
こんにちは。ジェイソン・ダーキーです。

執筆者JASON DURKEE(ジェイソン・ダーキー)氏IDEA DEVELOPMENT株式会社(アイディア社) 代表取締役
米国シアトル生まれ。1992年に来日し上智大学に入学。卒業後,研修企画会社に就職し10年間勤務。2003年に独立起業。日本を代表する大手企業から外資系企業まで幅広い業種のクライアントに対して,研修プログラムの企画および講師として,5万人以上の能力アップとビジネス成果の向上に貢献した実績を持つ。著作に『ビジネス英語の技術』『ガツンと言える英会話』(Japan Times)ほか。
数カ月前、研修効果測定で有名なブリンカーホフ教授から「人材育成の恐怖物語の本を書くんだけど、一緒にやらない?」と連絡がありました。「人材育成の恐怖物語って……何?」と聞いたところ、思った以上に奥が深い答えが返ってきました。
「ライフワークとして、1990年代から効果的な研修の具体的なノウハウを出し続けてきました。大学で数千人の学生に教えました。本も何冊も書きました。毎年数十回のセミナーや講演も実施してきました。もちろん、コンサルティングや数えきれないほどの研修プログラムの研修効果測定の調査もしてきました。でも、何をやっても研修効果で世の中が大きく改善されたという実感が持てません。残念なことだなと考えていたところ、『人材育成の関係者(担当者や講師)と人材育成の国際会議や研修前後に話をして、一番盛り上がる話は毎回同じ』なことに思い当たりました。それは、過去の笑える研修失敗ネタと体験談です。そこで、『ベストプラクティスと立派なアドバイスばかりではなく、たまには失敗談を発信してみたらむしろインパクトがあるかも』と思ったんですよ」
その発想から生まれたのが、最近出版された『Training Horror Stories(人材育成恐怖物語)』です。様々な視点を入れるために、世界中の人材育成専門家から“Best of ダメ人材育成” ネタを集めました。
Training Horror Stories(人材育成恐怖物語)
社内の人材育成担当者、外部コンサルや講師、アメリカ国内、グローバルなど、バランスよく様々な立場からの話が盛り込まれています。実は、私も日本代表として3つネタを提供しました。
あるあるネタ、少々大げさで笑える失敗例の数々であっという間に読み終わりますが、実は人材育成の本質に対する大事なヒントがいろいろと含まれている本です。今回は、この本で示されている問題や解決ヒント、エピソードを簡単にご紹介します。
よくある問題と解決ヒント
この本は全44章で構成され、大きく7つの切り口に分かれています。どれも人材育成の場でよく起きる問題ばかりです。切り口ごとの問題と解決ヒントを要約してご紹介します。
1. 研修の設計ミス(Design Disasters)
問題
研修の企画と準備段階で発生する問題。例えば、
- 開発の流れが整理されていない
- 教材をつくるために膨大なリソースを無駄にする
- リモート研修を進めるチームと対面研修を進めるチームが合意に至らずに並行してバラバラな研修を2つつくってしまう
ヒント
当然ながら、研修を設計する際には関係者全員が合意できる明確な目的が必要。また、どのようなプロセスや流れにするかの共通イメージも大事。特に、国や組織を越えるときには意識合わせを早めにやらないと失敗する可能性が高まる。
2. 定着しないダメ研修(Training that didn’t stick)
問題
研修を実施したが、求めている行動変容とビジネス成果が得られない。例として、
- 対象者を間違えている
- 分かっているが「できる」レベルまで定着できない
- 研修内容と現場のニーズが一致していない
ヒント
成果を出すには定着の工夫が必要。最低ラインは、
- 研修後の職場での行動を目的にする
- 受講者の上司を巻き込む
- 研修をシリーズにする
- 研修期間中に研修内容を職場で実践して振り返るサイクルを回す
3. 間違っていた育成施策(Wrong solution)
問題
研修内容が現場のニーズに合わず、実施しても職場課題の解決につながらない。例えば、
- 職場から依頼された研修内容と本当の問題点が異なる
- 研修内容と現場で求められていることがずれている
- そもそも研修や育成で解決できない問題だった
ヒント
徹底した事前ニーズヒアリングは理想的だが非現実的。おすすめはニーズ把握に時間をかけず、少人数でとりあえずパイロット版を実施してみて、きちんとした効果測定をすること。それによっていろいろと見えてくるので、その結果に基づいて研修を大きく改善する。
4. 不満げなステークホルダー(Disgruntled clients)
問題
ステークホルダーの影響によって研修がうまくいかない。例えば、
- カリスマ講師の細かいこだわりに左右される
- 経営者の勝手な意見に振り回される
- 受講者の上司のせいで研修内容を職場で使おうとするモチベーションがなくなる
ヒント
ステークホルダーを事前に巻き込み、関係者全員のベクトルを合わせる。ただし、実際問題としては非常に難しい。普段からステークホルダーのこだわりを意識して、危機感があったときには無理に踏ん張らないのが現実的。
5. 講師のメルトダウン(Awkward facilitator moments)
問題
受講者への案内と研修内容が違う。受講者との共通言語もなければ、通訳もない。研修中に会社でトラブルが起きて、受講者の集中力が下がる。講師は研修をお願いされているが、受講者には慰安旅行だと伝わっている。
ヒント
一言で言えば、研修の目的と期待を明確にして共有すること。だが、そう簡単ではない。研修、旅行、イベントのように形がなく、期待が高い場合にこのようなずれがよく生じる。最低限、人材育成担当者と講師、受講者の間で研修の位置付け、重要性、目的について合意がないとうまくいかない。
6. 非協力的な受講者(Unhappy participants)
問題
研修内容がアカデミックすぎる、難易度が高い(または低い)。研修内容が受講者の望んでいる内容と異なる。受講者のニーズを考えずに強制的に参加させる。受講者の負担が重すぎる。担当者が代わったため、研修設計の意図が受講者に伝わらなくなる。ラーニングジャーニーの運営サポートが不十分。
ヒント
人材育成の経験が長いと、不満を持つ受講者には必ず出会うもの。不満の中にも2種類の原因がある。
- 1つ目は受講者の個別事情や性格。例えば、研修期間が私生活の大切な行事と重なる等。
- 2つ目は人材育成担当者と講師のミス。2つ目については受講者のニーズを事前に把握すること、受講者に研修の目的と負担を的確に伝えることが大切。特に負担の多い研修の場合は、受講者にとってのメリットを強調すること。
7. 研修効果測定の失敗(Evaluation mishaps)
問題
アンケート内容と研修内容が合わない。研修の効果よりも受講者満足を重視する。研修の効果を考えずにセレモニー的なアンケートを書かせるだけ。効果測定をやっても結果に対して何もアクションをとらない。
ヒント
このような問題は非常に多い。解決に向けての第一歩は、研修当日の受講者の満足度だけではなく、研修後に職場でどのような行動が起きたかに対して関心を持つこと。次に、なぜそのような行動をしたか、どのような成果が出たかを調べること。
エピソード
ここまではよくある人材育成ベストプラクティスそのままです。この本でやりたかったのは、成功例でなく大失敗例を紹介し、笑いと同時に危機感を与えることです。
すべてにふれることはできませんが、軽くいくつかご紹介します。
エピソード1:研修と現場は違う?
米軍は人材育成分野が非常に進んでいて、数十年前から高く評されており、ベンチマーキングもよくされています。
特徴としては、強いトップダウン、人数が多い、全員強制研修、成果が出るまで徹底的に研修を行う、しっかりした成果確認と研修効果測定をすることです。多いのは講師育成(Train the Trainer)のパターンで、各現場から講師を決めて、その講師たちが集まって講師トレーニングを受け、各自の現場に戻って現場メンバーに教えます。
このエピソードは、ブリンカーホフ本人の若き日の体験談です。
上司:そうか。いろいろ学んだね。ところで、ここはどこかな?
ブリンカーホフ:ここはグランド・タークです
上司:そうだ。ということは、本部ではないね
ブリンカーホフ:ええ、違います
上司:そうだよな。じゃあ、いつもどおりで
ブリンカーホフ:……はい
このように、良いことを学んでも、残念ながら行動変容とビジネス成果にはつながらない場合があります。
エピソード2:研修を受けずに売り上げを上げる不思議な営業職
あるグローバル大手システム会社では、画期的な商品のラウンチに向けて、営業職向けにかなり力の入った研修プログラムを用意しました。1カ月程度で合計200時間以上、ワークショップとロールプレイ中心の徹底した研修です。
ただ、時間と費用を考えると全営業職に受講させることができないため、2,000人の営業職から500人を選抜して実施しました。製品ラウンチは大成功で、研修の評判も上々でした。
その後、ラウンチ6カ月後に研修効果測定を行ったところ、とても面白い結果が出ました。
- 内的動機:残りの1,500人は受講者に負けないよう普段以上に努力した
- 柔軟な対応力:残りの1,500人のほうがお客様の個別ニーズとスタイルにより柔軟に合わせることができた(研修で紹介されたパターンに頼りすぎずに)
- 同僚との協力:選抜されなかった際、残された1,500人は「負け組」だと疎外感を覚えたとのこと。その思いをモチベーションに変えて、1,500人の中で一体感が生まれた
このエピソードから、必ずしも研修だけが職場での行動とビジネス成果に直結するわけではないことが分かります。
エピソード3:グローバルスタンダードにならない
あるグローバル自動車メーカーで、すべての技術教育をeラーニングにして内容も統一しようという動きがあり、各地域から委員を決めてグローバルタスクフォースを設立しました。
ここから学べることは、異なる背景を持っている人や組織と一緒に何かをする場合、ベクトル合わせは必要不可欠で、しかもそう簡単ではありません。
クロージング
私もブリンカーホフ教授と似たようなことを感じています。
私の場合は日本で、1990年代から成果につながる人材育成のベストプラクティスと成功事例を積極的に発信してきましたが、残念なことに世の中では表立った変化はそれほど見られません。
ここで私から提案です。皆さんも『人材育成恐怖物語』の日本版や社内版をつくってみませんか?
失敗は成功のもと、少しでも人材育成の改善につながりそうだと感じたら、ぜひ試してみてください。皆さんなりの『人材育成恐怖物語』を楽しみにしています。

