社員と面談をする中で、職場復帰後の対応や昇進などキャリアに関する相談で回答に困った質問をされたことはありませんか?
キャリアに関しては社員によって思い描く働き方が異なるため、1人1人にしっかりと向き合い、納得のいく答えを出すことが大切です。
今回は社会保険労務士、キャリアコンサルタントである村井真子氏が出版した著書、『職場問題グレーゾーンのトリセツ』(アルク)より寄稿いただいた記事の中から「異動・退職・キャリア」に関するトリセツを2例ほど、ご紹介します。
「復職後の環境の変化が心配」「昇進を前向きに考えられない」といった相談に対する適切な対応について知りたい方はぜひご確認ください。
執筆者村井 真子(むらい まさこ)氏社会保険労務士、キャリアコンサルタント
家業である総合士業事務所で経験を積み、2014年、愛知県豊橋市にて独立開業。中小企業庁、労働局、年金事務所等での行政協力業務を経験。あいち産業振興機構外部専門家。地方中小企業の企業理念を人事育成に落とし込んだ人事評価制度の構築、組織設計が強み。現在の関与先160社超。移住・結婚とキャリアを掛け合わせた労働者のウェルビーイング追及をするとともに、労務に関する原稿執筆、企業研修講師、労務顧問として活動している。著書に『職場問題グレーゾーンのトリセツ』(アルク)がある。https://masako-murai.org/
育休復帰面談に関する相談
Q:育休復帰面談で「人員補充したから異動して」と言われましたが、元の部署に戻りたいと相談されたらどうする?
A:休業前の部署で復帰することが原則だが、例外もあると説明し、不安材料を取り除く。
育児休業から復帰するには、元の部署・元のポスト(原職)への復帰が原則とされています。一方、保育園の入園可能な時期や、本人のライフプランの兼ね合いや、生まれたお子様の状況などから、育児休業は長期間に及ぶこともあります。
そうした状況に備えて、また休業期間中の他の労働者への負荷軽減のために、会社としては休業者に代わる人員補充を行うことも一般的です。
そうすると「社員が復帰してきたときの行き場がなくなる」と懸念される人事担当者も多いのですが、法律(*1)では、原職への復帰を義務づけることまで会社に要求されていません。
就業規則に異動についての記載があり、かつ、原職復帰がどうしても難しい事情があるときは、最大限の配慮のもとに異動を打診することも許容されています。
まずは相談者の上司にヒアリングを行い、育児休業中に補充した人員を他の部署に異動させて、休業明けの人をもどせない理由を確認してみましょう。
以前から仕事上に問題が合った、部署の人間関係やバランスを鑑みて、休業代行の補充人員のほうが適任と思われた、などの総合的な判断の結果ということも考えられます。
休業中に始動したプロジェクトがあり、補充された人が主担当者になっていたとしたら、即時に異動させるのは難しいでしょう。
それらの理由から育児休業明けの人を元の部署に戻すことが難しいと会社の判断で決まった場合、今度はその伝え方にも配慮が必要となります。
元の部署に復帰できない理由をきちんと説明し、そのうえで異動先についてどんな部署か、どのような仕事を行うことになるのか、職位にも変動がある場合はどの程度かなど、相談社員の疑問や不安を解消できるような材料を会社として用意することが大切になります。
①業務上の必要性から不利益取扱いをせざるをえず、業務上の必要性が、当不利益取扱いにより受ける影響を上回ると認められる特段の事情があるとき。
②労働者が当該取扱いに同意している場合で、一般的な労働者なら同意するような合理的な理由が客観的に存在するとき。
昇進に関する相談
Q:上司から昇進を打診され、困っていると相談を受けたらどうする?
A:昇進することへの不安解消材料を用意して説明する。就業規則上、規定があれば懲戒処分も可能。
有能な社員に昇進を打診したら断られた――。私のもとへ寄せられる相談の中でも特に多いのが、この種の相談です。中でも女性社員への昇進打診を断られたケースが多いため、今回は女性社員からの相談ということで回答します。
いま、世の中の流れではジェンダーレス、男女平等という意識が高まっています。会社としても男性だから女性だからではなく、スキルベースで判断して優秀な社員を重要なポストに就けようというのは当然の流れです。
幹部候補として遇したいと優秀な女性社員に声をかけたら、「私には無理です」と断られてしまう。何故?というご相談です。私が仕事を通して100名を超える女性に対しヒアリングしてきた内容を分析すると、以下のような理由があるようです。
1、昇進によって「夫とのパワーバランス」「家事とのバランス」が揺らぐことへの恐怖
昇進することにより、業務量が増え時間外の問い合わせに対応しなければならなかったり、立場上参加しなければならない会合の幅が増えるなど、それまでであれば上司が対応していた業務を一部または全部担うことになります。
接待や出張が増える可能性も出てきます。もちろん、それにともない、仕事のやり甲斐も増し、給料もアップすることが多いのですが、こうした変化で生じるのが、現在の夫とのパワーバランスの揺らぎです。
日本においては、いまだ「男性が稼ぎ女性が家を守る」というジェンダーバイアスが根強く残っています。
この価値観を自分の中に内在化させている夫婦の場合、昇進したことで夫より所得が増える、夫の役職を超えてしまうことに女性側も潜在的な恐怖を感じてしまうのです。
また、物理的に労働時間が長くなることで、これまで分担していた家事などのバランスも変わってくるかもしれません。
そうなったときに、夫の機嫌が悪くなる、子育てに影響が出る、悪くすれば離婚という可能性も出てきます。夫婦ともに経済的に自立しているからこそ、そのような選択を選びやすくなってしまうのです。
いまだ日本において、家庭運営は女性の仕事として周知されている現実があります。ハイキャリアの女性の中にもその価値感を内在化しており、優秀な社員としての顔だけではなく優秀な家庭人としての顔を保ちたいという方は数多く存在します。
SNSでも仕事をしながら毎朝彩りあざやかなお弁当をつくり、清潔に片づけられた部屋を発信している女性を多く目にします。
もちろん、家事をアウトソーシング化することに抵抗のない女性もおりますが、まだまだそうした女性は少数であり、そのような女性と価値観を共有する男性も少ないのが現実です。
また、こうした女性は真面目な方も多いので、「家庭を優先したら仕事に中途半端に取り組むことになるのではないか、それは無責任ではないのか?」と自責される方も多いのです。
「そのような自分を部下たちがどう評価するだろうと思うと、とても怖くて役員にはなれません」と話してくださった方もいらっしゃいます。
女性自身が家庭の担い手となることを積極的に選んだ場合、昇進はかえって自分のライフスタイルの邪魔になると判断される場合があります。
この場合は個々人のキャリア観が原因ですので、このような女性社員を幹部候補として引き上げる場合、どのような時間拘束や働き方なら両立が可能なのかをすり合わせします。
2、昇進することに「割りの合わなさ」を感じている
昇進することによって課せられる業務内容・権限や、責任を抱えることに対するストレスが報酬に見合わない考える人もいます。これは男女ともに多い理由です。
昇進は労働者にとってメリットばかりではありません。例えば、管理監督者になることで残業代がつかなくなったり、責任範囲が広く重くなり、今までとは異なる能力を要求されることから、昇進を敬遠したいと考える人も増えてきました。
博報堂が「気楽な地位派vs責任ある地位派」でどちらがいいかを調査(*1)したところ、「気楽な地位」を選んだ人は84%に上ったという調査結果もあります。
幹部候補は常に社員の衆目にさらされる存在です。企業規模にもよりますが、昇進によって仕事の内容は部下のマネジメント、進捗管理、経営方針に沿った新規展開など劇的に広がることになります。
しかし、同時進行でこれら個別の案件を抱えていくのは精神的にも肉体的にもタフさが必要です。
幹部候補として声を掛けられる方はもちろんこれらの事態に対応できるだろうと期待されるだけの優秀さがあるわけですが、そのような方であるからこそ、例えば業務権限が肩書に対して狭かったり、職責に対して報酬が低いということに対しても敏感です。
実際、私のヒアリングの際に打診された報酬に不満を漏らしていたある女性は、その後同業他社に転職。就職先から提示された報酬額は現職の2倍に近いものだったのです。
責任は重いけれどやりがいがあるし、報酬もこれだけ貰えるのだから頑張りたい、とその女性は教えてくれました。
名ばかり管理職など肩書だけが独り歩きして報酬が伴わない場合や、与えられる権限が極めて低いなど肩書に見合わない場合、女性は冷静に自分にとって昇進がどのようなリターンをもたらすのかを計算します。
その結果、割に合わないと判断すれば昇進を断るのです。このケースの場合、提示する報酬額によっては即退職という事態もあり得ます。
「自分のことを優秀だと評価していたのにこの程度の評価額なのか」と、会社に絶望して転職してしまう場合も多いのです。
優秀な社員に昇進してより成長してもらいたいときにすべきこと
会社としては事業の発展のため、労働者に多くのポストを経験させて、活躍の場を広げてほしいと思い、見込んだ労働者にはより多くの経験を積ませ、さらに活躍させるため、業務命令として昇進を行いますが、今後も、昇進に戸惑う人は増えていくと考えられます。しかしながら、正当な理由なく打診を断ることは業務命令違反にあたります。就業規則に昇進拒否を理由とした懲戒処分について記載があり、会社が労働者側の都合に応じて調整してもなお受諾しないときは、処分も可能です。
優秀な社員を昇進して育てていきたいのであれば、会社側としても、個別具体的なヒアリングや処遇提案など、該当部署の上司と連携した丁寧なケアが必須となります。
「なぜあなたに声をかけたのか」「どうしてあなたに経営層に入ってほしいのか」という点を、経営者は丁寧に伝える必要がありますし、また候補者がどのような理由で辞退したのかを丁寧に聞き取ることで、条件が折り合う場合も多いのです。