DX推進が進む中、最近多くの日本企業で注目されつつあるキーワードが、従業員の「リスキリング」です。DXに必要なデジタル人材を採用するだけではなく、高い専門性やスキルを持った人を自社内で育てられる仕組みづくりは、非常に重要となりつつあります。
そのような中で、従業員に学んでもらう重要なスキルの1つに「プロジェクトマネジメント」があります。企業や業界によらず、幅広い分野で応用の効くスキルのため、今後より一層注目されることでしょう。
今回は、世界60万人以上の会員を持ち、プロジェクトマネジメントに関する資格制度やレポート発信などさまざまな啓発をおこなう非営利組織Project Management Institute(以下、PMI)の杉山さんにインタビューを実施。プロジェクトマネジメントスキルの重要性や身に付けるためのポイントについてお聞きしました。
杉山 俊彦 | PMI Japan, Lead
1. PMIが定義する「プロジェクトマネジメント」とは
ーPMIは1969年の創設以来、プロジェクトの専門家のみならず、人々や組織のスキルアップをサポートし続けてきている組織だと伺っています。PMIが50年以上に渡って中心に据えている「プロジェクトマネジメント」とは、そもそも何でしょうか。
杉山:「プロジェクトマネジメント」という言葉を見ると、ITやエンジニアに関する言葉だと感じる方も多いかもしれません。しかし、私たちは、プロジェクトマネジメントについて「日常の業務の中にも溢れているもの」だと考えています。
そもそもプロジェクトとは、明確な期間や予算、期待される成果、関係するメンバーなどが決まっているものを指します。そのため、ソフトウェア開発に限らず、商品開発や都市開発、昨今話題となっているDX推進など、派生する全てのものがプロジェクトと言えます。
PMIでは、これらを進めていくために必要なメソッドについて、各個人や組織がしっかりと理解し、成功へ向けてマネジメントするための方法について発信しています。
現在、PMIでは、上流から下流までを管理するウォーターフォール型の手法や、アジャイル型と呼ばれる開発と修正を繰り返す手法など、プロジェクトマネジメントに必要な基礎的メソッドを既に数多く持っています。
これらの体系化された手法について、さまざまな業界や企業に広めていくことで、日本全体のプロジェクトマネジメントのスキルを高めることができると考えています。
ープロジェクトマネジメントの体系化された手法を知っていることのメリットは何でしょうか?
杉山:プロジェクトマネジメントに関する体系化された知識があれば、プロジェクトにおこる問題が何か明確に判断できるようになります。反対に、プロジェクトマネジメントに関する体系化された知識が無ければ、プロジェクトにおける問題を発見して解決することはなかなか難しいと思います。
私自身は、さまざまな経験をしたり、書籍を読んだり、情報を集めたりする中で、少しずつプロジェクトマネジメントのスキルを付けていきました。しかし、これは多くの時間を要してしまいます。
「基本的なプロジェクトマネジメントスキルを身に付けることができた」と実感することができるのは、問題が起きたプロジェクトを立て直すことができるようになった時です。なので、この問題解決力を早期に高める上で、体系化された知識は必要不可欠です。
また、実際に新しいプロジェクトに着手する場合でも、感覚的に進めることが減るため、プロジェクトマネジメントの再現性を高めることもできるでしょう。
2. プロジェクトマネジメントスキルを持った人材ニーズの高まり
杉山:今、世界中でテクノロジーを駆使した新しい働き方や暮らしが広がりつつあります。インフラ、医療、モビリティ、デジタル改革、再生可能エネルギーなど、多くのものに対する歴史的な投資がおこなわれています。
しかし、国際通貨基金(IMF)は2022年の経済成長率を4.9%と予測するなど、2021年の5.9%からは低下すると考えており、やはり新型コロナウイルスの影響が、世界経済の先行きをより不確実にしていることがわかります。
ー先日、世界の雇用状況について調査し、傾向をまとめた「Jobs Report 2022」を発表したとお聞きしました。プロジェクトマネジメントに関わる方々の雇用は、今後どのようになるでしょうか?
杉山:「Jobs Report 2022」では、日本の雇用予測は世界的にみても低調が続くと予測される一方で、日本のプロジェクトマネージャーの待遇は良くなるだろうという結果を発表しています。
他国と国境を接さず、また人材が不足している日本では、スキルを持った求職者は高い水準の給与を見込める環境になると考えられています。
また、2021年12月に発表したプロジェクトマネジメント給与調査でも、プロジェクトマネジメントに関する国際資格として策定されているPMP資格の保有者の給与の中央値は、非資格保有者と比べて平均で16%高く、プロジェクトマネジメントスキルの向上がキャリア形成に大きく役立つことが分かっており、今後も需要予想されるプロジェクトマネジメントスキルを持った人材にとってはまたとない好機と言えるかもしれません。
ープロジェクトマネジメントスキルや、それらを持った人材に注目が集まる背景はどこにあるのでしょうか?
最近、プロジェクトマネジメントについては、大手企業が「リスキリング」の観点から注目し始めています。
リスキリングとは、新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する・させることを指します。
テクノロジーが進化し続ける中でITリテラシーの蓄積はどの業界でも必須事項となっており、製造業や重工業など、これまで比較的保守的な会社が多かった業界でも、社内の人材育成方針や手法を変えなければならない時期にきています。
リスキリングは単なる学び直しではなく、事業で価値を創出するためのスキルを学ぶという点でも重要です。そのため、特にDXが進む日本では、一部のIT部門だけではなく、IT部門以外の人材にもリスキリングの必要性が指摘されています。
しかし、情報処理推進機構(IPA)の調査では、米国企業の4割弱は全社員にリスキリングを実施しているのに対し、日本企業を見ると全社員に再教育をしている企業は1割以下という結果となっています。
これから従業員に対するスキル獲得をおこなっていきたいと考える企業にとっては、デジタル人材として働く従業員の再教育とスキルアップをベースにした教育制度や研修制度を作る必要があるでしょう。
3. プロジェクトマネジメントのスキルを身に付けるために
ー変わりゆく時代に適応するために、プロジェクトマネジメントのスキルはどのように活かせるのでしょうか?
杉山:今後、人材不足が懸念される日本において、企業や国を越えて大規模なプロジェクトチームを組むことも珍しくないでしょう。新型コロナウイルスの影響もあり、リモートワークも多くなりましたが、そのような環境下でも共通認識を持ち、メンバー同士で認識の齟齬を生むことなくプロジェクトを進めることができる人材は、大きな価値を発揮します。
また、多様化するプロジェクトにおいて、部門や部署内で独立したマネジメントを行うのではなく、会社全体として舵取りが求められることも増えていることからも、もはやプロジェクト全般に関わるスキルはエンジニアだけが持つべきものではなく、全てのビジネスパーソンが持つべきものだと考えることができるのではないでしょうか。
ープロジェクトマネジメントを成功させるために、明日からでも取り組めるポイントのようなものはありますでしょうか?
杉山:まず、「パワースキル」を身に付けることだと思います。
パワースキルとは、相手の状況に応じて臨機応変に対応し、人を動かすためのスキルです。ソフトスキルとも呼ばれ、プロジェクトマネジメントの基礎となるもので、協調的リーダーシップやコミュニケーションスキルなどが挙げられます。
今までのやり方を踏襲するのではなく、違う視点から物事を見直す姿勢を持つ共感力や、さまざまなお客様の言動の裏にあるものを理解し、共に歩む道を見出すためには、多様な人材でチームを構成することが重要です。
多様性にパワースキルが加われば、チームは最大限の力を発揮することができます。
杉山:また、プロジェクトマネージャーは、常にそのプロジェクトが社会の向上や利益をもたらすように目指すことを意識しなければなりません。
プロジェクトの管理や遂行をおこなう立場のビジネスパーソンはもちろんですが、比較的若い世代にとっても、プロジェクトマネジメントスキルは将来のキャリア形成を見据え大きく役立ちます。
実際に、プロジェクトマネジメントのスキルを身に付けることで、自身のやりたいことを実現し、唯一無二のキャリアを築いているプロジェクトプロフェッショナルも多くいます。
プロジェクト推進によるコミュニティを中心とした新しい価値を生み出すことを意識することが大事でしょう。
そして、忘れてはならないことが「テクノロジーの活用」です。
現在では、テクノロジーを駆使することで密なコミュニケーションが可能となり、ミスを減らすことができるようになりました。
プロジェクトマネジメントを進める上では、このようなテクノロジーの進化に柔軟に対応し、それらを取り入れていくことが必要となります。
一方で、最新技術の活用は重要ではありますが、テクノロジーはより良い結果を得るための「手段」であるという視点を忘れないことも重要です。
4. 最後に
杉山:以上のように、プロジェクトマネジメントは、これまでのソフトウェアやITといった業種の垣根を超えて、あらゆる分野で活用できるものです。日本企業では、リスキリングに注目が集まる中で、今後この潮流がますます広がり、プロジェクトマネジメントについても学ぶ機会が増えていくことでしょう。
特に若い世代では、リモートワークという環境下で、これまでと同様のトレーニングができないことや、長期的なキャリアアップを見据えスキルを身に付けたいという背景もあり、所属企業、組織からの公的なトレーニングの機会を提供してほしいと考えていることがPMIの調査からもわかっています。
PMIでは、こうした若いチェンジメーカーは世界へポジティブな変化を起こしてくれる存在だと考えています。
企業として、プロジェクトマネジメントができる人材(リーダー)を育てていくことが必要な中、企業としてどのように学ぶ機会を提供できるかの指針を示すこともPMIに求められていると感じます。
もちろん従業員の中には、メンバーをマネジメントする人材もいれば、メンバーとして働き続けたいスペシャリスト人材もいます。従業員の素養や指向性、得意分野を見極めることも重要ですので、階層は意識せずに、人材育成に対し広い選択肢を持つことが必要だと思います。
従業員にプロジェクトマネジメントスキルを身に付けてもらう過程は、グローバルに活躍できる人材を育成するステップにもなります。なぜなら、共通言語が「プロジェクトマネジメント」になるからです。
日本にいるマネジメント人材が、世界でプロジェクトをリードしていくことができる存在となれるよう、PMIが提供する様々な資格やスキルセットを通して、プロジェクトマネージャーを育てるサポートができればと思います。
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