労務管理とは、従業員の雇用管理や勤怠管理、給与・賃金の管理、健康面の管理など、従業員の労働条件や労働環境に関する管理全般をおこなう業務を言います。
企業におけるバックオフィス業務の中の一つですが、「そもそも労務管理とは何なのか」「労務管理の具体的な業務内容について知りたい」と考えている人事担当者の方も多いのではないでしょうか。
本記事では、企業経営の中で大切な労務管理について、労務管理の業務内容や重要性、実施する上で覚えておきたい注意点などについて、解説いたします。
1. 労務管理とは
近年、働き方改革が進み、各個人の働き方が多様化する中で、労務管理は企業経営において、これまで以上に重要になってきています。
まず、そもそも「労務管理」とは何か、基本的な労務管理の概要や目的について、説明したいと思います。
1-1. 従業員を雇用する時に必ず必要となる「労務管理」
労務管理とは、従業員の「雇用」に関する全般の業務を指しますが、具体的におこなう業務は企業によって少しずつ違いが存在するようです。
ただ、一般的には「従業員の入退社に関する手続き」「勤怠管理や給与計算など」「社会保険や福利厚生の手続き」「安全衛生の管理」など、労働条件や労働環境に関わる幅広い業務を担うことになります。
従業員の労働条件や労働環境においては、具体的に下記のような項目を管理することになります。
労働期間 |
従業員を雇用する期間(開始日~終了日) |
労働時間 | 1日当たりの労働時間や休憩時間、休日に関する規定など ※残業や休日出勤の有無なども管理する |
労働の対価 | 給与・賞与・各種手当など ※人事評価制度と連動する場合は、その条件も管理する |
業務内容 | 所属部署・労働環境・役割・ポジションなど |
これらは、労働基準法や労働安全衛生法などの法律や各種保険手続きの知識が必要になる業務がとても多く、法律に則った正しい業務遂行が求められます。
1-2. なぜ労務管理をおこなう必要があるのか
以上のように、「労務管理は法律で定められているから」といった理由で実施するケースも多いですが、企業にとって労務管理をおこなう大きな目的としては、以下の3点があります。
- 従業員が気持ちよく働くことのできる環境を整備し、生産性の向上を図るため
- 全社的な視点から、企業の根幹を担う人材の管理をおこなうため
- 従業員を雇用することで生じるリスクへの対策をおこない、企業活動を円滑に進めるため
近年、働き方改革が進み、各個人の働き方が多様化する中で、これまで以上に労務管理を実施する重要性が確認されてきています。
法令遵守(コンプライアンス)を念頭に置きつつ、従業員が高いパフォーマンスを発揮できるような環境を作る必要があります。
1-3. 基本「法定三帳簿」の管理
労務管理の具体的な業務内容については後述しますが、まずは企業として「法定三帳簿」を管理することが基本となることを覚えておきましょう。
- 労働者名簿
- 賃金台帳
- 出勤簿
法定三帳簿は、法律で3年間の保存義務があり、退職金に関するものは5年間、雇用保険の被保険者資格に関するものは4年間、安全衛生に関するものも一定期間の保存が必要となります。
従業員が退職した際に、次の会社で社会保険や雇用保険の手続きをする際に必要な場合もあるので、いつでも確認できるように保管しておくことが大切です。
1-4. 労務管理と人事管理の違い
労務管理と似た言葉として、「人事管理」があります。
法的に明確な違いがある訳ではなく、企業ごとに定義は異なるかもしれませんが、一般的には労務管理は労働条件や就業規則、勤怠、給与・賞与、福利厚生など管理の対象が組織全体となります。
そのため、従業員の働きやすい環境づくりや従業員を雇うことで生じる会社側のリスク回避が主な仕事となります。
一方、人事管理は採用や配置・転換、教育研修、評価制度など管理の対象が従業員個人となり、一人ひとりの能力を企業の戦力としてどのように活かすかといった経営戦略の要素があります。
2. 労務管理の具体的な業務内容
それでは、労務管理の具体的な業務内容について、ご紹介します。
2-1. 労働契約の管理
まず、労務管理の中では、従業員の入社から退社までを一連で管理することが大事になります。
①労働契約の締結
労働契約自体は「諾成契約」であるため口頭での口約束だけでも成立してしまいますが、重要な労働条件(労働期間・労働時間・給与・業務内容など)の明示に関しては「労働条件通知書」を発行し、書面上で明示しなければなりません(電磁的方法も含む)。
そのため、従業員を雇用する際には、労働者と使用者の間で「労働条件通知書」や「雇用契約書」を交わすことが必要となります。
ここで注意すべきことは、法定の最低賃金を下回る給与額、法定労働時間を上回る所定労働時間など労働法令に違反する契約内容を結ばないようにすることです。
②労働条件の変更と管理
従業員の労働条件に関しては、雇用を契約してから変更が生じる場合も多いかと思います。
採用した際に取り交わした雇用契約書の内容から変更があった場合は、新たに雇用計画書や労働条件通知書を発行し、従業員に変更点を明示する必要があります。
主に有期雇用契約者の契約更新や契約内容の変更、正社員の昇給昇格の際におこなう業務になります。
③退職時の対応
従業員から退職届を受け取った場合は、労働契約を解除することになります。
具体的には、社会保険の資格喪失手続きや源泉徴収票の発行など、退職に必要な書類を発行する対応が必要となります。
退職金が支払われる場合は、退職金の計算や退職所得の源泉徴収票の発行もおこなうようにしましょう。
また、貸与していた社員証や名刺、パソコンなどを回収する必要もあります。
[参考:厚生労働省HP]
2-2. 就業規則などの設定と管理
企業組織として成り立つためには、労働者と使用者が共に納得できる職場全体のルール(就業規則)が必要不可欠です。
就業規則があることで、従業員は給与や労働時間、賞罰など遵守すべき明確なルールに沿って、安心して働くことができます。
ここで注意すべきポイントは、就業規則は一度作成すれば終わりではなく、会社の方針変更や法改正によって更新が必要な場合があることです。
随時、最新の内容に基づいた就業規則に変更しつつ、変更をおこなう際には従業員への周知も忘れずにおこなうようにしましょう。
[詳細:厚生労働省HP]
2-3. 社会保険・労働保険の加入手続き
従業員が一定の基準を満たしている場合に、社会保険と労働保険に加入させる必要があります。
労働保険は国の制度のため、加入条件は一律です。入社が決まったら必要書類について速やかに本人へ伝えましょう。
各種保険加入の完了までは、一定の時間がかかるため入社初日に回収できるようにしておくと手続きがスムーズです。
2-4. 勤怠管理
勤怠管理では、各従業員の勤務日数・勤務時間・時間外労働・休日勤務などを正確に把握し、就業規則や労働基準法などに沿って適切に管理することで、割増賃金を適正に支給する必要があります。
労働基準法では「1日8時間、週40時間まで」と法定労働時間が定められています。そのため、残業などの時間外労働を従業員にしてもらうためには、36協定を締結した後、別途手当の支給が必要となります。
勤怠管理には、会社にとって大きいダメージとなる過労死や過労自殺、その他賠償責任につながる業務上過失や離職率の上昇など、さまざまな労使トラブルから企業を守る目的もあるので、必ずおこなうようにしましょう。
2-5. 給与・賞与の計算
勤務状況や人事評価を基に、賃金規程で周知された方法で従業員の給与を計算していきます。
金銭に関わることですので、給料日までに遅滞なく計算し、各従業員の口座へ給与・賞与を振り込むようにしましょう。
些細なミスでも会社の信用を落とすことになり兼ねない業務ですので、ヒューマンエラーを防ぐためにもマニュアル化や仕組みづくりをきちんとおこないましょう。
また、複数のチェック機能を持たせることも欠かせないことです。
2-6. ハラスメント対策
近年、職場におけるハラスメント対策をおこなうことも労務管理の中で非常に重要視されるようになってきています。
上司と部下の間で起こる「パワハラ」や、性的な強要や嫌がらせなどを指す「セクハラ」など、企業経営の中では様々なハラスメント行為が起こりうる可能性があります。
本人は気付かずに起こってしまうケースもあるため、企業として相談窓口を設けることも大事になるかもしれません。
2-7. 従業員の健康管理
従業員の健康管理として一般的におこなわれていることは、以下3つです。
- 定期健康診断の実施・管理
- ストレスチェックの実施
- 過重労働者の把握・対策
労働安全衛生法でも、それぞれを一定の基準で企業側に実施させることが義務付けられています。
また、従業員に健康維持や体調管理について意識させることで、従業員本人が不調に気付かず、症状を悪化させてしまうことを防ぐことができます。
休職者増加による生産性低下や周囲のモチベーション低下なども防ぐことができるため、必ず実施するようにしましょう。
2-8. 職場環境の改善
労務管理では、職場環境の改善もおこなうことになります。
よく実施される内容としては、残業時間の削減や年次有給休暇の取得促進などが挙げられます。
従業員が気持ちよく働けるよう、風通しの良い職場環境づくりに努めましょう。
[参考:厚生労働省HP]
2-9. 安全衛生管理
安全衛生の管理は、会社内での労働災害を防止する目的があります。
労働安全衛生法では、パートタイマーも含んだ10人以上の労働者がいる事業場で管理者などを選任することが定められています。
業種によっては、50人以上の労働者を抱える事業場は、安全委員会・衛生委員会の設置が必要です。
50人未満の場合は、委員会でなくとも、労働者の意見を聴くための機会を設けることが定められています。委員会は、安全衛生に関わる事項を決定、推進する役割を担っています。
労働災害はいつどこで起こってもおかしくありませんので、労働者・使用者の双方で定期的に意識できる機会を設けることが必要となります。
[参考:厚生労働省]
2-10. 従業員のライフイベントによって生じる対応
従業員のライフイベントが発生した際には、さまざまな手続きが必要です。
労務担当者がすべてを把握することは難しいかもしれませんが、社内の仕組みとして従業員が自己申告できるような体制を整えるように徹底するようにしましょう。
- 引っ越し
各種保険、労働者名簿などの住所変更、交通費の変更など - 結婚、出産
各種保険、労働者名簿などの氏名・住所変更、扶養追加手続き、産前・産後休暇手続き、手当金手続きなど - 育児介護休業
育児・介護休業手続き、所属チームへの説明、適切な配慮、手当金手続きなど
それぞれの休暇や休業は就業規則や法律で定められた基準がありますので、基準を下回らないように注意しましょう。
3. 労務管理に関係する資格
前述したように、労務管理には法律で定められている業務も多くあるため、専門的な知識が必要となる場合があります。
そのため、労務管理担当者は業務を遂行するためにいくつかの資格を保有する必要があります。
労務管理に必要な資格は主に5つあります。
3-1. 衛生管理者
労働安全衛生法により、常時50人以上の労働者を使用する場合に必ず衛生管理者を選任しなければなりません。
衛生管理者資格には、衛生工学衛生管理者、第一種衛生管理者、第二種衛生管理者の3種類があり、業種によって必要な資格が変わります。
衛生管理者がおこなうべき仕事としては、主に健康に以上のある者の発見および処置、職場環境の調査、救急用具などの点検・整備、衛生教育、健康相談、労働者の負傷・疾病、死亡、欠勤、移動に関する統計の作成などが挙げられます。
3-2. 社会保険労務士
社会保険労務士は、行政官庁に提出する書類の作成・届出を事業主に代わっておこなうことができる資格です。
また、労働法令に関する深い見識により、企業の人事、労務管理についてアドバイスをすることもできます。
しかし、社会保険労務士資格の合格率は約5~7%と難易度が高いのも特徴となっています。
3-3. メンタルヘルス・マネジメント検定試験
メンタルヘルス・マネジメント検定試験は従業員の心の不調を未然に防ぎ、健康な職場を目指す担当者のための検定試験です。メンタルヘルスケアに関する基礎的な知識や対処法を知ることができます。
心の不調による休職者や離職者が年々増加する中で、従業員が安心して能力を発揮し、活躍することは必須です。多くの企業では人手不足に対応するためにもメンタルヘルスケアの知識を持つ人材を必要としています。
3-4. マイナンバー実務検定
マイナンバーの利用が本格化したのは2018年からのため、まだまだマイナンバーに対する知識を持つ人は多くないのが現状です。今後は、さらに従業員からマイナンバーについて質問される機会が増えることになるでしょう。
その時のために労務担当者はもちろん管理部門全体にとって必要となる資格です。この検定試験は1級~3級があり、管理職は2級程度の知識を有していることが基準となっています。
3-5. 人事総務検定
人事総務部の知識や実務に関する検定試験です。
1~3級があり、3級は広い知識の習得と基本の確認です。2級は応用編で労務管理、就業規則等について専門的に学びます。1級を受験するには、人事総務スキルアップ検定協会に会員登録し、2級の資格に合格していることが条件です。
より高度な知識を習得するための上級資格で、指導的業務をおこなうことができ、就職や人事評価の際のアピールポイントともなる資格です。
4. 労務管理をすることで実現できること
労務管理に専門的な知識や資格が必要である理由は、企業にとって重要な役割を担っているためです。
労務管理は企業において、3つの役割を果たします。
4-1. 組織の生産性を向上
ここ最近では、働き方改革が推進しているワークライフバランスを実現するため、生産性の向上をおこなうことが当たり前になってきています。
国を挙げて推進しているので、積極的に取り組む企業のためにさまざまな助成金制度が利用できます。
例えば、IT導入補助金(サービス等生産性向上IT導入支援事業)は、中小企業や小規模事業者がソフトウェアやサービスなどのITツール(ソフトウエア、クラウド利用費など)を導入する際、その経費の一部を補助してくれます。
人事評価改善等助成金は、人事評価制度と賃金制度を整備することによって賃金アップ、離職率の低下を図る事業主に補助金が支給されるものです。
両立支援等助成金は、従業員のワークライフバランスを支援するための取り組みをおこなった企業に対して、助成金が支給されるものです。
4-2. 従業員の離職を防止
従業員が離職を考える際は、仕事を続ける上で不都合な条件があることが大半です。
その項目を早期に把握できれば、離職まで決心させずに未然に防止することが出来ます。
そのためには、定期的に従業員の不満を吸い上げ、フィードバックしながら解決することです。
労務が持つべき機能として、人事面談などでの積極的な傾聴をおこなう必要があります。傾聴後は上司からは仕事について、労務からは組織について適切な情報提供をおこないます。また、人事面談で腹を割って話せるような日ごろからの信頼関係構築も労務にとっては欠かせない仕事の一つです。
4-3. コンプライアンスに関するリスクを管理
労務管理では、労働基準監督署から指摘を受けないよう、社内の環境を整える必要があります。
主に労働基準監督署から指摘を受ける項目を挙げます。
- 36の協定締結、届出
- 就業規則の変更、改訂
- 雇用契約書ひな形の整備
- 残業代未払い、固定残業代制度の導入など
法令違反が見つかった場合は、「是正勧告書」が発行されます。また、その前段階においては、「指導票」が渡されます。これらが手元に渡ると、是正報告書もしくは改善報告書を提出することが必要です。
労基署は電話連絡があってから来訪することもありますが、急に訪れることもあるので常に管理を怠らないようにチェックしておきましょう。
5. 労務管理の注意点
企業において重要な役割を担う労務管理は、業務を進めるにあたって注意すべき点があります。
大きく分けて3つありますが、なかでも「就業規則の見直し」をする際は細かい注意点が3つあるため、労務担当者の方は確認することをおすすめします。
5-1. 就業規則の見直し
就業規則を見直す際は「法改正」「会社の状況」「世の中のトレンド」の3点に着目しましょう。
① 法改正にあわせて、就業規則を見直す
法改正は必要に応じて都度おこなわれています。そのため、労働基準法などの法律については常にアンテナを張っておきましょう。
法改正があった場合には、しっかりと理解し適切な対応を進める必要があります。その際には、就業規則やその他の規程も同時に見直すことが求められます。
就業規則は、労使トラブルを未然で防ぐことや解決するために欠かせません。作業としては作成・見直しが完了したら終わりではなく、従業員への周知までが仕事です。
すべての従業員が理解し、把握することができるように周知しなければなりません。
②会社の状況にあわせて、就業規則を見直す
法改正だけではなく、会社の現状に合わせての見直しも必要です。定期的に組織の年齢バランスを意識したり、実際にヒアリングをおこなったりと、従業員視点を持ちましょう。
企業によって必要とされているルールはそれぞれです。働きやすい会社を目指して、ルール作りをおこないましょう。労働者も使用者も気持ちよく仕事ができるように、お互いにモチベーションが高まる要素も盛り込みましょう。
③世の中のトレンドに対応する
労務管理は社内へ目を配ることが多いですが、社外の動きもバランスよく取り入れていくことが求められます。
たとえば、ここ数年では人事労務に関するクラウドサービスなどがたくさん紹介されています。そのようなサービスの導入によって、事務作業を少しでも減らし、最低限の人数でよりクリエイティブな企画を実行することも可能です。
情報収集の方法として交流会やセミナーなど人事職の方が多く集まるような場に出掛けて、情報交換をするのもいいでしょう。
5-2. 個人情報などの管理
労務管理では、マイナンバーや各種帳簿の管理など個人情報の取扱いが重要です。そのため、個人情報保護法を把握した上で、守秘義務を徹底しましょう。
給与額や査定結果など社内で個人情報が流出することは、不必要なトラブルを生む可能性が高いです。
また、従業員一人ひとりの情報量はどんどん蓄積・更新されていくので、効率よく適切に保護するための仕組みを構築することも大切な役割です。
5-3. 労務管理の効率化
労務管理は事務作業に時間を取られがちですが、本来はそこで得られたデータを活用し、新たな企画・提案をおこない、会社に貢献する部門であるべきです。
たとえば、従業員情報をクラウドサービスで一元管理すれば、労務管理を効率的におこなうことができます。
このようなサービスは一般的に、従業員本人が自ら各種手続きをすることが可能で、登録ミスが少なく、データのセキュリティが高いことが特徴です。
労務担当の介入なくして、入退職時に必要な書類を自動で作成してくれます。手続きの進捗管理は、労務担当側できちんと確認することができます。
また、人事面談記録や勤怠管理とも紐付けることができれば従業員コンディションの一括管理も可能になります。
6. まとめ
今回、労務管理の目的や概要、具体的な業務内容や必要な資格、および労務管理で実現できること、実施における注意点についてご紹介いたしました。
労務管理では、企業としてあるべき姿を保ち、誰しもが働きやすい職場環境を整備することが重要ですので、会社の基盤として適切な対応をおこなってください。