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近年、仕事や職業生活に強い不安や悩み、ストレスを感じる労働者が多くなり、その中でも保育士の早期離職の傾向が高まっています。
この記事では、下関市立大学を中心とした研究チームによって2020年に発表された『職業人における心と体の健康が情報取得と情報表出に与える影響―パス解析による適合度の分析―』という論文の研究結果をもとに「保育士の抱えるストレス」について解説していきます。
1.保育士の離職率の現状
近年、仕事や職業生活に強い不安や悩み、ストレスを感じる労働者が増加しています。特に、保育士の早期離職の傾向が高まり、福祉業界において問題視されています。
実際、厚生労働省の平成 25 年度の調査では、保育士資格を有しながら保育士としての再就職を希望しない求職者のうち、約 51%が勤務年数 5 年未満であり、早期離職の傾向も顕著であることが報告され、職務上感じるストレスが高いことが指摘されています。
このことから、保育士としての責任の重さや保育上の事故への不安など、職務上感じるストレスが高いことが指摘されています。
保育士は、子どもと接するだけでなく、保護者とのコミュニケーションや連絡帳の記載、定期的に行うイベントの準備など仕事内容が多岐にわたります。そのため、日々の仕事に追われ、仕事の効率化や業務上で起きている問題に対して相談する時間がないことも原因でしょう。
2.分析/調査方法とその結果
ここからは、研究の目的と調査方法、分析方法をまとめていきます。その前に、先行研究にて明らかになっている事を紹介します。
保育士の勤務環境は厳しく、勤務体制や賃金などの見直しが急務といわれてきている。日常的にかかわる子どもやその保護者への対応などによる保育士の身体的疲労感や慢性疲労症候群は高く、保育士の 84.9%が職場において何らかのストレスを感じていると指摘されている(冨田, 2009)。
メンタルヘルスの代表的な疾患であるうつ病は、認知機能にも影響を及ぼし、健常者に比べ、視覚的記憶の継続的な欠損や持続的な注意欠損が報告されている(Shehab AAS, 2016)。
勤務年数が短い従事者は、勤務年数が長い従事者より保育園の同僚または保護者との人間関係に困難を抱きやすく、自身の感情を抑制する傾向があり、ストレスを受けやすいことが報告されている(加藤・安藤, 2012)。
こういった先行研究を背景に下記の研究目的が設定され、本研究は実施されました。
本研究では、保育所内における職業人に対して心と体の健康が情報の取得及び表出する能 力に与える影響をキャリアにおけるニーズを分析する観点から検討する
つまり、パーソナリティ(心や体の健康度合い)によって、キャリア構築に必要とされる能力に差は生まれるのかを検証しています。
ここでの「キャリア構築に必要とされる能力」とは、「人間関係形成能力」「自己管理・自己管理能力」「課題対応基礎能力」「キャリアプランニング能力」以上4つの要素で構成されています。
本研究に対する説明会を実施し、質問紙に含まれる研究参加への同意説明を読み、研究参加に同意を得た保育園従事者女性 129 名を調査対象とし、データ収集を行った。収集されたデータの中、欠損データ 20 例を除外し、109 例のデータを最終対象者数として分析を行った(有効回答率 84.5%)。
すべての対象者において Scale C3 の自己評価用質問紙を配布し、普段の様子を各項目に沿って、5 段階でチェックを行うことを依頼した。対象者には匿名で記入を依頼し、説明会終了後に回収を行った。
この研究では、対象者の「パーソナリティ(心や体の健康度合い)」と「キャリア構築に必要とされる能力」それぞれを把握・分析する上で、韓・沼館・呉屋ら(2018)によって開発された「Scale C3」という尺度が使用されています。
以下、Scale C3の尺度項目になります。
全16領域92問に対して、「1=非常にあてはまる」「2=少しあてはまる」「3=どちらでもない」「4=あまりあてはまらない」「5=ほとんどあてはまらない」の 5段階で回答されています。
- パーソナリティ
- 心と体の健康(Q1-Q12)
- 注意特性(Q13-Q19)
- 多動性・衝動性(Q20-Q25)
- こだわり(Q26-Q31)
- 自己肯定感(Q32-36)
- キャリア
- 人間関係形成能力
- 多様性の理解(Q37-Q40)
- コミュニケーション・スキル(Q41-Q47)
- ソーシャル・スキル(Q48-Q52)
- 自己管理・自己管理能力
- 自己の役割の理解(Q53-Q55)
- 自己の動機づけ(Q56-Q58)
- ストレス耐性(Q59-Q61)
- 課題対応基礎能力
- 情報取得(Q62-Q71)
- 情報表出(Q72-Q78)
- 情報処理(Q79-Q85)
- キャリアプランニング能力
- 意思決定(Q86-Q88)
- 将来設計(Q89-Q92)
- 人間関係形成能力
加えて、対象者の年齢と勤続年数、職種についても回答を求めました。
対象者は、50 代が最も多く、勤続年数が 1~4 年が最も多かった。また、回答した対象者の約 8 割は保育士であった。年代と勤続年数を投入したモデルの適合度において良い傾向がみられ、心と体の健康は注意特性に影響を及ぼし、課題対応基礎能力(情報取得と情報表出)に影響を与える傾向が示された。
3.研究からの考察
3-1 勤続年数と年齢による違い
まずは、保育士の勤続年数と年齢によるストレスへの影響の違いが明らかになりました。
対象者の中でも50代の従事者が最も多かったが、乳幼児の保育の特性上、腰痛などの肉体的な疲労感が生じやすく、子どもから目を離せない緊張感より精神的な疲労感が増していくことが報告されている(浅井・賀須・川津ら, 2013)。
また勤務年数が短い従事者は、勤務年数が長い従事者より、保育園の同僚または保護者との人間関係に困難を抱きやすく、自身の感情を抑制する傾向があり、ストレスを受けやすいことが報告されている(加藤・安藤, 2012)。
この結果から、先述した先行研究は支持される結果となっています。
そのため、50代の従事者もストレスは感じるものの肉体的なストレスが中心であるのに対し、勤続年数が短い保育士は精神的なダメージが蓄積されやすく、メンタルヘルスケアが必要になるケースが多いと推測できるでしょう。
3-2 ストレスと不注意の関連性
続いて、職場環境でのストレスが不注意に影響しているという関連性が明らかになりました。
成人においてストレスフルな日常が続くと、不注意は比較的長期に持続し、仕事場面で失敗を繰り返すことが多いことが報告されている。(林・江川・染矢, 2015)。
さらに職場環境において精神的苦痛が持続する場合、不注意が強くなることから、メンタルヘルスと不注意は密接な関連があると考えられる(Nagata, Nagata, Inoue et al., 2019)。
こちらも結果によると、先述した先行研究結果を支持する結果となりました。
よって、保育士は、幼い子供の世話をする仕事の性質上、少しの不注意が大きな事故にも繋がりかねません。そのため、この論文が浮彫にしたように、ストレスが断続的に続く職場環境においては、業務のオペレーションを早急に改善して未然に事故やミスを防ぐことが大切だと言えるでしょう。
4.まとめ
この研究結果からわかったことは以下の内容です。
- 保育士の多くはメンタルヘルスが低下傾向にある
- とくに勤続年数が5年未満の保育士は精神的ストレスを感じやすい
- ストレスレベルが増加すると勤務内での不注意リスクが高まる
上記のように、保育士は働く環境上、多くのストレスを抱えていることがわかりました。
保育士のストレス状態が続くと精神的健康に影響を与え、保育の質の低下や、保育士本人の保育観や保育の専門性を高めていく意識の低下にも繋がります。
論文によると、人には一人一人固有の特徴と強みがあり、仕事にはまた一つ一つ異なる要件があるため、個人の特徴と仕事の要件をマッチングできる度合いが高いほど、個人の職業生活における満足度は高くなることが報告されています。
この現状を放置することは、保育士の離職はもちろんのこと、職務上の不注意からくる事故につながりかねないため、保育園全体のリスクになってしまうでしょう。保育士のメンタルヘルスを高めるためには、現状を適切に把握して長期的に改善していく意識が大切です。
砂原 雅夫, 西村 政子, 宇多川 清美, 金 珉智、「職業人における心と体の健康が情報取得と情報表出に与える影響―パス解析による適合度の分析―」、短報論文、2020 年 9 巻 pp. 102-110、https://doi.org/10.20744/incleedu.9.0_102