今回は株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)が仕掛ける人事異動制度「シェイクハンズ」について、その取り組み背景や、運営の仕組みなどをご紹介。
シェイクハンズはなんと、直属の上司の承認なしに、異動先部署と本人が合意すれば異動できるというもの。DeNA創業者の南場会長が全社に同施策を発表した際は、どよめきが起こるほどだったそう。
では実際にシェイクハンズを導入してDeNAにどのような変化が起きたのか。同社の執行役員である崔さんにお話をお伺いしました。
【人物紹介】崔大宇(チェ テウ) | 株式会社ディー・エヌ・エー 執行役員 ヒューマンリソース本部 本部長
目次
1.生産性の最大化を目指して「シェイクハンズ制度」を開始
-まずシェイクハンズ制度の概要についてお願いします。
崔さん:シェイクハンズ制度は、2017年8月から開始されたのですが、本人と異動先の上長が合意すれば異動可能となる制度です。現在の部署の上長や人事の承認なしで、異動することができます。
対象は、新卒も中途も関係ありません。入社1年以上のすべての正社員が対象です。
-異動する時期も関係なく自由なのですか?
崔さん:はい、関係なくその都度おこなわれます。
まず、個人と異動先部署との間で合意があったのち、人事に「シェイクハンズ合意書」という書類を提出してもらいます。婚姻届のようなものですね。
そこから、現部署の業務の引き継ぎもあると思うので、6ヶ月以内を目処に異動していただくという流れです。人事部は意思決定には介入しません。
-シェイクハンズ制度をはじめたきっかけは何だったのですか?
崔さん:もともとDeNAでは月に一度、「キャリアマネジメントアンケート」というものを実施しており、社員の仕事における「能力発揮」や「やりがい」の度合いを可視化しています。
ただ、当時のデータを見ると、「自分の力を最大限発揮できているか」、あるいは「今の仕事にやりがいを持てているか」という設問の両方に高いスコアを付けているメンバーが全体の6割くらいだったのです。
逆に考えると、「今の場所で力を持て余している」「もっと本気でやりたいことがある」と感じている社員が4割もいる、ということです。
この4割の活性化に向けてどうすべきかを議論したときに、「現在の業務よりも、もっと輝ける場所を見つけて、そこで活躍してもらう」という方法が、今のDeNAにとってベストな施策のひとつではないかと考えたことがきっかけですね。
2. シェイクハンズ制度を1年運用して感じたこと
-シェイクハンズ制度を開始した当初は、社員からどんな反応がありましたか?
崔さん:シェイクハンズ制度のスタートは、すべての正社員が集まる全社会議があって、そこで南場が発表したんです。
当然、どよめきましたね(笑)。「自分の部署から人がいなくなるんじゃないか」という懸念も当然出てきます。
ただ、全体としてポジティブな反応が多かったですね。「思い切った施策だ」「画期的!」「ワクワクする」という声があがっていました。
南場自身はそのとき、「どうなるかわからないけどやってみよう」と言っていました。ざわつく部分は当然あったと思いますが、我々としては「人のパッションを最大化したい」という目的がありましたし、やってだめだったら止めようと。
結果として、そこまで大きなハレーションもなく、プロセスに則って運用がまわっているため、「やってよかったな」と、考えています。
-シェイクハンズ制度の運営プロセスについて詳しくお聞かせください。
崔さん:流れとしては、まず各事業部のミッションやビジョン、事業内容を全社に共有する場を設けています。
事業部長が「我々の事業はこういう熱意を持ってやっています」「こういう将来を見据えてやっています」と説明していきます。
同時に、社内のポータルサイトを中心に「このポジションが今は必要となっています」「こういうポジションに興味ある人はぜひ来てください」という告知もしています。
また、「○○さんに来てほしい」という、直接的に個別アプローチする部署も当然あります。
そこから最終的に、部署の部門長と社員のお互いの合意形成ができれば異動決定となります。
ただ、人事部側からすると多くのポジションがあって、多くのアプローチも発生し、そのコミュニケーションのすべてを把握できない状況になります。
従業員の管理をする上では、「誰がどの部署にいつ異動するのか」を把握する必要があります。そこで先程の「シェイクハンズ合意書」を提出してもらうようにしています。
「シェイクハンズ合意書」は、まず社員が申請内容を記入し、異動先の事業本部長が「来てもらったらどんな活躍をしてほしいのか」という期待の言葉を書き込んだら出来上がります。
これを人事部に提出し、手続きは完了です。あとはスムーズに異動してもらうだけです。
先程お話したように、基本的に人事部は意思決定に介入しません。あくまでも事業部と社員が主体となっておこなう施策です。
一方で、キャリアが明確ではなく悩んでいる社員もいるため、「キャリア相談室」を設けています。「この部署に興味があるのですが…」といった相談から抽象的な相談まで、社員の最適なキャリア形成の後押しもおこなっています。
-シェイクハンズを運営されて1年間を振り返っていかがですか。
崔さん:「もう1年経つのか」という感じですが、まだまだ道半ばで見直すべきところは多々あると思います。
現実問題、「本当にその社員が異動したら元の部署は大丈夫なのか」という、懸念も当然あります。送り出す側としては負担になる側面もあるので、そこに対して会社としてどう対応すべきなのか、考える必要はあると思います。
どの制度にもメリット・デメリットがあり、デメリットの部分を人事としてどう解消していくのか。柔軟な対応や工夫が必要になりますね。
個人的にはシェイクハンズをもっと加速させていきたいと考えています。ヒアリングをしてみると、「他の部署に興味あります」という声が結構あるんです。
求人ポジションをリアルタイムに開示したり、並行してキャリア相談室も活性化させたり、運用も含めて、まだまだ改善の余地はたくさんありますね。
最終的には、メンバー個々人の力を最大化するという世界観をつくりあげていきたいと考えていますが、現実と理想のバランスと言いますか、そこをどう調整していくのか。
実はサービスづくりと同様で、改善すべきポイントがあればすぐに改善していく、というスタンスが大事なんですね。
まずは引き続き、シェイクハンズによってどういう成果が生まれているのか。そこをしっかりとモニタリングすべきだと思っています。
3.「社内でも環境を変えることができる」シェイクハンズを利用した松島さんの声
-それでは次に、実際にシェイクハンズ制度を活用し異動された松島さんからお話を伺いたいと思います。
【人物紹介】松島 龍司(マツシマ リュウジ)|DeSCヘルスケア株式会社 ヘルスケア型保険開発部(DeNAグループ会社)
松島さん:私は、2015年に中途でDeNAに入社しました。
そのときは、クレジットカード決済や各種オンライン決済サービスを提供する「ペイジェント」というプロダクトのエンジニアをしていました。
そこから、2015年10月にシステム部長のポジションを任され、主にチームメンバーの管理・マネジメントを担当するようになりました。
もともと開発者として入社したので、マネジメントがやりたいわけではなかったんです。やった経験もありませんし。ただ、「やらないで断るよりも1回やってみよう」と、2年近くやらせてもらったんです。
最初は、「マネジメントもしながら、自分で開発することにも携われるかな」と思っていたのですが、20人いたメンバーが次第に70人にまで増え、最終的にマネジメント業務だけで手一杯になっていきました。
もちろん、管理業務は非常に重要なものだと理解していましたが、開発がやりたくて入社したので、マネジメント以外にもやってみたいことがありました。
そうしているときに、DeNAの中でAIを活用していく動きが加速してきて、もともと自分も興味があった分野だったので、AI領域の勉強を独学でおこない、ペイジェント内でどう活用できるかを模索していったんです。
そのタイミングで、周囲に相談し、マネジメントから外してもらいました。
-シェイクハンズしようと思ったのは、どのタイミングなのですか?
松島さん:ペイジェントに蓄積されるデータ分析を進めていく中で、「決済の分野だけでなく他の領域も知りたい」という想いが徐々に強くなっていったんです。
さらに、データ分析は独学で2年ほどやっていましたが、実務の経験を積みたいという気持ちも芽生えてきました。
最終的に、本格的にデータ分析を業務に活かそうとしている組織で働きたい、となりシェイクハンズしました。
-そのときはどのような流れだったのですか?
松島さん:シェイクハンズのポータルページがあって、「こんな募集があるよ」と求人情報が載っているのですが、DeNAはシェイクハンズ以外にも社外向けの採用情報を掲載していて、当時、横浜DeNAベイスターズのデータアナリストの募集があったんです。
「これ、おもしろいな」と思って、人事に「シェイクハンズで異動は可能ですか?」と聞いたんです。
そしたら、それはシェイクハンズではオープンしていないと。ただ、データ分析の職種はシェイクハンズで結構募集があって、「データ分析のメンバーを横串で管理している方が社内にいて、その人と話してみないか」と言われて、いくつかのポジションを提示されたという流れです。
その中で最も興味を引いたのが、今所属しているヘルスケア事業でした。
-異動して今の部署で働かれてみていかがですか?
松島さん:以前の部門では、専門のデータアナリストがいなかったので自分で模索してやっていましたが、今は周りに経験者がいて、そのノウハウを吸収できたことはすごく良かったと感じています。
DeNAは事業領域がかなり広く、部署によってフェーズや取り組みが全然違います。そのため、事業のスピード感や所属している人やカルチャーもかなり違うんです。
私自身、シェイクハンズで異動した当初は、新しい会社に入ったような気分でした。
新しい環境でスタートするという意味では、社外に転職しなくても、社内でも環境を変えるということはできるんだなと実感しましたね。
4.シェイクハンズ制度がDeNAにもたらした効果とは?
-他にも異動された事例はありますか?
崔さん:新卒3年目の若手社員の事例だと、横浜DeNAベイスターズの営業から、人事の採用ブランディング担当へと、シェイクハンズ制度を利用し異動しています。
また、ゲーム事業部のグローバル推進担当から、自動運転技術を活用したサービスなどを扱うオートモーティブ事業部の事業推進担当に異動した社員の事例もあります。
ちなみに、シェイクハンズを活用して異動した事例は、DeNAの「フルスイング」というWEBサイトでもインタビュー記事にして掲載しています。
-シェイクハンズによってどんどん適材適所が活性化されているのですね。
崔さん:ただ、シェイクハンズで異動したとしても、パフォーマンスを最大限発揮できないと意味がありません。
そのために、自分自身が異動先の部署にコミットすることはもちろん重要ですし、受け入れ先の部署もその人が活躍できるようにコミットしていく必要があります。
そこで肝になるのがシェイクハンズの合意書です。これを書いてもらう理由のひとつに、互いの「覚悟」が挙げられます。
「本人がどう活躍したいか」だけではなくて、「受け入れ側の熱意」もしっかりと伝えて、記入する。そのうえでのシェイクハンズ成立です。
ある意味、「異動するからには結果を出すという覚悟を決めてやってください」という制度でもありますね
-シェイクハンズ制度を1年間実施してみて、社内ではどのような変化が生まれていますか。
崔さん:まず、社内異動をする数が増えたと思います。
シェイクハンズ制度を開始する以前から、社内異動は公募として定期的に実施しており、その際は最終的に人事が面談・選考をしていたんです。
結果としてどうだったかというと、シェイクハンズ制度を開始する前年の平均合格率は約17%です。5人に1人も異動できていないという、社員にとって社内異動はややハードルが高いものだったかもしれません。
募集枠に対して応募数が偏ることもありました。以前の制度の時は、募集時期が決まっていること、ポジションの数が限られていること、人事選考がおこなわれていたことなどから、多くの社員が希望するポジションに異動できるとは限らない状況でした。
一方でシェイクハンズ制度は、常時さまざまなポジションが提示されていることや人事選考がないことなどから、自分が挑戦したい事業部や職種の空きを待たなくていいなど、能動的な異動が可能となりました。
その結果として、年間で50人くらいが異動しています。
-非常に異動が活発になっていますね。
崔さん:「自分はどこだったら活躍ができるのだろうか」と、自分の強みを活かせる機会を考える人が多くなったと思いますね。
一方でマネジメントラインに目を向けると、非常に大変になったと思います。人が入ってくる部署もあれば、当然、出ていく部署もあります。
社外への転職のみならず、社内でも転職が起き得る状況をつくったので、そういった観点に立つと、今やっている業務の意味や意義を認識し、熱意を持ってメンバーと向き合わないといけません。
自部門のことを熱意を持って発信し続けないと、「他の部署のほうが熱意が高そうだからそっちに行く」というケースが増え、社外だけではなく社内からも人材が引っ張られてしまいます。
部長陣やマネージャー陣は、やはり今いるメンバーには抜けてほしくはないですし、「この部署で力を100%発揮してほしい」という気持ちがあります。
そのため、シェイクハンズ制度の開始とともに、自分たちの事業をよりアピールするようになったり、マネジメントを見直すなどポジティブな動きが社内で起きています。
マネージャーが危機感を持って、「より良い組織をつくっていこう」という動きが生まれたこともあり、「この部署だけすごい人が抜けていく」という状態にはなっていません。
-マネジメントの強化にもつながっているのですね。
崔さん:あとは、離職防止にもつながればと考えています。
退職を考える前に、「一度シェイクハンズ制度を活用してチャレンジしてみようかな」といった状況になってくれると良いですね。
松島が言っていたように、DeNAには多くの事業、多くの職種、多くの人材がいます。
せっかく縁あってDeNAに入社してくれた方々なので、他社ではなく自社内で「自分がフィットする場所があるかもしれない」という感覚を持ってもらえたら嬉しいですね。
5.「メンバーの力の最大総和」が出せる世界観の実現に向けて
-ありがとうございます。最後にシェイクハンズ制度に関して、今後の展望などあればお願いします。
崔さん:先ほど申し上げた離職防止は、最終的な保険みたいな考え方として持っておいて、それよりも自分のやりたいことを自分で探せるという、能動的な使われ方として、シェイクハンズを活用して欲しいですね。
私自身、入社後はゲーム開発のエンジニアでしたし、そのあとは社長室に異動したり、海外勤務があったり、エンタメ事業をやったり、メディアの事業もやったり、AIの新規事業をつくったり、本当に多くの事業を経験して、今は人事部にいます。
-そんなにたくさんの異動をされてきたのですね。
崔さん:異動する度に都度、環境が変わり、おもしろいチャレンジができているなと感じています。おもしろい人材とも出会えることができ、それがすごく楽しいんです。
何が言いたいかというと、DeNAという会社を利用していろんなチャレンジをしてほしいですね。
熱意を持ってやってみたいと思うものがあれば、是非会社を使ってどんどん実現してほしいです。そういう世界観ができあがったときにはじめて、「メンバーの力の最大総和」が出るのではないかと感じています。
シェイクハンズ制度を実施した当初はヒヤヒヤする部分もありましたが、実際に運用してみると、自分がやりたい仕事に就けるチャンスを、多くの人に与えられている制度であると思っています。
「メンバーの力の最大総和」が出せる世界観の実現に向けて、今後も社員の意思を尊重できる制度として運用していきたいですね。