないと企業価値の継続的な向上は難しいと思います。
どのように持続可能な成長をしていけるか。人的資本開示は、今申し上げたことに対する現状の状態を包み隠さず、データを活用しながら外部に向けて発信することだと考えています。
マトリクスで見る人的資本開示の4パターン
私は、人的資本開示に関する独自のマトリクスを作成しているのですが、縦軸を「心理的安全性」、横軸を「企業価値向上につながる度合い」にしており、
①あつい人的資本経営
②ゆるい人的資本経営
③さむい人的資本経営
④きつい人的資本経営
と4つに分類しています。
日本での人的資本開示の現状を見ると、本格化しはじめたばかりなので、まずは義務化に対応する要素が濃い、左下の「さむい人的資本開示」に当てはまるケースが多いように感じています。
そこから少し進んだ取り組みとして記載しているのが、左上の「ゆるい人的資本開示」です。
これは、エンゲージメントサーベイの数値計測やリスキリングへの取り組みなど、「従業員体験」にフォーカスをあてた取り組みをしており、サーベイの結果も開示するケースが多いです。
ただ一方で、サーベイの結果開示に偏りすぎな印象を持っています。目指すべきところは持続的な企業成長で、そのために現場主導型でいかにイノベーションを起こせる仕組みをつくっていけるかです。しかし、まだそういった観点には触れられていません。
現場主導型のイノベーションを起こすのは従業員一人ひとりです。ヒトは企業価値の源泉、競争優位性の源泉と言われていますが、人数が多ければよいわけではなく、ここで重要なのは「誰がどんなスキルを持っているのか」です。
持続可能な成長において、どんなスキルが求められていて、それを持っている従業員がどれだけいるのかを突き詰めていくことが、人的資本経営の重要な要素のひとつだと考えています。そして、そのために実践していくのが右上の「あつい人的資本経営」です。
経営戦略と人材戦略を連動させ、そのために必要な人材の要件定義をしていく。それをスキルやコンピテンシーベースまで詳細に定義し言語化していく。スキルが中心となり、それに合わせて周辺の要素も拡充させていく。
その取り組み状況を数値化して開示していくことが、人的資本開示の本質的な部分だと考えています。ただ、この定義を国内で当てはめたときに、本格的に取り組んでいる日本企業はそこまで多くない印象でした。
「ジョブからヒトへ」HRテクノロジーカンファレンスで感じたトレンドの変化
私がこのように従業員のスキル可視化の重要性について申し上げた背景にあるのは、2023年10月にラスベガスで開催されたHRテクノロジーカンファレンスでの体験です。
これまでの欧米のHRで重要視されてきたことは戦略に基づいた「ジョブの定義」です。それがないと経営戦略と人材戦略が連動してることにはならない。それが常識とされてきました。
ところが、今回のカンファレンスでは少しトーンが変わっていたのです。「ジョブが中心の人材マネジメントから、ヒトが中心の時代に大きくシフトする」と説明されていました。
これがキーノートセッションだけではなく、他のセッションでも同じ話がされていて、間違いなく今回の大きなトレンドだと感じました。
このビッグシフトの背景はいくつかあるのですが、一つはビジネス環境の変化が激しすぎることです。
ガチガチにジョブを固めてしまうとフレキシブルに対応できないデメリットがあり、半年もすると「ジョブの要件を変えねばならない」「そもそもジョブそのものがなくなる」といったことが起こり得ます。
次に言っていたのが人材不足です。ジョブ型が通用していたのは、人的リソースがある程度豊富にあって、ジョブの要件に合う人材を見つけやすかったからです。
しかし、労働人口が減り、今後ますます人材が枯渇していく時代です。「人材とスキルの両方が枯渇していく」と表現していましたが、要件に合うスキルを持ってる人材が、今後はますます見つけることができなくなると。
そして最後が、原さんも先ほどおっしゃっていた個の時代です。
世界中でDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)と言われるように、多様な価値観のもと、個を活かすためのマネジメントが求められる時代になってきています。
そうなると必然的にヒトにフォーカスが当たるべきであり、そもそもジョブを中心にする考えだと立ち行かなくなるため、ヒト(ヒトが持つスキル)中心にならざるを得ないというストーリーでした。
また、ヒト中心のマネジメントにシフトすることによるメリットも言っていましたが、一番はパーソナライゼーションで、個別最適なマネジメントの実現がしやすくなることです。
そうすると適切な異動配置、 ラーニング研修のレコメンド、 社内のメンバーのコラボレーションなどに活かすことができます。
そして、このためにHRテクノロジーの活用がますます重要で、テクノロジーがあってこそ、このビッグシフトが実現できます。
特に、社内のメンバーがどういうスキルを持っていて、そのスキルを活かすためには、どんなジョブにアサインして何を任せるのか。スキルの可視化にフォーカスしたテクノロジーの導入も検討すべきだと思います。
世界で見れば、そのようなソリューションはさまざまがありますが、日本国内を見てもBeatrustのようなツールが出てきています。
スキル可視化の具体的な方法とBeatrustがもたらす価値
−ここまで、個のスキルの重要性について触れてきましたが、どのように可視化していくのでしょうか?
スキルの可視化で重要だと考えているのは、まずはゆるやかな自己開示です。自身の略歴やスキル、強み、興味関心などをタグのようなものでわかりやすくアウトプットしていくことです。
また、経験、強み、スキルだけではなく、行動特性データも記載できるようにすべきだと思います。例えば、粘り強い人なのか、 チームワークに長けている人なのか、主体的にやれる人なのか、そのようなソフトスキルも見える化できるようになるとよいです。
またそれらは、自己開示するだけではなく、周囲からの印象や評価も追加できるようにすることがポイントです。自己認知していなかったことも、多角的な情報ソースからアップデートしていくことができます。
そういったプラットフォームが出来上がってくると、次に必要なのはそうした人材同士のマッチングです。「こういう人材が欲しい」となった際に、「このメンバーが当てはまりそうだ」というのがぱっと出てくる仕組みをつくっていきます。
求めているスキルや経験を持っている人を見つけることができ、課題解決の糸口となる。解決をサポートした人たちの立場で見ると、自身の知見を活かし社内メンバーを助けた経験が積める。
このようにして、社内の自律的なコラボレーションがどんどん活性化していく。そのような世界観をもとにBeatrustをつくっています。
スキル可視化、自発的なコラボをBeatrust上でどのように実現していくのか?
−実際にBeatrustを活用して、どのようにスキルの可視化や社内のコラボレーションにつなげていくのでしょうか?
以下が実際の画面になりますが、「タグ」と表記されている箇所があり、スキル、強み、経験、趣味、生い立ちなど、パーソナリティーに関するものが可視化できるようになっています。
それ以外にも、「業務内容」の部分では、今どんな仕事をしているのか、また異動履歴やこれまでに携わったプロジェクトなども記載することができます。
このタグの付け方を見ると、青とオレンジに分かれていて、青色は自分でつけるタグで、オレンジ色のタグは社内メンバーにつけてもらうタグになります。社内メンバーが「この人ってこういう特性があるよね」と、タグを送ることができるんです。そうやって、自分をあらわすタグが徐々に溜まってきます。
さらに各タグを見ると「+1」といった表示があります。これは他のメンバーからの共感度をあらわしています。「いいね」のような感じで押すことができ、誰が押したのか、また、その人のタグが他の人からどれくらい承認されているのかを見ることができます。
また、タグを通して自分と同じような経歴だったり、興味関心を持っていたり、共通点のあるメンバーがレコメンドされて出てくるようになっています。
これに加えて、「Beatrust Thanks(ビートラストサンクス)」という機能があり、同僚に感謝のメッセージをタグと一緒に送ることができます。
これは感謝のメッセージを送ることだけが目的ではなく、タグの送付とセットにすることで、その人の強みを抽出しくことも狙いです。
例えば、「お客様先に提案同行してくれて成果につながりました。ありがとう」という形で感謝のメッセージを送るのと同時に、「この人が称賛されるべき点」をタグづけします。「営業に強い」「チームのために仕事ができる」みたいなイメージで、オレンジ色でタグづけされていきます。
こうやってタグが蓄積してくると、先ほど申し上げたマッチングができるようになり、例えば、「小売業界に詳しく、デジタルスキルがあるマーケターは誰かいるか」と検索すると、タグやプロジェクトヒストリーをもとに検索をおこないます。
そこから該当者に向けてBeatrust上で連絡ができ、そのやりとりは他の同僚にも公開されていきます。
やりとりを見た他のメンバーがスタンプでリアクションできたり、「あ、ちょうど自分も聞いてみたかったことだ」とナレッジの拡散にもつながります。
また、“人と人をつなぐ”だけでなく、「Beatrust Share (ビートラスト シェア)」という“人と情報”をつなぐ仕組みもあります。
これは、他のメンバーが何かしらの情報をシェアした時に、内容に関連したタグを自分が持っていると通知がくる仕組みとなっています。
例えば、「セールス資料」というタグで情報を拾えるようにしておけば、セールス資料が「シェア」に投稿された際にキュレーションされ、一覧で見ることができるようになります。
このようにBeatrustを、風土改革、ナレッジの共有、スキル可視化など文脈でご興味をいただくケースが増えています。
その結果として、
- エンゲージメントの向上につながった
- アイデアコンペティションや新規プロジェクトのメンバーアサインでの活用で役立てている
- 拠点・グループ間でのナレッジ共有の促進につながった
- 企業文化の発展・継承に活用できている
といったお声を、各社からいただいています。
個が輝ける環境をつくることが企業成長に直結する
−最後になりますが、人事に関わる方に向けてメッセージをいただいてもよろしいでしょうか。
再三になりますが、これからの人事施策、ひいては人的資本経営の実現に向けて、積極的なHRテクノロジーの活用が重要だと考えています。
人手不足・生産性向上といったDXの文脈でもそうですし、データ活用による戦略人事においてもHRテクノロジーの活用は欠かせないもので、多くの素晴らしいツールが出てきているので、これを活用しない手はありません。
また、現場の従業員の方々にもお伝えしたいことがあって、「サナテナブル・パフォーマンスという状態を、自らどん欲に追い求めていただきたい」ということです。
私自身も経験がありますが、自身の「強み(スキル等)」を必ずしも活かしきれないところで本当に無理して疲弊して潰れてしまっては元も子もありません。サステナブル・パフォーマンスをキーワードに、自身が輝ける場所を見つけて、持続可能な働き方を追及していただきたいです。
そこに対して人事や管理職の方は、そのような環境をつくっていく責務があると思いますし、そうしないと本当に人材が集まってこなくなります。資金という観点でも、投資家からも見放されてくる時代になると思います。
個が輝かなければ、よい仕事はできませんし、チームワークも向上しません。そして当然、それらが最終的に企業価値の向上に帰結していくものです。
Beatrustはタレントマネジメントツールではなく、タレントコラボレーションツールだと言っているのですが、大事にしていることは、ハード面のスキル情報だけではなく、ソフト面の気質や行動特性データも取得できるようにしている部分です。
それらをデータとして使っていただくことで、よりよい適材適所の実現に役立てます。
一人ひとりの個人がいかに活き活きと仕事ができる環境をつくっていくか。そこにフォーカスしたソリューションがBeatrustなので、引き続き多くの企業に貢献できるように、プロダクトを磨いていければと思います。
【豪華ゲスト多数登壇!】変化に負けない「強い組織」を育むためにHRが果たすべき役割を考える大型カンファレンス『HR NOTE CONFERENCE 2024』
「人的資本経営」「ウェルビーイング」「DEI」といったトレンドワードが、HR領域だけでなく社会全体に拡がり始めた昨今。自社組織に漠然と"停滞感"を感じ、「うちは取り残されていないだろうか?」「何かやらないといけないのでは・・・」といった不安や悩みを抱える人事・経営者の皆様も多いのではないでしょうか。
本カンファレンスでは、HR領域の有識者の皆様に、様々な組織課題を解決するためのアプローチ方法について解説いただきます。強い組織を育む企業が実践している事例には、組織強化に必要な考え方や人事が果たすべき役割について学べるポイントが多くあります。ぜひ有識者の皆様と一緒に、組織を強化する「共通原理」について考えてみていただければと思います。