HRテクノロジーの第一人者として、グローバルにご活躍されている民岡さんにインタビュー。HRテクノロジーの最先端の活用事例や海外注目トレンドについてご紹介します。
近年、日本においてもHR領域におけるテクノロジー活用が増えてきていますが、アメリカと比較するとその関心や理解はまだ十分ではないと言われています。
その一因としてあるのが、ジョブとスキルを定義化・数値化した「共通のモノサシ」がないことです。いくら優秀なAIがあっても、そのモノサシがないと最適なマッチングは導けないとのこと。
今回は、アメリカにおける最先端のHRトレンドはどのようなもので、アメリカと日本における違いはどこにあるのか。日本の人事に求められているものは何か。
民岡さんの考えや想いを記事にまとめました。
【人物紹介】民岡 良 | ウイングアーク1st株式会社 人事ソリューション・エヴァンジェリスト
目次
3つに大別されるHRテクノロジーの活用
ー民岡さんは、人事ソリューションのエバンジェリストとしてご活躍されていますが、その中でも今回はHRテクノロジーの活用について詳しくお伺いできればと思います。
民岡さん:近年、人事領域でもテクノロジーが活用されるようになってきていますよね。その中でも一番のキーワードは「パーソナライズ」だと思います。
テクノロジーの進化により、個別化にかなり近しいことができるようになりました。
ーたしかに、個別最適化でマネジメントをすることの重要性は、日本でもよく話題になっているように感じています。
民岡さん:そうですよね。そこに対して、HRテクノロジーを使わない手はないのですが、一方でそこまで「魔法の杖」でもないことがわかってきました。
現状のHRテクノロジーの使いどころとしては、大きく分けてせいぜい3つくらいだと言われています。
1、バイアスを排除したマッチング
まずはHRテクノロジーを活用して、人間の勘と経験だけではできなかった客観的なデータに基づく、バイアスを極力排除したマッチングができることです。
たとえば、日本でもすでにSoftBankが「Watson」というAIでエントリーシートの選考をおこなうなど、AI×マッチングの事例が出てきていますよね。
さらに、多様化を加速させることにも貢献できます。組織における多様化が進まないのは、「人によるバイアスが原因である」とよく言われています。
性別だけでなんとなく判断してしまったり、自分と同じ出身校の候補者がきたら急に採点が甘くなったり。アメリカの場合はもっと深刻で、人種や宗教の問題などが関わってくるため、日本よりもバイアスのかかり方が大きいと言われています。
それが、データを中心に議論できるようになれば「いいものはいい、悪いものは悪い」と、男女や人種に関係なくマッチングができるので、最近注目をされてきています。
2、個々人にあわせた「適所」の提示
従業員にどのようなキャリア開発プランを提示するのか、そのために受けるべき研修をどのようにアサインするのかなど、ここにもバイアスがかかりますし、そもそも情報量が多すぎて「何が最適なのか」を把握することができません。(もちろん、「情報量が多すぎて」というのは必要なデータがそろっているという前提ではありますが)
何百とある教育研修のメニュー、一人ひとりの特性や保有スキル、全社にまたがるポジション情報もすべて記憶することは難しいですよね。ですので、そこはテクノロジーに頼っていくべきです。
データ化した情報をもとに「この人は今このスキルが足りなくて、ギャップがあるために希望するポジションに行けません。でもそのギャップを解消できる研修があります」みたいなことを、パーソナライズ化していく。
一人ひとりに対して、適材適所を促進するためのレコメンデーションを実現していくことが、二つ目の活用方法ですね。
3、Q&Aの工数を削減
従業員から毎回同じような質問が人事担当者のところにくるケースは、わりと多いと思います。同じような質問ですから、回答内容も当然同じになるはずです。
これを生身の人間が対応する必要があるかというとそんなことはないですよね。FAQ(よくある質問と回答)のデータベースさえ整えてしまえば自動化することができます。
「この質問にはこの回答を出す」といったQ&Aの仕組みをつくり、チャットボットなどで返答対応をする。コールセンターではよく使われていますが、それを人事業務で応用していくイメージですね。
たとえば、年末調整の時期になると提出書類等に関して毎回同じ質問がくる。そこに対応する工数も削減されるわけです。
また、適材適所にも関わってきますが、「キャリア相談に対する回答も自動回答される」という仕組みも海外では実践されはじめてきています。
「私が今受けるべき研修はなんですか?」と聞くと、データベースをもとにAIが根拠を持って回答してくれます。
求人票作成にも、テクノロジー活用は当たり前
民岡さん:あとは特にアメリカですと、採用時のジョブ・ディスクリプション(職務内容記述書)に相当こだわっていて、そこにもテクノロジーを活用しています。
たとえば、「Textio」というサービスはご存じですか?これはテキストのパフォーマンスを分析してくれるツールです。
民岡さん:ジョブ・ディスクリプションの内容が応募者にとって魅力的な表現となるように、AIが分析してアドバイスをしてくれます。これは、「応募者体験の向上」のにも役立ちます。
そういうソリューションがあるということは、どの企業も魅力的なジョブ・ディスクリプションをつくることに躍起になっているという裏づけになります。
海外に比べると、日本ではまだジョブ・ディスクリプションがそこまで重要視されていませんが、求人票改善ツールの「Findy Score」が出てくるなど、最近は認識されるようになってきましたね。
ーアメリカだと、テクノロジーを活用したジョブ・ディスクリプションの改善が当たり前のようにされているのですね。
民岡さん:たとえば、「この単語に変えたほうが女性の応募率がアップしますよ」などと、過去のあらゆる事例から分析してAIが教えてくれるわけです。
いかに多くの応募者を惹きつけるのか、そのためにここまでやるのが当たり前になってきています。
「従業員体験の向上」における最新トレンド
民岡さん:さらにHRテクノロジーの活用において、従業員エンゲージメントサーベイにも新しいトレンドが出てきています。
エンゲージメントサーベイの問題として、「やりっぱなしで終わってしまう」ということが多々あります。
「この項目については結果が悪かった」と、どの項目が悪いのかは見えたものの、次のサーベイまでに改善しないとまた同じ結果になります。
サーベイツールの大半は結果までは見せてくれるのですが、「じゃあそれをどうすればいいのか」までは、提示してくれません。
そこに対し、アクションプランをレコメンドしてくれるサービスが、最先端のものとして出てきています。
さらに、サーベイの結果をそれ以外の人事系データと掛け合わせするなど、さらに深掘った分析をするところまでサポートできるサービスもあります。
MotionBoardのようなダッシュボードツールを併用することで実現可能です。この辺が一番新しいトレンドになっていると思います。
ー結果に対する対応策まで提示してくれるようになっているのですね。
民岡さん:さらに、さきほどのQ&Aの仕組みにもつながりますが、その分析結果を受けた対応策(アクションプラン)を、AIが組み込まれたチャットボットの仕組みを使って個別に提示することも可能でしょう。
その内容について不明点や疑問点があれば、インタラクティブに質問することも可能です。キャリア相談に発展することもあるかもしれませんね。
これの良い部分としては、「人事担当者には聞きにくいことでも気軽に聞ける」ということです。どのような内容であっても怒られることがありません。
また、24時間365日リアルタイムで、何回でも同じことを聞いても答えてくれます。
たとえばキャリア相談に発展した場合であっても、わざわざ人事や上司との面談設定をする必要がなくなるため、話す覚悟を決めて「さあ話すぞ」と、精神をすり減らすことも少なくなります。
本来的には生身の人間に相談すべきであるとしても、相談すること自体がおっくうになって、「ホントは聞きたいことがあるけど、予定合わないし、忙しいし、しかも大事になりそうだからいいや」となったら本末転倒です。
悩みを溜め込んで結果としていきなり辞められてしまう、ということも防止できます。
さらに、「次に異動する先が社内にあるとしたら、どこがどういう理由で向いているのか」を、AIが分析してチャットボットの仕組みで教えてくれることも可能になります。
テクノロジーによって、自分がフィットするポジションをデータをもとに提案してくれることにより、納得のいく適材適所が実現されます。
これにより、埋もれていた人材が急に活躍できるようになるなど、従業員体験の向上につながります。
ー異動したら、突然花咲くパターンはありますね。
民岡さん:その突然を必然にできたら、会社にとって大きなメリットになりますよね。
「転職する以外、新たな道を切り拓く術はない」と思い込んで、優秀な人材が転職してしまうケースはよくあると思います。
本人だって「社風も気に入ってたし、仲の良い同期もたくさんいて、できれば辞めたくはなかった」と。こういう人材流出を防ぐことも、人事に求められることです。
ジョブ定義・スキル定義がないと、大半のHRテクノロジーは活用できない
民岡さん:これまで申し上げてきたように、候補者のマッチングを行う、Q&Aの工数を削減する、自分に合ったポジションを見つけてくれるといったことがHRテクノロジーの活用によって可能になります。
そして、今回一番お伝えしたいことになるのですが、これらの実現に向けて全てに共通して重要なのが、ジョブ定義・スキル定義です。これらは「共通のモノサシ」として機能します。
ここが明確になってないと、いくら優秀なAIが組み込まれた人事ソリューションがあったとしても十分には活用できません。
HRテクノロジーのトレンドの大きな一つの流れに「従業員体験の向上」があり、個別最適化したマネジメントを実践するためには、人間だけでは限界があり、データの活用が必要です。
だけど、そのためには前準備が必要で、その最も重要なものがジョブ定義・スキル定義なんです。
ーここが今回の一番重要なところですね。ジョブ定義とスキル定義について詳しく教えてください。
民岡さん:たとえば、日本でも人事、営業、マーケティング、開発、広報などという単位で、それぞれ部門・組織が存在していて、なんとなくの業務内容の定義があると思います。
ただ、「この業務は、こういう仕事をするもので、こういったスキルが求められていて、業務範囲はここまでです」といった、詳細の定義まではされていないと思います。
ーそうですね。業務範囲や定義に関しては結構あいまいな印象です。業務を兼任している場合もありますし。
民岡さん:まさに兼任もそうですし、その人に応じた仕事内容になっていて、業務内容や範囲があいまいですよね。
たとえば、人事部で採用を担当しているAさんがいて、Aさんは過去に分析業務をやっていたことがあり、人事部の中ではとても稀有な経験の持ち主だとします。
そうすると、「Aさんは採用だけやっていたらもったいないから、人事データの分析の担当も兼ねてもらいましょう」みたいな感じで業務が兼任になることがあると思います。
それって、人がいてそこに仕事が場当たり的についてきていますよね。「デキる人」に自然と仕事が集中する現象ですね。
集中する割には、評価の対象は(上記の例でいえば)採用業務だけだったりする。それが多くの日本企業の実態ではないでしょうか。
ーおっしゃる通り、そういった業務の振られ方は多いイメージがあります。
民岡さん:ある程度のジョブ定義はあるものの、その粒度のレベルが日本とアメリカではかなり違ってきます。
それがよく分かるのが、サンプルになりますが以下の資料です。
民岡さん:左側がジョブ定義に関するものです。
- ジョブタイトル
- バンド(職位・職階)
- ジョブ定義(職務記述書)
- 職責(責任範囲)
一方で右側はスキル・コンピテンシー定義に関する内容になります。
- コンピテンシーの内容
- 要求レベル
- 必須度
- 求められる行動
日本だとよく職責という言葉に訳されますが、その仕事を担当する以上は、どこまでの役割が責任範囲なのか、本来は細かく文章で定義されるべきです。
ーたしかに、非常に細かく記載されていますね。
民岡さん:でもこれって、実は採用(主にキャリア採用)の際にはジョブ・ディスクリプションとしてある程度細かく定義していますよね。
ただ、採用のときにほぼ必ず存在するはずのジョブ・ディスクリプションがあるのにも関わらず、他で活かしていない。本来、もっとさまざまなところで展開できるはずなんですよ。
何で求人票に書いてある条件をさらにブラッシュアップして、面接時の基準にも使い回ししないのだろうか、その他の人事施策に活かさないのか、もったいないなと感じますね。
「共通のモノサシ」として機能させれば、例えばチャットボットが「あなたはこのラーニングを受けるべきです」と、レコメンドをするときの基準にも使えますよね。
さらにまた「共通のモノサシ」として、人事考課の際の基準にもそのまま使うこともできます。
社内で後継者を探すときの基準も同様です。社外から採用するときの基準とそろえるべきなのに、違った基準で後継者を探しているケースが多くあります。
とにかく、基準をつくってそれを一貫すべきだと思います。モノサシを用意したらエコシステムを構築して全てで使いましょうと。
民岡さん:ジョブの定義を責任範囲のレベルまで定めたあとは、スキル・コンピテンシーの定義を決めていきます。ちなみに、「スキル」「コンピテンシー」の意味合いについてはこちらを参考にして下さい。
そのジョブの役割を果たすためには、どのようなスキル・コンピテンシーを持っている必要があるのかを、あらかじめマッピングしておくわけです。
それぞれのスキル・コンピテンシーは、行動ベースで定義されるべきだと言われています。スキル・コンピテンシーの要求レベルに応じて、「○○を述べることができる、○○を使用できる、○○の経験がある」と記載していくイメージですね。
ースキル定義があることで、どうすれば次のレベルにステップアップできるか明確にわかりますね。
民岡さん:そうですね。「この2年間は、あるスキル・コンピテンシーのレベル2を求められてきたけれども、一個上のポジションに上がるためにはレベル3の行動フェーズが求められる」といったように、行動ベースで記載されているからわかりやすいですよね。
一方で、これの真反対にあたるのが「3年経験したらこれはできるであろう」という年数に基づいたやり方です。
ー「入社5年目だからマネージャーを任せてもいいかな」といった感じですね。
民岡さん:「それって本当に任せて大丈夫なの?」って思うんですよね。とにかく5年を過ごせばできるものと見なすって、根拠があいまいじゃないですか。
なので、ジョブ定義・スキル定義をつくり運用していくことは、HRテクノロジーの活用と非常に相性がよい考え方・仕組みなんですよね。
というよりも、この仕組みでなければ効果を発揮しないのがHRテクノロジーなんですよ。
そのジョブ・ローテーションに根拠はあるのか?
民岡さん:旧態依然とした人事がおこなっていることでよくあるのが、キャリアモデルに一貫性がないということです。
「このジョブ・ローテーションはどのような意味があったんですか?」(・・・誰もロジカルには回答できない)みたいなケースですね。
ーとりあえず幅広く経験させてみよう、みたいな。
民岡さん:異動したものの適性が合っていなくてその結果成長が鈍化してしまった、ということが日本企業にはいまだに多くあるらしいです。
企業によっては「あえてやっている」なんて話を聞いたことがあります。忠誠心を試す、根性を試すために「この部署に行ったら苦労するだろうな」というところにあえて配属し、生き残るかを見ると。
ーそんなやり方もあるのですね…。
民岡さん:たしかにそれで生き残った人は、タフで適応力があると思いますし、良い経験にもなると思います。ただ、ミレニアム世代が増えてきている現在では、そのやり方は全くの逆効果だと言われています。
そんなことをされた日には、離職の方向にしか行かないらしいのです。「何で自分はこんなところに行かされたんだ?」と、いいほうには捉えてくれません。
「これはきっと会社が自分に試練を与えてくれている」といった、『巨人の星』世代の世界観は通用しないのです。
ですから、キャリアステップに関しても根拠を提示することが重要です。このような状態を描くことが、人事の責任であると言われたりしてします。
民岡さん:たとえば、マーケティングの部署に配属された人がいるとします。従来であれば、その人はマーケティング畑でずっと出世していきます。
マーケティング部長になり、マーケティング担当役員になると。一方通行の上に上がるだけのハシゴのイメージで、キャリアラダーだと言いますね。
これまでは別に悪いことではなく、最短ルートの出世街道と捉えられることも多かったでしょう。
しかしまた世代の話になってしまいますが、ミレニアル世代が中心になりつつある昨今はこれが流行らないと言われています。
人事がやるべきことは、さきほどのようなジョブ定義とスキル定義をもとにキャリアマップ、Career GPSを整備し、新しいポジションを提示することです。
「マーケティングで培ったスキル・コンピテンシーの3割は共通して活かせるから、思い切って開発をやってみないか」みたいな話ですね。
ースキル・コンピテンシーの共通項を見つけて、新しいポジションに挑戦させるということですね。
民岡さん:そういうことですね。
お伝えしたいのは、根拠のないジョブ・ローテーションはやめて、科学的に一貫性のあることをやりましょうということです。科学的根拠を示せば本人も納得感をもってそこに飛び込みやすいし、上司もアドバイスがしやすくなります。
そこでさらに重要なのは、「人事だけが人事データを持っていてはいけない」ということです。
民岡さん:もちろん、センシティブな情報も多くあるので、全てを開示することは難しいです。
ただ、キャリアに関するデータや、保有スキルに関するデータは、人事だけが持っているべきではありません。「データの民主化」とかいう表現もあるのですが、従業員から取得したデータは元は従業員のものですよね。
入社時に提出した情報や、入社後に受けたアセスメントやサーベイの結果などは人事が吸い上げたままにせず、従業員に共有していくべきです。
自分に関するデータがないと、さきほどのキャリアの地図を自分なりに描くことができません。
また、「どの部署の誰がどんな経歴でどんな保有スキルがあるのか」という情報がわかれば、困ったときに誰に聞けばいいのかがわかり、効率よく仕事を進めることができますよね。
まずは「自分の業務のスキル定義」と「自分のスキル状態」を知ること
民岡さん:今回、多くのことについてお話させていただきましたが、データ活用のためのファーストステップとして、二つのアプローチをお伝えしたいと思います。
一つは、真正面からジョブ定義をはじめることです。こちらの定義シートなどをもとに、まずはつくってみるということですね。自分の担当領域についてであれば、明日からでもはじめられるものです。
二つめのアプローチは、職種やポジションごとに「優秀人材」とみなされている人たちに「職業的パーソナリティ診断」のようなアセスメントを受験してもらい、求められる特性や能力を特定していく、というものです。
併せて本人に対するヒアリングも実施し、求められる知識や資格、経験も割り出していきます。
まずは人事部から自ら実験的にやってみるとよいと思います。自分たちの業務から定義していくと。文字にしてみることはすぐにでもできますよね。お昼休みに考えることも可能です。
そしてセカンドステップですが、ある程度の定義をつくったら、「自分が担当している職務に対して、現状の自分は何%ぐらい満たせていると思っていますか?」というワークショップをやってみることです。
スキル定義の基準をつくり、自分のスキル状態を知ることで、重要性が実感できると思います。
そして、そういった定義・基準ができて、ようやくHRテクノロジー活用によるデータをもとにしたマッチング、真の適材適所が実現するのです。