近年「ピープルアナリティクス」という言葉を目にする機会が増えておりますが、実際に取り組みはじめている企業はまだまだ少数で、「難易度が高い」と感じている方もいるのではないでしょうか。
そんな中、ヤフー株式会社では2017年の4月に「ピープルアナリティクスラボ」を発足。丸吉さん、山内さんを中心に、人事データの活用に注力されています。
今回はお二人に、ピープルアナリティクスをどのように推進していけばよいのか、初期のハウツーから具体的事例、やってみて気づいたことなどをお伺いしました。
インタビューを通して感じたのは、ピープルアナリティクスはそこまで難しく考えずにできる、ということ。「ピープルアナリティクスって結局どうやるの?」という方に、少しでも身近に感じていただけると幸いです。
【人物紹介】丸吉 香織 | ヤフー株式会社 コーポレートグループ ピープル・デベロップメント統括本部 コーポレートPD本部 コーポレート戦略室 ピープルアナリティクスラボ
2016年よりヤフー株式会社へ中途入社。人事企画として組織編成・評価制度・表彰制度などの企画運用に携わる。2018年4月より現職。現在は組織内分析用データベースの環境構築、人事関連の分析、BIを使った可視化、またそれら活用のためのプロジェクトをおこなう。
【人物紹介】山内 智 | ヤフー株式会社 コーポレートグループ ピープル・デベロップメント統括本部 コーポレートPD本部 コーポレート戦略室 ピープルアナリティクスラボ
目次
【豪華ゲスト多数登壇!】変化に負けない「強い組織」を育むためにHRが果たすべき役割を考える大型カンファレンス『HR NOTE CONFERENCE 2024』
「人的資本経営」「ウェルビーイング」「DEI」といったトレンドワードが、HR領域だけでなく社会全体に拡がり始めた昨今。自社組織に漠然と"停滞感"を感じ、「うちは取り残されていないだろうか?」「何かやらないといけないのでは・・・」といった不安や悩みを抱える人事・経営者の皆様も多いのではないでしょうか。
本カンファレンスでは、HR領域の有識者の皆様に、様々な組織課題を解決するためのアプローチ方法について解説いただきます。強い組織を育む企業が実践している事例には、組織強化に必要な考え方や人事が果たすべき役割について学べるポイントが多くあります。ぜひ有識者の皆様と一緒に、組織を強化する「共通原理」について考えてみていただければと思います。
ヤフー内に新設された「ピープルアナリティクスラボ」その役割とは?
-本日はよろしくお願いします。まずは、そもそも「ピープルアナリティクス」とはどのようなものか、教えてください。
ピープルアナリティクスは、「組織や従業員にまつわるあらゆるデータを収集・分析し、組織・従業員の発展に還元していくもの」だと、一般的には言われています。
ただし、その定義は人によって本当にさまざまだと思います。我々のチームでは、
- 従業員の才能と情熱を取りこぼさずに解き放つこと
- 同時に、組織の成長を支援すること
を、ピープルアナリティクスの定義と置いています。
2012年に創業社長の井上から前社長の宮坂に交代したタイミングがあり、そのときに「才能と情熱を解き放つ」というテーマが生まれ、社内体制も大きく変わっていったんです。
今やその企業文化はヤフーに深く浸透しており、そこに対し「データ」を切り口に貢献していくことが我々のミッションになっています。
-ピープルアナリティクスラボでは、どういった活動をされているのでしょうか?
大きく今は、「データ基盤づくり」「データ可視化」「高度な分析」といった、3つの役割を持っています。
- 分析用のデータ基盤をつくる
- 人事関連の基本的な情報の可視化
- 重要な意思決定のための深堀りした分析
-分析用のデータ基盤とは、どのようなものですか?
これは収集したデータを1つのデータベースに入れることです。
私たちはその整理したデータベースの一領域を「データマート」と呼んでいますが、データマートに集約・整理することで、分散したデータを簡単に横串で見られるようにそろえていきます。
人事専用データマートの環境をすぐに構築できることがヤフーの強みです。データベースに強いエンジニアがいて、そのためのインフラ環境も整っているので、存分に活用させてもらっています。
人事の方なら感じたことがあると思うのですが、人事データってめちゃくちゃ分散しているんですよ。
採用、勤怠、評価、異動情報などを別々の部署で管理していて、さらにそれらはデータベース上に保管されているのではなく、「秘蔵のエクセル」みたいなものがあって、それがファイルサーバーの中に隠れている。
そんな状況なので、まずはデータを一箇所に集めるハコをつくることが大事だと思います。
「分析とは比較である」ピープルアナリティクスは何からはじめたら良い?
-そもそも、他社でもピープルアナリティクスはすぐにできるものですか?
そうですね。「従業員に焦点をあてた分析」という意味であれば、誰でもすぐにできると思います。
-なるほど。まずは何から手をつければ良いのでしょうか。
これは「小さくはじめるパターン」と「いきなり大きくはじめるパターン」があると思っています。
「いきなり大きくはじめるパターン」は、まずはとにかく一箇所にデータを集めることです。ただし、それができる会社は限られます。
データをとにかく集めることは作業量とコストが膨大にかかるので、比較的規模の大きな会社でないと難しいイメージですね。
ですので、オススメは「小さくはじめるパターン」です。まずはすぐ手に入る小さめのデータを触ってみて眺めてみる。何か新しいことがわからないか、とりあえずやってみる。
-重要だと良く聞くのが「目的の設定」ですが、これはしなくても良いのでしょうか?
目的は最初は無理に持たなくても良いと思います。
もちろん、目的や仮説を設定することはとても大事です。ただ、データ分析における「あるある」なのですが、作業の途中でよく目的を見失うんですよ。
そもそも設定した仮説や目的が正しいと思わずに、「何百往復もして良い」という気概でプロジェクトを進めると良いと思います。最初はかなり、“行ったり来たり”すると思うんですよ。
たとえば、「評価の高い人たちには、こういう傾向があるかもしれない」という仮説があるとして、調べてみるとそんな傾向が全然見られないと。
それで「こういう傾向じゃないとしたら、じゃあBという傾向があるかもしれない」と、調べてみると何もない。
「Cという傾向だったらどうだ」と、やっていくうちに「そもそも評価が高いって何だろう?この人たち正しく評価されているんだっけ?」みたいに、脱線しだすんです。
ですので、スピーディーに“行ったり来たり”を繰り返していくことは重要ですね。
データ分析のプロフェッショナルの人たちは過去の経験則から、仮説の掘り下げていき方、優先順位の付け方など、勘所をつかむのがとても上手いんです。
結局、どこまでいってもわからないものはわからないんです。ですので、「ここまでにしよう」という、どこまでで一旦けじめをつけるのかという部分も、分析をやっている人と、初めてやる人の違いとしてあるかもしれません。
-データ収集において「このデータから手をつけると良い」みたいなものはありますか?
「鮮度が高いもの」と「会社の中で重要度が高いもの」、この2つの軸で見ていくと良いと思います。
たとえば勤怠データであれば、毎日打刻するものなので、鮮度が高いものだといえます。重要度が高いところでいうと、評価データとかですかね。
ですので、勤怠、評価、所属、異動など、人事の活動の中で自然と溜まっていくデータがあると思うので、まずそこに手をつけていくと良いのではないでしょうか。
-ちなみに、分析はどのようにおこなっているのでしょうか。回帰分析、決定木分析など、統計学の知識がないと難しそうな印象ですが・・・。
たしかに、いろいろな分析方法がありますが、回帰分析、決定木分析などはしなくても大丈夫です。
大体はグラフを書いて、AとBどっちが大きいかの大小を比較するくらいで十分です。「分析とは何か?」と問われたら、「分析とは比較である」と。
たとえば、「リンゴAとリンゴBのどちらが大きいか」を比較する。その結果、どちらが大きいかを知る。もうそれだけで良いんですよ。
ですので、最初は何と何を比較したら知りたいことが知れるのか、それを一生懸命考えてグラフに書いてみる。
まあ、一生懸命考えるというところが結構難しいのですが、とにかくグラフを書いていってみる。これは棒グラフなどの比較で十分です。
たとえば、「組織Aの平均年収と組織Bの平均年収」をグラフで書いてみる。まずはそんなに難しいことはしなくて良いんです。
グラフをいろいろ書いていくと、ハッと思える図が出てくるんですよね。そこには何か理由があって、それを言語化していくと、新しい考察が生まれてくるんです。
「これは気をつけろ!」ピープルアナリティクス実践で意識したいこと
-先ほど、「目的を見失いがちになる」とおっしゃっていましたが、ピープルアナリティクスで陥りがちな問題などは他にもありますか?
1番は従業員のプライバシーを侵害しないようにすることですね。
データを触ると「興味がわくから」みたいな理由で、いろいろなことを知りたくなり、さらにデータを取って確認したくなるんです。
人や組織によっては「ちゃんと業務に取り組んでいるか把握したい」といった監視のような目的にデータをとることもあります。
ただ大事なのは、従業員のデータを預かるときにプライバシーを侵害しないこと、またそれに対して何か貢献しなければいけないという意識を持つことです。
むやみやたらにたくさんのデータを取るのではなく、プライバシーを侵害しないように気をつけながら価値を出すというギブアンドテイクを忘れてはいけません。
ふと「自分が同じことをされたらどう思うだろう」と、立ち返って考えています。
-それは確かに重要な観点ですね。
価値創出を常に意識することも重要ですね。
人事のデータはおもしろいので興味が尽きないのですが、価値創出という目的を見失うと延々にデータを触って、やりたいことをやっているだけの形に陥ってしまいます。
ただ、分析において成果を出すことはとても難しいことなので、「我慢強く何発も弾を打つ」という姿勢が大事です。ハズレになることのほうが圧倒的に多いので、あきらめず取り組み続ける必要があります。
また過去を振り返ると、まだ私がデータ分析に片足を突っ込んだぐらいのときは、「高度な分析をしてみたい」みたいな欲求があまりに強く、たとえば「とにかく機械学習を試してみたい」となっていましたね。
「モデルを全部比較して、それらの評価をして、精度を高めて、キタコレー!」みたいなことばっかり考えていました。
それで周りの方々と協力して一緒に特許も出したら、2つほど取ることはできたんですけど…(笑)。
-え!?それって、めちゃくちゃすごくないですか?
でも当時は、とにかくスタイリッシュなものに憧れていたと思います。「機械学習で特許取った」と、“オシャレなことを言いたがる病”ですね(笑)。
そういううわべの欲求があったのですが、やればやるほど、ただの四則演算で出せるようなデータでも十分に多くの人に価値提供できることに気づいたんです。「高度ではない何かが価値になる」みたいな。
「退職者は何人いるの?」「パフォーマンスを出している人は何人いるの?」といった、ただの数字の集計を出すだけでも価値が出るということは、この直近ですごく実感してきました。
これは、最初に配属されたときと、やってみて気づいたことの、1番の大きなギャップだと思います。
あと、自分の経験則から苦労することをお伝えすると、分析した結果をアウトプットしようとしても、「これが正しい」と言い切れないんです。
-「〜だと思います」「〜の傾向が見えます」みたいなアウトプットになるという感じですか?
そうです。でも、経営陣に「〜だと思います」という説明をしても当然、「なんだよ『〜だと思います』って」みたいなことを言われるんです。
そこを言い切らないと経営陣は行動に踏み切れませんよね。コンサルや営業でも言い切ることは重要じゃないですか。
ただ、真面目に分析をやっていると、あくまでも統計データは傾向値なので言い切ることが難しいし、言い切りたくないんです。この葛藤は常にずっとつきまとう気がしますね。
“正しく伝えたいから言い切れない我々”VS“安心したいから言い切りを求める意思決定者”みたいな。
なので、データはあくまでも意思決定のための材料のひとつであって、鵜呑みにせず、データの外にある知識と組み合わせて総合的に判断することが大事です。
そこでいくと、私はそもそも「元データを鵜呑みにしていない」ですね。現在すぐに扱える人事データのほとんどは、誰かの意思を持って入力されているデータが多いです。
そうなると、ミスもあるし謎の入力内容もあるんです。たとえば「A、B、C」という入力項目の中に「3」という記載があって「これなんだ?」みたいな。
その背景や意図を聞くと、「このときはしょうがなく、イレギュラーの対応をした」というのがたまにあって、運用している担当者に聞いて初めて本当のデータの意味が見えてくるんです。
人が意思を持って入力しているので、ローデータの値に立ち戻って、それがどういう業務フローで、誰が、なぜこのような記載をしているのかを知る必要があります。
これは、従業員データ分析の実践で特に気をつけないといけないことですね。
「人事データをオープンにしてはいけない」という迷信に囚われるな
-ピープルアナリティクスラボができてからの1年半、どのような分析をされてきたのですか?
直近でやったのは退職率の分析ですね。単純な可視化から入り、離職トレンドを抽出し、何月に離職が多いのか、その傾向を見ていきました。
あとは今も引き続きやっているのですが、ハイパフォーマー分析ですね。
ある方法で「ハイパフォーマー」と「それ以外」とセグメント分けをおこない、そこからサーベイを実施しその結果を比較したんです。
そこでわかったのは、ハイパフォーマー群は会社の方針や戦略に対して高い要望を求めていて、それ以外の層は福利厚生といった部分での要望が高かったんです。
また、ハイパフォーマーの人は「上司に対する要望」の項目で、結構辛口な評価をする傾向も見えました。
「確かにそうだよな」と、納得できる結果がパッとデータで見えたのは綺麗でしたね。そして、「そういう人こそ、会社として大事にしたほうがいいな」と思いました。
あと細かいところだと、弊社は朝食を無料で配っているのですが、それが勤怠へもたらす効果はあるのか調査したこともありましたね。
また、「採用の中でこの面接官は見抜ける能力がある人なのか」もやりましたね。これは、中途採用に絞って実施したのですが、面接時の評価、採用直後、半年後、1年後の評価を見て、そこの相関関係を見ていきました。
-実際にやってみて、大きく成果に結びついたと感じるものはありましたか?
わかりやすい成果でいくと、「データの可視化」の部分ですね。
「データマート」をつくりデータを整えたことで、現場から「簡単に現状を知ることができた」「みんなが同じ事実を見れるようになった」「根拠を持って議論できるようになった」という声をもらうようになり、意思決定に役立てるインフラをつくれたのは1つの成果だと思います。
私が個人的に思うのは、「データの民主化」という言葉を良く使うのですが、「センシティブだから」という理由で人事の中でも一部の人間しか、また限られた領域しかデータを閲覧できないのは勿体無いと思います。
人事の中でも「人事データはオープンにできない」というのはほとんど迷信で、多くの人事がまだそこに囚われていると思うんですよ。
個人的に、人事であれば評価や給与に触れてしまうかもしれないですが、1つの大切な事実として、従業員のパフォーマンス向上ために責任を持ってデータを利用する組織が増えたら良いなと考えています。
たとえば、全員が同じデータを閲覧でき「隣の本部はどうなっているんだろう」と、他部署のデータと自部署のデータと比較して見ることができます。
私も過去に人事業務に携わってきているので、「そうは言っても…」という人事の方の気持ちも理解しているつもりです。
でも、「人事組織で必要なデータは閲覧できるように工夫するから、業務・従業員をより良くするために責任をもって活用しよう」みたいな空気ができてくれば、もっともっとデータが活きるのではないかと思います。
-「『人事データをオープンにしてはいけない』という迷信に囚われるな!」と。
今は『Tableau』というBIと分析の可視化ができるツールを活用しているのですが、現在はその閲覧ができる対象者を弊社の役職者以上としています。
それでも、約500人がデータにアクセスでき、組織に役立てるように活用してくれています。これは1つの地に足のついた成果だと思っています。
可視化を提供できた結果、たとえば離職率に関して「毎月の定例会で自組織と他組織の離職率を比較するようになった」なんて声を聞くようになりました。
「どこと比べて多いのか少ないのか」が共通言語化できるようになり、直感やバイアスではなく、根拠に基づいた事実を比較できるようになった、と言われたときはすごく嬉しかったですね。
分析結果を施策にまで落とさないと、ピープルアナリティクスの価値はない
-最後になりますが、ピープルアナリティクスラボの今後の展望について教えてください。
引き続き、自部署と遠い組織の情報もデータとして現場の人が見れるように整備を進めていきたいですね。遠い組織の状態も把握している、という状況がつくれると、縦割り組織の弊害も軽減できると考えています。
「我々も真似しよう」とか、「助けてもらえるようにお願いしてみよう」というアクションにつながるようにしていきたいですね。
そのためには、複雑なことをせずにしっかりと基本的な指標を誰でも見られるようにすることが大事です。
あとは、データの範囲をどんどん広げていきたいと思っています。
現在は、人事のデータだけでなく財務やオフィスの設備利用に関する情報も積極的に取りにいっています。
また、会社が保有しているデータだけでなく、競合他社のデータなど、社内・社外問わずデータの範囲広げていきたいですね。
さらに重要だと思っているのが、データ分析から導き出した内容を改善策として仕組み化するところまでセットでやり切ることです。
結局のところ、改善策まで実施していかないとデータ分析した価値が出ないじゃないですか。
データから導き出した内容をどう施策に落とし込むか。従業員コンディションを可視化できたとしても「とりあえず面談しよう。以上」だけで終わってしまったら、すごくもったいないと思うんです。
「その後どうするか」というアクションまで決めないと意味のない数字になってしまうので、そこまで一緒に取り組んでいきたいですね。
-ありがとうございます。今回お話を伺って感じたのは、「人事データの可視化」。まずはここがすごく重要だなと。
そうなんですよね。まずは、誰もが見たいものを見ることができる環境を整えることが重要ですね。
その上で、さらに専門的な分析が必要なときはデータサイエンティストが入り、具体的な施策をアクションに落とし込むならHRBPが入るなど、直近ではそういった世界をつくっていきたいですね。
【豪華ゲスト多数登壇!】変化に負けない「強い組織」を育むためにHRが果たすべき役割を考える大型カンファレンス『HR NOTE CONFERENCE 2024』
「人的資本経営」「ウェルビーイング」「DEI」といったトレンドワードが、HR領域だけでなく社会全体に拡がり始めた昨今。自社組織に漠然と"停滞感"を感じ、「うちは取り残されていないだろうか?」「何かやらないといけないのでは・・・」といった不安や悩みを抱える人事・経営者の皆様も多いのではないでしょうか。
本カンファレンスでは、HR領域の有識者の皆様に、様々な組織課題を解決するためのアプローチ方法について解説いただきます。強い組織を育む企業が実践している事例には、組織強化に必要な考え方や人事が果たすべき役割について学べるポイントが多くあります。ぜひ有識者の皆様と一緒に、組織を強化する「共通原理」について考えてみていただければと思います。