緊急事態宣言が発令され、多くの企業が新入社員研修を延期・中止しています。
このような状況下で、2日間のオンライン研修を成功に導き、そのノウハウを3万字のブログ「オンラインzoom研修を成功させるための17の視点」にまとめ、2週間で5万PVのアクセスを集めたのが、研修プロデューサーの志村さん。
今回は、研修設計のプロであり、オンライン研修プロデューサーとしても活動されている志村さんに、オンライン研修の運営ノウハウや、綿密に設計された学習設計について教えていただきました。
大きく、【準備編】【実施編】【研修後】にわけてご紹介します。
【人物紹介】志村 智彦 | zoom研修プロデューサー
「学習機会」を奪いたくない。志村さんがオンライン研修を導入したきっかけ
ーまずは、今回オンライン研修をやることになった経緯について教えてください。
志村さん:今回オンラインで研修をやろうと思ったきっかけは、やはりコロナウイルスの影響です。
今回、10社・40名の新人が参加する公開型研修だったのですが、また、2月頃は、予定通りにリアルの集合研修を実施しようとしていました。
しかし、3月初旬に「この状況下で新入社員を東京に行かせられない。新入社員の保護者達が心配する」という理由で、第1社目の研修キャンセルが発生したのです。
そして、東京の小池都知事がロックダウンの可能性を示唆する直前の3月25日に、社内の打合せで「受講者と運営者の安全を鑑みて、研修は延期するべきだ」という話になりました。
延期にすれば、いつ再開できるかわかりませんし、売上にも影響が起きます。
しかし、私たちが本当に気がかりだったのは、新入社員の大切なこの時期に研修がなくなったら「学習機会」が奪われてしまいます。
入社式もなくなり、会社に行きたくても行けず、今後どうなっていくのか先が見えない中で、不安を抱えることになると思いました。
「研修は実施しないのでキャンセル費用を返金します」と伝えるのは、なんだか無責任に思えてきたのです。
志村さん:議論した結果、私たちの利益云々ではなく、その先にある新入社員の皆さんの気持ちまで考え、研修を実施しようと結論づけました。
この議論を進める中で思い出したのですが、実は東日本大震災の時に、私たちは新入社員研修だけは実施したんですね。
その際に参加者の方から「こんなときでも実施してくれて本当にありがとうございます」という言葉や、「めちゃくちゃ不安な中で研修実施をしてくれたおかげで生きる勇気をもらった」とおっしゃる方もいました。
この実体験をもとに、私たちは「今だからこそ研修をやらなきゃだめだよね」と、意思決定をしました。
この想いをお客様に伝えてまわり、オンライン研修という形で予定通りのスケジュールで研修を進める運びとなったのです。
「人事満足度100%、参加者満足度90%」のオンライン研修の内容とは?
ー実際にどのような研修だったのでしょうか。その際の参加者の感想もお伺いしたいです。
志村さん:開催日は4月7・8日で、「学生から社会人への意識改革」を目的とした、参加者主体の体験型学習を実施しました。
講師は、劇団四季の主役を経験した人材育成トレーナーの佐藤政樹さん(写真の右上)で、私はプロデューサーとして事務局です。
志村さん:実際におこなったプログラム内容は以下のものです。
《プロ意識を高める研修》
- 働く目的を明確にする
- 主体性を発揮する方法
- 仕事に対する肯定的な捉え方
- 自らモチベーションを高める方法
- 社会人としての当たり前を認識する
結果として「リアル研修と変わらなかった」という声がほとんどで、参加者満足度90%、集中度91%、そして人事担当者様の満足度は100%となりました。
志村さん:私たちの研修は、ただ一方的に講義を聞くスタイルではなく、参加者が主体となる体験研修でしたので、オンラインでも参加者主体を実現することを目標としていました。
研修のテンポや休憩時間を意識して、先生が10分話したら受講生に10分ディスカッションをしてもらい、休憩を10分挟む…と、リズムよく展開していきました。
オンライン研修を実施している最中に、受講生の企業の社長が後ろに来て「お、意外に盛り上がるね、研修の未来が見えるね」とコメントをいただけたのも印象的でしたね。
ほかにも、参加者の皆さんからは「画面越しで2次元なので緊張せず参加できた」とか、「今回の研修に参加できて仕事へのモチベーションあがりました」という感想もいただくことができました。
主催者メンバーからも、「参加者本人たちの意識が良い方向に向かっている気がする」とプラスの感想をもらうことができ、大成功だったなと思っています。
【準備編】事前準備を制するものがオンライン研修を制す!
ーオンライン研修が大成功になった裏側で、志村さんが意識をしたことや事前準備について詳しく教えてください。
志村さん:オンライン研修というとツール(zoom)をどう手法で使うかという議論になりがちです。
しかし、研修の目的は「行動変革」です。そのため、ツールはあくまでも手段として考えて、研修準備をしました。
リアルでやっている研修をそのまま動画で流しても受講生が飽きてしまいますし、意味がありません。
リアル研修で与えられる価値を細分化して、それをどうオンラインに落とし込むか、緻密な研修設計をしていったのがポイントです。
車の教習所を例に挙げてみます。車の免許を取得するには、学科試験と実地試験がありますよね。学科試験は、知識習得ということですから、オンライン化が可能な領域でしょう。
難しいのは実地試験というスキル体得です。「ウィンカーを出すタイミング」「どうやってブレーキを踏むの?」という点は、体験が伴うのでオンラインで教えられるのかどうか再考する必要があります。
私は、「このスキル体得の部分をオンラインでできるのか?」と考えることが大切だと考えました。
実践的なワークや、研修中に適宜フィードバックをオンラインできないか?また、研修の価値は学びだけでなく、知り合った方と仲良くなって人脈形成ができる点もありました。
それらを、「オンライン研修ではどのように設計すればいいのか?」と考える必要があります。
このように研修を分解していくと「講義を受けるだけ」では意味がないことに気付きます。
研修の中にあるさまざま要素を洗い出し、ひとつずつオンラインでできるのかどうかと吟味し、オンラインでやるにはどうしたらいいかと設計し直していきました。
志村さん:たとえば、リアル研修でよくおこなわれる、グループごとのディスカッションはZoomのブレイクアウトルームという機能を使えば、オンラインの参加者を小部屋に分けてディスカッションすることも可能です。
このように研修を細分化して、オンラインで出来るものと出来ないものを分け、研修を設計し直すことを意識した点が良かったのだと思っています。
ーありがとうございます。それ以外にも、事前準備で気をつけるべきポイントはございますでしょうか?
志村さん:オンライン研修において最も重要なのが、環境の整備です。私たちは事前に接続テストをおこなうなどして万全の体制で臨みました。ここでは、4つの重要な事項についてお伝えします。
- 通信速度(どのように接続するのか)
- デバイス(PC、スマホ、タブレット端末は何を使うか)
- Zoomが使えなくなったときの代替のテレビ会議システム
- 家の環境
1.通信環境を整備する
志村さん:1つ目におこなった事前準備は通信環境の確認です。
企業からの会議室から受講するオンライン研修の場合、会社の通信を利用するため、あまりトラブルはありません。
しかし、在宅でオンライン研修を実施する場合、自宅の通信状況がまちまちのため、何かしら通信トラブルが発生する可能性があります。家にインターネットがなく、スマホで参加する場合、「パケット通信量が大丈夫なのか」まで考えておく必要がありました。
私たちは、全員に対して事前に接続テストを実施しました。それでも、はじめからうまく繋がらない企業や人も多くいました。
発信側だけではなく、受信側のアクセス環境を整えなければ、快適なオンライン研修は実現しないため、注意が必要です。
事前の接続テストを怠ると、当日「つながりません~!」と言われ、ちゃんと参加できている他の受講者を待たせることになり、参加者の満足度も急激に落ちます。
何よりも、事前に通信環境のテストをおこなうことで受講者は安心して参加できるようになります。
2.デバイスの確認
志村さん:2つ目に、デバイスの準備です。パソコンから参加するのか、スマホから参加するのかを確認する必要があります。
講師側(発信者側)は必ず予備のパソコンを準備しておくことをおすすめします。
パソコンを2台用意してバックアップをとり、万が一、手元のパソコンがつながらなくなったときは予備で用意しておいたもう1台のパソコンないし、スマートフォンやタブレットから継続すると良いでしょう。
受講者側は基本的に、パソコンでの受講を推奨しています。しかし、家にパソコンがない、会社から支給されていないなど、スマートフォンからの方もいます。
どちらで参加するのか、確認しておくことをおすすめします。パソコンで見やすい資料でも、スマートフォンからは見づらくなってしまうこともあります。
あらゆるリスクを想定して、事前にチェックしておくことが大事だと考えています。
3.Zoom以外のテレビ会議システムを用意する
志村さん:3つ目の事前準備は、Zoomアプリが万が一使えなかったときの代替品を用意しておくことです。
今、Zoomの利用者が急増し、zoomの脆弱性が指摘されています。最新バージョンにアップロードするなどして、活用すれば安心して使えると思います。
しかし、zoomのサーバー自体が落ちてしまうことも考えられなくありません。また、大手企業であればzoomが使えない場合もあります。
現在、マイクロソフトのteams、skypeのmeet nowやシスコシステムズのwebex、Google meet(ハングアウト)などもありますので、もしzoomが使えないとなった場合に、他の案を考えておくことも大切です。
4.家の環境を整える
志村さん:4つ目は家の環境です。在宅の一番の問題点は、生活空間で仕事をすることです。
そのため、長時間集中して、研修に参加できる状態でない方もいるはずです。隣に同居人やペットや、赤ん坊がいるかもしれません。
そのため、事前に家族やパートナーの協力を得て、環境を整えてオンライン研修に参加してもらうことも重要になります。
【実施編】お茶のオンライン稽古から学んだ「想像力で場所をつくる」
ーでは、ここから実施編ということで、実際におこなう際に意識されているポイントを教えてください。
志村さん:まず、オンライン研修の準備をしているときに、茶道の先生をやっている知人の話から、大きなヒントを得たんです。
「世界茶会」を主催されている岡田宗凱さんが、「Zoomでお稽古を実施した」と話を聞いて、非常に驚きました。
茶道は、同じ空間でお茶を飲み、その場を五感で感じることで成立するものなのに、オンラインでどうやっておこなうのか不思議でなりませんでした。
そこで岡田さんに聞いてみると、オンラインの場では「想像力で場所をつくる」ことが重要だと教えてくれました。想像力で場をつくるとは、「みんなで同じ行動をすること」だそうです。
オンラインでつなぐとき、それぞれ別の環境で違う時間が流れています。その参加者が想像力で同じ場所をつくり、共通体験をすることが大切だという教えでした。
- 「環境を整える(心理)」・・・できるだけ着物を着用とする。
- 「共通体験をする」・・・同じタイミングでお菓子やお茶をいただく。
- 「五感などのアナログな感覚を大切にする」・・・事前に郵送で抹茶・お菓子を送り、一緒にお稽古で食べる。画面越しに同じ所作や行動をすることで、共通体験を演出する。
このように事前にお茶菓子や抹茶を送り、離れている場所でも同じものを共有すること。服装も整えて、画面越しに同じ行動をすることで、「今同じ場所にいる」という感覚が生まれるそうです。
離れていても、同じお茶の香り、食感を楽しむことで共通体験ができ、ばらばらの時空がひとつになる。
私は「これだ!」と思ってすぐに真似をして、参加者に事前にアンケートや宿題を送り、研修で共通体験ができるように準備を進めました。
オンライン上で、心をつなげる共通体験をおこなうには?
志村さん:茶道のオンライン稽古から学んだ「共通体験」をするために、まずチェックインをおこないました。
チェックインとは、「みんなで挨拶をする」「OKサインをする」「声を掛け合う」というもので、参加者全員で同じ所作をして共通体験をすることです。
たとえば「ここまでの話がわかった人はOKマークをしてみてください!」と促してみたり、「今から点呼をしていくので呼ばれたら手を振ってください」というように、動いてもらったんです。
画面を見て、みんなが一斉に共通所作をしているのを見ると、自分も同じ場所にいる感覚になるんですよね。このチェックインが非常に重要だと気付きました。
話すスピードとテンション
志村さん:また、オンライン研修で話すスピードは、普段の1.5倍速にするよう心掛けました。画面越しだと、15分以上は集中が続きませんし飽きてしまうんです。
YouTuberを見るとわかると思うのですが、動画だと会話の間を切って、テンポ良く話が入ってくるように編集されていますよね。
また、画面越しだと普段より暗く見えてしまうので、営業電話をかけたときのようなイメージでテンションを上げて、いつも以上に明るく話すことを心掛けています。
早口でテンションを上げると、リアル研修よりも疲れてしまいますね(笑)。
盛り上げ役のサクラを入れる
志村さん:オンラインで研修するときは、画面上に複数の受講生が写っているので表情が見えにくいです。
相手の表情が読めないと講師は研修を進めづらいので、事務局の中によく頷いてくれる人をしてもらうサクラを入れておくことが重要です。
画面越しにうんうんと大きく頷いてくれるサクラが1人いるだけで、研修講師のモチベーションも大きく変わりますよ。
ブレイクアウトルームを使いこなし主体的にディスカッションに参加してもらう
志村さん:Zoomでは、少人数のグループに分けて会話するブレイクアウトルームという機能があります。これがzoomの醍醐味といってよい機能で、ディスカッションのときに利用をしています。
参加者に意見を出してもらうときにポイントは2つあります。
1つは、いきなり意見を求めてディスカッションさせるのではなく、紙とペンを用意してもらって自分の意見を書き出す時間を設けることです。アナログで紙に書かせてからの方が、断然話しやすくなります。
2つ目に、ブレイクアウトルームを講師がまわって、各グループがきちんと話をしているか覗いていくことが大切です。
各ブレイクアウトルームをまわるときのポイントは、「このあとにアウトプットの機会を設けるよ」と、事前に伝えることです。
「意見出ていますか?ここで話した内容は代表者の方に発表してもらいますからね」と伝えておくと、一層皆さん真剣にディスカッションをしてくれます。
【研修後】押さえておきたい個人情報・余白の大切さ
ー研修が終了したあとにも意識すべきことはありますか?
志村さん:研修は学習だけが目的ではないので、「余白」がとても大事だと思っています。
余白というのは、始まる前の「世間話」「おしゃべり」だったり、それ自体に目的ではないけれど、人と人とが繋がる上で大事なコミュニケーションの部分を表現しています。
社内研修で、部署は違うけど価値観の合う人と意気投合して、その後関係が続いていくこともよくあるでしょう。研修中は話せなかったことを研修後の質疑応答で聞いて、理解が深まることも多いと思います。
そこで、研修後の余白をオンライン研修でもなくさないために、研修が終わったあとも質問があったらどうぞとZoomを空けておく気遣いも大切だなと考えています。
リアルの集合研修を2日間やれば、ある程度の関係構築ができますが、オンライン研修でもこの余白を作るために、研修の延長線でオンライン飲み会や交流会を実施するのも良いかなと考えています。
志村さん:また、個人情報の観点で、Zoomで話している画面をキャプチャ・スクリーンショットしないようにお伝えすることが重要だと考えています。
参加者の方が、画面共有された資料をスクショしておきたい、または受講風景を記念に撮っておきたいと考えることがあります。
しかし、顔写真と名前がそろった時点で個人情報になるので、安易に画面キャプチャを撮って、ましてやSNSで流すのは非常に危険でしょう。
上げるとしても上記のように参加者がわからないようにすることが必須だと思います。これは事務局が「撮影・録画はNGです」と、徹底して伝えなくてはいけないと思っています。
加速するオンライン研修ニーズ、人材育成はbeforeコロナに戻らない
ーありがとうございます。最後に、これからオンライン研修をおこなう人事・経営者の方へアドバイスをお願いします。
志村さん:実は私は昨年、多くの時間を危機管理コンサルタントとして活動していました。コロナが落ち着いたとしても、研修スタイルはもとに戻らないと私は考えています。
そもそも、このコロナの状況がすぐに治まるとは到底考えられません。米国のハーバード大学の研究者は、コロナの終息は2022年頃まで続き、ソーシャルディスタンスもその頃まで保たなければならないと言っています。
つまり、日本でも経済活動が再開しても、三密を避け続けなければなりません。よって、仕事の在宅化がますます進みます。教育、研修、そこに紐づくすべてのものはオンラインにならざるを得ません。
産業構造、人々の行動、生活スタイルが変わります。命の危険を冒してまで集合する意義がないとなれば、研修は「オンラインで良いのではないか?」となるはずです。
マニュアルをインプットすること、知識付与をする学習、営業管理の会議、自主学習など、オンライン化しやすいものからどんどんオンライン化していきます。
そして逆に「体験でしか得られないもの」は何か、見直さなくてはならないでしょう。
コミュニケーション、体験型の研修もどんどんオンライン化が進み、もとには戻らないだろうと想定しています。この状況を理解し、柔軟に変化をしていく姿勢が重要だとお伝えしたいです。
もうひとつ、デジタルトランスフォーメーションが急速に進むだろうというお話もお伝えしたいと思います。
コロナ騒動が起きる以前から、政府はデジタルガバメント計画を推進しており、昨年6月に「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」を閣議決定し、デジタル化を推進してきました。
本来は数年かけて進める計画ではありましたが、皮肉にもコロナの影響で、急いで進めなくてはいけなくなったのではないでしょうか。
企業の経営者は、デジタルトランスフォーメーションの流れを捉え、IT化を積極的に進めていかなくてはいけません。
志村さん:Amazonがこの世に出たとき、「オンライン本屋は流行らない」と言われていました。「洋服はお店で試着をしないと買わない」とも言われていました。
しかし今では、デジタル書籍が主流となり、ZOZOTOWNのように家にいながら試着できるサービスも当たり前になりました。
企業や人々が変わるとき、非常にストレスがかかります。しかし私たちは変化を受け入れて、挑戦していかなければなりません。
危機的な状況ではありますが、肯定的に捉えれば、この危機は人間の創造力を上昇させる良い機会とも言えるでしょう。幾多の危機を乗り越えてこそ、人間の英知は伸びていくはずです。
今、人類の歴史上、大きなイノベーションが起きていると前向きにとらえ、まずは目の前の業務やサービスのオンライン化にトライしていきましょう。