数年前から、耳にすることが多くなった「コンピテンシー」という言葉。
社員の能力開発によるレベルの底上げ・採用面接でのミスマッチなどに活用する企業が増えてきています。
しかし、しっかりと意味を理解しないまま導入すると、人事評価制度に大きな影響を与えてしまうこともあります。
今回はコンピテンシーの基礎知識から、導入ステップ・活用方法・メリットデメリットを分かりやすく解説していきます。
1. コンピテンシーとは?
図:コンピテンシーの氷山モデル
コンピテンシーはそれ自体の言葉の意味だけでなく、ほかの専門用語との違いを比較すると意味が理解しやすくなります。
この章ではコンピテンシーの特徴、似ている言葉との違いについて述べていきます。
1-1. コンピテンシーとは
コンピテンシーとは「高い成果・業績を残す人に共通する行動特性」のことです。
優秀な人材が残している「成果」にだけ注目するのではなく、「この人はなぜ成果を残しているのだろう?」「何が社員を仕事のできる社員」にしているのかという背景に注目することでコンピテンシーは明らかになります。
しかし、コンピテンシーは行動そのものでなく、行動につながる「価値観」「性格」「動機」といった要素を重視しているので、可視化しやすい「技術」「行動」に比べて見えにくいという特徴があります。
1-2. スキル、コア・コンピタンスとの違い
関連用語や、似ている言葉として使われる専門用語として「スキル」「コア・コンピタンス」がありますが、コンピテンシーはこれらとは違う意味を持った言葉です。
下記では、「コンピテンシーとスキル」の違い、「コンピテンシーとコア・コンピタンス」の違いについて解説します。
コンピテンシーとスキルとの違い
普段からよく聞く言葉ですが、スキルとは社員それぞれが持つ能力・技術です。
スキルを持っていたとしても、スキルが発揮されなければ業績を上げることはできません。
そのスキルを発揮することができる価値観や行動習慣が、コンピテンシーです。
つまり、本を読むことで「スキル」を手に入れることができますが、「コンピテンシー」が身についていなければ本を読んで得た「スキル」を仕事に生かすことはできません。
コンピテンシーとコア・コンピタンスとの違い
コア・コンピタンスとは、企業の特色や独自の技術です。
具体例としては、「他企業に模倣されない独自の開発技術」「顧客に満足感を与える商品特性」などがあげられます。
コンピテンシーは個人的観点であるのに比べて、コア・コンピタンスは組織的観点であることが大きな違いです。
個人が会社にとって高い業績を上げることができる力がコンピテンシーで、コア・コンピタンスは会社自身が社会に提供できる力と覚えるといいでしょう。
2. コンピテンシーが注目される背景
コンピテンシーはもともと、1970年代に、アメリカのハーバード大学が米国務省からの依頼で「学歴や知能レベル」と「業績格差」の相関を調査したことが注目のきっかけでした。
調査の結果、「学歴・知識は業績の高さとほとんど相関はなく、業績が高い人には共通の行動傾向がある」ということが判明したのです。
その後、日本で注目されるようになったのは大きく2つの理由があります。
2-1. 年功序列から成果主義への転換
コンピテンシーが注目される1つ目背景は、企業の成果主義への転換です。
もともとの日本は年功序列の評価制度を活用してきましたが、バブル崩壊で企業競争が激しくなるにつれて、「労働力の量ではなく質を向上させることが企業の成長のために重要だ」という考えが広まり成果主義への転換が起こりました。
成果主義では、評価による社員間の格差を大きくすればするほど、評価の客観性が求められます。
そこで、客観的かつ公平な評価制度を作るための評価基準の1つのとして、コンピテンシーが注目されるようになりました。
2-2. 生産性の向上が企業に求められる
2つ目は、企業の生産性向上が求められていること挙げられます。
企業の競争環境の激化や、少子高齢化による人材不足などから、組織としての生産性を今までより高めていかなければ、企業の存続自体が危うくなってきています。
業績を向上させるコンピテンシーを分析・観察し、社員にわかりやすく説明することで、各々が行動を変えられる状態にして結果につなげていく必要があります。
2-3. 効率的な人材育成が可能
3つ目は、効果的な人材育成につながるという点です。
より効率的な人材育成を行うためには、社内のコンピテンシーを分析することが大切です。
具体例としては、協調性の高い人材が多いもののリーダー性を持った人材が少ないという職場であれば、リーダーの育成に力を入れる対策が有効です。
コンピテンシーを十分に理解しないまま従業員育成を行うと、方向性にズレが生じ迷走が起きやすくなってしまいます。コンピテンシーの分析は、自社の強みや弱みを可視化することにつながります。社内のコンピテンシーを冷静に分析し、足りていない人材を計画的に採用したり育成したりと工夫しましょう。
2-4. 企業の経営理念の浸透が期待できる
4つ目は、企業の経営理念を従業員に浸透させられるという点です。
多くの企業は経営理念や社是を掲げていますが、理念を書いて額に入れ飾っておくだけで理念が浸透するということはありません。せっかく経営理念を掲げるのであれば、従業員に十分理解させ、行動を起こさせることが重要です。
コンピテンシーとは、企業の経営理念に沿った最適な働き方のできる優秀な従業員の行動特性を抽出することにつながります。まずは個々の従業員の仕事に対する基本姿勢をチェックし、企業にとって望ましい行動ができる模範的な従業員を見極めましょう。この基本姿勢を評価することや、規範的な行動ができる従業員を増やすことによって、企業の経営理念は職場に浸透しやすくなります。
3. コンピテンシー導入のステップ
それでは、実際にコンピテンシーを導入していくためには、どのようなステップを踏んでいけばよいのでしょうか。
3-1. コンピテンシーモデルの設定
コンピテンシーを導入するには、まずコンピテンシーモデルを設定する必要があります。
コンピテンシーモデルは、社員が潜在的に持っているものではなく、高い業績に結び付いた実際の行動・思考を整理したもので、2つの種類があります。
①理想型
1つ目が会社の理念・求める人材像から考える理想型です。
理想型の場合は、会社の目指したい姿・達成したい目標から必要となる人物像を明確にし、行動特性にまで細かく落とし込みます。
企業の理念・考え方を反映することができるので、比較的早くモデルを設定することができます。
②モデル型
モデル型は、社内の優秀な人材をもとに、コンピテンシーモデルを作成するやり方です。
実際に活躍している社員をもとにモデルを作るので、実際にモデルに近い人材が成果を出している様子を確認でき、高い納得感を得られるコンピテンシーモデルを作成できることが特徴です。
モデル型でコンピテンシーを抽出したり、コンピテンシーモデルを作成したりするためには、社内へのヒアリングも必要です。
ヒアリングでは、一般的な人材とどのような違いがあるのか、何が成果に結びついているのかを慎重に検討することが大切です。
もともと優秀な人材が持っている独自の能力がコンピテンシーとならないよう、職種ごとに複数人のモデルに対してヒアリングをおこない、適切なコンピテンシーを選択する必要があります。
3-2. 評価項目・評価基準の設定
コンピテンシーモデルを設定した後は、モデルから評価項目を抽出します。
その後、それぞれの項目の達成度合いを測る評価基準を設定する必要があります。
評価基準は段階評価など、数字で評価できるものにして、合計点数や特定の項目の点数を人事評価や昇進要件として活用します。
評価基準は、評価者による評価のブレを少なくするために明文化することが大切です。
4. コンピテンシーの3つの活用方法
コンピテンシーモデルを設定し、評価項目・評価基準を設定した後、普段の業務にどのように活用すればいいのでしょうか?
コンピテンシーには大きく分けて3つの活用方法があります。
①能力・スキルの開発で、社員レベルの底上げに活用(教育)
コンピテンシーは優秀な人材の特徴を具体的な行動にまで落とすことができるので、コンピテンシーを指導基準として活用すれば優れた人材が次々と育つことにつながります。
また、コンピテンシーを活用することはモチベーションの向上にもつながります。
「たるんでいるからやる気を出せ!」「誠実な仕事をしろ!」といった抽象的な指導では教えられる側もどうしていいのかわからなくなります。
しかし、コンピテンシーによって具体的な行動が示されれば、どのような行動を変えればいいのか・どのような思考を身につければいいのかが明確になり、各人が納得のいく行動指針を立てることができます。
②人材評価に取り入れることで公平な評価ができる(評価)
コンピテンシーを人事評価基準に落とし込めば、公平で正しい評価につながります。
評価基準が明確であるため、評価者の主観が入り込むことが少なく、ブレのない評価をすることができます。
また、評価者が社内の人間関係・自身の出世への評価を気にして評価に手を加えることも少なくなるでしょう。
評価制度にはほかにも、業績評価、能力評価、360度評価など様々なものがあります。
こちらの記事ではそれぞれの評価制度の詳細や、導入ステップを詳しく説明しています
③採用面接への活用で、求める人材を見抜くことができる(面接)
コンピテンシーに沿った行動ができる人材を採用時に見つけることができれば、ポテンシャルが高い社員を採用することができます。
新入社員・中途社員どちらの面接でも、優れた実績を残した背景にある思考・行動パターンに注目します。
「素晴らしい実績を残した活動をしたとき、どのようなことを考え、どんなことをしましたか?」という質問を投げかけることで、自社のコンピテンシーに沿った行動ができる人なのかどうかを判断することができます。
5. コンピテンシー活用のデメリット
コンピテンシーは人事業務において、様々な活用方法がある一方でデメリットもあります。
5-1. コンピテンシーのモデル作成・導入に時間がかかる
コンピテンシーは決められた基準があるわけではなく、自社独自の基準を決めるものです。
さらに、コンピテンシーを決めるためには、部署や職業などから、具体的かつ細かく明示しなければならず、様々な社員へのヒアリングも必要になってきます。
様々な場面で効力を発揮するコンピテンシーですが、導入するためには多くのステップを踏む必要があるので、活用に至るまでには中長期的な期間がかかることを前提に考えたほうがよいでしょう。
5-2. コンピテンシー改定、メンテナンスの負担
コンピテンシーは一度決めればそれで終わりではありません。
基準が明確で細分化されている分、柔軟性には乏しく、環境の変化には弱いといった側面があります。
企業は参入事業・成長フェーズによって日々変化していくものなので、コンピテンシーもそれに合わせて継続的に改定していく必要があります。
企業の変化に合わせて、コンピテンシーも少なくとも1年に1度は改定の検討をする必要があるでしょう。
6. まとめ
コンピテンシーは、教育・評価・面接といった様々な場面で活用することができる一方で、導入の手間・継続的な改定の負担などもあります。
しかし、コンピテンシーは企業が効率的に、スピーディーに成長していくためには重要です。
なので、まずはシンプルに考え「みんなが成果につながると思う行動を共有・実践する」ことから始めてみてください。
優秀な人材を採用し、教育で生産性を向上させ、優秀な人材を育てる公正な評価を定着させるといった、企業にとって最適な循環を生むために一度コンピテンシーの考え方を取り入れてみてはいかがでしょうか?