こんにちは、舟木彩乃と申します。
私は公認心理師として日々、メンタルケアの現場で職場の皆さんの悩みに向き合っています。公認心理師は、心理職では初の国家資格で産業カウンセラーのように企業内カウンセラーとしても活躍しています。
今日は、よく寄せられるお悩みとアドバイスと、それらを解消する上で身につけたい「首尾一貫感覚」と「処理可能感」についてご紹介します。
執筆者舟木 彩乃氏心理カウンセラー/ストレスマネジメント専門家/株式会社メンタルシンクタンク副社長
Yahoo!ニュースエキスパートオーサ-として「職場の心理学」をテーマにした記事、コメントを発信中。AIカウンセリング「ストレスマネジメント支援システム」発明(特許取得済み)。国家資格として公認心理師や精神保健福祉士などを保有。カウンセラーとして約1万人の相談に対応し、中央官庁や自治体のメンタルヘルス対策にも携わる。博士論文の研究テーマは「国会議員秘書のストレスに関する研究」。ストレスフルな職業とされる国会議員秘書のストレスに関する研究で知った「首尾一貫感覚」(別名:ストレス対処力)に有用性を感じ、カウンセリングに取り入れている。著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館)、近著に『過酷な環境でもなお「強い心」を保てた人たちに学ぶ「首尾一貫感覚」で逆境に強い自分をつくる方法』(河出書房新社)がある。
目次
ストレスマネジメントのメソッド「首尾一貫感覚」とは
はじめに、私が提唱するストレスマネジメントのメソッドは「首尾一貫感覚」です。
首尾一貫感覚とは、つらい出来事やストレスフルなことがあっても、うまく対処して、心の健やかさを保てる力といえます。
これは、医療社会学者のアーロン・アントノフスキー博士が、1970年代に第2次世界大戦中、ナチスドイツのユダヤ人強制収容所に収容された経験をもちつつも、その後も更年期を経てなお健康を保っていた女性たちについて研究した結果、過酷な経験をしたのにもかかわらず「健康を保っていた女性たち」に共通する「考え方」や「価値観」を分析し、導き出したものです。
簡単に言うと「大変な仕事、しんどい人間関係、ストレスフルな出来事があっても、明るく健康に生きる力」といえます。
そのため、別名「ストレス対処力」とよばれていて、主に下記の3つの感覚で構成されています。
- 把握可能感「だいたいわかった」と思える感覚
―自分の置かれている状況や今後の展開をある程度、把握できると思うこと - 処理可能感「なんとかなる」と思える感覚
―自分に降りかかるストレスや障害にも対処できると思うこと - 有意味感「どんなことにも意味がある」と思える感覚
―自分の人生や自分自身に起こることにはすべて意味があると思うこと
最初のお悩みにこの「首尾一貫感覚」をあてはめて解説します。
Q1:部署異動してから仕事がうまくいかなくてつらい
私のところに相談にきた松本さん(仮名/30代女性)さんは、入社して以来ずっと同じ部署にいましたが、別の部署に異動になって問題にぶつかりました。
仕事の内容は大きく変わらなかったのですが、新しい上司や同僚との人間関係や部署の雰囲気が自分に合わなかったのです。
具体的には、上司の指示がわかりにくく、聞き直したりすると機嫌悪く対応されることがストレスだったようです。また、殺伐とした雰囲気の部署で、仕事以外の話ができる同僚もいませんでした。
松本さんは、この部署で働き続けることは難しいと思い、今後どうしたらいいかわからなくなったため相談にきたのです。
首尾一貫感覚が低い人と高い人の違い
そのときの松本さんの考え方やとらえ方を首尾一貫感覚の3つの感覚で掘り下げていくと、次のように整理できました。
- 把握可能感:今のつらい状態で働き続けるのは難しいと思うけれど、今後、どうしたらいいかわからない
- 処理可能感:上司も同僚も頼りにできず、なんとかなるとは思えない
- 有意味感 :この問題を乗り越えることに意義を見出せない
どんな人でも、職場環境が変われば相応のストレスを感じるものです。松本さんのように考えてしまうのは、しかたがないのかもしれません。
では、首尾一貫感覚でどのように考えればいいのでしょうか。
- 把握可能感:今は部署を異動したばかりだから大変なだけで、少しずつ慣れてくれば変わるだろう。この部署の会社の中での役割や評価を確認してみれば、少しは状況が変わるかも
- 処理可能感:今までもピンチを乗り越えてきたし、今回もなんとかなるだろう。とりあえず上司のことは、前の部署の先輩に相談してみよう。あるいは友人を誘って飲みに行って息抜きをしつつ、どうにかなると思って仕事をしていれば、そのうち話せる人もできて、ちょっとずつ職場にもなじめるだろう
- 有意味感 :今の状況を乗り越えることで自分は成長することができる
いかがでしょうか。両者には大きな違いがあると思いませんか。
まず、首尾一貫感覚の高い人は「今は慣れていないだけ」と自分の状況を俯瞰的に見ることができています。また、どのようなルールや評価で動いているのかを探ることで今後の展開を見通そうとしています(把握可能感)。
そして、これまでの経験から、「今回も時間はかかるけどなんとかなるだろう」と考えます。「前の部署の先輩に聞く」と人脈を活用することもできています。加えて、息抜きをしたり、アドバイスをもらえたりする友人もいます。
こうした人脈や経験があることで「なんとかなる」と思えています(処理可能感)。また、この経験はつらいし、嫌なことも多いけれど、乗り越えれば「自分は成長することができる」と、意味のある経験としてとらえられています(有意味感)。
このように、首尾一貫感覚の高い人とそうでない人とでは、同じ状況にありながら、まったく違う精神状態です。「つらい。どうしたらいいかわからない」と落ち込む人もいれば、「今はちょっとつらいけど、なんとかなる」と前向きにとらえられる人もいるのです。
人事担当としてできるアドバイス
ですので、人事担当としてはまず、松本さんの話を聞き、そのうえで状況を俯瞰で見て説明し、ルールや人事評価について具体的に解説して安心感を持ってもらいましょう。
そのうえで、上司とのワンオンワンミーティングをセッティングするなど、相談しやすい環境づくりをすることで彼女の不安材料を取り除いてあげることが肝要かと思います。
最も不足しているのは「処理可能感」
私は、普段のカウンセリングでも「首尾一貫感覚」を活用しています。
その経験から、悩みを抱えて私たちのような心理職に相談にくる人たちのなかで、最も不足しているのは、「処理可能感」だと感じています。
つまり「なんとかなる」と思える力です。首尾一貫感覚の3つの感覚のなかで処理可能感が低い状態なのです。
したがって、少しストレスに弱いタイプであったり、ストレスフルな環境でメンタルが少し弱くなってしまっている状態の人たちは、処理可能感を高めることがいいのではないかと思っています。
見通しが立つこと、状況が理解できていることなど、把握する力(把握可能感)も「なんとかなる」と思えるかどうかに影響します。
ここでは「処理可能感」について事例を挙げて解説します。
Q2:上司の仕事の振り方についていけない
相談者の吉川さん(20代男性)はチームの上司からの仕事の依頼方法について悩んでいると相談がありました。
吉川さんのチームは社内の新規事業を担当していて、これまでのマニュアルなどがなく、すべてが新しいことの連続のため、仕事の予定や見通しが立てにくいこともあり、上司からの仕事の依頼がいつも急に降ってくることがストレスになっていました。
たとえば、定時に仕事が一段落して、今日は早めに帰りたいと思った吉川さんが帰宅しようと準備していたところ、突然、上司から「これ急ぎで!」と同僚数名とともに仕事をふられることがありました。同僚たちは断りましたが、Aさんだけ断れずに一人で対応しました。
しかもAさんは、上司から言われた時間内に終わらせることができなかったため、帰り際、上司に平謝りしたそうです。
上司に急ぎの無理な仕事を頼まれたうえに、一人で対応したのですから、何も終わらないのはAさんのせいではないのに、です。
処理可能感=「なんとかなる」と思える力が弱い人が相談者に多い
このように、無理な仕事や無茶な要求をされた場合でも、「それに応えられない自分が悪い」といった態度をとるAさんのような人は、「処理可能感」が低い人といえます。
Aさんのなかに、「相手の要求に完璧に応えなければいけない」という思考があるからです。
この完璧主義的な思考がクセになっている人は、相手の要求に〝完璧に応えられなかった〟部分に大きくフォーカスしがちです。そのため、「うまくいった」という成功体験を感じにくいのです。
この「うまくいった体験」は、「前回うまくいったんだから、今回もなんとかなるだろう」という処理可能感の「なんとかなる」感じにつながります。
そのため、「うまくいったこと」より「うまくいかなかったこと」に目が行きやすい人は、「なんとなかる」感覚を育みにくいのです。結果、ますます「なんとかなる」と思える力が不安定になっていきます。
私がカウンセリングをしていて、打たれ弱い人、ネガティブな思考にとらわれている人、ストレスフルな状況にいる人などは、「なんとかなる」と思える力が弱いと感じます。
この「なんとかなる」をもっと詳しくいうと、「自分にふりかかるストレスや障害に対処できるという確信」「問題を抱えたり、トラブルが起きたりした場合にも、自分やまわりの助けを借りながら、乗り切ることができる自信」などといえます。
そして、なぜ「なんとかなる」「なんとかできる」「乗り切ることができる」という感覚をもてるのかというと、乗り越える際に必要となる「資源」があるからです。
「資源」には、「人脈」「知力」「経験」「お金」「権力」「地位」などがあります。この「資源」はもっていることも大切ですが、タイムリーに引き出せることが重要です。
仲間と武器が重要
私自身は、この「資源」を説明する際に「仲間と武器」という言葉をよく使います。「仲間」は、「人脈」のこと。人間関係です。
仕事でピンチに陥ったとき、メール1本で「今、困っていて。これについて何か情報ないかな?」などと聞ける仕事仲間がいたり、「どうしましょうか」と相談したら一緒に考えてくれる上司がいたりすると、「なんとかなる」と思えるものです。
一方で、ブラック企業に勤めてしまって、相談できる相手もなく、上司も「自分でなんとかしろ」と言うだけだったりすれば、「なんとかなる」とは思えず、「どうしたらいいんだろう」「もうイヤ……」という気持ちになるはずです。
「武器」についていえば、「知力」「経験」「お金」「権力」「地位」などがあげられます。
例えば、「お金」です。自分が担当しているプロジェクトで部下が大きなミスをして損失を出した場合、ギリギリの低予算でやっているなら、「お金が足りない、どうしよう」となりがちです。
一方で、自分に任されている予算(お金)が大きければ、「その程度のミスならなんとかなる」と思えます。「権力」「地位」についても同じようなことがいえます。
権力や地位があれば、少しくらいのアクシデントや問題が起きたとしても「なんとかなる」「大丈夫」と思えるのではないでしょうか。
窓口で、「アルバイト」には理不尽なことで文句をいうお客様がいたとしても、自分が「部長」なら、なんとか対応できると思えるものです。
「権力」(この場合、権限)や「地位」があると、解決できる範囲が広いものです。「権力」や「地位」を活用して「解決できる」「なんとかなる」と思えるのも、処理可能感なのです。
経験や学ぶことの重要性
また「経験」や「知力」も「なんとかなる」と思えるかどうかに与える影響が大きいです。これらは「把握可能感」とも連動しています。
「経験」や「知力」によってある程度状況を理解でき、先のことが予測できると(把握可能感)、「なんとかなる」という処理可能感につながりやすいのです。
人事担当の方へのアドバイスは、新規事業という部署の性質柄、新しいことが多く、仕事の見通しが立たない職場環境であることを改めて説明した上で、吉川さんの仕事に対する要望を聞き出し、上司に伝えて、なるべく予測が立てられるようなスケジュールで仕事を依頼するように伝えることでしょうか。
実は、「なんとかなる」と思える力「処理可能感」を高めるためには、小さすぎず大きすぎない負荷をかけることが大切です。
「過小負荷」とは、「心理的にほとんど負荷がない、ストレスを感じない状況」のことです。
「過大負荷」は、逆に「過度に大きな負荷を強いられた状況」のことで、本人の能力を超えた仕事量や難しい仕事を指示された場合などがこれに当たります。
つまり、「過小負荷と過大負荷のバランスがとれた経験」とは、がんばれば乗り越えられる程度のバランスのとれたストレス下での経験を指しています。
普通に考えると、ストレスをまったく感じない状態が一番いいように思われますが、処理可能感を高めるには適度な負荷やプレッシャーがあったほうがいいことになります。
やりがいを保ちつつパフォーマンスを発揮できるのは、「要求度」(上司などから仕事の量や質について期待されていること)と「コントロール度」(期待に応えるために必要な裁量権を与えられていること)の両方が高い状態といわれています。
このような状態のもとで仕事をクリアしていくことが良質な人生経験となって、次にもっと難易度が高い仕事がきても「なんとかなる」(処理可能感)と思えるようになり、より大きな仕事、困難な出来事にも対処できるようになります。
つまり、適度な課題を与えられてクリアしていくことによる「成功体験」が、処理可能感を高めることに大きくかかわっているのです。
そして何より、「人事部が、吉川さんにとって相談できる場所になる」ということが、とても重要なことだと思います。
「なんとかなる」と思える処理可能感には、「仲間」「人間関係」が大事だと私は考えています。その意味で、困った時に「助けて」と言える人の存在はとても大事なのです。
その意味で、人事部がきちんと「助けて」と言える場所になれているか、ぜひ意識してもらいたいポイントです。まだ20代の吉川さんは、会社にとって大切な戦力です。モチベーションを保ちつつ、ストレスを減らして気持ちよく業務に当たれるようにサポートができるといいですね。