
こんにちは。ジェイソン・ダーキーです。

執筆者JASON DURKEE(ジェイソン・ダーキー)氏IDEA DEVELOPMENT株式会社(アイディア社) 代表取締役
米国シアトル生まれ。1992年に来日し上智大学に入学。卒業後,研修企画会社に就職し10年間勤務。2003年に独立起業。日本を代表する大手企業から外資系企業まで幅広い業種のクライアントに対して,研修プログラムの企画および講師として,5万人以上の能力アップとビジネス成果の向上に貢献した実績を持つ。著作に『ビジネス英語の技術』『ガツンと言える英会話』(Japan Times)ほか。
世界最大の人材育成団体であるATD(Association for Talent Development)の年次国際大会、ICE(International Conference and Exhibition)が2026年5月17~20日にアメリカのロサンゼルスで開催されました。
ATDは1944年設立の非営利団体で、4万名以上の会員(企業や組織の代表が半数)を持つ世界最大の人材育成会員制組織です。そしてICEは、ATDがアメリカで毎年開催している国際大会で、300以上の多彩なセッション、数百社の展示会という業界最大級の規模のイベントに、世界中から数千人の人材育成の関係者が集まることで知られています。グローバルの人材育成トレンドと最先端の成功事例を一気に得られる貴重な機会です。
今年も例年のように展示会の出展社が300社、並行して開催されたセッションは300以上ありました。セッション内容は14分類されていて、その分類(セッショントラック)とセッション数はこの表のとおりです。
| セッショントラック | 数 |
| 1. リーダーシップとマネジメント開発(Leadership and Management Development) | 27 |
| 2. インストラクショナル・デザイン(Instructional Design) | 26 |
| 3. トレーニングの実施とファシリテーション(Training Delivery and Facilitation) | 23 |
| 4. フューチャー・レディネス(Future Readiness) | 20 |
| 5. タレント・ストラテジーとマネジメント(Talent Strategy and Management) | 20 |
| 6. ラーニング・ファンクションのマネジメント(Managing the Learning Function) | 16 |
| 7. ラーニング・テクノロジー(Learning Technologies) | 14 |
| 8. パーソナルリーダーシップ (Personal Leadership Capabilities) NEW | 14 |
| 9. キャリア開発(Career Development) | 12 |
| 10. ラーニングの科学(Learning Sciences) | 12 |
| 11. ラーニングの測定と評価(Measurement and Evaluation) | 9 |
| 12. ヘルスケア(Healthcare) | 7 |
| 13. セールス・イネーブルメント(Sales Enablement) | 5 |
| 14. ガバメント(Government) | 2 |
参加者は例年より少なめの6,500名で、外国からの参加者にはビザの問題(例:中国からの参加者は0名)とドル高の影響が大きいようです。また、アメリカ国内の参加者に関しては、西海岸というATD本部のワシントンDCから遠く離れている開催場所、高いインフラと物価、DOGE活動後の公務員の不安などが原因と推測されます。
外国からの参加者は65カ国・970名で、参加人数の国別ランキングは右の表のとおりです。日本の参加者が最も多いのは驚きでした。
| 順位 | 国 | 人数 |
|---|---|---|
| 1 | 日本 | 187 |
| 2 | 韓国 | 184 |
| 3 | カナダ | 105 |
| 4 | 台湾・香港 | 79 |
| 5 | ブラジル | 73 |

ロサンゼルスという比較的近い場所と大谷選手の効果もあると思いますが、それよりも人材育成に関して真剣に考えている人が日本には多いことが主な理由だと思います。
4つの大テーマ
多岐にわたる情報を整理すると、大きく4つの大きなテーマに分かれており、各テーマを代表する基調講演がありました。
具体的には、

- テクノロジー(基調講演:Zack Kass、OpenAI元GTM責任者。AIが組織と人材に与えるインパクトを語る)
- ヒューマニティ(基調講演:Will Guidara、著者・レストラン経営者。ホスピタリティの視点から組織文化を問い直す)
- リーダーシップ(基調講演:Liz Wiseman、NYTベストセラー著者・Wiseman Group CEO。リーダーシップ研究の第一人者)
- デベロプメント(人材育成のコアコンピテンシー)基調講演はないが、有名なスピーカーが多数登壇
各テーマの代表的なセッション紹介を通じて、ハイライトをご紹介します。
テーマ1:TECHNOLOGY
AIはここ2~3年の大トレンドでした。今年ももちろん大切なキーワードの一つ(特に展示会で)でしたが、トーンは少し落ち着きました。「AIは素晴らしい」というかけ声も「AIは恐ろしい」という騒ぎもなく、より冷静に「AIは人材育成業界にどのような影響を与えるか」「それに対してどうすればよいか」という話が中心でした。
また、AIの取り組みに対する事例紹介も多々ありました(例えば、世界各地の人材育成の場でAIをどのように使っているかのパネルディスカッションがあり、私は日本代表として参加しました)。今年の落ち着いたトーンが伝わる1セッション、HRテクノロジーで有名なMegan Torranceのセッションをピックアップします。
Torrance氏いわく、人材育成にAIをフル活用するためにはこの5ステップの流れが効果的です。

- マインドセット
- AIを使うタスクの特定
- 必要な情報収集と知識習得
- 変化を起こす
- 環境に合わせて微調整
特に大切なのは1ステップ目のマインドセットです。
必要なマインドセットは一言で言うと、人材育成の強みを認めて使い倒すことです。人材育成担当者の強みは下図のようにいろいろあるのに、AIを使うからといってすべて無にしてしまうのは非常にもったいないことです。

AIを導入する際に特に役立つ、従来の人材育成担当者の強みは、
- 広い社内ネットワークと豊富な人脈
- 優れたファシリテーション力
- 研修コンテンツの作成で鍛えられた、複雑な概念を分かりやすくまとめる手腕
- 受講者の「分かった」ことが「できる」ようになる設計力など
「AIに積極的に挑戦することはもちろん良いことですが、そのときにはこの強みをぜひ活かしてください」という温かいメッセージがありました。
テーマ2:HUMANITY
これまでも「AI時代だからこそヒューマンスキルは大切」だとよく耳にしましたが、今年の特徴はAIを深く理解している、先駆者ともいえる人からそれが提起されることが多かった点です。
代表選手は基調講演のZack Kassです。Kass氏はOpenAIの元GTM責任者という、生成AIの最先端を長年リードする人です。AI専門家だからこそ気づいたのが、人間性の大切さです。
AIがもたらす社会と日常生活への影響を考えると、このようなリスクがあります。
- バカによる支配:生きていくために論理思考力はいらないものだと気づく
- 脱人間化:現実社会よりバーチャル、メタバース、デジタルに関心が高い
- 悪質な行為:社会の構造を壊す行動を起こす
- 仕事の代替:人間の仕事がなくなったときの経済的なコストと心理的なダメージ
- アイデンティティの代替:自分の生きる意味や意義が分からなくなる
そのリスクを避けるためのKass氏おすすめの行動は、
- 強い理念を持つ:まず自分にとって大切なミッション、ビジョン、理念などを考えて強く持つ
- 柔軟に対応する:ミッションと違って方法、やり方、プロセスについては必要に応じて柔軟に変える
- 学び方を学ぶ:今後学ぶ量が多くなりスピードが早くなると、効果的に学ぶことが必要になる
- 自然にふれる:人生がデバイスと画面に縛られないように、意図的にさまざまな自然とふれる
- 人間らしくある:AIとロボットにはできない、人間らしいことを大切にしよう
少々抽象的かもしれませんが、極めて重要なことです。このように考えると、未来の業務は数分単位でマルチタスクをしながら大量の細かい突発タスクを素早くさばく現在のスタイルから、はるか昔のように深く哲学的なことを考えるスタイルにシフトする可能性があります。
テーマ3:LEADERSHIP
欧米で最も多く実施されている研修はリーダーシップ研修です。長年リーダーシップ研修で高い信頼を得ているDDI(Development Dimensions International)の社長Tacy Byhamから、人材育成担当者への強いメッセージがありました。
DDIは数十年前から大規模の調査を定期的に行っています(Global Leadership Forecast)。その結果を見ると、経営者を対象に聞いてもCHROをはじめとする人事・人材育成関連メンバーに聞いても、自社のリーダーシップ力とパイプラインは20年間ほぼ変わっていないことが分かりました。

これだけ様々なリーダーシップ関連施策をしていても何も改善されていないのは、非常に残念なことです。
ただし細かく見ると、とてもうまくいっている企業もあればそうではない企業もあります。Byham氏からその違いについて詳しい説明がありました。
リーダーシップ強化(と人材育成全般)には、企業によって4つのレベルがあります。

- 受身的かつ縦割り
- 整理されていて機能している
- データに基づいたパーソナライズ対応
- 戦略的かつ最適
数字が大きいほうがレベルも上になりますので、当然そちらを目指すべきです。
上のレベルを目指すための第一歩は、人材育成部門の基本的なスタンスを見直すことから始まります。具体的に言うと、人材育成部門にはだいたい以下のような姿勢が見られ、数字が大きいほうがさらに効果的な人材育成施策を提供できます。

- 指示待ち:言われたニーズに対して研修を企画・実施する
- パートナー:現場と一緒に目標達成に向けて育成計画を提供する
- プロアクティブ:ニーズを予測して自ら提案する
研修企画のスタートライン

研修を企画する際、最初に考えるのは必要な能力やコンピテンシーではなく、事業戦略や経営課題です。そこから企画して、その次に求める能力と育成施策を考えると、ビジネス成果につなげられる可能性が高まります。
細かい階層別研修

同じリーダーや管理職とひとくくりにしても、ニーズは細かく異なります。各層にぴったり合うような研修内容をするためには、階層を細かく分けてそれぞれにオリジナルの内容を提供する必要があります。
私の個人的な印象ですが、細かい階層別研修は数十年前から日本の定番研修で伝統的なやり方となっています。ですが、グローバルの人材育成専門家からは数十年間ずっと批判され続けてきました。それが今になって、グローバルの最先端ノウハウになるとは! びっくりしましたし、けっこう笑いました。こんなふうに、時間によって人々や世間の考え方は移り変わっていくものだと強く実感しました。
テーマ4:DEVELOPMENT
このテーマは人材育成のコアコンピテンシーです。例えば、ニーズ把握、研修の企画と設計、講師スキル、定着フォロー、研修効果測定などです。様々な成功事例があった中から一つ、本質的かつ実践的だと感じたものは、ジョージア工科大学の人材育成担当者Racheal Wattsの、上司を巻き込む事例紹介です。
スキル定着は人材育成の長年の課題の一つです。定着を高めるための効果的な手段の一つが受講者の上司の巻き込みであることは以前から知られていますが、現実問題として忙しい上司を部下の成長支援のために巻き込むのはそう簡単ではありません。Watts氏はジョージア工科大学の取り組みを紹介しました。
背景
研修プログラム自体は汎用的な新任管理職研修です。月1回の終日研修 x 4カ月間、一部事前課題と自己学習があり、最後にちょっとしたプロジェクトがあります。プログラムに斬新さはありませんが、上司を巻き込む徹底的な定着フォローが特徴です。
出席率を高める工夫
過去の欠席率が高かった反省を踏まえて、まずは出席率を高める工夫をしました。具体的には、募集条件として100%出席する約束をさせて、1回でも欠席すると部門に20万円の罰金を払わせるルールをつくりました(今まで罰金は一度も求めたことはないものの、出席の重要性を強調するのに有効な工夫であるとのこと)。

上司の巻き込み
上司を巻き込むために、受講者と同じタイミングでより簡易的な研修を実施しました。
1日間の終日研修で定着の重要性、上司の役割、成長支援テクニックを教えます。その後、受講者の研修内容と上司として職場でフォローするヒントの映像と資料を送ります。忘れないように定期的なリマインドメールも送りました。それ以外には、上司向けのオンラインコミュニティと相談室を立ち上げました。

上司の負担を低減する
定着を強化するために上司を巻き込むのは効果的ですが、同時に忙しい上司の負担を増やすことはなるべく避けたいものです。そのため、すべての巻き込みを受講者主体にしました。
例えば、研修前後の面談のセッティングは受講者が仕切ります。アクションプランの進捗状況報告と相談についても、受講者が先に内容を発信して、上司はそれに対して反応するだけです。
細かい工夫もいろいろありますが、大切なポイントは巻き込んでも上司の負担を極力増やさないことです。

結果
明確な結果として、出席率は100%になりました。
また、より大切なことは、
- 研修内容の正しい理解が進んだ
- 研修期間中に職場で明確な行動変容があった
- 上司と部下のより強い信頼関係が構築できた
- カークパトリックのレベル3・4の良い結果が出た
確かに上司の負担は少し増えましたが、結果を考えると、マイナス面よりも明らかに組織にとってのビジネス成果とインパクトというプラス面のほうが大きくなりました。

まとめ
今年のATD ICE人材育成国際大会でも様々なセッションに参加してきましたが、一番感じたのは十数年前と比較して、グローバルと日本の人材育成のギャップが小さくなっていることです。
正確に言うと、ギャップが大きいのは国や地域の差よりも、同じ地域の中で優れた人材育成を実施している企業とそうでない企業の差だと実感しました。これからも日本でビジネス成果につながる効果的な人材育成施策を提供できるように頑張りましょう。
