人手不足や国際化が進むいま、専門的なスキルや知識を必要とする仕事に就くことができる「高度(外国)人材」に、日本企業からの注目が集まっています。
今回は、「高度(外国)人材」の採用をしている企業に、外国人採用の方法や、採用後の課題と乗り越え方についてお伺いする企画「外国人財採用虎の巻」第3弾をお届けします。
第3弾では、Wovn Technologies(ウォーブン テクノロジーズ)株式会社(以下:Wovn)の人事を担当されている田中さんにお話を伺いしました。
Wovnは、Webサイトをはじめとする外国人消費者・従業員のあらゆる体験を多言語化するサービスを開発・販売しており、今や社員の約4割を外国籍社員が占めています。
本記事では、多国籍でありながらも「小さな心遣い」を積み重ねていくことで育まれてきたWovnの働きやすい職場を、実際に取り組んだ内容を踏まえてご紹介します。
外国人採用をご検討されている方や、採用後の定着や育成にお悩みを抱えている方に、参考にしていただけますと幸いです。
目次
あらゆる人に「母国語」での体験を提供する
田中りずむ | Wovn Technologies株式会社 人事部
株式会社光通信の管理本部に新卒で入社。コスト削減・業務改善をメイン・ミッションに、経営幹部のサポート業務に従事する。2018年より、Wovn Technologiesに入社し、人事、採用、組織開発を担当。
―はじめに、Wovn設立のきっかけを教えてください。
田中さん:代表の林がもともとエンジニアで、ソフトウェア開発などをしていたのですが、長年「ソフトウェアの言語の切り替えがもっとうまくできたら良いのに」という思いを持っていたようです。
具体的には、8年程前から世の中に出ていたABテストツールが設立の契機となりました。
当時ABテストツールの開発に関わっていた林は、ABテストの機能を言語の切り替えに転用できれば、自分が感じてきたさまざまな課題が解決できるのではないかと考えました。
そこで実際に開発をして事業化が進み、2014年にWovn Technologies株式会社を設立しました。
―現在では外国人消費者や従業員のあらゆる体験を多言語化するサービスを提供されているそうですが、多言語化というのはどのようなものでしょうか?
田中さん:わかりやすい例として、Webサイトの多言語化のお話をします。
仮に「飲食店のメニューを多言語化しよう」という話になったとすると、実は翻訳というのは多言語化における工程の一部に過ぎません。
飲食店の場合、多くは紙のメニューなので、翻訳した後に紙を印刷して、ラミネート加工をして…とさまざまな手間が必要になりますが、Webサイトの場合はさらに多くの手間が必要になります。
田中さん:サイトのデータや情報をどのように管理するのかという話や、Webサイトのデザイン、またコーディングでサイトにどのような動きをつけるのかなどの話もします。
そのようなことを一つひとつ考えていくと、Webサイトの多言語化には、翻訳以外の工数が数多く発生してきます。
紙媒体とは異なるWeb媒体の良いところは、気軽に更新ができることにあるのですが、従来のWebサイトの多言語化をやってしまうと、更新がなかなかうまくいかないことがあります。
Wovnはそのような翻訳以外のうまくいかないところを解決するソリューションを提供している会社です。
翻訳ソフトをつくっている会社ではありませんので、翻訳はお客様にしていただく場合が多いですね。
それでも、翻訳を当社にしてほしいというニーズもあるので、社内で翻訳者も抱えていますし、翻訳会社とソフトウェアを連携させて翻訳機能を使いやすくしたり、外注の形で翻訳依頼をしたりしています。
また用語集を使うことで、一般的な機械翻訳だと誤訳が生じやすい固有名詞などを企業の意図した通りに翻訳することもできます。
田中さん:また、Webサイトの多言語化で難しいのが、単語単体の翻訳や、レイアウトやデザインを加味した翻訳をすることです。
例えばWebサイト上に単語のみで表記されていると、Google翻訳では前後の文脈を理解して翻訳することができないので、その場に適さない翻訳が表記されてしまう場合があります。
具体的な例をあげると、曜日の「月、火、水」と並んでいるのを、「Moon, Fire, Water」と訳してしまうなどです。
また正しい英語に修正したとしても、日本語だと1文字のものが英語だと複数の文字(月とMondayなど)になってしまうので、レイアウトが崩れてしまうこともあります。
そこを、実際にレイアウトを見ながら調整していったり、文字の大きさやフォントを変えていったりもしています。
このような事業を現在展開していますが、今後は世界のさまざまな企業が外国人対応や多言語対応を検討する時に「Wovnを入れれば間違いない」と第一想起されるサービスを提供していきたいと考えています。
就労ビザから口座開設まで、個別最適化した採用後のサポート
ーWovnでは社員の4割近くが外国人ということですが、出身国や人数、職種などはそれぞれどのように構成されているのでしょうか。
田中さん:国別でいうと幅広いのですが、結果的に多くなっているのはアメリカとフランスと中国ですね。
外国籍社員は全体で40名弱いるのですが、出身国の内訳はアメリカ6名、フランス4名と、中国8名、あとはドイツ、ベトナム、カナダ、ノルウェー、スイス、オーストラリア、などです。
職種でいうと、やはりエンジニアがメインで、一部翻訳者も外国人の方を採用しています。
ー現在どのような方法で外国人採用をされているのでしょうか?専任の担当者などはいらっしゃいますか?
田中さん:他の会社があまりしていないことでいうと、欧米系の媒体など、海外の媒体に求人を載せたり、それに合わせて全部の選考フローがオンラインで済むような取り組みをおこなったりしています。
後は、FacebookやLinkedInなど、SNSの活用ですね。
一般的な採用手法でいうと、日本に住んでいる外国籍社員に対して英語の求人を出したり、外資系のエージェントと契約したりもしています。
担当者に関しては、外国人採用も通常の採用チームでおこなっています。
今はそこまで大きなチームではないので、役割は細かく分けていません。ただ、英語が得意な人が外国人採用関係のことをメインで担当していたりはしますね。
ー外国人採用後の課題として、就労ビザの申請や住居の斡旋のようなサポートをどこまでするのかということがよく言われていますが、Wovnではいかがでしょうか。
田中さん:正社員の就労ビザの取得・更新については、フルサポートをしています。
住居に関しては、本人と話をして、英語でコミュニケーションを取ることができる不動産会社や仲介会社を紹介しています。
銀行口座の開設も、場合によっては銀行に同行することもあります。基本的には本人と話し合いながら、どこまでサポートするかを決めている感じです。
日常的な困りごとに関しても相談を受けることがよくあるので、それに対しては適宜受け答えをしています。
例えば「このような手紙が家に届いたけれど何て書いてあるの?」とかですね。
ーサポートが必要な入社者が多くて大変な月もあるのでしょうか?
田中さん:特に大変な月というのはあまりないですね。
就労ビザ手続きは1回の申請で3カ月くらいかかるので、毎月1人ずつ入ってきたとしても、同時並行で進むのは3人くらいです。
申請業務自体は、行政書士やベンチャーの会社でビザ申請手続き代行をされているところがあるので、そちらと契約をして進めています。
言語の違いを理由に働きにくい環境をつくらない工夫
―文化圏が違う社員からは要望が多いのではないかと心配される企業の方もいらっしゃいますが、実際のところWovnではいかがでしょうか。
田中さん:日本人の社員と比較しても、大きくは変わらないですね。
そこで変に身構えたりはしていません。国籍というより、個々人の違いによるところが多いなと感じます。
例えば寡黙なフランス人もいれば、よく話すフランス人もいます。そのあたりは日本人と変わらないのかなと思います。
ただ、外国籍社員たちからの意見を聞くために、僕個人でいうと、よくエンジニアの外国籍社員たちとお昼ご飯を食べに行って、そこでさまざまな話を聞くようにしています。
その際に、少し気を遣っていることでいうと、外国籍社員たちの文化的な背景はそれぞれ違うので、全員が話しやすいように言語や国が関係ない話をすることですね。
例えば採用面接をする時に「どのような質問をしたら良いか」や、「どのような話をすれば良いか」などを聞いて、採用活動に役立てたりしています。
ー通達など社内で回す情報を英語と日本語のどちらで書くかも外国籍社員がいる会社ではよく議論になりますが、Wovnではどのようにされていますか?
田中さん:英語と日本語を直訳のような形で併記しています。
最近は併記をする時に、英語を先に記載するようにも気をつけています。
日本で働いていると、契約書類や商品のラベル、看板、地図などいろいろな場面で英語よりも先に日本語が表記されていますよね。
少し感覚的な話にはなるのですが、外国籍社員にとって異文化である日本語があらゆる場所で先に目に入ってくると、慣れないものに触れるストレスを感じやすくなります。
だから社内では英語を日本語よりも先に記載して、外国籍社員が感じるストレスを軽減するように努めています。
それから、情報の内容によって英語の併記をするかどうかを判断しています。
基本的には全社員に同じ情報を流していますが、外国籍社員が関係ない内容に関しては英語に訳さないときもありますし、逆に英語だけで流している情報もあると思います。
つい先日も、リモートワークの対応でエンジニアチームだけ対応が不要なことがあったのですが、外国籍社員の中でエンジニアチームではない人がほとんどいないので、その情報は抜いたりしました。
あとは社内会議をする際は、日本語と英語の両方を使うようにもしています。
誰かが日本語で発言した時は英語で訳して、英語で発言した時は日本語に訳す、という感じです。
田中さん:プレゼンをする時も同じで、誰かが日本語で話をしたら、その後通訳の人が英語で話すようにしています。
それと、情報関連でいうと、評価制度などは項目を英語にして対応しています。その際に気をつけているのは、相手にとって馴染みのある言葉を使うようにすることです。
例えば評価をevaluationといったり、全社会議をcompany meetingといったりとかですね。
ーそのような細かな気配りというのは、田中さんや他の人事部の方々で考えてすべて決めていらっしゃるのでしょうか?
田中さん:人事部だけですべて決めているわけではないですよ。社長も頻繁に何かあったら伝えてくださいと言っていたりはしますね。
また、1〜2週間に1回のペースで、社内の交流イベントを企画したりもしています。企画と運営は人事だけではなくて、結構いろいろな部署が考えてくれています。
田中さん:最近はじめたものでは「シャッフルランチ」というものがあって、会社側で決めた部署も国籍もバラバラなメンバーで集まって、一緒にランチに行ってもらっています。
あとは、それとは別で一緒にランチを食べることもありますし、一緒にお菓子を食べることもあります。
ランチだと1時間潰れてしまいますが、お菓子だと30分だけでもできるので、時間をつくる面でも気軽にできますし、コスト面でも安くすむので、結構良いですよ。
外国人採用は次なる優秀人材を惹きつける「採用力」につながる
ー続いて外国人採用の難しさと、良さについてお聞きしたいです。
田中さん:難しいと感じるのは、言語の壁によって情報を伝えるスピードが遅くなってしまうことです。
例えば今回のコロナウイルスを受けての会社の対応で、日本語の文章自体は5時間くらい前にできているのに、翻訳ができていないためにリリースが打てない状況が続いてしまうことがありました。
社内の会議も日本語と英語の両方でおこなっているので、時間がかかってしまったり、日本人社員と外国籍社員のどちらかが100%理解できていなかったり、ということもありますね。
そこは、解決できる方法はいくらでもあるのですが、現状の課題の1つだと思っています。
あとは責任者がほとんど日本人だと、特に外国籍社員のメンバーからボトムアップの意見が伝えにくくなってしまっているというのは現状の課題だと感じています。
なので、最近僕も毎朝9:00から30分英語を本気で勉強してなんとか対応しようとしているところです。
今いる日本人のメンバーが英語を勉強したり、他の会社で多国籍環境でのマネジメントを経験している人を採用したりと、いろいろな方法で対応していかなければならないと思っています。
―外国人採用の良さについてはいかがでしょうか。
田中さん:外国人採用をして良かったことに関していうと、海外のエンジニアがとても多いので、他の外国人の方も入社しやすい環境になっているということはあるかもしれません。
日本人だらけの会社に外国人が1人で入社するより、外国人がたくさんいる中に入社する方がハードルは低かったりするので。
外国人採用の「採用力」というのは採用しているからこその強みになっていると思います。
田中さん:日本人もキャリアを形成していく上で、多国籍環境で働く経験をしたい方もいらっしゃるので、日本人エンジニアを採用する上での強みにもなっていると感じています。
あと採用とは別の観点で、僕個人の話でいうと、先ほど課題として言語の壁をあげましたが、外国籍社員がいることで英語を話すことへの恥ずかしさがなくなったことは良かった点だと思っています。
僕はWovnに入社して2年目なのですが、そこは入社してから特に変わったなと実感するところでもあります。
例えば休みの日に、映画を見にいって隣に座っていた外国人の方に「ちょっとすみません」と言いたい時に、昔は”Excuse me(すみません)”といった方が良いと思いつつ恥ずかしくて日本語で言っていたんです。
最近ではあまり恥ずかしがらずに言えるようになりましたね。
このようなことは、日頃から社内で英語を社員と使っているからできることですし、社内・社外問わず外国人の方とコミュニケーションが取りやすくなって良いことだと考えています。
また、コミュニケーションを取る際には、曖昧にせずにちゃんと説明することを意識しています。
日本人同士で起こりがちな、行間を読むということはあまり信用せずにしっかり確認するようにもしています。
これは外国籍社員と話す時に限った話ではないのですが、特に気を付けるようにはしていますね。
部署に応じた語学サポートでコミュニケーションの課題に対応
ー普段の開発現場での言語は、日本語と英語どちらかに統一されていますか?
田中さん:英語の公用語化はしていないのですが、英語が多いと思います。
場合によっては、いま自分たちが話している内容を、直接話していない周りの人たちも知っていなければならないときもあるので、日本人同士でも英語で話しているときがあります。
しかし、責任者は日本人が多いので、責任者会議は基本的に日本語でおこないます。
意図的に日本語にしているのではなく、日本人が多いので結果的にそこは日本語になっているという感じです。
ー英語でのコミュニケーションが増えたことに対して、日本人社員の方から反発はありませんでしたか?
田中さん:今いる日本人メンバーのうち、英語が普通に話せる人は2割くらいです。
他の会社に比べると多少話せる人の比率が高いかもしれないですが、中には全く話せない方もいらっしゃいます。
そのため、英語学習の費用をサポートすることは福利厚生として提供しています。特にエンジニアのような外国籍社員が多い部署に対しては、少し手厚くサポートをしています。
例えばエンジニアの日本人メンバーからは、「普段英語でコミュニケーションを取るので大変」という話は聞いていたので、そこはちょっと高めの英語学習のサポートをしています。
そうはいっても、中学校までの英語力があれば日常会話は問題ありませんし、Wovnに入社すると英語を使う場面が多いので、自然と語学力は身につくかなと思います。
従業員ファーストな心遣いを国籍関係なくしてくことが大切
ー最後に、外国人採用を検討されている日本企業の方へのメッセージをお願いします。
田中さん:外国人の方が日本で働く上で一番不安なのは、社内のいろいろな書類が日本語でしか用意されていないことだと思っています。
例えば就業規則や、賃金規定、「みなし残業」など、外国人からしてみると馴染みのない制度の説明が、日本語でしか書かれていないという問題はすごく大きいと感じています。
他社のある外国人エンジニアは、就業規則が日本語でしか書かれておらず、勤怠システムも、経費精算も、稟議も、社内報も、全部日本語でしか提供されていないと言っていました。
さらに彼の場合、支給されたパソコンも日本語のソフトしか入っていなくて、キーボードも日本語と英語で配列が違うのに、日本語配列のキーボードしか支給されていない状況でした。
そのような環境は、外国人にとってはとても働きづらいですよね。
そのため、例えばパソコンも、英語設定されているパソコンを支給するとか、就業規則などの重要な規則は英語表記もしていくとかが必要になると思います。
Wovnでは就業規則などを伝える時、まずは内容を記載した英語の書類を用意しています。また、質問がある時には個別に説明をすることもあります。
入社前に社員と労働条件などをすり合わせるオファー面談でも、みなし残業の説明は日本人社員にするのと同様に、外国籍社員にもしっかり説明しています。
重要なところに関しては、社員にあった言語対応をするという、従業員ファーストでものごとを考えることがとても大切だと思います。
市場や職場のグローバル化が進むいま、さまざまな情報を母国語で受け取ることができる「多言語化」の重要性は増してくるのではないでしょうか。
Wovnでは、インターナショナルな社員とともに開発を進めるために、日頃から全社員が働きやすくなるようなさまざまな心配りをされていました。
「ちょっとした心配り」を積み重ねることが、働きやすい職場づくりをする上で大切なことなのだと感じました。
外国籍社員の受け入れのために、職場に大きな変化を加えようとするのではなく、まずは小さなところからはじめてみてはいかがでしょうか…?