2020年10月5日、政府と議会の間の話し合いの過程で、まだ抗議があった状態にもかかわらず、突然雇用創出オムニバス法案が可決されたことを受け、大規模な抗議デモがインドネシア国内で勃発しました。
都市部ジャカルタでは、日系企業も多く入るオフィスビルや商業施設が並ぶ大通りで、路上で火を放ったりする暴動が起きバス停が爆発したため、警察が催涙弾や放水で応じ、騒ぎが大きく広がったため、日本のニュースでも取り上げられました。
どうしてインドネシアの方々がここまで大きな反対運動を起こしているのか、具体的にどのような内容の変更があったのか、CNN Indonesia(ニュースチャンネル)や人事システムを提供しているTalentaが要約し、公開している情報を翻訳した内容を、下記にてご紹介します。
オムニバス法とは?
オムニバス法とは、いくつかの法定の規制を正式に1つの新しい法律としてまとめる(改正する)ことといわれています。
これは、重複する規制をのぞきつつ、法律を1つにまとめることで、必要な政策の実施を妨げるとされる官僚機構の問題を軽減するために行われます。
今インドネシアで話題になっている「オムニバス法」は、2019年10月にインドネシア大統領ジョコ・ウィドドが、外国直接投資を誘致し、経済成長を促し、雇用機会を創出することを主な目的として、新たな雇用創出法の草案を提案したことから始まります。
そしてこのオムニバス法は下記の11つのポイントから成り立っています。
ジョコウィ氏は、従来の雇用創出に関する法律(2003年の法律第13号)の中から、上記の11つに関するいくつかの条文を変更そして改訂しつつ、従来の規制を組み合わせ、新しい法律を作成しようとしています。
そして、この雇用創出に関する新たなオムニバス法により、雇用(労働法)に関する2003年の法律第13号は、編集された箇所は新しい内容が適応されつつ、更新されていない箇所は継続的に適応されることになります。
今回のオムニバス法は、可決後、5回にわたり内容に変更があり、ページ数から見ても大きく差があることがわかります。しかし、多くの変更点が「and(および)」を「and/or(および / または)」というような単語の付け加えや、フォーマットの変更に伴った文字数の変化が多いとされています。とはいえ、最終的に可決するまでに内容が変更される可能性は十分にあります。
- 第1草案(全1,028ページ / タイトル:BALEG-RJ-20200605-100224-2372)
- 第2草案(全905ページ / タイトル:5 OKT 2020 RUU Cipta Kerja – Paripurna)
- 第3草案(全1,052ページ / タイトル:9 OKT 2020 RUU CIPTA KERJA bersih Pukul 8.32)
- 第4草案(全1,035ページ / タイトル: CIPTA KERJA – KIRIM KE PRESIDEN)
- 第5草案(全812ページ / タイトル: RUU CIPTA KERJA – PENJELASAN)
デモ勃発の背景とは
2019年10月にジョコウィ氏が、はじめてこの「オムニバス法」の草案を発表してから、今日まで反対意見が絶えず起きています。
というのも、オムニバス法が運用されれば、今まで労働者有利であった労働法から、従業員の解雇がしやすくなり、最低賃金の上昇率の計算方法が変わる、など企業にとっては企業運営が行いやすい環境になり、従業員側に不利な内容が多いとのことで、労働組合や学生団体から反発の声があがっています。
しかし、そんな中、ジョコ氏は新型コロナウイルスの感染拡大で、急減速した経済を回復する起爆剤としてこの法律の成立を急ぎ、当初は8日の国会成立を想定でしたが、労働組合などが6~8日に反対集会を計画したため、議会は予定を早めて5日での採決に踏み切ったようです。
そもそも内容に関しての反対意見も多い中、このような決定の仕方も労働組合や学生団体の更なる反感を買うことに繋がってしまったのかもしれません。
従来の雇用法から今回のオムニバス法への具体的な変更点
現在使われている雇用法(2003年の法律第13号)と今回新たに決定されたオムニバス(雇用法)を比較してご紹介します。具体的にどのような点に変更があるのか、下記にて確認してみてください。
(A)労働時間・休暇について
労働時間
Waktu kerja lembur menjadi 4 jam per hari dan 18 jam per minggu.
(1日の最大残業時間は4時間、そして1週間の残業は合計18時間までとする。)
以前の法律では、最大残業時間は1日3時間、1週間14時間であると述べられていましたが、今回の変更で残業時間が延長されています。
休日
Hari libur bekerja atau istirahat mingguan 1 hari untuk 6 hari kerja.
(休日は6日営業日の1週間に対し1日休みとする。)
以前の法律では、1週間のうち最低2日の休日もしくは1日と選択肢が用意されていましたが、今回の変更で選択肢がなくなり、最低1日とされています。しかし、業界によっては、8時間労働の5日営業日の1週間のままでもよいとされており、1週間合計の就業時間が40時間以内であれば問題がないようです。
長期休暇
Tidak ada kewajiban bagi perusahaan atas pemberian istirahat panjang.
(会社は従業員に対し長期休暇を与える義務はない。)
以前の法律では、6年間継続して勤務している労働者に対し、2ヶ月の長期休暇を与える必要があるとなっていましたが、今回の変更で、義務ではなくなり、会社の自由で設定できるようになりました。
(B)給与について
最低賃金の決定方法
Di UU Omnibus Law Cipta Kerja ini, upah minimum disebutkan hanya berupa Upah Minimum Provinsi (UMP).
(新たなオムニバス法において、最低賃金は県(Provinsi)が定める金額を有効とする。)
従来は、県が地域ごとに定めた金額が最低賃金となっていましたが、今後は県が決める金額で統一するとされています。
例えばJawa barat(県)を例にすると、下記のように地域ごとに最低賃金が大きく異なるにも関わらず、県として賃金が統一されてしまうのです。
つまり、工業地帯のあるKarawangのような最低賃金が高いエリア(約4.6juta)は、Jawa Barat(県)が定めている最低賃金(約1.8juta)が基準となり最低賃金が設定されてしまうため、海沿いの観光地のようなPangandaranという低いエリア(約1.9juta)にあわせ下がってしまう可能性があります。
地図引用:Jawa Barat Dibagi Jadi 6 Kawasan Pengembangan
最低賃金引用:UMP/UMK Jawa Barat
このように工業地帯があるエリアで就労している方からすると、最低賃金を決定するエリアに変更があることにより、給与が今の額から大幅に下がってしまう可能性があるようです。
(C)解雇
企業側が解雇可能な理由に下記の5つが追加されています。
- Perusahaan melakukan efisiensi
会社が効率性を求めている場合
- Perusahaan melakukan penggabungan, peleburan, pengambilalihan, atau pemisahan perusahaan
企業が、企業の合併・統合・買収・分割を行った場合
- Perusahaan dalam keadaan penundaan kewajiban pembayaran utang
借金の支払いが滞納している場合
- Perusahaan melakukan perbuatan yang merugikan pekerja/buruh
従業員・労働者に対して不利益な行動をとった場合
- Pekerja/buruh mengalami sakit berkepanjangan atau cacat akibat kecelakaan kerja dan tidak dapat melakukan pekerjaannya setelah melampaui batas 12 bulan
従業員・労働者が労災により長期にわたる病気や障害を発症し、12ヶ月の限度を超えても復職できない場合
従来、企業は下記の9つの理由に基づき、労働者を解雇することが許可されていました。しかし新しいオムニバス法では、会社が効率性を求める場合など、上記の新しい理由5つを含めた14の理由にて解雇ができるようになるようです。
- 会社が破産した場合
- 会社が損失のために閉鎖した場合
- 会社のステータスが変更された場合
- 従業員・労働者が雇用契約に違反した場合
- 従業員・労働者が犯罪行為を行なった場合
- 従業員・労働者が退職年齢に入った場合
- 従業員・労働者が辞任した場合
- 従業員・労働者が死亡した場合
- 従業員・労働者が不在
※従業員(Pekerja / Worker)
⇒ 従業員とは、雇用契約によって企業等に雇用されて与えられた仕事をして働いている人の事。
※労働者(Peburuh / Laborer)
⇒ 労働者とは、肉体を使って、もしくは頭脳を使って仕事をこなし、その対価として賃金や報酬を受け取って生活をしている人の事。
引用:http://naniga-chigauno.st042.net/z541.html
オムニバス法の内容詳細確定までのプロセス
現在、5回に渡る変更を終えたオムニバス法の原稿は、すでに大統領であるジョコウィ氏に提出されており、現在ジョコウィ氏の最終承認を待っている状態です。
今後のプロセスとしては、ジョコウィ氏の承認が確認出来次第、法律の変更に関わる各省や部門が、新しい法律にあわせた詳細をそれぞれ作成することになります。
今回作成されたオムニバス法によると、ジョコウィ氏の承認後3ヶ月以内にて内容を確定するとの記載があるため、私たちの手元に確定した内容が発表されるのは、約3ヶ月後になるでしょう。
引用:RUU CIPTA KERJA – PENJELASAN(12 OCT)
まとめ
上記の3つのポイント以外にも、契約社員の雇用形態やアウトソーシングサービスの利用可能な業務内容にも変更があるようで、従業員側に不利な内容が多いのでは、という声もありますが、まだ確定とされていない内容も多く、具体的にどのような内容で確定となるのかは、現状誰もわかっていません。
実際、今回公表されている内容も、各省が内容を確定するまで詳細未定とされている箇所が多くあります。
そのため、現在発表されている内容にあわせ、対策を考えるのではなく、3ヵ月後の詳細確定を待ち、確定した情報をもとに、社内でのルール変更を行なうことが望ましいでしょう。
また、新法律確定後、以前のような大きなデモが起きてしまう可能性もあると思います。今後新たに発表される情報には注目し、次に取るべき行動を備えるようしましょう。