労働基準法第5条では、強制労働の禁止について規定しています。労働者を不当に拘束し、意思に関係なく強制労働をおこなわせると、懲役や罰金などの重い罰則が課せられます。この記事では、労働基準法第5条「強制労働の禁止」の定義や意味、違反と認められた判例、違反した場合の罰則についてわかりやすく解説します。
労働基準法総まとめBOOK
労働基準法の内容を詳細に把握していますか?
人事担当者など従業員を管理する役割に就いている場合、雇用に関する法律への理解は大変重要です。
例外や特例なども含めて法律の内容を理解しておくと、従業員に何かあったときに、人事担当者として適切な対応を取ることができます。
今回は、労働基準法の改正から基本的な内容までを解説した「労働基準法総まとめBOOK」をご用意しました。
労働基準法の改正から基本的な内容まで、分かりやすく解説しています。より良い職場環境を目指すためにも、ぜひご一読ください。
目次
1. 労働基準法第5条「強制労働の禁止」の定義や意味
労働基準法第5条では「強制労働の禁止」に関しての定めがされています。暴行や脅迫、監禁など、精神・身体の自由を拘束する手段を用いて、労働者の意思に関係なく、強制的に労働させることは違法です。
(強制労働の禁止)
第五条 使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。
1-1. 労働基準法第5条が誕生した経緯
労働基準法第5条は、日本国憲法第18条の「奴隷的拘束・苦役からの自由」を受けて作られた条文です。戦前の日本において、労働者は過酷な肉体労働を強いられていました。とくに、北海道や樺太の炭鉱では、労働者を長期間身体的に拘束し、劣悪な環境で働かせるのが当たり前になっていたのです。
労働者を収容する宿舎は監視されており、一度入ると出られないことからタコ壺になぞらえてタコ部屋と呼ばれていました。タコ部屋のような悪しき強制労働の風習を排除するために、憲法では奴隷的な拘束や意に反する苦役を禁止したのです。そこから、労働基準法でも、労働者の意思に反する労働を禁止することについての定めがされるようになりました。
第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
1-2. 精神又は身体の自由を不当に拘束する
労働基準法第5条の「精神又は身体の自由を不当に拘束する」というのは、労働者の精神の作用や身体の行動を、何かしらの形で妨げることです。ここでいう手段は、次のような方法が該当します。
- 暴行:人の身体に対する不法な有形力を行使すること(刑法第208条)
- 脅迫:生命や身体などに対して害を加える旨を告知して脅すこと(刑法第222条)
- 監禁:身体の自由を拘束し、一定の場所に閉じ込めて外に出させないこと(刑法第220条)
- その他:長期労働契約(労基法第14条)、賠償額予定契約(労基法第16条)、前借金相殺契約(労基法第17条)、強制貯蓄(労基法第18条)など
「不法」でなく、「不当」と定められているため、不法行為でなくても労働基準法第5条に抵触する恐れがあります。なお、社会通念上、受け入れがたい程度の手段かどうかが判断基準となります。
(暴行)
第二百八条 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
(脅迫)
第二百二十二条 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。
(逮捕及び監禁)
第二百二十条 不法に人を逮捕し、又は監禁した者は、三月以上七年以下の懲役に処する。
1-3. 労働者の意思に反した労働の強制
労働者にその意思がないにもかかわらず長時間労働を強制することも、労働基準法第5条に違反します。日本では従来から労働者が拒否できない長時間労働が問題となっていますが、実は法律違反であるため使用者は解決に向けて動かなければなりません。なお、条文で「強制してはならない」と定められていることから、労働者が実際に強いられて労働をしたかどうかは関係なく、労働を強制した時点で労働基準法違反となるので注意が必要です。
2. 労働基準法第5条「強制労働の禁止」に違反したときの罰則
労働基準法第5条「強制労働の禁止」に違反すると、罰則が課せられる恐れがあります。ここでは、労働基準法第5条違反となる具体的なケースや、違反したときの罰則について詳しく紹介します。
2-1. 労働基準法第5条違反となる具体的なケース
従来のタコ部屋のように労働者を監視して無理やり働かせる行為だけでなく、労働者が希望しているにもかかわらず退職を認めない行為なども、強制労働にあたる可能性があります。
たとえば、従業員が退職を申し出た際、職務上必要な免許の取得費用の返済を求めた事例が挙げられます。資格取得費用を返還するように決める契約は、使用者が労働者を不当に足止めすることにつながるため、労働基準法で禁止されている損害賠償を予定する契約にあたります。実際に費用の返済を求める行為が法律違反となるかどうかは形式面や実質面を考慮したうえで判断されますが、問題とならないよう社内規定や誓約書などの内容には注意しておきましょう。
また、労働者にノルマを課して達成するまで帰らせないようにする行為も、不当な拘束に該当し、強制労働と判断されます。昔ながらの日本の会社にみられますが、実は法律違反の可能性があるため、改めて労働環境を見直す必要があります。
2-2 労働基準法第5条の違反罰則
暴行や脅迫などによって労働者に強制労働をおこなわせようとした場合、労働基準法第5条に違反することになります。この場合、労働基準法第107条に則り、1年以上10年以下の懲役もしくは、20万円以上300万円以下の罰金の罰則を受ける恐れがあります。
労働基準法には、いくつかの罰則の種類が定められていますが、労働基準法第5条に違反した場合の罰則は、労働基準法で定められているなかでは最も重くなっています。そのため、強制労働をさせることは重罪であることが理解できます。
第百十七条 第五条の規定に違反した者は、これを一年以上十年以下の懲役又は二十万円以上三百万円以下の罰金に処する。
2-3. どのようにして違反は発覚する?
労働基準法第5条「強制労働の禁止」に違反していると発覚するのは、多くの場合、労働者の通報によります。労働基準監督署への通報や、総合労働相談コーナー・弁護士への相談など、労働者が行動を起こすことで発覚するケースが一般的です。
厚生労働省が運営している総合労働相談コーナーに相談があったときは、助言で済む場合もあれば、労働基準監督署に取り継がれる場合もあります。労働基準監督署は調査だけでなく、犯罪捜査や逮捕、送検といった権限を持つ機関なので、通報があれば事前通告なしの立ち入り調査がおこなわれることもあります。つまり、労働基準法に違反していないか日頃から注意する必要があるのです。
3. 労働基準法第5条「強制労働の禁止」違反と認められた判例
労働基準法第5条「強制労働の禁止」について、理解を深めるため判例を確認することも大切です。ここでは、労働基準法第5条「強制労働の禁止」違反と認められた判例について紹介します。
3-1. 東箱根開発事件
東箱根開発事件とは、1年継続して勤務した場合に支払われる勤続奨励手当について、希望者には前渡しすることを認めるが、年次途中で退職する場合は返還する制度の効力について争われた判例です。
基本給に勤続手当を加えた金額を提示して応募者の入社意思を固め、実質負担を削減するため退職する際、前貸賃金の返還を約束させるという契約は、労働基準法第16条「賠償予定の禁止」に抵触すると判断しています。また、このような労働契約は、一定期間の就労を強制するものとも捉えられるとし、労働基準法第5条「強制労働の禁止」に違反するとして契約の効力を否定しています。
一年間勤続した場合に支給される勤続奨励手当につき、希望者には手当の月割り額を前渡し、年次途中で退職する場合には当該年度中に前貸しされた勤続奨励手当を返還する旨の制度の効力が争われた事例。(一審 請求一部認容、 二審 控訴棄却、請求一部認容)
3-2. 労働基準法違反及び傷害、暴力行為等処罰に関する法律違反等被告事件
労働基準法違反及び傷害、暴力行為等処罰に関する法律違反等被告事件とは、不法行為でなくとも、社会通念上相当と認められれば、労働基準法第5条に違反するとした判例です。つまり、暴行や脅迫、監禁など、条文に列挙されている方法以外でも、労働基準法第5条の手段に該当する可能性があります。また、強制労働にあたる長時間労働に該当するというのは、必ずしも労働基準法で定められる法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えるかどうかによって判断するものではないことも判例に記載されています。
労働基準法第五条は憲法第一八条の規定から精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて労働者の意思に反して労働を強制してはならないことを定めているのであり不当に拘束する手段については必ずしも同条列挙の場合に限らず精神又は身体の自由を拘束するについて社会通念上相当と認められる手段であれば足りるのであるから強制労働について労働者を場所的に隔離することも又強制せらるべき労働も必ずしも制規の一日八時間を超えた労働に限るべき理由はない。
4. 労働基準法第5条「強制労働の禁止」に関係する条文
労働基準法では長期労働契約や前借金相殺契約などを制限しており、これらに違反すると労働基準法第5条違反につながる恐れもあります。ここでは、労働基準法第5条「強制労働の禁止」に関係する条文について詳しく紹介します。
4-1. 長期労働契約
労働基準法第14条により、建設業などのように、事業完遂までに必要な期間を定める場合を除き、3年(一部5年)を超えた期間を定めて労働契約を結ぶことは禁止されています。長期労働契約は、労働者の意思に関係なく、長い期間不当に拘束することになる可能性があり、労働基準法第5条「強制労働の禁止」に抵触する恐れもあります。
そのため、有期契約労働者を雇用する場合、労働基準法の契約期間の定めを遵守することが大切です。また、法律で規定されている上限を超えて契約期間を定めた場合、その部分は無効になるので注意が必要です。
(契約期間等)
第十四条 労働契約は、期間の定めのないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは、三年(次の各号のいずれかに該当する労働契約にあつては、五年)を超える期間について締結してはならない。(省略)
4-2. 賠償額予定契約
労働基準法第16条に則り、労働契約を結ぶ際、あらかじめ契約不履行に基づく違約金や損害賠償額を定めることは認められていません。賠償額予定契約を締結した場合、労働者は違約金や損害賠償額を支払わないで済むようにするため、一定期間拘束されることになる可能性があり、労働基準法第5条「強制労働の禁止」違反になる恐れもあるので注意しましょう。
(賠償予定の禁止)
第十六条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
4-3. 前借金相殺契約
労働基準法第17条に基づき、働くことを条件にお金を貸し付け、賃金と債権を相殺する契約を定めることは禁止されています。労働者は使用者からの借入金を返済するため、意思に関係なく働かなければならず、不当に拘束されたとして、労働基準法第5条「強制労働の禁止」に違反する可能性があるので気を付けましょう。
(前借金相殺の禁止)
第十七条 使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。
引用:労働基準法第17条|e-Gov
4-4. 強制貯蓄
労働基準法第18条により、労働者の意思に関係なく、強制的に貯蓄させたり、貯蓄金を管理したりする雇用契約を結ぶことは認められていません。従業員は、強制貯蓄により、経営状況の悪化といった理由で貯蓄の払い戻しが受けられなくなる恐れがあります。また、強制貯蓄を採用し、退職者を足止めすることに用いれば、労働基準法第5条「強制労働の禁止」に抵触し、重い罰則を受けるリスクもあるので注意しましょう。
(強制貯金)
第十八条 使用者は、労働契約に附随して貯蓄の契約をさせ、又は貯蓄金を管理する契約をしてはならない。
5. 労働基準法第5条「強制労働の禁止」を遵守するためのポイント
労働基準法第5条「強制労働の禁止」に違反すると、労働基準法において最も重い罰則が課せられる恐れがあります。ここでは、労働基準法第5条を遵守し、法律違反をしないようにするためのポイントについて詳しく紹介します。
5-1. 労働者を精神的または身体的に拘束しない
労働基準法第5条に明記されているとおり、使用者は労働者を精神的または身体的に拘束してはいけません。使用者が暴力や脅迫、監禁などをおこなっていなくても、現場の上司や同僚などからこれらの行為を受けたと通報があった場合、使用者が罰せられます。使用者が労働基準法の内容を理解するだけでなく、全従業員に周知して不当な拘束が起こらないようにしましょう。
5-2. 問題発生時に相談できる場をつくる
労働基準法違反となり得る行為を受けているかどうか、使用者や人事労務担当者だけでは把握できないこともあります。迅速に実態を把握できるようにするためには、被害を受けた従業員が相談できる窓口や課を設けるのが効果的です。問題が起きてもすぐに対処できれば、従業員を守ることにつながり、強制労働を防止することができます。
5-3. 労働者の退職意思を尊重する
労働基準法違反とならないために、労働者の退職意思を尊重することも大切です。日本では労働者の退職したいという意思を無視して働かせ続けるケースも少なからずあります。しかし、働く意思のない労働者を引き止めて働かせることは、不当な拘束となり、強制労働にあたります。
会社が退職希望の労働者を引き止めるのは、人手不足やノウハウの未承継などの問題があるからです。労働者を不当に拘束して解決しようとするのではなく、人員の見直しやノウハウの共有などによって根本的な問題を解決できるようにしましょう。
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6. 労働基準法第5条「強制労働の禁止」は罰則が最も重い条文!
労働基準法第5条では、強制労働を禁止しています。奴隷的拘束で肉体労働を強いるケースはほとんどなくなりましたが、退職したい労働者を不当に引き止めたり、資格取得にかかった費用の返還を求めたりすることは、強制労働にあたる可能性があるため注意が必要です。労働基準法第5条に違反した場合、使用者は労働基準法で定められているなかでも重い罰則を課されることになります。強制労働につながる事態が起こらないよう、環境の整備を徹底しましょう。
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