働き方改革が進む中で、各企業における業務のデジタル化が進む現代社会。
そんな時代に逆行するかのような職場づくりを実践しながらも「出社したくなるオフィス5社」に選ばれるような働き方も実現しているのが、超ロングセラー商品『はちみつ黒酢ダイエット』の製造元である、タマノイ酢株式会社です。
普段の業務ではPCをほとんど使用せず、メールアドレスも部署で共有のものが1つあるだけとのこと。
また、「中途採用を直近の約30年はおこなっていない」「頻繫な社内異動を推奨する」「5年で卒業するキャリア制社員制度」といった独自の人事施策も多数導入されています。
『関わり合う職場』の事例として書籍でも紹介されたタマノイ酢ならではの採用、人事配置、社内文化の作り方について、原田さんに取材させていただきました。
【人物紹介】原田 優里子|タマノイ酢株式会社 社長室 ドリームクエスト チームリーダー
2016年タマノイ酢株式会社入社後、本社 社長室に配属。人事・採用・広報など若手社員の内から幅広く業務を経験。2019年社長室ドリームクエストに異動。東京本部にて採用・広報・新商品開発・役員秘書業務を担当。また、同年よりチームリーダーを務める。社内の新入社員研修や、大学でのリーダーシップ講義などを担当し、人材育成に関しても幅広く取り組む。また、薬膳インストラクターの資格を持ち、地元の消費者へ向けた薬膳イベントの講師も担当。
目次
「新卒採用しか実施していません」タマノイ酢の企業カルチャーはいかにして作られているのか?
ー本日はよろしくお願いします。まずは、タマノイ酢さんについてご紹介いただけますでしょうか。
原田さん:タマノイ酢は、醸造酢をはじめとして粉末酢や菓子・飲料を製造販売する会社です。
タマノイ酢と聞いた読者の方の中には、ロングセラー商品の『はちみつ黒酢ダイエット』や、粉末状の代表製品である粉末すし酢『すしのこ』を思い浮かべる方も多いのではないしょうか。
本社は大阪府堺市、工場は奈良県にございます。現在、約250名の社員が在籍しており、全国で商品を展開しています。
<タマノイ酢の商品が製造されている工場の外観>
ー約250名の社員が在籍しているとのことですが、全ての社員が新卒入社で、中途採用を実施していないとお聞きしています。新卒採用しか実施していない背景についてお伺いできますか。
原田さん:そもそも当社が「あえて」新卒採用しかしていない、というよりも、昔は新卒採用・終身雇用が日本企業の主流で、そうした昔からのことを愚直に続けてきた結果、いつの間にか「変わった会社」として注目していただけるようになったと聞いています(笑)。
また、当社には「社員一人ひとりの成長と自立」という一貫したテーマがございまして、社員の成長=会社の成長であると考えているので、中途ではなく新卒を育てるという意識が元々強くあります。
そのため、新卒で入社してから短期間で複数の部署を経験させるなど、専門性よりも総合性を伸ばす育成方針を大切にしています。
そうすることで広い視野を身に付け、早期にマネジメント職に就けるようなスキルや経験を積んでもらいたいと考えています。
一例として、私自身も現在入社6年目になりますが、入社時から採用・広報・人事にまたがって幅広く従事しており、入社4年目頃からチームリーダーも兼任しております。
ですので、「中途採用をしたくない」というわけではなく、「結果的に新卒採用になった」という表現がしっくりきますね。
このような経営方針から、変わった会社だと言われることも多く、他社様からも「新卒採用しか行っていないこと」や「若手が最前線で仕事をしていること」、「人事異動が頻繁であること」について驚かれることもしばしばあります。
社員数は250名という限られた人員ですが、扱う商品数や販路に対して社員数が少ないからこそ、全員が「何でも屋さん」となり、全体感を持ちながら思考し行動できる人材に成長することを目指しています。
また、社員同士の「関わり合い」も特に重要視しており、新卒からずっと同じ顔触れで切磋琢磨していくため、部活動のような雰囲気と言いますか、比較的活発な組織風土を作ることができているのではないかと思っています。
ー中途採用を実施せず、新卒採用しかやらないことのメリットは、どこにあるのでしょうか。
原田さん:かれこれ30年は新卒採用しかやっていないのですが、社員全員が新卒入社で同じタイミングから一斉にスタートを切ることになるので、「同期はこの人」といった横のつながりが強く生まれていることです。
過去に中途採用をしたこともあったそうですが、中途の方は会社のカルチャーになかなか馴染めず、自然と新卒採用をメインにするようになったと聞いています。
同じ新人研修を通ってきた仲間として、同期同士での関係が構築されやすいのが一番のメリットの一つかもしれません。
また、タマノイ酢の文化の原点は採用にあると考えており、採用活動にはとても注力をしています。
採用部隊はあえて社長室の中に配置していますし、大阪・東京合わせて10名以上の採用担当がいるなど、この会社規模に対してこれだけ採用にマンパワーをかけている会社は多くはないのではないでしょうか。
代表も、会社説明会や新卒向けのフォーラムには必ず立ち会い、もちろん最終面接も代表が行っております。会社全体で採用活動に力を入れることのできる文化が根付いていると考えています。
「欠員が出たら、やり方を変えればいい」外部リソースに頼らない事業運営とは
<タマノイ酢で販売されている商品の数々>
ー退職者が出るなどで、どうしても中途採用や外部リソースが必要になる場面はないのでしょうか?
原田さん:そもそも「中途を取りましょう」という考え方が存在しません。欠員があれば、自然と「残った人数でどうしようか?」という発想に切り替わります。
どの部署の仕事も、自社の社員でまかなうことが前提で、その考え方が文化として定着しています。
たとえば、家族やクラブ活動に欠員が出たから補充する、という考え方はあまりないですよね。部署においても、その感覚に近い考え方をしています。かなり家族的な経営をする会社であると思います。
「仕事に自分たちがあわせていく」というスタンスや思考がインプットされていれば、「人が減ってできない」「中途採用で即戦力を採用しよう」といった発想は生まれず、「どうしたらこの人数でできるのか?」と受け止めることができるようになると思います。
これは、新規プロジェクトや企画が立ち上がるような場合でも同じで、上司からも外部の力に頼るのではなく、やり方を変えることで達成する方法を思考をするように、口酸っぱく言われて育ってきています。
そのため、様々な仕事に対してこれまでの慣例に従うのではなく、「今の作業に無駄はないか」「どうすればもっと少ない工数で進められるのか」を常に考え、人数や状況に応じて仕事のやり方を柔軟に変更していきます。
ー目標設定やKPIなどは、どのように設計されているのでしょうか。
原田さん:目標にはとてもこだわる会社です。だからこそ、プロセスにもこだわりがあります。結果さえよければ良い、売上さえ上がれば良いという考え方はしません。
目標として設定した最終的なゴールはぶらさず、結果を出すまでのアプローチ方法は常に見直しをかけ、柔軟に変化させる方針をとっています。
たとえば営業で言うと、売上目標や利益目標というゴールはぶらさず、達成のためにバックキャスティングの思考で計画をブラッシュアップして実行していきます。
むしろ、最初に立てた計画のまま進めていたら「それちゃんと見直しているの?」と突っ込まれたりするくらいですね(笑)。
ゴールさえぶれなければ、やり方は問わないといった風土は、少しベンチャー気質な部分もあるかもしれません。
そして、目標達成について、代表は度々「リーダーに責任がある」と、リーダーの重要性を説いています。
目標達成におけるノルマは特に設けていないものの、結果の責任は上司にあると明確に言われており、その代わり、プロセスの責任は部下にあるという考えが浸透しています。
そのため、リーダーのポジションのメンバーは「明るくいなさい」「リーダーがしっかり結果に対する責任を持ちなさい」と厳しく言われて育ってきています。
また、社員数が少ないので、基本的には現場の全員にリーダーの目が行き届く環境です。
目標が高くても誰一人置き去りにせず、一緒に頑張っていこうと周囲が見てくれているので、歴の浅いメンバーは前向きに「早く先輩に追い付かなきゃ」となって、余計なことを考える暇がないんですね。
なので、自然と「自分もやらなくちゃ」と鼓舞されるような環境となっています。
5年で卒業する『キャリア制社員』制度の概要と導入する狙い
ータマノイ酢では「キャリア制社員」という制度もあると聞いたのですが、どのような制度なのでしょうか。
原田さん:弊社の社員は「総合職」「一般職」「キャリア制社員」という3つの職種に分類されます。その中でキャリア制社員は、5年間限定でタマノイ酢で働いていただく有期雇用契約となります。
応募されるほとんどの方が、何かしら夢や目標を持っていて、夢を追いながらも当社で社会人経験を積みたいと希望して入社されます。
具体的には、起業をする前に当社で5年間学びたいとか、家業を継ぐまでの期間をここで過ごしたい、またはアーティスト系の方で漫画家やミュージシャン、ダンサー、書道家になりたいといった方がいらっしゃいました。
この制度の誕生は、今から17年~18年ほど前にさかのぼります。
その当時は、世間でフリーターやニートが急増した時代。働き方が多様かつ自由になる一方で「若い時代をフリーターで過ごしてしまうと、30代~40代になったときの雇用や収入が危ないのではないか」といった議論が起きていたそうです。
加えて、働き手の思考として「一つの会社で長く勤めたい」という時代ではなくなってきた――その2つを合致させ、当社の代表が考えたのが「タマノイ酢で期間限定で働き、社会人としての基礎を身に付けてもらえば良いのでは」というアイデア。
つまり、1つの社会貢献としてスタートした制度になります。
ー会社にとって、キャリア制社員の存在はどのような影響を与えているのでしょうか。
原田さん:キャリア制社員が良い刺激となって、組織活性化につながっている実感があります。
新卒採用のみでは、どうしても社内にフレッシュな空気が少なくなってしまいがちであるため、5年間の期間限定とはいえ、キャリア制社員を通して外部のさまざまな文化や意見を企業経営に取り入れることができているのは良い点です。
また、通常の採用ではアプローチできないジャンルの人材とも出会えたことは大きな収穫でした。たとえば、漫画家や書道家志望の方が、私たちのような食品メーカーで働くイメージはなかなかありませんよね。
キャリア制社員の中には、タマノイ酢の取引先と独自に人脈を築いて、卒業後のキャリアに活かしていく社員も多くいます。
採用の入り口は違うものの、入社後の人事配置や仕事内容は特に新卒と区別をしていないので、キャリア制社員だからと線引きしたり、機会を与えないといったりすることはなく、それぞれがタマノイ酢をうまく活用していって欲しいと考えています。
「入社後はPCではなくノート」非デジタル組織が生み出すクリエイティブ力と社員同士の関わり合い
<“出社したくなるオフィス”5社に選ばれたタマノイ酢の本社ビル>
ータマノイ酢では採用以外にも独特な社内制度が多数あると聞きました。オフィスの特徴や代表的な制度を教えてください。
原田さん:私たちは、「アイデア」を生み出すための雑談をたくさんできるようにするために、部署間の仕切りを設けていません。また、個人のデスクにパソコンはなく、共有スペースに数台のパソコンを設置しています。個人には、パソコンの代わりにノートとルーズリーフが配布されています。
パソコンは、画面を開いているだけで仕事をしている風になってしまいがちですし、メールやチャットばかりしていると、対面でのコミュニケーションが減ってしまいます。
あえてパソコンを多用しない選択をすることで、社員同士がリアルに書いたりディスカッションをしたりと、創造性を発揮しやすいオフィス作りを心掛けています。
社内コミュニケーションの優先順位としては、同じフロアにいるならまず対面で、他のフロアなら電話、それがダメならFAX、メールは最終手段です。
外部の方とのコミュニケーションも、1つの共有メールアドレスを使用し、日々メールチェックの担当者が「~さん、メールきてますよ」と声掛けをしてくれたものに対して、メールを紙で出力をして渡したりしていますね。
人事異動が多いため、属人的な仕事を減らすよう心掛けているのですが、こうしたメールのやり取りも、部署全体での案件内容の把握につながっています。
確かにスピード感はあまりありませんが、社内でのリアルなコミュニケーション量を増やすために、あえての非デジタル文化を貫いています。
ー社内データの蓄積や、社内での資料作りなどは、どのようにおこなっているのでしょうか。
原田さん:基本的に報告書は手書きで、名刺など必要なものを貼り付けてファイリングしていきます。社内異動も多いので、「いつ誰とやり取りしたか」という情報は、全て紙に残すようにしています。
社内でおこなう企画や、社長プレゼンも、手書きの場合が多いですね。
<社内でのコミュニケーション促進を重視して作られた開放的なオフィス空間>
自分の前にパソコンがあると資料をいくらでも作り続けれますが、私たちが大事にしているのは、「無駄な資料を作らない」ということです。
「パソコンに触ることのできる時間が10分しかない」という状況になれば、本当に必要最低限のものだけ作って終わりとなります。この無駄の無さを狙っています。
もちろん、テレワークの機会も増えてきたため、必要なときには社用携帯やパソコン含めてしっかり支給していますが、使用するものを必要最低限に抑えることで無駄をなくし、クリエイティブな発想力を鍛える方針を進めています。
ー徹底的に独自のコミュニケーション手法や業務の進め方にこだわるのはなぜですか?
原田さん:私たちは業界の立ち位置から見ると中堅企業ですので、大企業が手掛けられない需要を掘り起こすための「偶然の出会い」「ひらめき」を重要視しています。
大手企業は、大衆向けに多くの幅広い製品を生み出すミッションがありますが、弊社はニッチな分野で特徴のある尖った製品を、薄く広く広めていくことに重きを置いています。
たとえば、最近出した薬膳シリーズも、大手企業にとってはあまり採算の取れないニッチな市場だと思います。しかし、このような市場だからこそ私たちが参入する意味があると考えています。
そして、このようなニッチな分野に踏み出すためには、普段のコミュニケーションや雑談から生まれるひらめき、偶然の出会いやクリエイティブな発想がもっとも重要だと思っています。課題の解決は自動化できますが、さまざまな要素を繋げて創造する力は人間にしかありません。
こういった創造は、コミュニケーションの中でしか生まれませんし、少人数の組織が膝を突き合わせて関わり合うことでしか生まれないからこそ、一見無駄に見える非デジタル化や、紙とペンを使って頭を動かす方法を長く取り入れているのです。
<社内にはジムがあるなど、従業員との「関わり合い」を大事にしている>
「デジタルもアナログも、結局は手段でしかない」タマノイ酢の文化を守り続けるために
ータマノイ酢で今後チャレンジしたいことはありますか。
原田さん:私自身まだまだ未熟で、日々の仕事に精一杯というのが正直なところです。
そのため、大きな目標や明確に描くキャリアのようなものは特にないのですが、チームリーダーという役割をいただいているからこそ、目の前にいるメンバーに対して「自分になにができるのか」常に考えながら、一つずつ取り組んでいきたいと思います。
大きな仕事を成し遂げたいと考えるよりも、一緒に働けて良かったと思えるような関わり合いをしていきたいですね。
私たちの組織を見て、非効率的だと思う方もいらっしゃるかもしれません。ただ、デジタルとアナログにはどちらも一長一短がありますし、それ自体は手段でしかありません。
自分たちがどのような会社を作りたいのか、そして、根底にある人間らしい関わり合いを大事にするためにはどうしたら良いのか、を考えていく中で、それを実現する手段としてデジタルやアナログを選択しているだけです。
私たちは、売上や利益を追及する会社ではなく、そこで働く社員や地域社会への貢献を一番大事にしたいと考えるような会社です。そして、この考えが根幹にあるからこそ、コストがかかったとしても今の人事施策を走らせています。
一見非効率的な育成方法かもしれませんが、社員1人ひとりをオールラウンダーに育てることで、少ないリソースの中でもプロセスを変化させながら進むことができる。
一人ひとりが変化に対応し、自分自身の手で可能性を広げていくことができるような人材になってもらえたらと考えています。
最後に、ご紹介になりますが、実は弊社の独特な取り組みはこちらの書籍でも紹介いただいています。
会社文化のあり方について掘り下げた書籍の中で研究対象となっているので、大学の教材として使用いただくこともあります。
タマノイ酢ならではの組織文化に関心のある方は、ぜひ手にとっていただけますと幸いです。