直近、新築されるオフィスがコロナ禍以前のオフィスと比べると大きくスペースの構成やデザインが変化していることを感じる。
皆様も次のようなオフィスをご覧になったことはないだろうか。コミュニケーションスペースが大きく広がり個人のデスクスペースは隅に追いやられている。インテリアはカジュアルで内装もデザイン性が高い。
この変化は何かオフィスの価値が大きく変化する予兆に思える。
オフィスの価値が変わることは企業の成果を生み出す活動が変わることでもあり重要な観点となる。解釈しておくことで人事をはじめとする様々な施策に貢献するはずである。
本稿では変化しつつあるこの新しいオフィスの価値について考察し、さらに環境を通した貢献を論じてみたい。
【執筆者】二之湯 弘章 | 株式会社イトーキ 執行役員 中央研究所上席研究員
1990年イトーキ入社後、デザイン設計を中心に様々なオフィス・公共施設構築の業務に携わる。ワークショップ開催からプログラミング、コンセプト立案、デザイン設計、現場監理まで一貫して行うことで満足の高い施設作りを得意とする。入社当初はイトーキ中部支社にて勤務。東京勤務後は自社オフィスのSYNQA、XORKの企画・ 設計に携わる。日経ニューオフィス賞他、デザインアワード入賞多数。2023年より中央研究所所属。2024年より同社執行役員。
目次
変わってきたオフィスの構築要件
まず、変化を促す要因に注目したい。今回の要因はコロナ以降にそのようなオフィスが増加したことを考えると働き方の変化、具体的にはリモートワーク導入でオフィスへ出社する前提が無くなったことではないかと推察できる。
当然、全員出社方針の企業も多いが、リモートコミュニケーションは大きく働き方を変化させるインパクトは十分に備えている。
働き方が要因になるということは企業施策の中でも特に人事、経営施策の関連が高くなる。
弊社では本社オフィス(XORK)をお客様に見学をいただいているが、その部門属性をみるとコロナ後、経営トップ見学が4倍に増加し、※1合わせて人事・IT関連部門の皆様も多くご見学いただいている。このことは、彼らにとって課題解決のヒントがオフィスにあるとお考えいただいているのではないだろうか。
来場いただく部門の変化は、課題や解決方法であるオフィス構築要件が変わる兆しである。まずこの構築要件を考察し、その答えである新しいオフィスの価値や具体的な環境がどうなるかを考えていく。
そのために
- ①構築要件の変化に伴うオフィス価値変化の変遷と今回のリモートワーク起因による価値変化の特徴を明確にし、
- ②オフィス価値を化させる重要な観点の整理を行い、
- ③それら観点と働き方やオフィス環境の関連を明らかにしながら、
有効なオフィス構築のイメージを提示できればと思う。
① オフィスの価値変化の変遷
オフィスの価値を劇的に変化させた最初の要因は1980年代のパソコン(以降PC)のオフィスの導入によるものである。※2
PCがオフィスに登場すると業務の生産性は格段に上昇する。しかし当初オフィス環境の変化は対処的だった。
PCは現状のデスク並びに専用デスクが追加で置かれたため、オフィスレイアウトはいびつになり配線はガムテープで床に固定され危険な状態であった。
合わせて長時間モニターを見ることによる、これまでにない疲労やストレスも生まれ、労働時間も長時間化される。これまでのオフィス構築のスキームでは解決できないことが多くなった。
ちょうど1986年、通商産業省より「ニューオフィス推進についての提言※3」がなされ、オフィスは一気に変化していく。
1980年前のオフィスは効率よく成果を上げる場という価値であったが、これを機に「人間の生活の場」、「情報中核の場」、「企業文化の発言の場」、「国際化の前線の場」に変化していく。
急激に増加するPC機器に対応するためのレイアウト開発、ハード的には配線問題を解決するダクト付デスク、OAフロア等が開発され安全・美観に配慮されたオフィスに変化していった。
疲労軽減を目的にリフレッシュコーナーが新設され快適度も向上した。この時の価値変化によりオフィスの生産性向上と共にオフィス環境改善がなされオフィスは人間生活の場に変化する。
次の変化は、長く続くバブル崩壊後の低成長を打破すべく「SECIモデル※4」で知られる野中郁次郎氏を中心とした「クリエイティブ・オフィス推進運動※5」により、オフィスの価値はまさに知的生産活動の場として変化していく。
この頃、レイアウトではSECIモデルの活動が反映されたレイアウトが考案され、ハード的にはブレストルーム等新しい機能スペースが考案され、壁一面ホワイトボードのブレストルーム、簡単に可動できるインテリア等が出現した。
現在までに大きくはこの2度の変化があったと推察するが、1度目はオフィス環境そのものを向上させ、2度目はイノベーション創出による生産性向上を実践するスキームとスペースが実装された。(略図参照)※6
3度目である直近の変化は先に述べた通り、リモートワークの実践により全員出社で無くなった働き方の変化が要因となっている。これは何をもたらすのであろうか。
リモートワーク採用企業と全員出社方針企業では方針は違ってもオフィス構築要件は大きく同じであると考える。
それはオフィスワーカーが「出社したい」と感じるオフィスであるかであり、これこそが次のオフィス価値と考える。
強制的なリモートワークによりオフィス以外での業務が実践され可能になったことは大きく出社するという意味を変化させた。
出社しなくても業務が可能という状況での「出社したくない」という思いには大きなリスクが潜む。出社したくないの思いが強まると、リモートワークを実践する企業では創造業務(コラボレーション等他者の介在から発想を活性化する)の実践減少が課題になり、またリモートによる孤立がストレスとなる。
出社方針企業の場合は、嫌々出社するのであれば発揮能力は低下するだろうし、慢性的なストレスになるリスクもあり出社がよりポジティブになる必要がある。
そればかりか、この2つのリスクは日本の大きな課題である離職にも繋がってしまう。この防止には様々な高度な人事施策が必要と推察するが、オフィス環境も好影響を出せるはずである。
オフィスに出社したいと思わせる環境とは何だろう。
② オフィス価値を変化させる重要な観点の整理
新しくオフィスの価値となる出社したいと感じるオフィスはどうすれば実現できるのであろうか。まずは出社すればどこよりも組織・個人が望む成果が出せることがベースとして必要だろう。
次にオフィスでの活動そのものが濃密に実践できること、またオフィスでしか経験できない価値も重要である。つまりオフィス出社した時の充実度の高さが問われる。
そしてより健康的に活動できることが重要で活動を行う際のフォジカル面、また出社しての活動がストレスになるようなメンタルな面の解決ばかりでなく、リアルにオフィスワーカーが集まるからこそ社会的安全性の確保も考慮したい。
―1.どこよりも成果貢献ができるオフィス
1-1. 成果最大化に必要な活動の支援をする
オフィスはどこよりも成果が上がる場所でなければならない。
出社したら自席デスクしかなく1日そこで過ごす。果たしてオフィスはどこよりも生産性が高いのであろうか。同僚や先輩がいるとはいえ、自宅のオフィスと何が違うのであろうか。
オフィスで長時間行われている活動はオフィス内のデスクでの活動であるが(69%)※7、時間も長いことから様々な活動がマルチタスクで行われている可能性が高い。
高集中業務とチームで会話をしながら進める仕事はその要件が違う。であればそれぞれサポートする環境を豊富に完備することが自宅とオフィスの違いになる。
この様に個人・組織での成果最大化を実現する活動に対しサポートがされていることが重要である。
いつも会議が足りていない、1on1しようにもオープンな場所しかない。さらに直近ではWEB会議をする場所がないので自席で小さくなって行っている場合もある。これでは出社しても成果は上がらないだろう。
個人・組織にとって重要な活動が明確になっており、オフィスでは重要な活動が網羅的にサポートされていることが重要である。どこよりも活動しやすく、また出社した時にストレスなくできることで成果創出の支援となる。
1-2. 最も重要な施策は裁量を与えること
しかし支援スペースを作ったとしても自由に席を動いてよいという裁量が無ければ運用はできない。
裁量を与えることは自律的に業務を行うことであり生産性に大きな影響を与える。出社した時、常に自席にいる運用から変化できれば大きく生産性は向上すると考える。※8
―2.どこよりも充実度が上がるオフィス
2-1. 活動をより充実させる
成果を上げる活動が不足なくあることは必要不可欠であるが、このスペースで充分な活動は約束されているだろうか。集中業務を行う場所は十分な広さや静寂な環境は守られているだろうか。WEB会議室はリアル参加者が多くWEB参加者が少ない。疎外感が生まれない配慮がされ、WEB参加からでも臨場感があるように設計されているだろうか。
必要な活動が分かれば自社にとってどのような設えが良いかしっかりと反映させる必要がある。
2-2. お互いが認識しあう
必要な活動が十分にできることでオフィスに来る充実度が変わってくるが、もう一つ重要な点がある。業務以外での活動、特にリアルに人が会うというコミュニケーションの充実である。
リモートワーク実践組織では不足するし、出社方針企業では実践しやすいようにマネジメントすることで満足度も変わるはずだ。
オフィス出社でのコミュニケーションは業務上の他に、人がリアルに会うことにより偶発的なコミュニケーションや雑談が生まれる。
以前はこの何気ない会話はイノベーションを生むきっかけになるとされていたが、今回はお互いを認識しあうという重要な価値を生む。リモートで日常会わないのであれば特に重要だろうし、毎日出社では業務以外の会話は関係性を深くしチームでの社会的安全性を強固にする。
ここに注目するとオフィス機能・環境が大きく変化する。コミュニケーション量を増やすために、見渡せる様全体的にオープンな環境が構築され、さらにコミュニケーションが取りやすいように動線近くにいくつもオープンミーティングが置かれる。
インテリアも昔ながらの白色でスチール・樹脂製ではなく、木質化されたカジュアルなインテリアも多い。一方で質を高めるため、1on1の場はソファーが置かれ落ち着いた遮音された環境が作られる。出社型の組織でも他企業、遠隔地とはWEB会議が有効でより効率効果的に実践できる場所も必要だろう※9。
2-3. 一員であることの充実度
組織の一員であることの充実度はエンゲージメントに強く影響し人事施策としても様々な施策が打たれるがオフィス環境でも支援が行うことが可能である。
オフィスではそのデザインに企業が思いを込めることでオフィスワーカーにメッセージを送ることもできる。日常を過ごすオフィスで常に目に入り、さらに体験することで効果が期待できるのでないだろうか。
例として大型モニターの設置でコンテンツの配信、企業文化を抽象化したアート等が有効である。オフィスでしかできない体験価値を上げることが出社した充実感を向上させる。※10
WEBコミュニケーションの進展とそれに呼応するかのように重要になった企業文化、そして機能が変化したリアルオフィス(現実のオフィス)。リアルオフィスには通して形にならない2つの要素を繋ぐ新しいコミュニケーション機能がオフィスに必要になる※11。
充実度が上がると業務にやりがいが生まれ生産性も一気に高まる※12。
―3.どこよりも健康的に働けるオフィス
健康な状態(心・身体・社会的安全)で働くことは、オフィスワーカー個人を守ることであると同時に、その人が持つパフォーマンスを十分に発揮するためにも必要である。
リモートワークは通勤解消等で時間の有効活用が問われる一方、座りっぱなしによる身体的な影響や運動不足、心では疎外感からくるストレス、リアルな人との出会い減少からくる社会的不安等の問題も挙げられている。
また企業側もそのリスクを察知できる可能性は極めて低い。しかしガバナンスの効くオフィスは空間づくりにおいてこれら諸問題を解決できる。
課題が分かれば解決する空間を設置して働き方を支援できる。まずは自組織においてどこが課題であるか把握することが重要だ。オフィスワーカーへのインタビューや専用アプリ等が有効だろう。ここでは代表的な3点について考察し具体的なスペースを提示したい。
3-1. コミュニケーションの改善(社会的安全性)
職場での良い人間関係の構築が目標であれば、雑談しやすい雰囲気づくりや周囲を気にせず相談ができる雰囲気・仕掛けづくりが課題となる。
それを実践するスペースとしては
- チャットスペース:パーティションや距離等で視線と音を配慮しつつミーティングを設ける
- カフェスペース:リラックスできる空間で雑談を生む等のスペースを構築する※13
ことが有効である。
3-2. 業務負担の改善(身体・心)
業務進行に負担改善が目標の場合は高い集中ができる執務環境づくりや反対に仕事から離れてリチャージできる場の設定等が課題となる。
この場合は、
- ハイフォーカススペース:パーティションに囲まれ周囲から隔絶されたスペース
- リチャージスペース:会話でなく1人で身体や心を休憩させ作業効率を上げる
が有効である※14。
3-3. 身体的疲労を改善する(身体)
慢性の痛みを発生する場合は業務姿勢にあったインテリアの設置や体を動かす習慣化が課題となる。エルゴミクスインテリアの適所な配置と健康促進家具等の設置が望まれる※15。
健康に働くことは働く上でパフォーマンスを十分に発揮する気力に影響し生産性への影響も大きい※16。
まとめ
日本のオフィスはこの40年で環境改善とイノベーション創出を構築要件とした価値変化が2回あった。当然、多くの観点が存在するがどちらかというとハードよりであったと思う。
しかし今回の変化は働き方がその要因となる。さらにその実践の場はオフィスだけでなくなった。
オフィスワーカーが自分の業務にポジティブなことは必要であるが、さらにオフィスに「出社したい」と思うことで働き方とオフィスが結びつく。予想以上の成果を生み出され充実感・やりがいを得て毎日が健康でパフォーマンスが上がればその時のエンゲージメントは想像以上に大きくなると推察する。
自社にとってオフィスワーカーが出社したいと思う価値を実現することが今後重要だ。
参照
※1 引用:イトーキ内部調査
※2 参照:コンピューター博物館 オフコンOS 誕生と発展の歴史
※3 参照:NOPA NOPAとは沿革 ニューオフィス化推進についての提言
※4 SECIモデル:野中郁次郎氏と竹内弘高氏により考えられた新しい「知」を生み出すフレームワークを指し「共同化」「表出化」「連結化」「内面化」の4つのプロセスからなり、このプロセスを回すことで新しい「知」を生み出す
※5 参照:NOPA クリエイティブ・オフィス
※6 イトーキ作成
※7 引用:2023年9月イトーキ2023年度:日本のビジネスワーカー5,000名に対するワークスタイル調査結果
※ 8 引用:2023年9月イトーキコロナ後オフィス構築に関する意識調査(追加)
※9 イトーキ作成:イトーキ本社兼ショールーム「ITOKI TOKYO XORK」及びイトーキ支社・支店写真
※10 イトーキ作成:XORK及びイトーキ支社・支店写真
※11 イトーキ作成
※12 引用:2023年9月イトーキコロナ後オフィス構築に関する意識調査(追加)
※13 イトーキ作成:XORK及びイトーキ支社・支店写真
※14 イトーキ作成:XORK及びイトーキ支社・支店写真
※15 イトーキ作成:XORK及びイトーキ支社・支店写真
※16 引用:2023年9月イトーキコロナ後オフィス構築に関する意識調査(追加)