ある従業員から「退職したい」という意思を聞いた時、つい「もったいない」「頑張るって言ってたのに」と自身の意見を押し付けてはいないでしょうか。
アルムナイ事業を展開する株式会社ハッカズークの調査によると、退職者の半数以上が、退職時の会社とのやり取りで不快な経験をしていることがわかったとのこと。
そこで、今回は株式会社ハッカズークの實重さんに、退職時の一連の施策「オフボーディング」をテーマにインタビュー。
びっくり退職を防ぐポイントなど、オフボーディングの取り組み方についてお話いただきました。
【人物紹介】實重遊さん|株式会社ハッカズーク オフボーディング推進担当 マーケティング&セールス責任者
神戸大学経営学部卒業後、シンガポールにてインターンとして日本企業のシンガポール進出の支援に携わる。2016年アクセンチュア株式会社に入社し人事コンサルティングに従事。退職が縁の切れ目という状況に課題意識を持ち、2020年株式会社ハッカズークに入社。退職で終わらない関係作りの前提となる「辞め方改革」の推進を担当し、退職者から本音を引き出し組織変革につなげる退職アンケートの設計や、従業員の退職体験の改善に従事している。
1. そもそもオフボーディングとは何なのか?
オフボーディングという単語を聞き慣れない方は多いと思いますが、社員から退職の意思表明を受け取ってから、退職が完了するまでの一連の期間において、退職者の退職体験向上を目的とした施策を意味しています。
候補者が入社してから会社に定着・戦力化するまでの一連の施策、“オンボーディング”の対になるものです。
2019年に転職者数は315万人と過去最多となり、コロナ禍で一時的に転職者数は減ったものの、「優秀な人材はコロナ前と変わらず転職している」というのが人事担当者の方の実感ではないでしょうか。
転職活動が活発化すれば、退職者とのやり取りも必然的に増えていきます。
しかし、終身雇用が前提だった日本では、退職する従業員とのやり取りに不慣れな企業が多いのが現状です。
このような状況の中だからこそ、各企業におけるオフボーディングのに注目が集まっているのです。
―ハッカズークで提供されているアルムナイ事業と、オフボーディングの関係性についてお伺いできますか。
当社の事業テーマである「アルムナイ」とは、ラテン語を語源とした英語で「卒業生」を意味する言葉です。
人事領域においては「企業の卒業生」「OB/OG」「退職者」といった意味で使われています。
企業がアルムナイとつながることにより、アルムナイの再雇用や副業者の獲得、採用ブランディングなど、以下の図にある通りさまざまなメリットが生じます。
こうしたメリットを最大化するためには、企業とアルムナイが良好な関係性を築くことが不可欠です。
当社はそのための支援をしていますが、アルムナイへのインタビューを実施する中で、関係性を左右する要因の一つに「退職時の体験」があることがわかってきました。
2. アルムナイに関するアンケートを実施した結果わかったこと
そこで、今回退職者向けのアンケート調査を実施しました。
すると、退職者の55.4%が「退職意思を伝えてから退職日までのあいだに、嫌な思いをした」と回答したのです。
さらに残念なことに、不快な思いをした人の半数以上が会社への気持ちがマイナスに変化していることもわかりました。
映画の終わり方が悪いと映画全体の印象が下がってしまうのと同じように、従業員にとって会社での最後の体験となる「退職の仕方」が悪ければ、在籍した期間の印象そのものがマイナスに転じてしまいます。
人によって在籍期間は異なるものの、何年、何十年にも渡って築いてきた会社との関係性が、辞め際のたった数か月で台無しになってしまうわけです。
こうした結果を踏まえ、企業とアルムナイの良好な関係を作る取り組みの一つとして、オフボーディングに着目したというわけです。
参考:「退職者への不誠実な対応は超リスク!「社員の良い送り出し方」を退職者の声から探る」アルムナビ
3. オフボーディングへの取り組み方とそのポイント
オフボーディングは、まず一般的に退職希望者が上長に相談をおこなう所から始まります。
その後、人事担当者と退職面談を実施し、そこで具体的な退職理由を再度聞いてから、引継ぎ期間や有給取得の日数、最終退職日などを決めていきます。
ーオフボーディングに取り組む際に大事なポイントを教えてください。
オフボーディングの中で、最も大事なポイントは「最初の面談」になります。
退職意思を聞いた後、最初のリアクションで「あなたを育てるのにいくらかけたと思っているの?」「これからが成長の時期なのに、なんで今辞めるんだ」といった否定から入ってしまう場合も多いですよね。
その結果、退職希望者は本音を言わなくなってしまいます。
こうした退職面談の様子は、特に新卒社員の場合、同期同士で聞き合うことも多いです。
悪い話は広まりやすいので、「退職するって言ったら怒られちゃったんだよね」といった話は一気に広まってしまう。
そうなると悪循環で、退職希望者はなるべく否定されないように身構えてしまい、上司に深く追求されないように、本音を隠した状態で退職意思を伝えるようになってしまいます。
「どうせ否定されるなら転職先を決めてから退職を伝えよう」と、退職意思を固く決めた状態でその意思を申し出る人が増えるため、突発的な「びっくり退職」も増えてしまう。これは企業にとって大きな打撃ですよね。
本来は退職を決めきる前に上長や人事に相談をしてもらい、会社側で部署異動の可能性を探るなどのアクションを取れるのが理想です。
そんな環境を作り、びっくり退職を防ぐためにもオフボーディングは重要であると思います。
―退職面談で、うまく話を引き出すコツはあるのでしょうか。
パーソル総合研究所の調査結果から、次の3点がポイントであることがわかっています。
- 想いの引き出し
- 協働歓迎の意思表明
- 退職意思の意思尊重
(参考:コーポレート・アルムナイ(企業同窓生)に関する定量調査)
相手の意志を尊重しつつも、いきなり退職を認めるのではなく、「なぜその考えに至ったのか」という背景を聞き出すことが重要です。
その背景をしっかりと受け止めたうえで、「こういう解決策があるけどどう?」と、施策とセットで引き留めをおこなうのが基本。
いきなり「今の環境で頑張りなよ」と引き留めだけをおこなうのは、単に意見の押し付けになってしまうので、注意が必要です。
―退職者の想いを引き出すために、具体的にどのようにアプローチしたらいいですか?
「相手を変えて段階を踏んで面談をする」のをおすすめします。
たとえば、1回目の面談を直属の上長が対応する場合、関係性が深いからこそ言いづらいこともありますよね。
その際、次に人事担当者との面談を設定できれば「上長には直接言えなかったと思うけど、ぶっちゃけどうですか?」と、段階を踏んで深掘りができます。
退職意思を認めた上で「人事担当者として率直な意見を聞いて、組織改善に生かしたい」と誠実に伝えれば、相手も話しやすくなりますよね
とはいえ、退職者の想いを100%引き出すのは難しいもの。退職面談でのヒアリングに限界があると認めたうえで、退職後にフォローアップ面談を設定するのも効果的です。
退職後であれば、退職者の心理的安全性はぐっと高まるので、より本音の情報を引き出しやすくなります。
―退職者から話を聞く上で事前に気を付けなければならないポイントはありますか?
全体を通して大切なポイントは「情報開示の範囲」です。
「今後の会社のために、人事部の組織内だけで話を留めるので教えてほしい」「部署改善に活かしたいので、話の内容を部長に匿名で連携してもいいか」
といったように、「話した内容がどこの組織の誰に共有されるのか」と使用目的を伝えることで、安心感を持ちやすくなります。
―逆に、退職者を引き留めないと「引き留めされなかった」とネガティブに感じてしまうものでしょうか。
そうですね。コミュニケーションの難易度は上がりますが、適度な引き止めは必要だと思います。
もしくは「また一緒に仕事をしたい」という意思を伝えられるといいですね。
直属の上司だけでなく、退職者が尊敬している先輩や、過去に一緒に仕事をしたことのある同僚から「いつでも戻ってきてね」「また一緒に働こう」と言われるのは嬉しいものですから。
ーオフボーディングを実施したことによる効果や他社事例について教えてください。
先日、人事担当者を対象にオフボーディングのワークショップを実施しました。
その中で、参加者の方に退職者役と上司役に分かれてもらい、「退職意思を伝え、いきなり否定されたり引き留められたりしたらどう感じるか」をロールプレイで体験してもらいました。
ワークショップ参加者には退職経験がない人もいましたが、実際に退職者役を経験することで、「ロールプレイとはいえ憂鬱だった」「こういう言い方だと嫌な感じがするんだとわかった」など、退職者の気持ちを体感する機会となっています。
【参考】 『アルムナイ事業を展開するハッカズーク、退職体験を改善する「オフボーディングワークショップ」の提供を開始』 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000026.000030026.html
4.オフボーディング改善で退職者が人的資産に変わる
これまでお伝えした通り、オフボーディングの改善はびっくり退職を防ぎ、離職率を下げることにつながります。
それでも退職してしまう場合であっても、自社にポジティブな気持ちを抱いた状態であれば、退職してアルムナイとなってからも関係性を継続できます。
そうなれば、将来アルムナイが再び自社で働きたいと再入社してくれたり、副業や業務委託で仕事を依頼したり、ビジネスで連携したりと、さまざまな可能性が広がります。
そういった可能性を最大化するために、会社としてアルムナイネットワークを用意できると理想的です。退職時にアルムナイネットワークを案内できるとなおいいですね。
ーオフボーディングを改善することで、会社を辞めても退職者が人的資産になるわけですね。
さらに、ポジティブな退職者やアルムナイネットワークの存在は採用ブランディングにもプラスの効果をもたらします。
私はアクセンチュア出身なのですが、アクセンチュアへの入社を後押ししたのは「アクセンチュアは一生勤める会社じゃないかもしれないけど、入社すれば一生アクセンチュアのコミュニティを使えるよ」という言葉でした。
退職後のアルムナイネットワークの広がりを見せた結果、入り口(入社)への一歩につながったんです。
【参考】 『「“退職者の存在”が入社の理由に」元アクセンチュアが思う、企業がアルムナイネットワークを持つ利点』 https://alumnavi.com/ac-alumni-interview/
さらに学生に向けたアンケート調査では「元従業員の退職後のキャリアに関心がある」と答えた人が約7割、さらにそのキャリアが魅力的だった場合に「志望度が上がる」と答えた人は半数以上にもなります。
参考:「新卒採用の新トレンド?「元社員の退職後のキャリア」に学生の7割が関心」アルムナビ
参考:「新卒採用の新トレンド?「元社員の退職後のキャリア」に学生の7割が関心」アルムナビ
つまり、入社を希望する、もしくは入社予定の会社の卒業生の進路に、学生の多くが関心を寄せているのです。
従来のように在籍中の活躍を見せるだけでなく、「この会社に入れば、辞めた後も魅力的なキャリアを描ける」ことを訴求するのは新しい採用ブランディンの切り口として有効です。
実際に、採用ページや自社サイトにインタビュー記事など、アルムナイの情報を載せる企業も出てきています。
―最後に、「びっくり退職」に悩む人事の方にひとこといただけますか。
とにかく退職者を裏切り者扱いしないよう注意してほしいです。
さまざまな企業と話す中で、退職者と上司の両方に話を聞く機会がありました。
その退職者は、退職をなかなか切り出せず、結局逃げるように辞めてしまったんですけど、根底に上司や人事に否定されるかもしれない恐怖心があったんです。
育ててもらった感謝がある分、退職に後ろめたさを感じてしまい、相談できないまま退職してしまったそうです。
ところが上司に話を聞いてみると、「相談してほしかったし、一緒に今後のキャリアを考えたかった。話す機会があれば、退職することもなかったかもしれないのに」と嘆いていて。
このようなlose-loseの関係性を改善したいというのが、僕がオフボーディングの推進をしたいと思ったきっかけです。
退職者への対応が悪いことで「退職=裏切り」意識が根付いてしまうと、社員は退職を相談できなくなり、本音の退職理由も引き出せなくなり、結果としてびっくり退職が増え、「退職=裏切り」の意識はより強固になり……と悪循環にはまってしまいます。
今はまだオフボーディングを戦略的に実施している企業は少数であり、ほとんどの企業では対応が属人化してしまっている課題があります。
そんな課題に対し、オフボーディングをルール化することで、対応のムラを失くし、退職のサイクルを好循環に変えていくことができれば、その結果として退職者とも従業員とも良好な関係を築くことができます。
このように「退職による損失」をなくすことが、僕たちが掲げる「辞め方改革」です。ぜひ一緒に日本の退職を変えていきましょう!