世界的な潮流を受け、日本でも大手企業を中心に人的資本の情報開示が求められるようになり、これからの企業経営には欠かせないものになってきているように感じます。
しかし、実際にどのように取り組んでいくべきなのか、十分に理解できていない方も少なくありません。そこで今回は、レゾナック・ホールディングス(以下 レゾナック)が取り組む人的資本の情報開示の事例をご紹介。
2023年に昭和電工と昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)が統合して新たなスタートを切ったレゾナックの人的資本の情報開示とはどのような内容なのか。
本記事では同社の人的資本経営を推進している萩森さん、足達さんに、その実践プロセスや人事戦略における考え方などを伺い、人的資本経営を推進するためのポイントをまとめていきます。
萩森 耕平|株式会社レゾナック・ホールディングス 組織・人材開発部 部長
日系電機メーカー、米系コンサルティングファーム、欧系コングロマリット、日系製薬企業などを経て、2021年に昭和電工マテリアルズ(現レゾナック)のライフサイエンス事業本部にHRビジネスパートナーとして入社。2023年1月よりレゾナック・ホールディングスの組織・人材開発部長として、採用、タレントマネジメント、教育・研修、要員管理や人的資本経営などの機能を担う。
足達 紘太|株式会社レゾナック・ホールディングス 組織・人材開発部 人事政策企画グループ プロフェッショナル
鉄鋼メーカーの事業所人事、化学メーカーの本社人事などを経て、2021年に昭和電工マテリアルズ(現レゾナック)に入社。ライフサイエンス事業本部のHRビジネスパートナーとしての業務に従事したのち、2023年5月より現職。人的資本経営に関連する施策立案や開示などを担当。
目次
これまでのレゾナックの人的資本の情報開示
―本日はよろしくお願いします。まずは統合してスタートを切ったレゾナックについて、詳細をお伺いできますでしょうか。
レゾナックは2023年の1月1日に、昭和電工と昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)が統合して新会社として誕生し、現在グループ全体で約2万6,000人の従業員がいます。
もともと昭和電工は、石油化学・化学品などを中心とした大手総合化学メーカーとして事業をおこなってきており、一方で昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)は半導体・電子材料などのより市場に近い成長事業を手掛けてきました。
この度の統合により、素材から川下まで、幅広い材料・技術を有するようになりました。今後さらにシナジーを発揮して世界トップクラスの「機能性化学メーカー」となるべく、一丸となって取り組んでいます。
そんなレゾナックがパーパスとして掲げているのが『化学の力で社会を変える』です。そして、その実現のために『共創型化学会社』になることを目指しています。
VUCAと言われる未来予測が困難な時代において、産業が抱える課題は複雑で大きく、一社単独で解決できるものは少なくなってきています。
私たちは、あらゆる社会課題の解決に向けて、社内外でのさまざまなステークホルダーと共創することで、新たな価値を生み出し、社会貢献していければと考えています。
化学メーカーというと、割りと安定感のある業界だというイメージがあるかもしれませんが、レゾナックの社内では、「変わらないと生き残れない」という健全な危機感のもと、「新しいことをやろう、面白いことをやろう」と、チャレンジを追求していく空気感が生まれています。
―ありがとうございます。これまでの人的資本の情報開示の取り組みはどのようなものだったのでしょうか?
私は2021年に入社したのですが、当時は統合後における人事制度やシステムといった仕組みづくりに奔走していた時期でしたので、人的資本の情報開示の取り組みには、そこまで注力できなかったというのが正直なところです。
というのも、統合後の全社戦略も策定中のタイミングでしたし、法人が2つで、人事のシステムも2つに分かれていたので、人事情報も正確に把握するのが難しい状況でした。
そういった背景から、「まずはできる範囲で対応していこう」という方針となり、「女性管理職数」など出せるものからなんとか出していったというのが実態でした。
そこから2023年のレゾナックの誕生に合わせて経営戦略を固め、それをベースに人事戦略を決定していきました。
人事システムはまだ整備中で、情報開示インフラとしては道半ばではありますが、戦略とストーリーが固まったので、2023年度の統合報告書『RESONAC REPORT 2023』では、その部分を中心に開示していきました。
今は策定したストーリーに沿って戦略が実現できるように、各種施策の設計をしている状況です。
キーワードは『共創型人材』これからのレゾナックの人的資本経営
―それでは、現在の取り組みについて深掘りしてお伺いできればと思います。
まず、レゾナックとして『共創型化学会社』を目指すうえで、その実現に向けて求められる人材像を考えていきました。そして生まれたのが『共創型人材』というキーワードです。
共創型人材は、
と定義しています。
人事戦略の柱を「共創型人材の育成」とし、そのためのストーリーや具体的な施策を考えていきますが、人事戦略は経営戦略を実現させるためのものになっていないと意味がありません。
共創型人材の育成に向けて、経営戦略と人材戦略の整合性をとりながら『4つの人材マテリアリティ』を構築していきました。
共創型人材を育成するための4つの柱
―『4つの人材マテリアリティ』とはどのようなものでしょうか?
簡単に言えば、人事戦略を実現するための4つの主要なテーマになります。それぞれのテーマごとにKGIを設け、2030年までに目指すフェーズを定義しています。
- 人材マテリアリティ1|事業が求める人材の供給
→ KGI:将来人材ポートフォリオの策定、後継者計画準備率 - 人材マテリアリティ2|選び選ばれる魅力構築と発信
→ KGI:採用計画の充足率、痛手となる自発的離職率、エンゲージメントスコア - 人材マテリアリティ3|自律的なプロフェッショナルの創出
→ KGI:内部登用率 - 人材マテリアリティ4|共創を生む企業文化づくり
→ KGI:パーパス・バリュー実践度のサーベイスコア
まずは土台となる『共創を生む企業文化づくり』(人材マテリアリティ4)
人材戦略の根幹となるのは、人材マテリアリティ4の『共創を生む企業文化づくり』です。このカルチャーが醸成されない限りは共創型人材の輩出はいつまでたってもできません。
そのためのKGIとしては「パーパス・バリューの実践度」を掲げており、定期的にサーベイをおこなって、状況を確認しています。
人事組織の中にも「カルチャーコミュニケーション部」という専門組織を設けて、法人統合前の早い段階から、パーパス・バリューの浸透や実践に取り組んでいます。
採用力とエンゲージメントの向上『選び選ばれる魅力構築と発信』(人材マテリアリティ2)
その次に、人材マテリアリティ2『選び選ばれる魅力構築と発信』の部分です。
ここは、企業文化に共感してくれる人材の採用と、既に社員として仕事をしている人材のエンゲージメント向上・定着の部分になり、KGIとしては「採用計画の充足率」「痛手となる自発的離職率」「エンゲージメントスコア」の3つを掲げています。
―この中にある「痛手となる自発的離職率」とは、どういった定義になるのでしょうか?
社内で役員候補となり得る人材を選抜をしており、そのメンバーたちの離職率になります。
これもさまざまな議論があって現在の形になっているのですが、コアになる将来のリーダーたちがエンゲージメント高く働いているかは注視しています。
社内人材の育成・登用『自律的なプロフェッショナルの創出』(人材マテリアリティ3)
企業文化の醸成、採用・定着に続いて考えたいのが、人材マテリアリティ3の『自律的なプロフェッショナルの創出』です。
これは、本当に社内で人材が育っているかを示すもので、KGIとしては重要ポジションにおける「内部登用率」になります。
入社・定着を経て、そこから自律的に成長していく仕組みを目指していて、社内のメンバーが活躍して着実にステップアップして新たな機会を得ていることを示したい思いもあります。
事業戦略と連動した『事業が求める人材の供給』(人材マテリアリティ1)
先述した人材マテリアリティの3つを実施して、最後の4つ目が『事業が求める人材の供給』です。
KGIとしては、「将来人材ポートフォリオの策定」と「後継者計画準備率」を設けています。
レゾナック単体の全リーダー職ポジション(約1,300ポジション)については、後継者計画を作成してもらっており、すでに90%以上、計画策定が完了している状況です。
そして、将来人材ポートフォリオの策定というのは、たとえば「5年後にビジネスとしては◯◯という状態を目指す」というビジョンがあったときに、そのプランを実現するために必要な人材と今の人材にどれだけギャップがあるかを可視化していき、そこからどのくらい充足できているのかを見ていきます。
これらは、経営陣や各部門のHRビジネスパートナー(HRBP)と一緒になって作成しております。
人的資本経営でぶらしてはいけない「レゾナックらしさ」
―これまでの取り組みにおいて、こだわった部分や苦労した部分などはございますか?
こだわった部分としては、当社が目指している『共創型化学会社』を実現するための人事戦略になっているか、というところですね。
他社の事例を見て参考にできる部分ももちろんありますが、あくまでも軸をぶらさずにレゾナックならではのものになっているか、レゾナックの競争力を支えるものになっているかにこだわった内容にしていきました。
他社の総合報告書を見たり、外部の方のお話を聞いたり、事例研究もたくさんしたのですが、行き着いたのは他社がどうこうよりも、自社が何をやりたいかを打ち出すことが、人的資本経営の核だということです。
アプローチ方法は多くあると思いますが、まずは自分たちが何をすべきかにフォーカスすることが重要だとあらためて認識しました。
―人事データの収集項目や開示項目において意識したことはありますか?
先ほど4つの人材マテリアリティで掲げたKGI・KPIをもとに、どのようなデータをとるべきかを決めて、作り込んでいきました。
ISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)もチェックして、自社で開示できる状態なのかは一応見ていますが、あくまでもレゾナックの人材戦略の中で求められる指標を優先的に取得できるように動いています。
―データを取っていく中で得た気づきなどはありましたか?
データの取得の方法で、 「どの時点の、どの対象範囲で、どんな項目を取得するか」という要件定義の重要性ですね。
定期的なモニタリングをするには、データ取得の要件定義を最初から詳細を詰めておかないと、正しい比較ができませんし、「そもそもこれは正確な情報なのか?」「必要な情報が取れているのか?」と、データへの信頼性を担保することも難しくなるので、ここはこだわらないといけないと感じました。
―これまでの活動を振り返って、良かった点やブラッシュアップしたい点などあれば教えてください。
レゾナックならではのストーリーができて、それに沿った人材マテリアリティを作成してKGIを設定していって、「なんのためにやるのか」という目的から整理できた部分は、良かった点と言えると思います。
経営戦略や事業戦略に立ち返って整理した上で人的資本経営に取り組まないと、「なぜこのKPIなのか」「そもそもなぜ人的資本経営に取り組んでいるのか」と、混乱をきたす可能性があります。
ただ一方で、人事データの整備・開示がまだまだ不十分なところは今後の注力ポイントですね。
「旧日立化成では取得していたデータだけど、旧昭和電工では取っていない」「海外拠点との接続をどうしていくか」など、まだまだ整備中の部分は多くあります。
良かった点として、我々の人材戦略がうまく機能している要因の一つは、経営陣の高いコミットメントだと考えています。
CEOやCHROが共創文化の醸成や人材育成についてとことんコミットしており、常日頃から二人で国内・海外を周って、タウンホールミーティングやラウンドテーブルを通して、社員と意見交換を実施しています。
2022年度は、タウンホールミーティングが61回、ラウンドテーブルは110回おこなっており、今年に入ってからも同様のペースで継続しています。
こういった活動は人事としても非常に心強いですし、CEOとCHROが、社員と 一緒に話し合ってスピーディーにいろんなことを意思決定していくので、レゾナックになって本当に会社が変わったんだということを、社員の皆さんも実感していると思います。
レゾナックらしさの追求をしながら、人事の側面から会社を強くしていく
―最後に、お二人の今後の展望などお伺いできますでしょうか。
人材戦略ができて、それに基づくマテリアリティ、KGI・KPIを設定することはできたので、ここからは実際に運営していく中で、しっかりと効果を生み出し、実績をつくっていくことが何よりも大事なことだと考えています。
そのために、効果計測の仕組み化も整えていく必要がありますし、メンバーに変化を実感してもらうところまで取り組んでいくことが重要だと思っています。
人的資本の情報開示・人的資本経営というワードがでてきて、人事の側面から企業価値を上げることに対して、さらなる貢献ができる非常によい機会だと感じています。
人的資本経営で大切だと思うのは、レゾナックらしさの追求をやめないことです。
「世の中の会社がみんなやっているからやります」ではなくて、レソナックだからこそやれること、やるべきことを見つけて、そこに対してスピーディーに打ち手を打っていける。
それを支えるような人事戦略をしっかりつくっていければと思いますし、そのような人事戦略を通して、レゾナックという会社をより強くしていきたいですね。