働き方改革やDX化が注目され始めてきた中で、人事領域でも「ピープルアナリティクス(People Analytics)」というデータ活用の考え方に注目が集まっています。
しかし、社内であらゆる人事データを取っていても、まだ実際に上手く活用できている会社は多くないと思います。
そこで今回は、ピープルアナリティクスとはどのようなものか、ご紹介いたします。
目次
1. ピープルアナリティクスとは
まずは、ピープルアナリティクスがどのようなものなのかを理解しましょう。
1-1. ピープルアナリティクスとは「データ分析によって職場環境を改善する技術」
ピープルアナリティクスとは、「職場の人間科学」とも言われ、従業員の行動データを収集・解析することで、職場の生産性を高めたり、従業員が満足して働ける職場作りに役立てる技術のことです。
これまで経験値や主観的な観察のみによって実行されてきた従業員のマネジメントですが、現在はオフィスでのWeb閲覧履歴やメールの記録、ITテクノロジーなどの活用によって得られるビッグデータに基づいて、科学的に解析することができるようになりました。
たとえば、一定期間、従業員1人ひとりにカード型やウェアラブル型端末に組み込まれたセンサーを携帯してもらい、「いつどこにいたのか」「休憩のとり方」「誰と話したか」「話し方や話すスピード」などをビッグデータとして収集し、項目ごとに分析します。
そして、成果を出している従業員はどのような行動をとっているのかなど、分析結果を経営者と従業員全員が把握して改善を図ることによって、大きな利益向上につなげることが期待できます。
1-2. ピープルアナリティクスの分析手法と得られるデータ
人間の行動を客観的に分析するためのデータを収集するテクノロジーの開発をおこなうHumanyze社の社長兼CEOで、MITメディアラボ研究員や組織コンサルタントとしても活動するBen Waber氏は、「ソシオメトリック・バッジ」を用いてピープルアナリティクスを実践しています。
ソシオメトリック・バッジとは、トランプほどの大きさのセンサー装置です。データ分析アルゴリズム機能を内蔵しており、赤外線、音、運動といった複数のシグナルの記録、および1年分の行動データの保存が可能となっています。
これにより、以下のようなことがわかってきます。
- 社内外でのネットワーク構築の広さで傾向はあるか
- どのようなときにストレスがかかりやすい傾向にあるか
- 昼食時のコミュニケーションは効果があるのか
- デスクの配置やサイズの違いで変化は起こるのか
- 生産性の高いチームとそうでないチームでは、何が違うのか
上記は一例ですが、これらの情報を得ることができれば、これまで先入観によって実施されてきたことが本当に効果的なのか、改善が必要なのかどうかを客観的に判断でき、職場環境の改善に向けて施策を立てることができます。
常に測定をおこなうことになると、「プライバシーは大丈夫か」「行動次第で人事考課に影響するのでは」と懸念に感じることもあるかと思います。MITメディアラボのSandy教授はデータの取り扱いとプライバシー対策において以下の内容を説いています。
- データの収集は承諾式とし、十分な説明とともに同意をとる。
- 本人が自分のデータの所有権を持ち、データアクセスへの拒否権もある。
- 第三者には集計データのみを譲渡。集計データより個人が特定されることはない。
これらを徹底し、透明性と信頼性を担保することができれば、プライバシーの問題は解決可能でしょう。
社員の健康管理を適切におこなうことで、パフォーマンスの向上や、治療代をはじめとする健康関連コ
2. ピープルアナリティクス導入のメリット
ピープルアナリティクスは企業と従業員の双方に大きなメリットをもたらします。
企業にとってのメリットは、判断軸がぶれないという点です。人材採用や人事評価にピープルアナリティクスを導入すれば、基準があいまいにならないため明確な意思決定がしやすくなります。
また、従業員にとっては、納得できる適切な評価を得られるという良さがあります。
ここからは、ピープルアナリティクスのメリットについて詳しくみていきましょう。
2-1. 判断軸がぶれない
判断軸がぶれなくなり、意思決定の精度が高まることが、ピープルアナリティクス導入の最大メリットです。
これまでの経験や勘を頼りにした意思決定には、根拠があいまいになり担当者によって基準がぶれたりするリスクがあります。しかし、主観によるあいまいな判断を行うシーンが増えると、従業員は正当な評価がおこわれていないという感じてしまいます。その結果、モチベーション低下や人材流出が起きてしまうこともあるので注意を払う必要があります。
データを用いて正確な判断をおこなうピープルアナリティクスであれば、判断の軸がぶれることもありません。的確な意思決定ができるため、業務の混乱や迷走も起こりにくくなります。
また、確信を持って意思決定おこうことは、生産性の向上や効率アップにもつながるでしょう。
2-2. 適切な評価を得られる
ピープルアナリティクスが従業員にもたらす大きなメリットは、働きに応じた正当な評価を得られるという点です。
従業員はときに、仕事の成果を適切に評価してもらえないことを理由に、企業に不信感を持つことがあります。従業員の不信感や不安・不満はモチベーション低下や業務効率低下に直結してしまいます。
ピープルアナリティクスを活用すれば、客観的な根拠に基づいた意思決定や評価をおこなうことが可能です。従業員を公正に評価できるピープルアナリティクスによって、従業員は組織への不満や不安を感じにくくなるでしょう。
ピープルアナリティクスでは、データを用いて客観的に評価の理由を伝えることが大切です。データに裏付けされた情報をもとに評価や意思決定をおこなえば、余計な議論や論争が起きるリスクを軽減することも可能です。
>3. ピープルアナリティクスの活用事例4選
ピープルアナリティクスの活用範囲は、採用や人事評価に限ったものではありません。
ここでは、代表的な活用方法を4つ、データの種類別に紹介します。
3-1. 活躍人材のデータを参考にする事例
採用
活躍している社員の過去の選考書類、面接での質疑応答の内容をデータ化することで、自社で将来的に活躍する可能性が高い人材の共通項を抽出することができます。
また、社員に適性検査を実施してもらい、優秀な社員に共通して秀でている項目を知ることで、同じ要素を持つ候補者を見つけることができるでしょう。
このように、人材採用における合否判断の判断基準として、ピープルアナリティクスは大いに活用できます。
3-2. 個人の業績やスキルをデータ化する2つの事例
人材育成・タレントマネジメント
従業員一人ひとりの個性やスキルを、面談やアンケート、テストなどで調査しデータ化することで、それぞれに合った育成プログラムを用意することが可能です。
また、研修の効果を測定することで、客観的なデータに基づいて研修内容を見直すことができます。
さらに、各個人の能力や行動特性をデータ化しておくことで、適材適所の人材配置を実現することができます。ピープルアナリティクスは、タレントマネジメントにも効果を発揮します。
人事評価
各従業員の業績をデータ化することによって、人事評価に客観的なデータを裏付けることが可能です。
メリットでもお伝えした通り、人事の主観ではなく客観性のあるデータを根拠に判断ができるため、従業員にとって納得感のある評価になりやすいと言えます。
3-3. 従業員の行動を測定する事例
健康経営
ウェアラブル端末を活用することで、健康状態に関する客観的で正確なデータを取ることができ、本人でも気が付かないような健康状態の変化を察知することができます。
社員の健康管理を適切におこなうことで、パフォーマンスの向上や、治療代をはじめとする健康関連コストの削減が期待できます。
4. ピープルアナリティクスを導入した企業事例3選
それでは、実際にピープル・アナリティクスを活用することでどのような改善が見られたか、いくつか事例を紹介します。
4-1. コールセンター|生産性を高める休憩
コールセンターでは、「私語禁止」、「シフトに穴をあけない」といったことが一般的な慣習となっていました。
しかし、あるコールセンターの約80人にセンサーを携帯させ、4週間にわたってデータを収集・分析したところ、「シフトに穴をあけないこと」よりも「従業員がそろって休憩する」方が生産性が高まることが分かりました。
そこで、チームごとに一度に15分のコーヒー休憩をとらせるようにしたところ、自然と「効率を上げるための工夫」などの意見交換がおこなわれるようになり、結果的に年間で1,500万ドルものコスト削減につながりました。
4-2. Google|社内コミュニケーションの改善
Googleでは企業改革としてピープル・アナリティクスを導入しました。導入前の職場環境は、広い空間に従業員がまばらに座っている状態でした。
しかし、データ分析の結果により、多少スペースが狭くなったとしても、関係する部署の従業員が集まって座ったほうが良いということが分かりました。 そうすることで社内のコミュニケーションが改善され、生産性向上、業績向上につなげることに成功しました。
4-3. 株式会社フジクラ|健康増進プログラム
健康経営に関する事例もあります。
株式会社フジクラでは、健康経営にデータを活用するため、2011年に「ヘルスケア・ソリューショングループ」を設置し、健康検診のデータや社内設置の計測機器のデータを収集しました。
その結果、活動量の不足と生産性の低下の相関関係を発見し、社員の運動不足解消に向けて取り組んでいます。
このように、ピープルアナリティクスの活用事例は多岐にわたります。この他にも
- ランチテーブルを大きくするだけで、仕事の生産性が10%上昇した事例
- コミュニケーション経路の「中心に近い人物」と話した従業員ほどタスクを完了するまでの時間が短く、ある従業員とのコミュニケーションが業績と関係がある<ことが判明した事例
など、ピープル・アナリティクスを活用することで意外な事実が判明することもあります。
5. ピープルアナリティクス導入の導入手順と課題
ここからは、自社でピープルアナリティクスを活用したい方に向けて、導入の際に知っておきたいことをご紹介します。
5-1. ピープルアナリティクスの進め方
ピープルアナリティクスには、大きく4つのステップがあります。
①課題の把握
まずは、社内のどこに課題を感じているのか、その解決のためにデータ分析を活用できるかを検討します。
ただデータを収集して分析をおこなっても、ピープルアナリティクスの実施目的が不明瞭であったり、課題を根本的に解消できるデータでなければ意味がありません。
課題の一例を紹介します。
- 採用後のミスマッチが目立つため、新たな採用基準を設けたい
- 従業員満足度を向上して離職率の低下を図りたい
解決すべき課題によって収集するデータが異なります。そのため、まずは自社の課題を明らかにし、どのようなデータが必要か検討するところから始めましょう。
②データの蓄積
課題解決のために必要なデータを集めて蓄積します。すでに計測済みであれば一か所に集める必要があります。また、新たにデータを取る必要があれば、その内容に応じて適切なデータ収集をおこないましょう。
データの蓄積・管理には他部署との連携が重要です。データの蓄積場所や更新作業の担当者や頻度などについてルールを決めておきましょう。
なお、ピープルアナリティクスで収集するデータの一例を紹介します。
人材データの種類 | 集めるべきデータの詳細 |
人材データ |
従業員の基本的な情報(氏名・年齢・性別・役職・給与・家族構成などの個人情報)のデータ |
デジタルデータ |
社内PCやスマートフォンの利用状況、電子メールの利用時間や使用頻度、時間帯、日常的に使用しているツールなどのデータ |
勤務データ | 従業員の勤務時間や有給休暇の取得率などのデータ |
オフィスデータ |
休憩スペースやカフェテリアなど、会社の施設や制度の利用状況のデータ |
行動データ | 従業員の社内外における行動状況や位置情報などのデータ |
③データの分析
収集したデータの分析をおこないます。まずは年齢層や役職ごとなどの属性別に簡単な傾向を把握します。
この際注意したいのが、データを鵜呑みにしないことです。従業員のモチベーションや思考が必ずしもデータに反映されているとは限りません。そのため、データを参考にしながら従業員とコミュニケーションを図り、確実な課題解決につなげましょう。
④考察、解決策の検討
集めたデータで見えてきた傾向に対して解決策を検討して実施します。
この①~④の工程を繰り返すことで、課題解決のスピードや精度がアップします。逆に、1度きりで終わらせてしまうと期待する効果が得られない可能性があります。
データ結果こそが全てと思わず、しっかりと繰り返すことで確かな成果を得るようにしましょう。。
ピープルアナリティクス実施の工程は非常にシンプルですが、扱うデータの量や質によっては、難しい作業となります。ピープルアナリティクスを始めたばかりの会社では、なかなか上手くこのサイクルを回すことはできないかと思います。ヤフー株式会社の取材記事には、分析のポイントが掲載されていますので、ぜひ参考にしてみてください。
URL:https://hrnote.jp/contents/b-contents-soshiki-yahoopeople1120/
5-2. ピープルアナリティクス導入の課題
①従業員のプライバシー保護
データを取る際には常に測定をおこなっているため、「プライバシーは大丈夫か」「行動次第で人事考課に影響するのでは」と懸念されることもあると思います。
そこで、MITメディアラボのSandy教授はデータの取り扱いとプライバシー対策において以下の内容を説いています。
- データの収集は承諾式とし、十分な説明とともに同意をとる。
- 本人が自分のデータの所有権を持ち、データアクセスへの拒否権もある。
- 第三者には集計データのみを譲渡。集計データより個人が特定されることはない。
これらを徹底し、透明性と信頼性を担保できれば、プライバシーの問題は解決可能とのことです。
②データの整理や客観性
人材に関するデータが一か所にまとめられておらず、社内のあちこちに散在している場合、まずは分析の前にデータの整理から始める必要があります。
また、組織的・定期的な調査をおこなっていない場合、そもそもデータが客観的で分析に十分なものかが怪しいと言えるでしょう。
ピープルアナリティクスを導入する際には、まずは現在のデータ収集の方法や中身を見直す必要があります。
③ピープルアナリティクス担当者の資格の有無や分析能力
ピープルアナリティクスには、膨大な量のデータ分析が必要です。素人が始めてすぐできるようになるものではありません。
効果的に運用するためには、データ分析に特化した人材が必要なため、自社にいない場合は社外から人材を確保するか、新たに担当者が資格を取得するなどの対応が必要になるでしょう。
6. ピープルアナリティクスによる人材活用でさまざまな課題の解決を図ろう!
いかがでしたでしょうか。
海外では、数年前からピープル・アナリティクスの考えを活用して従業員の行動分析を行っている企業が増加しているそうです。
GoogleやFacebookなど、ピープル・アナリティクス専門の部署を設立する企業も増えています。
日本で実施している企業はまだ少数かと思いますが、ピープル・アナリティクスによって自社の意外な真実が見えてくるかもしれません。
ぜひ、本記事を参考にして、社内の人材データの活用方法を見直していただければと思います。