
人事担当者にとって、「昇給制度」は常に悩みの種ではないでしょうか。
どのような基準で昇給を決めれば不満が出ないのか、誰の給与を上げるべきなのか、そして、給与を上げた分のコストをどのように業績につなげていくのか——。
一方で、社員のモチベーションを高める最大の要因の一つは「給与アップ」であることも事実です。しかし、感覚的・属人的な昇給を繰り返してしまうと、不公平感が募り、かえって離職を招くことにもなりかねません。
今回は、人事担当者の視点から、企業成長と社員の年収アップをどのように連動させるかを整理します。そして社員の「給料を上げたい」という意欲が組織成長につながる制度設計のポイントをお伝えいたします。

寄稿者大村 康雄氏株式会社エッジコネクション 代表取締役社長
慶應義塾大学経済学部経済学科卒業後、シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)入行。2007年、株式会社エッジコネクション創業。営業支援業を軸に、人事・財務課題にも対応するコンサルティング企業として展開。これまでに1600社以上を支援し、継続顧客割合は75%を超える。2024年7月には「24歳での創業から19期 8期連続増収 13期連続黒字を達成した黒字持続化経営の仕組み」を出版。
目次
1. 給与アップを前向きに捉えるための「意識の転換」

人事担当者の立場から見ると、「社員の昇給は応援したいけれど、経営からは人件費を抑えるよう求められる」という板挟みになりがちです。
給料が上がることを喜ばない社員はいませんが、社員から「給与を上げてほしい」と要望されて素直に喜べる経営者は多くないかもしれません。給与が上がるということは、企業にとってはコスト増、つまり利益が出にくくなるという印象があるためです。
そのため多くの場合、「給与アップ=望ましくない」という固定観念が、制度改善の妨げになっています。しかし、社員の給与アップと企業業績アップを連動させるためには、まず経営側が “給与アップは望ましいことでもあり得る”と捉え直す必要があります。
最初は思い込みでも構いません。「社員の給与を上げたい」「給与を上げられる組織にしたい」と言語化することで、給与アップと企業成長を結びつける思考サイクルが動き出します。
2. 「誰の給与を上げるべきか」を説明できる状態か?

給与アップと企業成長を連動させるには、「給与を上げてしかるべき人」が誰なのかを判断できる状態が欠かせません。むやみに給与を上げるわけにはいきません。
では、誰の給与をどの基準で上げるべきなのでしょうか?その答えは、「給与を上げるべき人から順番に昇給すること」です。
では、「給与を上げてしかるべき人」は誰でしょうか?
- すぐに名前が思い浮かぶか
- 他の社員にも納得感のある説明ができるか
この2点が判断材料になります。もし「給与を上げてしかるべき人」がすぐに思いつかない場合、現場の評価状況やデータを十分に把握できていないサインかもしれません。
評価基準が経営と一致していないと、会社の成長につながらないポイントで“評価される人”が生まれ、組織の熱が下がってしまいます。一方、「給与を上げてしかるべき人」が思いつく場合、「他の社員も納得できる形で、昇給理由を説明できる状態を整える必要があります。
特定の社員の昇給が、他の社員のモチベーション低下を上回ってしまう状態は避けなければなりません。
3. 「文句のでない昇給理由」とは何か?
「佐藤さんは今期ナンバーワンの営業成績だったから昇給しました。」
これだけ聞くと納得できそうですが、佐藤さんの担当がたまたま大口顧客だったり、売りやすい地域を任されていた場合、社員の受け止め方は変わります。
誰もが納得する昇給理由にするためには、“運や偶然”ではなく、誰もが再現できる条件であることが絶対条件です。「あの人は運がよかった」という声が出る状態は、昇給理由が整っていないサインです。
真の意味で納得性のある昇給理由とは、「だったら私もできる!」と思う社員が全体の70〜80%に達すること。これにより、納得感と挑戦意欲の両方が生まれます。
4. 「私もできる」と思える2つの条件
社員が「自分も昇給できる」と感じるためには、次の2点が重要です。
①難易度が適切であること
入社初月の社員に「ベテラン並みの成約が取れたら昇給」と伝えれば、「そんなの無理です」となるのは当然です。スキルレベルに応じて、難易度を適切に調整した昇給条件が必要です。
②ルールが明確であること
昇給条件が毎月変わったり、付帯条件が多すぎたりすると、覚えること自体が目的になってしまい、成果につながりません。一方、ルールが明確であれば、下記のような成長サイクルが機能します。
- 「今月はダメでも来月頑張ろう」と思える
- 何を改善すればいいかがわかる
5. 昇給条件をつくるために必要な2つの仕組み

ここまでの考え方を制度化するには、人事が次の2つに取り組む必要があります。
①【スキルレベルが同程度のメンバーに昇給条件を適用する】
難易度が適切であるということは、裏を返すとその昇給条件が適用されている人たちの業務スキルレベルが同程度ということです。
スキルレベルが異なる人に同じ条件を課すと、ある人には簡単で、ある人には難しい状況が生まれます。そのため、業務内容を難易度ごとに整理し、業務レベルに応じて昇給条件を設計することが不可欠です。
これにより、「あの人だけ優遇されている」という不満を防ぎ、「あの人ができたなら、自分にもできる」という環境を作れます。
②【業務を可能な限り“単純化”し、昇給ルールを明確化する】
業務が複雑で属人化している場合、昇給条件も複雑にならざるを得ません。特に、複数の業務を兼任している場合、昇給条件を一つにまとめようとすると、評価軸が混在し、結果として分かりにくいルールになりがちです。
例えば、営業と経理を兼任している社員に対して、「成果」と「ミス防止」を同時に反映させようとすると、次のような条件設定になってしまうケースがあります。
【営業業務に関する条件】
・3ヶ月ごとの売上目標を達成するのが最低条件
【経理業務に関する条件】
・経理業務でミスを1回するごとに、売上換算で10万円を差し引く
(ミスの定義:上司へエスカレーションしたもの)
・ミスを隠ぺいし、発覚した場合はミス10回分として扱う
・差し引く売上は当月ではなく前月の受注分を対象とする… など
このように評価軸が混在すると、「どの業務をどう頑張れば昇給につながるのか」が複雑になりすぎて取り組みづらく、結果としてルールが形骸化してしまいます。
よって、明確な昇給ルールを作るために、まず業務を単純化・分解・標準化することが必要です。業務が整理されていない状況では、公平で分かりやすい昇給条件を作ることはできません。
6. まとめ:公平で挑戦を促す昇給制度は、企業の成長エンジンになる
まとめると、
- 昇給条件の適用を業務スキルレベルが同程度の社員に揃える
- 日々の業務を可能な限り単純化する
- 再現性のある昇給条件を整える
これによって、社員のやる気を引き出す昇給条件が作れます。スキルレベルが近い社員が、単純化された業務の中で切磋琢磨し、「自分も達成できる」と思える環境が生まれれば、企業の業績アップは自然と実現します。
社員の給与アップは、決して“良くないこと”ではありません。公平で挑戦を促す昇給制度は、企業の成長エンジンそのものです。
人事として、昇給を「コスト」ではなく「成長を生む仕組み」として再設計し、社員が互いに高め合う文化を育てていけると良いのではないでしょうか。
