現在の企業経営や組織作りにおいて「D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)」という考え方は必須の要素となりました。最近では、これを発展させた考え方である「DEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)」という言葉も一般的になりつつあります。
しかし、D&IやDEIという言葉だけが先行してしまい、企業の中で実際に何から始めたら良いのかわからないと感じている人事担当者の方も多いのではないでしょうか。
本記事では、2023年7月19日に開催された「HRzine Day 2023 Summer」より、株式会社ポーラの國友氏、廣川氏が登壇したセッションの内容をイベントレポートとしてご紹介いたします。
株式会社ポーラでは、性差にかかわらず、すべての人が活躍できる環境実現に向け、DEIの取り組みを推進しており、実際の現場で取り組まれているDEIに関する具体事例について知ることのできる内容になっていますので、ぜひご覧ください。
國友 渉|株式会社ポーラ ワーキングイノベーションチーム リーダー
1991年 ポーラ化粧品本舗入社。ポーラ横浜研究所 研究企画推進部にて研究開発支援業務に就く。1994年 商品企画部に異動、1998年 人事部労務課、2001年 海外事業部、2007年 韓国ポーラに社長として駐在。2009年 海外事業部、2011年 物流管理部、2012年~2022年 国内の販売部門にて神奈川⇒仙台⇒本社⇒新潟⇒首都圏。2023年1月より人事戦略部 ワーキングイノベーション チームリーダーに就任。
廣川 直子|株式会社ポーラ 人事戦略部 ワーキングイノベーションチーム
アパレルメーカーの営業、通販サイトのバイヤー経験後、2013年に株式会社ポーラに入社。商品企画部にて商品開発の業務に従事。2019年に人事戦略部へ異動し、現在はDEI、両立支援、健康支援、コンプライアンス等の業務を行う。POLA幸せ研究所 研究員、WGとしてALLY、産育応援PJに所属。1児の母。
目次
1. DEIの取り組みを進めるポーラの人材育成に対する考え方
皆さん、こんにちは。株式会社ポーラの國友と申します。
まず私から、ポーラで取り組んでいるDEIに関する取り組みの全体像についてご紹介できればと思います。
さまざまなアイテムを通じてお客様の豊かな時間を作り出す
ポーラは、美と健康を願うすべての人々に愛され選ばれ続けるブランドでありたいと考えています。企業理念である「Science. Art. Love.」のそれぞれを磨き上げることで、社会に発信していきたいと考えています。
特徴的な点は、Artの部分です。この思想は、弊社の商品デザインに反映されるだけでなく、箱根に美術館を持つといった様々な領域での活動の展開にも繋がっています。
また、弊社は、研究・製造・販売まで、すべて自前でおこなっているため、お客様一人ひとりをしっかり把握できるという他社にはない特徴を持っています。
男女比の割合としては、75%が女性社員となります。女性社員の総合職割合は52%、女性管理職の割合は32%となっており、ここは今後も伸ばしていきたいと考えています。
“Value Creator”の共創で新しい価値を生み出す
ポーラは「人の肌をケアする」ことから事業を始めました。これからは、心も体も含めて「人をケアする」ということを起点に、社会や地球へとケアする対象を広げていきたいと考えております。
この実現に向けて、多彩なValue Creatorたちが「ありたい」を想像し、個人と組織が高め合う関係の中で、わくわくと面白い挑戦による新しい価値を次々と創出している組織を目指しています。
Value Creatorとは、弊社の社員が目指す人材像であり、組織や社会に対してバリューを生みだす目線やマインドを持った人材です。
Value Creator(=社員全体)が最大の力を発揮し、更に成長していくことがビジョン達成に必要だと考えています。
2. ポーラはDEIの取り組みをどう進めてきたのか?
ここからは、弊社のDEIの進展についてお話できればと思います。
まずは、先ほどご紹介したValue Creatorを積極的に採用していくこと、そして、彼らの挑戦・成長・成果を引き出す組織風土づくりを並行して進めてきました。
そして、組織風土改革を進める中で、心理的安全性や多様性の受容、他者・相互理解が少しずつ進み、結果としてポーラにおけるDEIの取り組み拡大に繋がっていきました。
つまり、「DEIを推進しよう」と進めてきたわけではなく、Value Creatorが活躍し成長する組織を作ることを目指して取り組んできたということになります。
時代とともに取り組み内容をアップデート
組織風土改革は、2016年から始まりました。当時は、新しい挑戦に向けて前例にとらわれない組織風土を作りたいと考え、「KT(こわしてつくれ)活動」と呼んでいました。
2017年に、この「KT活動」から一歩進めた形として「SI(Sense&Innovation)活動」が生まれ、社員同士が連携し価値を作り上げる共創組織作りを目指すようになりました。
そして、SI活動の頃から少しずつ社員に共感していただけるようになり、組織変革が進んでいったように感じています。
組織内の人間関係の質を向上させることで、市場やお客様といった新しい価値を提供する先の視点を持ち、1人1人がリーダーシップを発揮して成果を生み出していく社員が増えていきました。
2021年には、さらに大きな変革を生み出すためにスローガンを「尖れ・つながれ」に変え、社員のwillを軸とした挑戦を推進する活動を実施しています。
2023年で8年目になりますが、挑戦する組織風土の醸成にしつこく取り組んできたことが、少しずつ成果に表れているのではないかと考えます。
取り組みを社内全体に浸透させるために
このような取り組みを社内全体に浸透させるために意識していたことは、次の3点です。
- 経営の強いコミットメント
- 階層別に、全社巻き込み
- 日常に組み込む
ポイント①|経営の強いコミットメント
1つ目は、経営の強いコミットメントです。
現社長である及川は、ポーラの社長に女性として初めて就任しましたが、様々な場面で会社の方向性を言葉にして社外に伝えています。
社内浸透のためには、経営からの言葉が社員の耳に届き共感されていることが大事であると考えています。
ポイント②|階層別に、全社巻き込み
2つ目は、階層別に組織を巻き込むことです。
弊社では、マネジメント層・一般社員層に対して様々な研修を実施していますが、これらを組織横断で実施していくことで、全体に浸透させることができたと考えています。
ワーキンググループといった形で、組織を超えた横の繋がりもできてきています。
ポイント③日常に組み込む
最後に、日常に組み込むことです。社員の目標設定段階において、自らが取り組みたい課題の解決を中長期変革目標として自由に設定することができるようになっています。
これにより、自身が取り組むべき課題の解決を日々の業務に組み入れることができ、単なるお題目ではなく実行に繋がることができます。
そのため、同様の問題意識を持った社員同士が自然に結びつき、そして自由にワーキンググループが生成されるといった非常にリアルな動きにつながっていると考えます。
3. 現場担当者が語る!ポーラが実践する研修内容とは
廣川です。ここからは、実際に研修を担当している立場として、弊社で実施した研修の詳細についてお伝えできればと思います。
1つ目がジェンダーバイアス研修、2つ目が無意識バイアス研修です。ジェンダーバイアス研修はオンライン/オフラインでそれぞれ実施し、無意識バイアス研修はe-ラーニングも一緒に実施しています。参加者により実施方法を変え、研修と組み合わせるなど弊社なりの工夫をしました。
研修実施前に「男性育休」に関する社内アンケートを実施
まず、具体的な研修をおこなう前に男性育休に関する自社の状況に関して社内アンケートを取らせていただきました。
「今後、機会があれば育児休業を取得したい」と回答する男性社員は92%、「あなたの部門の男性メンバーが、来月から育児休業を取得することに賛成する」と回答する社員は98%と、とても高い結果となりましたが、同時に「男性は育児休業を取得しにくい」と約半数の方が回答している状況でした。
「社員全員が育休を取得したいし、周囲の方も応援したいと思っているが、実際は取りにくい」といったギャップがあることが、社内アンケートから明確にわかりました。
また、弊社の2019年~2021年までの育児休業の取得状況については、次のようになっています。
2019年の段階では、男性で育児休業を取得された方は、残念ながら1人もいませんでした。2020年になり3人に増え、そこで徐々に「男性でも取っていいんだ」という空気感が生まれ、2021年は8人の方が育児休業を取得しています。
このように、少しずつ男性の育児休業の取得は進んでいます。しかし、女性の場合は年間これだけの人数が100%で取得していることを考えると、やはりまだ男性と女性の間にギャップがあるなと感じていました。
ジェンダーバイアス研修①「なりきりワーク」
このような課題感をもって行った研修が、zoomを使って全国の社員向けに実施したジェンダーバイアス研修の「なりきりワーク」です。
こちらは、コネヒト株式会社様にご協力いただき、2021年にマネジメント層(約150名)へ実施し、その翌年にインターネット環境のある社員約600名に対して実施しました。
なりきりワークは、約3時間の対話中心のワークです。
まず最初に、夫婦①(=育休を取ってほしい妻&育休を取りたくない夫)に関して、人事側で自分の性別とは逆になるような形で配役設定をおこない、ロールプレイをします。
zoomのブレイクアウトルームの中で2人が演者となり、残りの方は職場の同僚役という形で俯瞰して見ていただくといった形で進めます。
その後、夫婦②(=育休を取らないでほしい妻&育休を取りたい夫)について、今度はロールプレイではなく、それぞれの立場に分かれてディベートをおこないます。
ロールプレイやディベートの後、必ず「自分がどう思ったか」「会社のメンバーの立場としてはどう思ったか」「マネジメントの立場としてはどう思ったか」といったことを考えてもらいます。
研修実施後に行ったアンケートでは、主だったコメントが3つありました。
1つ目は、対話による気づき・発見です。「自分の無意識バイアスに気付くことができた」「自分とは異なる役を演じることで自分事にできた」とのコメントを多く貰いました。
年配の男性社員の方からは、自分たちの世代の子育てとの違いやギャップについてお話しいただき、現在の子育て世代に対する理解が深まったというお話もいただいています。
2つ目は、現状の課題共有から、これから活かしたいことや課題が深まったというコメントです。
異なる部署の人と初めて会って話す場合も多く、「私の部署はこういう雰囲気で、こういう問題がある」といった各部署の様子が共有されたり、「こんな良いことやってるよ」といった事例の共有ができたりしました。
そして、3つ目は対話の機会に対してのポジティブな回答が非常に多かったことです。
ちょうどコロナ禍に実施したこともあり、家でなかなか会話できない状態だったため、「単純に人と話せて楽しかった」という声が非常に多くありました。
ジェンダーバイアス研修②「冊子を使った研修」
弊社の静岡県にある流通センターで、冊子を使用してリアルで開催したジェンダーバイアス研修についてもご紹介します。
こちらの研修で使用した冊子は「10代のためのジェンダー授業」という冊子で、弊社が作成し、全国の小中学校に寄贈させていただいた冊子です。
「子供たちがジェンダーに囚われずに自らの可能性を切り開いていって欲しい」「この冊子を通じてジェンダー平等について一緒に考えて欲しい」といった想いをもとに作成し、子供向けですが、大人が読んでも気付きを感じることができる内容のものになっています。
研修では、1ページ目・2ページ目をインプット情報として使用し、職業の男女比を当てる内容となっている3ページ目・4ページ目は実際のワークとして実施しました。
研修実施後のアンケートでは、理解度99%という非常に高い結果になり、「これ言ってしまっていた」「これ言われたことがある」といった感想を非常に多くいただきました。
「自分も悪気なく子供に使ってしまっていた」「業務の中で重いものを持つのは男性の仕事で、女性は細かい仕事と決めつけてしまっていた」と、自身の行動を振り返るコメントをいただくことが多かったように思います。
男性の育児休業に関する情報を積極的に外部発信
このように研修と並行して「男性育休100%企業宣言」のような発信で取得できる風土を作っていったり、公式YouTubeで実際に育休を取得された方の様子を発信させていただいたり、周囲の方の理解を促進していく部分も進めています。
また、今まで女性のみ対象だった制度を男女ともに使えるようにしたり、休職による昇給遅れに関する対応をしたり、社員のニーズに合わせて制度面もテコ入れしていきました。
このような取り組みの結果、昨年は育休取得率が90%まで上がり、少しずつ育休を取得しやすい風土が広がっていると感じています。
2029年には、育休3か月以上の取得100%の目標を設定していますので、希望するすべての人が育児休業を取得できるようにできればと考えています。
無意識バイアス研修|「eラーニング」と「マネジメント向け研修」の実施
次に、無意識バイアス研修に関してご紹介させていただきます。
先ほどのジェンダーバイアス研修によって、社内では「無意識バイアス」という言葉が広く認知されるようになりました。
そして「自分ではバイアスが無いと思っているが、実際どうなんだろう」と思われる方が多くなり、自分のバイアスが強いのか弱いのか、 自分の立ち位置を知り、自己内省して行動に移せるようにすることが必要だと感じるようになりました。
そこで、まずはじめに、株式会社チェンジウェーブ様にご協力いただき、eラーニングを実施しました。これは、マネジメント層向けとメンバー層向けにそれぞれ実施しています。
マネジメント層向けには、性別バイアスや年齢バイアスのeラーニングと、無意識バイアスの基礎知識、DEIに関するインプット動画を見ていただきました。また、メンバー層向けには、性別バイアスのeラーニングを実施しております。
その後、その結果をもとにマネジメント向けに研修を実施。個人の振り返り、基礎知識のインプット、メンバー層の方のeラーニング結果をもとにした自分の部署や組織の振り返り、といった内容をおこなってもらいました。
eラーニングの実施
eラーニングは、自分の無意識バイアスがどれぐらいなのか、受けた本人がすぐわかるものになっています。他社で受講した方の傾向が並んで出るため、自分がどの位置にいるのかわかりやすくなっています。
eラーニング実施後、社内からの反響をとても多くいただき、社員の方にとって面白いと思っていただけるe-ラーニングになったんだなと担当としては思っています。
実際に「想像したよりもバイアスがあった」という声があり、社員自身が自分の無意識バイアスを認知することができるようになったという風に思っています。
その後、社内の会話でも「今の私の発言無意識バイアスかな」ということを言っている社員もいて、行動変容につなげるきっかけになったのかなと考えています。
マネジメント向け研修の実施
eラーニング実施後のマネジメント研修は、まず事前に動画を視聴していただきました。その後、各組織の結果を共有させていただき、結果がわかった状態で研修に臨んでいただいたといったものになっております。
面白かったことは、管理者層が見ている視点とメンバー層が見ている視点はギャップがあったことです。研修を受けた管理職の皆さんからも「びっくりした」「そんな風に思われていると思わなかった」といった感想をいただき、そのあたりはすごくよかったのかなという風に思います。
研修のアンケート結果では、96%の方が有益だったと回答いただいています。「今日からどんなことに取り組みたいですか」という問いに対しても、「具体的にこれがしたい」といった様々な回答が出てきました。
この1回の研修だけで、マネジメント層の皆さんの意識はすごく大きく変化したと感じています。研修終了後、皆さんすぐにこれをメンバーに伝えたいとお話しいただけたので、私たちも実施してすごい良かったと感じています。
4. ポーラの研修は「個性活躍」
以上、ポーラのDEI研修のご紹介でした。
ポーラは女性がとても多い会社なので、よく女性活躍の取り組みを多くおこなっていると言ってもらうこともあります。
ただ、そこに注力しているわけではなく、個性活躍という想いをベースにDEI推進を進めている状況になっています。
誰もが自分自身の可能性をあきらめずに能力を発揮していただき、主体的な選択ができることで自分らしい人生を過ごすことができる組織風土や環境の実現に向けて、今後もDEIの取り組みを進めていきたいと考えています。
本日はお忙しい中ご清聴ありがとうございました。