突然ですが、“人材ポートフォリオ”という言葉を聞いたことはありますか?
“人材ポートフォリオ”は経営戦略に基づき従業員が配属されている、人的資本の構成を表したものです。
ビジネスだけでなく金融や教育業界でも注目されている言葉です。
今回は人材ポートフォリオの定義やメリット、活用事例などについて紹介します。
目次
1 人材ポートフォリオとは
ここでは人材ポートフォリオの定義について触れていきます。
まず人材ポートフォリオを紹介する前にポートフォリオについて説明します。
ポートフォリオには「書類入れ」「紙ばさみ」という意味合いがあります。就活の場においては「在学中の実績や力量を記した作品集」、教育の場においては「生徒のレポートや試験結果、活動内容を動画や写真などに収めたファイル」を意味します。
そして人材ポートフォリオは、企業や事業で成果を上げるために「どの部署に」「どの従業員を」「どのくらいの人数」配置するかを解析・設計したデータなど、「企業内の従業員の構成内容」を示したものになります。
従業員1人1人違った経験やスキルをもっているため、適切に把握・配置することで効率的に事業の成果向上を目指すことができる人材マネジメント手法の1つです。
人材ポートフォリオとして記録に残しておくことで、所属部署の決定や人材育成、評価など人事業務の参考資料として重宝します。
2 人材ポートフォリオが求められる背景
人材ポートフォリオの定義について触れました。
ここではなぜ人材ポートフォリオが求められるようになったのか、その背景について説明します。
人材ポートフォリオの概念はこれまでもありましたが、「働き方改革」が世間で注目されるようになってから、より重要度が増しました。
ここでは2つの要素に注目して求められている背景について詳しく説明します。
2-1 人的資本経営に注目が集まっている
2020年に経済産業省は人的資本経営についての取り組みや人材戦略に関わる経営陣、取締役、ステークホルダーの役割などの方針などを検討する報告書である「人材版伊藤レポート」を発表しました。
人材版伊藤レポートでは、3つの視点と5つの共通要素が設けられており、共通要素の1つに「動的な人材ポートフォリオ」が定められています。
企業の人的資本の高め方や人的資本情報を開示する重要性についても触れられています。
情報の開示は人材ポートフォリオが最も有効であるため、注目されています。
2-2 ISO30414
ISO30414とは、人的資本情報開示に関するガイドラインのことで、2018年に国際標準化機構(ISO)により出版されました。
アメリカではISO30414に基づいた人的資本の情報開示を義務化する動きがあったことから、日本でも義務化に向けた動きが見られるようになりました。
今後、人的情報の開示が義務化された際には、自社の人的資本情報を正確に把握・整理する必要があるため、人材ポートフォリオの作成が重要となります。
3 人材ポートフォリオのメリット
人材ポートフォリオの作成にはいくつかのメリットがあります。
ここでは3つに絞り紹介します。
3-1 社員1人1人に合ったキャリアの進め方を考えられる
先ほども触れたように、昨今の労働者の働き方に対する価値観は十人十色です。
1つの会社に留まりキャリアを積みたい人、ジョブホッピングを繰り返しキャリアアップを図る人など、人によってキャリアの積み方や思い描くゴールも様々です。
人材ポートフォリオとして従業員の適性や将来像を把握しておくことで、より的確なキャリア形成の提案がおこなえるようになります。
3-2 従業員の特性を活かした部署割りを作成できる
人材ポートフォリオには各従業員の強みや弱点、キャリア志向など記しているため、企業の事業内容と従業員の特性を活かした部署の構成を考えることができます。
従業員は自身が持ち合わせているスキルや経験を活かせるようになることから、従業員のモチベーションアップや生産性の向上が期待できます。
また従業員の生産性の向上により、効率的に目標を達成できるようになることが考えられるため、企業の業績アップも見込めるようになります。
3-3 従業員や人件費の過不足を把握できる
部署の割り振りをおこなう中で、従業員や人件費の過不足の実態が明らかになります。
不足している場合は新規採用や育成、足りている場合には転勤や出向などの手段が挙げられます。
実際に過不足に対するアプローチを講じる上で、従業員と一度意思疎通をおこない、双方が納得する手段を取るようにしましょう。
4 人材ポートフォリオの作成方法
ここでは人材ポートフォリオのメリットを踏まえた上で、作成方法の流れについて紹介します。
4-1 企業の方向性を明確にして従業員の理解を得る
人材ポートフォリオの作成にあたって、従業員の経歴やスキルを把握するためには従業員の協力が必要になってきます。
何を目的としてポートフォリオを作成するのか、従業員に開示せずにおこなってしまうと、不信感を抱く従業員が出てくる恐れがあります。
よって企業の方向性を明確にした上で人材ポートフォリオの必要性を理解してもらうことで、従業員の理解も深まり、円滑に作成をおこなえるようになります。
従業員のタイプを分類する方法を考えるにあたり、活用しやすいように分類することが大切です。
例えば新規事業を立ち上げるために部署を発足させる場合、雇用形態で分類したポートフォリオより、能力や経歴別に分類されているものの方が活用がしやすいはずです。
一例として、従業員のタイプを以下のように分けることができます。
4-2 従業員を従業員タイプ別に分類
従業員のタイプを分類する方法を考えるにあたり、活用しやすいように分類することが大切です。
例えば新規事業を立ち上げるために部署を発足させる場合、雇用形態で分類したポートフォリオより、能力や経歴別に分類されているものの方が活用がしやすいはずです。
一例として、従業員のタイプを以下のように分けることができます。
使用目的に応じてタイプの分類をおこなうことで、使いやすくなるだけでなく、より精度の高いポートフォリオが出来上がります。
また社内に必要なタイプの不足や、足りているタイプが明確になり、これから起こりうる企業の課題も見えてくるようになります。
4-3 従業員のタイプ調整
先ほども触れたように、分類を進めていくと企業の課題が見えてくるようになります。
課題を解決させるにはタイプを調整する必要が出てきます。
解決法は4種類あります。
・採用:新卒採用、中途採用、派遣雇用
・育成:研修、OJT、目標管理、評価制度
・配置転換:異動、転勤、出向
・退出/解雇:役職定年制度、早期退職制度 |
「解雇」の選択肢は従業員に負担のかかることであるため、極力考えず、不足しているタイプは研修やリスキリングによって補うように心がけましょう。
また「採用」が最も調整をおこないやすい手法ですが、正しく見極めをしないとタイプの均衡が崩れてしまう原因になってしまいます。
よって理想形の人材ポートフォリオにするために最も重要なことは、「採用時に求める人材の定義」を明確することです。
5 人材ポートフォリオ作成の注意点
人材ポートフォリオの作成や活用にはある程度のコストがかかり、企業の規模が大きいほど負担も大きくなります。
人材ポートフォリオは作成が目標ではなく、人事や教育制度に活用することで初めて意味を成します。
また作成するにあたり、従業員から情報提供をしてもらう必要があるため、集めた情報をどのように扱うのか理解を得るのか、ポートフォリオを作成する中で現状の制度の見直しをすることも出てきます。
企業が一体となって作成することが負担を軽減するカギになります。
5-1 作成や予算面で負担がかかる
人材ポートフォリオの作成や活用にはある程度のコストがかかり、企業の規模が大きいほど負担も大きくなります。
人材ポートフォリオは作成が目標ではなく、人事や教育制度に活用することで初めて意味を成します。
また作成するにあたり、従業員から情報提供をしてもらう必要があるため、集めた情報をどのように扱うのか理解を得るのか、ポートフォリオを作成する中で現状の制度の見直しをすることも出てきます。
企業が一体となって作成することが負担を軽減するカギになります。
5-2 全雇用形態の従業員に実施する
人材ポートフォリオの作成対象は、雇用形態に関係なく従業員全員にする必要があります。
例えば正社員のみに絞って作成を進めると、対象外となった正社員以外から不信感を抱かせてしまうだけでなく、企業全体の従業員のタイプを把握することが出来なくなってしまいます。
対象を全従業員に広げることで、ポートフォリオを作成するまでは掴めなかった従業員の特性や従業員同士の関係性が明らかになるだけでなく、従業員の帰属意識やモチベーションを高めるきっかけにもなります。
5-3 従業員の希望や意思を取り入れる
人材ポートフォリオを作成するうえで忘れてはならないのが、企業と従業員の認識のズレを最小限に防ぐものであることです。
そのため、可能な限り従業員の希望や意思を反映させる必要があります。
中でも人事異動を検討の際に活用する場合は、従業員の特性を活かすことの出来ない部署や、希望に反した部署に配属させてしまうとモチベーションを下げてしまいかねません。
よって、人材ポートフォリオに従業員の希望や意思を最大限に反映させることで、企業側は適切な人材配置をすることができ、従業員側も思い通りの働き方やキャリアの形成を実現することが可能となります。
6 人材ポートフォリオの活用事例
人材ポートフォリオの作成の注意点について触れました。
ここでは企業が人材ポートフォリオをどのように活用しているのかについて3社の事例を挙げて紹介します。
6-1 花王株式会社
花王株式会社では事業の発展に向けて、多様な人材を起用することと従業員の活躍を可能とする職場づくりを目指す試みを実践しています。
具体的には、人事部とD&I(Diversity&Inclusion)推進部、現場が一体となり、「D&I視点の人材開発」がおこなわれています。
国内の各グループの会社の人事と花王株式会社のD&I推進部、各事業場人事の3つが連携し、就業環境の整備やD&I視点の人材開発を実施しています。
2020年度には、D&I推進部国内の各部門のグループ会社の人事責任者・キャリアコーディネーターと障がいを抱える社員や女性社員の活躍推進について意見交換をおこなう「Diversity推進ミーティング」を計16回実施しました。
このミーティングの開催により、今後推進するべき具体的なアクションプランと目標の明確化を実現させました。
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6-2 株式会社サイバーエージェント
株式会社サイバーエージェントでは、全従業員のエンゲージメント状況を毎月把握しています。
数値化することが難しいエンゲージメントを数値化することで、部署ごとに傾向を把握し施策を検討する際に活用しています。
社員が送る全てのコメントに「社内ヘッドハンター」と呼ばれるどこの部署にも属さない社内専用のヘッドハンターが返信をおこない、ヘッドハンターの存在により従業員が発信するサインを逃すことなく対応しています。
6-3 東京海上ホールディングス株式会社
東京海上ホールディングス株式会社では、トップタレントの獲得やグローバルな経営人材の育成を目指すべく、人材ポートフォリオを活用した人事制度を導入しています。
従業員の年齢や在籍年数に関係なく、能力のある従業員をグループ全体をマネジメントする部門の管理職の元に配属することでよりスピード感のある人材育成を図っています。
専門性を軸にした能力の発揮や、業績を適切に反映する評価体系や市場競争力のある報酬基準を設けることで、従業員の中長期的なキャリア形成を実現させています。
7 まとめ
今回は人材ポートフォリオのメリットや活用事例について紹介しました。
人材ポートフォリオの作成には時間やコストがかかるものの、作成することで社内に一体感の創出、従業員と良好な関係が築くことができるだけでなく、人的資本情報の整理をすることができることから中長期的な企業価値向上や事業の拡大などにも役に立ちます。
各企業で人材ポートフォリオの導入が必要かどうか、今一度検討してみてはいかがでしょうか。