割増賃金を求めるにあたって、1時間あたりの基礎賃金から除外可能な手当と、除外不可能な手当があります。一律で支払われる手当や、直接労働に関連性のある手当などは割増賃金から除外できません。
本記事では、割増賃金から除外可能な手当・不可能な手当、割増賃金の除外対象に関連する押さえておきたい要点をわかりやすく解説します。
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1. 割増賃金の計算時に除外可能な手当・不可能な手当
割増賃金を計算するには、割増賃金の基礎となる賃金を計算する必要があります。基礎賃金から割増基礎単価(1時間あたりの賃金)を算出する際、従業員の状況によって増減する手当や、労働とは直接的に関係のない手当は除外することが可能です。
たとえば、オフィスから近い人には低く、遠い人には高く通勤手当を支給しているケースを考えてみましょう。この場合、割増賃金の基礎となる賃金に通勤手当を含めると、オフィスから遠くに住んだほうが基礎賃金が高くなり、不公平を生みます。
そのため、従業員個人の事情によって支給される手当は、基礎賃金から除外することが可能です。ただし、一律で支給する場合など、個人の事情を加味しない手当は、基礎賃金に含めて計算しなければなりません。
このように、従業員の割増賃金を計算する場合、手当を含まなければならないのか、除外して計算して問題ないのかをきちんと確認することが大切です。
1-1. 割増賃金の計算方法
割増賃金は具体的に下記の式で計算することができます。
割増賃金 = 1時間あたりの基礎賃金 × 対象労働時間 × 各種割増賃金率
たとえば、下記のケースを考えてみましょう
- 月給:35万円(手当を含まない)
- 除外可能な手当:2万円(通勤手当)
- 除外不可能な手当:5万円(住宅手当)
- 月平均所定労働時間:160時間
- 時間外労働時間:10時間
- 深夜労働時間:なし
- 休日労働時間:なし
まずは下記の計算式により、1時間あたりの基礎賃金を算出しなければなりません。
1時間あたりの基礎賃金 = (月給 + 除外不可能な手当)÷ 月平均所定労働時間
月給などを代入すると下記のように計算できます。
1時間あたりの基礎賃金 = (35万円 + 5万円)÷ 160時間 = 2,500円
以上より、1時間あたりの基礎賃金は2,500円と計算できました。時間外労働の割増賃金率は25%であるので、この月の割増賃金は31,250円(= 2500円 × 10時間 × 1.25)と求めることができます。
なお、日給や歩合給など給与形態に応じて、割増基礎単価の計算方法は異なるため注意しましょう。
1-2. 割増賃金率
割増賃金率は、深夜労働・休日労働・月60時間を超える時間外労働など、割増労働の種類によって異なるので注意が必要です。下表で確認しておきましょう。
割増労働の種類 | 割増賃金率 |
時間外労働 | 25%以上 |
月60時間を超える時間外労働 | 50%以上 |
深夜労働 | 25%以上 |
休日労働 | 35%以上 |
2. 割増賃金の除外対象となる手当・賃金
前述の通り、割増賃金を計算する際は、割増賃金の基礎となる賃金から除外できる手当について把握しておかなければなりません。なお、除外できる手当・賃金は、労働基準法第37条第5項と労働基準法施行規則第21条により、下記の7つが定められています。
- 家族手当
- 通勤手当
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住宅手当
- 臨時に支払われた賃金
- 1ヵ月を超えて支払われた賃金
⑤ 第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない
法第三十七条第五項の規定によつて、家族手当及び通勤手当のほか、次に掲げる賃金は、同条第一項及び第四項の割増賃金の基礎となる賃金には算入しない。
一 別居手当
二 子女教育手当
三 住宅手当
四 臨時に支払われた賃金
五 一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金
ここでは、基礎賃金から除外できる手当や賃金を具体的に紹介します。
2-1. 家族手当
家族手当とは、配偶者や子などの家族がいる従業員に支給される手当のことです。一律支給ではなく、従業員の扶養家族の人数に応じて手当を支払っている場合や、従業員の配偶者やそれ以外の家族に対して手当を支払っている場合は、割増賃金算出の際に除外して計算ができます。
2-2. 通勤手当
通勤手当とは、バスや電車などで通勤することが必要な場合に支給する手当のことです。定期券などで証明したり自己申告したりと方法はさまざまですが、従業員の事情によって手当の金額が変動する場合は、割増賃金の基礎となる賃金から除外できます。
2-3. 別居手当
別居手当とは、従業員とその家族が別居しているという場合に、生活費を補うために支給される手当のことです。別居で必要な費用を一人ひとりの従業員の状況に応じて支払っている場合は、基礎賃金から除外することができます。
2-4. 子女教育手当
子女教育手当とは、従業員の子どもが学校教育を受ける際、負担を軽減するために支給される手当のことです。学費や教材費など、費用に応じて手当を支給する場合は、割増賃金の基礎となる賃金から除外することができます。
2-5. 住宅手当
住宅手当とは、住宅のために必要な費用の全額または一部を企業が負担する形で支給する手当を指します。家賃の金額に応じて手当を支給している場合などは、基礎賃金から除外することが可能です。
2-6. 臨時に支払われた賃金
臨時に支払われる賃金とは、定期的に支払われる給与などと異なり、支給されることが予測できない賃金を指します。従業員が業務をおこなう最中に怪我をした際の傷病手当、従業員が結婚した際に支払われる結婚手当などは、この臨時に支払われた賃金に該当し、基礎賃金から除外できます。
2-7. 1ヵ月を超えて支払われた賃金
その手当が1ヵ月を超える期間に対して支払われる場合は、割増賃金の除外の対象です。1ヵ月を超える期間に支払われる賃金の代表的なものには賞与、ボーナスがあります。他にも勤続手当や能率手当などがこれに該当します。
ただし、1ヵ月を超える期間に対して支払われる賃金については、労働基準法施行規則の第8条に以下のように記載されているため確認しておきましょう。
一 一箇月を超える期間の出勤成績によつて支給される精勤手当
二 一箇月を超える一定期間の継続勤務に対して支給される勤続手当
三 一箇月を超える期間にわたる事由によつて算定される奨励加給又は能率手当
3. 割増賃金から除外できない手当とは
ここでは、割増賃金の基礎となる賃金から除外できない手当の例を紹介します。
3-1. 一律で支払われる家族手当
家族手当は割増賃金から除外できる手当ですが、それは配偶者や家族の人数に応じて支給する金額が変わる場合です。扶養家族がいる場合は人数に関係なく一律2万円、扶養家族がいない場合は一律1万円など、従業員のそれぞれの事情に応じていない場合、除外対象にはならないので気を付けましょう。
3-2. 一律で支払われる住宅手当
住宅手当は、家賃や住宅ローンの費用に定率をかけて手当を支給する場合など、従業員によって金額が異なるときは割増賃金から除外できます。
しかし、賃貸住宅に住んでいる従業員には一律2万円、持ち家に住んでいる従業員には一律3万円など、一律で定額支給している場合は対象外にならないので注意が必要です。
3-3. 一律で支払われる通勤手当
通勤手当も基本的に割増賃金の基礎となる賃金から除外できます。しかし、距離や移動方法などに関わらず一定の金額を通勤手当として支給する場合は除外対象になりません。
また、電車通勤の場合は月に1万円、マイカー通勤の場合はガソリン代として月に2万円など、移動手段によって通勤手当の金額を一律で支給している場合も除外の対象外です。
3-4. 支給額が予測される賃金
支給額が予測される賃金については、割増賃金の基礎となる賃金から除外できないケースもあるため注意しましょう。たとえば、皆勤手当や無事故手当などは、臨時的に支給される賞与・ボーナスと違い、金額が一律であることが多く、支給されることが予測できるため、割増賃金の基礎となる賃金に含める必要があります。
3-5. 特定の作業・職務に支払われる特殊手当
業種や職種によって、さまざまな手当の種類があります。専門的な知識や資格が必要な業務に対して、「特殊手当」「資格手当」などを支給している企業も多いでしょう。
その知識や資格を持つ人に、必要な作業をさせた場合の手当に関しては「臨時に発生した賃金」には該当しないため、割増賃金の基礎となる賃金からも除外できません。
たとえば、危険を伴う作業や、特殊な重機を操縦する作業などに対して支払われた手当は、割増賃金の基礎となる賃金の計算に含める必要があります。その他にも一般的に用いられている、職位や責任の大きさに順じて支給する「役職手当」なども基礎賃金から除外することはできません。
4. 割増賃金の除外対象になる手当に関するポイント
ここからは、割増賃金の基礎となる賃金の除外対象にまつわる重要なポイントについて解説します。
4-1. 手当は実体をともなっていることが重要
手当にはさまざまな種類があり、同じ名称でも企業によって違うルールがあったり、同じ支給内容でも名称が違ったりすることも珍しくありません。法律上、割増賃金の基礎となる賃金から除外できる手当かどうかは名称でなく、その実態から判断する必要があります。
割増賃金の基礎となる賃金から除外されるのは、従業員の属性によって変動する手当のみです。名称は「通勤手当」であっても、従業員に対して一律で支給している場合などは除外対象になりません。反対に、従業員の属性、成果などに見合った手当を支給している場合は割増賃金の除外対象になります。
このように、除外可能な手当を名称で判断するのでなく、実際の内容からきちんと判断することが大切です。
4-2. 定額残業代は明確であれば除外できる
定額残業代とは、固定残業代やみなし残業代とよばれることもあり、給与に含まれるあらかじめ定められた時間外労働代のことです。
定額残業代は除外可能な手当・賃金として定義されていませんが、定額残業代であることが明確な部分については、割増賃金の基礎となる賃金から除外することができます。
4-3. 「管理監督者」は時間外労働・休日労働の割増賃金が適用されない
管理監督者には、労働基準法による労働時間や休日の規定が適用されないため、時間外労働・休日労働に対する割増賃金は発生しません。
ただし、役職として「管理職」に就く従業員が全員当てはまるとは限らないため注意が必要です。管理監督者の定義は、厚生労働省の公式サイトによると下記のように記されています。
労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者
具体的には、経営者と同等の責任や裁量をもち、重要な職務内容を担い、地位に相応しい待遇・賃金が得られていることなどの条件に該当する者が管理監督者となります。
4-4. 「平均賃金の算定基礎」とは除外対象が異なるため注意
「平均賃金の基礎賃金」と「割増賃金の基礎賃金」の算定では、除外対象となる手当が異なります。平均賃金の基礎賃金の計算では、以下の手当が除外されると考えられています。
- 臨時で支払われた賃金(見舞金・結婚祝金など)
- 3ヵ月を超える期間ごとで支給する賃金(賞与・ボーナスなど)
- 通貨以外のもので支払われた賃金(現物支給の食事など)
例えば、割増賃金の基礎賃金の場合は1ヵ月を超えて支払われる賃金を除外しますが、平均賃金の基礎賃金の場合は3ヵ月を超えて支払われる賃金を除外します。一方、臨時で支払われる賃金については、両者ともに除外することになります。このように、「平均賃金の基礎賃金」と「割増賃金の基礎賃金」を計算する際、除外する手当が異なる点もあることに留意しましょう。
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5. 割増賃金を計算する際は除外される手当を確認しよう
今回は、割増賃金から除外可能な手当・不可能な手当について解説しました。従業員の時間外労働や深夜労働、休日労働などに対して、企業は正確に割増賃金を計算して支払わなければなりません。この割増賃金は計算方法が複雑で、各種手当が除外できるかどうか、きちんと把握しておく必要があります。
今回紹介した割増賃金の除外対象となる手当のなかにも、条件によっては除外できないものもあるので注意してください。また、状況によって異なる割増賃金率についてもきちんと理解しておくことが重要です。割増賃金を正しく計算して、従業員とのトラブルを回避しましょう。

【監修者】涌井好文(社会保険労務士)
涌井社会保険労務士事務所代表。就職氷河期に大学を卒業し、非正規を経験したことで、労働者を取り巻く雇用環境に興味を持ち、社会保険労務士の資格を取得。 その後、平成26年に社会保険労務士として開業登録し、現在は従来の社会保険労務士の業務だけでなく、インターネット上でも活発に活動を行っている。