人的資本経営の推進と普及を目的とする「一般社団法人 人的資本経営推進協会」は、2023年1月25日(水)に、団体設立のお披露目を目的としたキックオフイベントを開催。
企業のCHROや投資家といった多くの方々が参加しており、
- 団体設立の背景や今後の活動内容
- 人的資本経営のこれから
- 投資家目線での人的資本経営ポイント
- 企業が実践する人的資本経営
といったテーマについて、講話やパネルディスカッションを展開されていました。
本記事では、その中の講演やパネルディスカッションの一部をイベントレポートとしてご紹介します。
目次
【第1部】2023年から始まる人的資本経営の今後|伊藤 邦雄 氏
1975年一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院商学研究科長・商学部長、一橋大学副学長を歴任。商学博士(一橋大学)。経済産業省プロジェクト「人的資本経営の実現に向けた検討会」では座長を務め、日本のコーポレートガバナンス改革を牽引。経済産業省「コーポレート・ガバナンス・システム研究会」委員、内閣府「未来投資会議・構造改革徹底推進会合」委員、東京証券取引所「企業価値向上表彰制度委員会」委員長などを務める。三菱商事、東京海上ホールディングス、住友化学などの社外取締役を歴任し、現在、セブン&アイ・ホールディングス、東レ、小林製薬の社外取締役を務める。
伊藤氏は、日本企業の復活・再生のためには人材強化が必須であり、そのために人材を“資源”ではなく“資本”とみなす「人的資本経営」推進の重要性について述べていました。
人材・ファイナンス双方から企業価値の向上を考えていく
人的資本経営においては、働く社員を資本として捉えていくため、従来のファイナンス観点の企業価値の見方に加えて、社員一人ひとりの市場価値の総和で考えていくことが求められていると、伊藤氏はおっしゃっていました。
その中で、重要となるのが「社員個々の市場価値を高める施策」と「それらの見える化」であり、社員のWell-being、エンゲージメントなど、自社に蓄積しているデータを分析・活用、見える化して経営につなげていくことが重要になってくるとのこと。
エンゲージメントは低いが転職はしない日本人
続いて伊藤氏は、ギャラップ社のエンゲージメント調査について触れており、「日本は熱意あふれる社員は6%しかおらず、この割合は139カ国中132位、毎年ほぼ変わらない順位を推移している。これで日本は再生できるのか?」と問いかけをしていました。
また、「あなたは今いる会社に長く勤めたいと思うか」という質問では最下位であり、一方で「転職したいと思うか?」という設問でも日本は最下位とのこと。
エンゲージメントが低くても、会社を辞めない。日本企業はこのような構造になっており、こういった現状を克服することが大事だと説いています。
人的資本は価値が伸び縮みする
伊藤氏は、無形資産の中でも人的資本はユニークであると述べており、その特徴は「伸縮性」にあるとおっしゃっています。
自らの意思で自主的に自らの価値を高めることができる「能動的価値創造性」が人的資本にはあり、具体的には、以下のような側面を持って、人的資本の価値が伸縮していくとのことでした。
- 互助価値創造性(互いに学び・教え合うことで価値を高めようとする)
- 貢献価値創造性(社会貢献したい、役に立ちたいという気持ちが自らの価値を高めようとする)
- 戦略価値創造性(経営戦略と自らの能力や専門性を同期させて価値を高める)
- 称賛、承認価値創造性(称賛・承認されることでやる気を増して動くことができる)
上記の中で、一事例としてリスキリングについても触れており、互助価値創造性としてリスキリングの推進は重要である一方で、そこに称賛・承認価値創造性を忘れてはいけないと説いています。
リスキリングの取り組みにおいては、称賛の文化を根付かせていくことをセットで考えていくことが求められます。
投資家が求めている人的資本の情報開示
実際に人的資本に関する情報開示をする上で、投資家はどのようなことを求めているのか。
以下は、人的資本に関する開示について、企業の取り組み(グリーン)と投資家の関心(オレンジ)をまとめたものになります。
こちらを見ると、投資家は人的資本に強い関心をもっていることがわかります。
そのうえで伊藤氏は、「情報を開示すれば良いわけでなく、その上で実態をどう高めていくべきか」まで提示していくことが重要だとおっしゃっており、その中で特に意識したいのがストーリー性と独自性とのことです。
投資家は、「自社のビジネスモデルや戦略にあわせた、その企業の独自性のある取り組み」を求めているとのこと。
情報開示をしたうえで、経営者やCHROが自社の現状の水準をどのように捉えており、将来に向けてどのようにしていくか、自社にあった独自のアクションプランを含めたストーリー。
これらが投資家の興味を促進させるポイントとなるようです。
人的資本経営モデル3.0へ
最後に伊藤氏は、旭化成の代表取締役会長である小堀氏が述べていた「終身成長」という言葉について触れていました。
「組織のメンバーが終身成長できれば、日本社会は競争力を見いだせるのではないか?」。その実現に向けて人的資本経営モデル3.0をつくっていくという展望をお話され、講話の締めとなりました。
【第2部】 資本市場からみる人的資本経営|伊藤邦雄 氏 × 臼井はるな 氏 × 藤田 亜矢子 氏
藤田氏(写真左)、伊藤氏(写真中央)、臼井氏(写真右)
第2部では、「資本市場からみる人的資本経営」というテーマで、
- 伊藤 邦雄 氏
- 臼井 はるな 氏
アライアンス・バーンスタイン株式会社 責任投資ヘッド - 藤田 亜矢子 氏
人的資本経営推進協会 理事
の3名によりパネルディスカッションがおこなわれました。
2018年に運用戦略部のクレジット・スペシャリストとして入社。2020年より責任投資推進室長を兼務した後、2022年より専任の責任投資ヘッドに就任しESG関連の取り組みを統括。入社以前は、野村アセットマネジメント株式会社にてエクイティ・アナリストおよびクレジット・アナリストとして証券分析業務に従事。うち7年間は、ノムラアセットマネジメントUKリミテッド(在ロンドン)にて勤務。慶應義塾大学経済学部にて学士号、米国ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院にて経営学修士号(MBA)取得。日本証券アナリスト協会 認定アナリスト。
2019年にJPモルガン証券にシニアエコノミストとして入社。日本担当エコノミストとして、金融経済分析・予測および政策見通しを担当。1999年日本銀行に入行し、国際局において世界経済分析や国際機関折衝に従事。2002年より国際通貨基金(IMF)アジア太平洋局(在ワシントン)としてアジア諸国の金融経済調査経済および政策提言をおこなう。2008年に(株)野村アセットマネジメントに転籍、経済調査部長・チーフエコノミストを務めた。東京大学農学部卒、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修士号取得。
人的資本の情報開示は手段でしかない
藤田氏:臼井さんにお伺いしたいのですが、投資家目線で見た人的資本の重要性について教えてください。
臼井氏:投資家は、人的資本マネジメントが長期的・持続的な企業価値の増大につながっているか注目しています。
企業によって人的資本開示のあり方は変わりますが、人的資本の情報開示はあくまでも投資家とのコミュニケーションの手段であって目的ではありません。
そこを意識して、人的資本を適切にマネジメントして、将来にわたる収益最大化・リスク軽減をはかっていけるかが重要なことだと思います。
藤田氏:経営戦略と連動した人的資本経営が求められると思いますが、実際に各社の現状はいかがでしょうか?
伊藤氏:社長と人事部長がどのくらいの頻度でコミュニケーションとっているか。頻度あがったのか、変わっていないか。この距離間がある会社はなかなか難しいと思います。
ある企業の社長と人的資本について話をした際に、「人材をかたまりで見てきてしまって、一人ひとりを見ていなかった」とおっしゃっていたことがあって、経営と人事が膝を突き合わせていくことが重要です。
人的資本経営をつきつめて実践していくと、社員のWell-beingについても考えていく必要があります。それをふまえた上で、経営のあり方や働く社員にとっての最高善を考えていくことが求められます。
臼井氏:投資家としても、従業員の幸福をどう投資判断に盛り込んでいくのかは見ています。しかし、これは短期では示せないものです。
会社のパーパスや理念を共有して、同じ目的のために働けて、幸せを感じていけるのか。そういう目線で、幸福度をはかっていくのが良いと思っていますし、そういう状態の会社がパフォーマンスが高いと思います。
人的資本の情報開示のポイント
藤田氏:具体的に人的資本の情報開示において、どういった観点で見ていますか。
臼井氏:経営戦略にどのように結びついているのか、将来的にどのように収益拡大につながるのかという点は見ています。
これは人事だけでなく、経営、IRと一緒になって考え、投資家と会話していくことが大切なポイントです。
人的資本開示の考え方として、以下の3つを意識すると良いと思います。
- 一般的な指標
多様性:取締役・役員・従業員の年齢、性別、国籍、人種、バックグラウンド。経験年数、勤続年数。企業文化や制度。
ヒトは希少な資源であり、そういった資源を幅広く獲得するために、多様な人材が活躍できる環境かどうか。 - 個別事業や経営戦略にひもづいた指標
収益エンジンと位置づける部署で働くプロフェッショナル人材の定着のための戦略はあるか。事業に必要なスキルや資格取得率、育成の指標はなにか。 - 投資家との個別対話を通じて浮かび上がる情報
事業展開に人材ポートフォリオを合わせる
伊藤氏:臼井さんがおっしゃっているように、多様性がないと人材活用の可能性を捨てていることになりますね。その上で、経営戦略と人材戦略が噛みあっているかを見直すことは大事ですね。
ちなみに、両利きの経営を目指した際に、既存事業だけではなく、新規事業をつくるうえでの人材戦略も重要ですが、このあたりは投資家としてどのように見ていますか?
臼井氏:新規事業は将来への不確実性のある部分になりますが、まずは新しい分野へチャレンジするという意思を明確に伝えてコミュニケーションをとってほしいですね。
伊藤氏:新規事業は完全に別で立ち上げるか、既存事業とも連動しながら動くべきか、この辺りはいかがですか?
臼井氏:会社による、という回答になってしまいますが、個人的には完全に別で動いてうまくいったケースは少ないと感じています。
新しいことをやれる人材がいなければ、スタートアップ企業をMAしたほうが良いかもしれません。そういう目線で投資家は見ています。
事業展開に人材ポートフォリオを合わせてほしいですね。例えば、アメリカの会社が日本支社をたてる際に、取締役全員がアメリカ人でいいのか。変わっていく事業展開に合わせて、人材構成も合わせていくことがポイントかと思います。
【第3部】 企業による人的資本経営の実践|伊藤邦雄 氏 × 柏村美生 氏 × 佐々木裕子 氏
佐々木氏(写真左)、伊藤氏(写真中央)、柏村氏(写真右)
第3部は、「企業による人的資本経営の実践 」テーマに、
- 伊藤 邦雄 氏
- 柏村 美生 氏
株式会社リクルートホールディングス 執行役員 経営企画本部 PR
株式会社リクルート 執行役員 人事、広報・サステナビリティ、渉外 - 佐々木 裕子 氏
人的資本経営推進協会 代表理事
の3名によるディスカッションが実施されました。
1998年リクルート入社。リクルート初の海外事業として、ゼクシィ上海での事業化を担当。6年の中国駐在を経て 帰国後は、ホットペッパービューティの責任者として事業変革をリード。その後、販促事業会社執行役員を経て、2015年リクルートホールディングス執行役員に。リクルートスタッフィング社長、リクルートマーケティングパートナーズ社長を歴任。2021年4月より現職。
東京大学 法学部卒業後、日本銀行、マッキンゼー・アンド・カンパニー アソシエイトパートナーを経て、2009年に 株式会社チェンジウェーブを創業。『変革屋』 として、組織変革・経営人材育成など500社以上の実績を持つほか、無意識バイアス e-learningツール 「ANGLE」 の設計・監修、2016年にはIT系 介護ベンチャー 株式会社リクシス 創業など、多様性のリアルと本質を理解した変革を広げている。複数大手企業でダイバーシティ推進委員会の有識者委員・社外取締役に就任。
リクルートの人的資本開示のプロセスとは?
佐々木氏:ここからは、リクルートさんの人的資本経営について掘り下げていければと思います。
伊藤氏:リクルートで衝撃的だったのは、峰岸さんが社長になったときにCHROが呼ばれて「自分の次に社長にするなら誰がよいか?」と質問されたんです。社長になった日からそう言えるのはすごいですよね。
柏村氏:次の経営陣は常に重要アジェンダとして考えています。
サービスは模倣されやすい。だからこそ、人が大事だと考えています。10年単位でビジネスを大きくトランスフォーメーションしてきた、合わせて経営体制も変化してきた。そういう歴史がありますね。
佐々木氏:現在、リクルートさんでは人的資本経営を推進されていますが、開示にまつわる背景やプロセスを教えてください。
柏村氏:開示のきっかけは、人事の一人のメンバーがドイツ銀行のレポートをもってきて、それを見たら「ここまで詳細に人的投資に対してリターンを見ているんだ」と、衝撃を受けたんですね。
そこから、自社にはどんなデータがあるのかを、部門を超えて見にいってみたんです。
その結果、「研修プログラムって600もあるんだ」「昨年度の出戻りって20人しかいなんだね」と多くの気づきが生まれてくるわけです。
柏村氏:次に、これらの数字がリクルートにどんなリターンをもたらしているのかを見にいきました。なんとなく思っていたものが、数字にすると多くの発見があって、自覚的にデータを見にいくのが大事だと感じました。
佐々木氏:ありがとうございます。これらのデータをもとに、経営判断につなげていったのでしょうか?
柏村氏:それぞれの数字に対して課題なのかどうなのかを議論してきました。
例えば研修費は他社と比べて高くはないが、1on1ミーテイングなど組織長一人当たりが人材育成にかけている総時間は年間300時間。
「単純に人材育成を研修費で他社比較しては意味がないのだな」と、数字の解釈を議論して数字の意味合いに対する理解を深めました。
伊藤氏:数値化して、それが何を語っているのかまで読み解けることがCHROの仕事だと思います。まさにそれを実践されていますよね。
柏村氏:数字の収集で、どこから何を拾ってくるのか。これは非常にパワー使う作業でした。
仮説を立てて、数字をいったりきたりしながら、それをもとに社員にどう機会を提供していくかまで落とし込んでいきました。
そこから経営も含めて対話をしていったのですが、多様性がある会社ゆえに、それぞれの想いがあるので、共通言語化していくのが大変でしたね。
切り口によって変わる「データの持つ意味」。アウトプット→アウトカムのストーリーをつくることができるか?
佐々木氏:企業価値へのつなげ方まで、どうやっているのでしょうか?
柏村氏:どのように落とし込んでいくにかは、まだチャレンジ中です。ただ少なくとも、数字を見ながら対話していくことに意味があると思っています。
その上でリクルートでは社員の機会創出にこだわる。個人の好奇心が価値創造につなげることをより強化していきたいですね。
佐々木氏:ありがとうございます。伊藤先生にもお伺いしたいのですが、人的資本経営コンソーシアムはどのような議論をされているのでしょうか?
伊藤氏:「実践の分科会」「開示の分科会」「投資家との対話」の3つのカテゴリーがあります。
たとえば、開示分科会では、「男性の育休取得率がほぼ100%」という数字に対して、「よくみたら本社と書いてある。グループ会社ではどうなのか?」「100%を目指すことで何が起きるのか?」みたいな議論をしています。
さまざまな切り口によってデータが持つ意味は変わってきます。多様性のある方々が集まって、いろんな見方をして意見をし合う場となっています。
また、「男女の賃金格差の開示」について投資家と対話したときは、「それってなんのためにやるのですか?何を目的にしてますか?」と突っ込まれたときがあります。
これには、ストーリーを設けることが大事になります。「開示情報(アウトプット)が、どのように業績に影響を与えるようになるのか(アウトカム)」の流れをつくることが理想ですね。
アウトカムまでいかなくとも、まずはその一歩手前までは語れるようにしておくべきでしょう。
柏村氏:私もコンソーシアムに入っていますが、さまざまな事例を集めて議論できるのは、非常にありがたいですね。
手探りすぎても進まないので、好事例を集めて議論できるはとても良いインプットになります。日本独自の好事例も大切にしながら、ただ日本独自に固執せず、グローバルでも通用する開示を進めていくことが大事だと思います。
今後の人的資本経営の展望
佐々木氏:最後に、今後の人的資本経営についてお二人の考えを教えてください。
柏村氏:私たちがつくっていく未来に向けて、価値の源泉はより人になってきています。一人のチカラが0.5にもなるし、2にも3にもなることがある。人の価値を最大化できるようにしていきたいですね。
伊藤氏:私は、このタイミングはチャンス到来だと思っています。
とある大企業の経営者が言っていたのですが、「今後の世界を見たときにどこに資源を投入するか?アジアに投資したいが、情勢が不安なところは投資しにくい。そうなると日本へ回帰する動きはある」と。これから日本が注目されてくる可能性はあります。
そのような然るべきタイミングに向けて、個々人の専門的スキルを向上させ、人材の価値を高めていくことが、日本の明るい未来につながっていくと思います。
イベント概要
- 開催日時:2023年1月25日(水)15:00-17:30
- 会場:六本木アカデミーヒルズ タワーホール
東京都港区六本木6丁目10番1号 六本木ヒルズ森タワー49F - 開催形式:会場参加・オンラインのハイブリッド形式
- 公式HP:https://hc-m.org/
一般社団法人人的資本経営推進協会について
一般社団法人人的資本経営推進協会は、従業員が持つ知識や能力を「資本」とみなして、持続的な企業価値の向上につなげる新しい経営の在り方=「人的資本経営」を研究・発信するため、10月17日に設立。
人的資本経営推進協会は、人的資本経営の推進における現場の課題を取り上げ、解決策を模索していくことで普及を支援。また、行政や企業と連携し、企業の様々な取り組みについての情報収集や情報発信の活動に取り組んでいく。