本格的な脱コロナを迎え、転職市場が活発になっています。新卒入社後3カ月以内の退職は第2新卒扱いとなるため、6月は退職者が増える傾向も見られます。
そんな中、最近問題になっているのが、退職者による炎上事件です。前職への不満をSNS等に投稿し、それをインフルエンサーが拡散して大炎上する事件も相次いでいます。人事としては悩ましい問題ではないでしょうか。
今回は、ネット炎上対策の専門家であるシエンプレ株式会社の桑江さんに、SNS炎上をテーマに人事が意識すべきポイントを寄稿いただきました。
【執筆者】桑江令 | シエンプレ株式会社 WEBコンサルタントシニアマネージャー
2010年、シエンプレ株式会社に入社。多くの企業のWeb戦略策定や実施に携わる。セミナー講師や社内講師などを多数務める。警察庁サイバーパトロールや地方自治体のプロジェクトなども担当。NHKやネットテレビへの出演、雑誌のコラム、日経新聞やプレジデントへのコメント寄稿を担当。一般社団法人テレコムサービス協会 サービス倫理委員も務める。2022年10月より、ラジオ沖縄でのパーソナリティとしても活動中。
目次
「全社員向けグループチャットへの投稿」で炎上
今年2月、ある大手飲食チェーンの炎上が話題になりました。
1月に入社し、約1カ月で辞めた元社員が、「全社員向けグループチャット」で自身の退職理由を発信しました。
その中に、配属された店舗において、「期限切れ食材を使っている」「食材ごとにまな板を分けていない」「マニュアルを守ると怒号を食らう」などの「内部告発」も含まれていました。
大手飲食チェーン本部は当該書き込みを削除し、社内チャットで「事実関係が不明確な情報を社内チャットに流してはいけない」と発信します。
ただ、この対応を見た告発者以外の社員が、インフルエンサーに情報提供します。
その結果、ある暴露系インフルエンサーが、Twitter上に全社員向けグループチャットのスクリーンショットを投稿し、これがきっかけで大炎上してしまいました。
Twitterでの炎上をうけて、大手飲食チェーンは「事実を確認中」とリリースを出します。リリースは素早かったのですが、その後の社内調査の結果、事実関係を認めることになってしまいました。
結果、炎上はさらに拡大し、大手飲食チェーンの株価は5%下落と、年初来安値を更新してしまいました。
「誠実に対応したはず」でも炎上してしまう
「誠実に対応したはず」という点では、大手飲食チェーンの本部も同じだったのでしょう。
炎上後、すぐリリースを出した点や、炎上内容を否定したり、隠蔽しなかった点など、できるだけ誠実に対応しようとした印象があります。
2020年6月に改正された公益通報者保護法では、従業員301人以上の企業などに、上司を通じた通常の報告ルートとは異なる窓口を設ける内部通報制度の整備が義務付けられることになりました。
こうしたことからも、社内で不正に遭遇した場合は内部告発をするのが正攻法と言えます。合わせて企業側としても、社内通報窓口がしっかりと機能しているかが大切です。
では、なぜ炎上してしまったのでしょうか。いくつかの論点をあげながら詳しく解説してみたいと思います。
SNSの普及で情報漏洩のリスクが高くなった
1つ目は、SNSの急速な普及とその影響力の拡大について、現状認識が甘かったのではないか、という点です。
Twitterのほか、Instagram、Facebookなど、複数のSNSアカウントを持つのが当たり前になってきています。TikTokやYouTubeショートなど、動画の共有も容易な時代になりました。
こうしたツールによって、会社へのちょっとした不満でも気軽に投稿できてしまいます。そのため、かつてより情報漏洩の可能性が飛躍的に高まっていると言えるでしょう。
また、ネット上では、「内部告発」を公開する「暴露系インフルエンサー」も多数活動しています。これまでのように週刊誌や新聞にリークするだけでなく、こうしたインフルエンサーもリーク先になり得る状況です。
人事としては、以前よりも社員の投稿に注意する必要性が高まっています。事前にSNS投稿について社内ガイドラインを作ったり、社員に秘密保持誓約書を書いてもらうなどの対策が必須になっています。
一度情報が漏洩したら消すことはできない
2つ目は、SNSの拡散力について正しく認識できていたかどうか、という点です。
SNSに投稿された情報は、投稿を見て興味を持った人がどんどん拡散させてしまいます。拡散するうちにもとの情報が歪められ、フェイクニュースになってしまうこともあります。
そうした時代における対応として、全社員向けグループチャットへの投稿を削除したのは、結果的に見れば適切ではなかったと思います。
もちろん、社内のルールとして、あるいは従業員のモラルとして、全社員向けにいきなり告発文書を送るという、元社員のとった方法は問題でした。それをルールに則って削除した本部の対応も決して間違っていたわけではありません。
しかし、一度広まった以上、投稿を削除してももう遅いのです。サーバー上のログは消えても、社員が記録していることも考えられます。
逆に投稿を削除したことで、「本部が不正を隠蔽しようとした」という印象を持たれる可能性が高いのです。
大手飲食チェーンとしては、できるだけ誠実に対応しようとしたのでしょうが、それが結果として裏目に出てしまったのでしょう。
「インナーコミュニケーション」が重要
3つ目は、インナーコミュニケーションが取れていたかどうかという点です。
全社員向けグループチャットに「告発」した社員は、自身の正義感に基づいて、良かれと思って行動したと思われます。インフルエンサーに情報を流した社員も同様でしょう。
ただ、元社員はまず上司や人事、本部の相談窓口に相談すべきだったと思います。その結果、会社が店舗のオペレーションを見直す可能性はかなりあったはずです。
また、大手飲食チェーンとしては、告発者と個別に連絡を取り、告発を真摯に受け止め、改善策・善後策について相談すべきだったと思います。
実際には水面下で相談していたのかもしれませんが、先に「グループチャットを削除」してしまったために、会社が「不正をもみ消そうとしている」ように見られてしまったのです。
普段からコンプライアンスを意識している大手企業は特に、「不正をしている」と見られるのは非常に不本意だと思います。
なので、炎上する前に、社員と会社の双方が、誠実なコミュニケーションにつとめるべきだったかと思います。
炎上は「あらゆる企業・組織」に起こりうる問題
こうしたケースは、この大手飲食チェーン固有の問題というわけではありません。むしろ、あらゆる企業・組織に起こりうるトラブルです。
ある程度の規模の組織であれば、ルール通りいかないこともあります。また、たくさんの社員・アルバイトを抱えていれば、会社に不満を持つ従業員をゼロにすることも不可能です。
そもそもルール通りであれば炎上しない、というわけでもありません。
炎上事例では、「賞味期限切れ食材を使っている」と告発されましたが、調査の結果、食品衛生法は守っていたことがわかっています。会社としては、これほどの炎上は想定していなかったかもしれません。
SNSが普及し、いまやどの企業でもチャットなどのコミュニケーションツールを使っています。個人情報を扱う企業の場合、より機密性の高い情報が流出する可能性もあるでしょう。
SNSへの情報流出について、あらゆる企業・組織により高いセキュリティ意識が求められています。
「秘密保持誓約書の作成」は必須
ここからは、人事が取るべき具体的な対策についてご説明します。
「秘密保持誓約書(同意書)」の作成
まず1つ目は、「秘密保持誓約書(同意書)」の作成です。
社員・アルバイトの入社時に秘密保持誓約書の作成を求める企業は多いと思います。
SNSへのリークは退職して従業員ではなくなった人物が行います。そのため、入社時だけでなく、退職時にもあらためて退職後の秘密保持を誓約してもらう必要があります。
さらに、より効果的に行うためには入社時のみではなく一定の頻度で秘密保持の誓約を行うと効果的です。
退職後の情報漏洩が見つかった場合、退職者への損害賠償請求の可能性があることも説明すべきです。
この際、決して退職者の「口封じ」が目的ではなく、無用な法的トラブルによって、退職者が不利益を被ることを避けるためと、退職者目線で説明するのが良いと思います。
アルバイト従業員が多い企業の場合、アルバイトも誓約書の作成が必要です。「社員には誓約書を提出させたが、アルバイトには提出させてなかった」ということがないようにしましょう。
「ネットリテラシー研修」を継続する
退職社員だけでなく、既存の従業員に対しても取り組みが必要です。
日頃からネットリテラシーやSNSガイドラインについての研修を行うと良いでしょう。
この際、単発の研修だと定着しない場合もありますので、入社時、あるいは内定者研修の時点から、普段の業務中も折に触れて継続的に実施する必要があります。
今の時代、社内チャットに投稿した内容でも、流出する危険性があります。また、匿名のアカウントや、私用のアカウントで呟いた内容でも、本人や企業が特定される可能性があります。
気軽に投稿した内容で、思わぬ大炎上を引き起こすことをよく周知しておく必要があります。
重要なのは「会社側は不正をもみ消したい」というメッセージを送らないことです。「会社の悪い情報を書いてはいけない」と説明すると、従業員への圧力と取られかねません。
そうではなく、会社と個人の公私混同が、法的トラブルに発展すると、会社と従業員双方に大損害が及ぶ。そうなる前に上司や人事と相談すべき、という説明が必要です。
研修では従業員の投稿によって炎上した事例なども共有すると良いでしょう。
炎上の3割が「一般人によるもの」
株式会社シエンプレの調査では、2022年に発生した炎上事件は約1,570件ありました。そのうち、3割が一般人によって引き起こされたものでした。
かつて炎上といえば芸能人・著名人が主でしたが、この数字を見ても、状況の変化と対策の必要性がお分かりいただけるかと思います。
こうした時代、SNSに対して企業が弱い立場に立たされやすくなっています。実際には非がなかった場合でも、大炎上してしまえば不利益は避けられません。
もちろん、損害について法的措置を取ることもできますが、訴訟はリスクが大きく、企業側の言い分が100%認められるとは限りません。また訴訟になったこと自体が、企業にとってレピュテーションリスクとなってしまいます。
できるだけ炎上を回避するために、普段からの施策が必要になっています。
最も重要なのは、企業と従業員の間で誠意あるコミュニケーションを取ることです。正しい対応をしたつもりでも、「内部告発をもみ消そうとした」と取られる場合があります。
逆に炎上を引き起こすのは、誠意あるコミュニケーションが取れていなかった結果であると認識すべきです。
従業員のロイヤリティが高い企業は炎上しないものです。その事実を肝に銘じて、普段から従業員とのコミュニケーションに取り組む必要があるでしょう。