社会人向けオンライン学習サービスを提供する株式会社Schooは、2022年12月より旭化成株式会社若手社員の人財育成施策の一環として、新卒社員約250名を対象とした学習コミュニティ「新卒学部」の運用を支援してまいりました。
今回は、約1年間の取り組みを通して得られた成果について、2024年8月6日(火)に実施された事例発表会の内容をレポートとしてご紹介いたします。
事例発表会では、旭化成の執行役員兼人事部長の内炭広志さん、人事部 人財・組織開発室の梅崎祐二郎さんに同社の人財育成方針と今回の取り組みについて説明いただき、共同調査を行ったリクルートワークス研究所主任研究員の古屋星斗さんに「若手のキャリア観の変化と企業が抱える課題」についてお話しいただきました。
コミュニティで学ぶことでキャリア不安が軽減した新卒学部の取り組みとは、どのようなものだったのでしょうか。
登壇者内炭 広志氏旭化成株式会社 執行役員 兼 人事部⻑
1989年大学卒業後、旭化成株式会社に入社し、一貫して人事分野でキャリアを積む。2020年6月から、人材サービス業を担う子会社である旭化成アミダス株式会社代表取締役社⻑。2023年4月より人事部⻑。
登壇者梅崎 祐二郎氏旭化成株式会社 人事部 人財・組織開発室
2018年4月に旭化成株式会社に入社。初任では宮崎県延岡市の工場地区人事として、6,000人のグループ社員の労務管理、新高卒採用・研修の責任者、グループ会社の処遇制度改定を担当。2022年6月より現職。若手社員が活き活きと活躍できる会社を目指して「新卒学部」を企画し、「学部⻑」として新入社員の自律的成⻑を支援中。
登壇者古屋 星斗氏リクルートワークス研究所 主任研究員
2011年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、政府成⻑戦略策定に携わる。2017年より現職。労働市場について分析するとともに、若年人材研究を専門とし、次世代社会のキャリア形成を研究する。一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。
研究領域:若年者のキャリア形成、若手育成、労働市場、労働・教育政策、未来予測
著書:「ゆるい職場−若者の不安の知られざる理由」(中央公論新社)、「なぜ『若手を育てる』のは今、こんなに難しいのか」(日本経済出版社)、「働き手不足1100万人の衝撃」(プレジデント社)など
目次
1.「終身成長」「共創力」を柱とする旭化成の人財戦略と、独自の学習プラットフォーム「CLAP」
内炭氏:旭化成では直近3年ほどの間で、今回の「新卒学部」につながる人財戦略に関する取り組みを進めてきました。
キーワードは「終身成長」と「共創力」です。
終身成長は社内でつくった造語。似たワードの終身雇用には安定志向の印象がありますが、終身成長はそれとは一転して、「働いている限り年代関係なく成長を目指し、その先に働きがいや従業員のwell-beingが実現できるのではないか」との考えに基づいています。
この終身成長を支える大きな2つの柱が、「自律的なキャリアの形成」と「マネジメント力の向上」です。
上から強いメッセージを発して牽引していくのではなく、人の力を引き出すようなスタンスでの対話や支援へとアップデートすることが必要だと考えながら、具体的な施策に落とし込もうとしているところです。
この自律的なキャリアの形成を支える大事な取り組みのひとつとして、2022年12月より学びのプラットフォーム「CLAP(Co-Learning Adventure Place)」を運用しています。本日お話しする「新卒学部」は、CLAPの象徴的な取り組みです。
梅崎氏:旭化成では、社員一人ひとりの志向やニーズに応じた専門性強化とキャリア形成を支援することを目的に、CLAPという学びのプラットフォームを運用開始し、国内グループ会社の従業員(約2万人)から順次展開しています。
CLAPで提供しているコンテンツには、「キャリアの可能性を拡げる=学びの幅を広げる」ものと「専門性を高める=学びの深さを出す」ものの2つがあります。
学びの幅を出す学ぶことができるように展開しています。また、学びの深さを担保するためには、社内の知見を活用しながら教材化やコースづくりを進めています。
CLAPによって当社が目指すのは、一時的に特定のコンテンツを学ばせることではなく、「生涯を通して主体的に学び続ける社員」を増やすことです。学び続けるモチベーションを保つために、「みんなで学ぶ組織づくり」をしていきたいと思っています。
「みんなで学ぶ」を実現する上で私たちが考えるポイントは、「他者と学ぶ」「他者から学ぶ」「業務に活かす」という3点です。
今回、特に取り上げてご紹介したいのが、ラーニング・コミュニティの施策のひとつである「新卒学部」です。
2.新卒向けラーニングコミュニティ「新卒学部」の概要
梅崎氏:まずは旭化成が「新卒学部」を開設した背景からお話しします。
当社の人財戦略のキーワードは「終身成長」ですが、新入社員の学生時代の経験の違いによるスキル差の拡大や働き方改革の広がり、キャリア観の多様化を背景に、ワークライフバランスの確保を前提とした育成手法のアップデートが必要だという課題がありました。
これを受けて、多様な新入社員一人ひとりが成長実感を持てるように、社員同士の学び合いを支援するコミュニティを形成したいという考えがありました。
新卒学部は、新入社員が自分たちの志向に合ったテーマの「ゼミ」を選び、その中で同期たちと学び合う9ヶ月間のコミュニティ活動です。
コミュニティは基本的に新入社員による自主運営で、各ゼミに置いたゼミ長を中心に学び合いを実践してもらいます。
施策設計のポイントは3つあり、1つ目は各自が自分の志向に合うゼミを能動的に選択すること。2つ目は、集合学習やワークショップを通して「同時に&一緒に」学ぶ機会を作ること。3つ目は、得た知識を業務で実践したり、ゼミごとに運営するコミュニティで発信・共有してもらうことです。
9ヶ月間の全体スケジュールは、2つのクールによって成り立っています。第1クールは事務局側で「アドベンチャーゼミ」「プロフェッショナルゼミ」「クリエイティブゼミ」「ワークハックゼミ」という4つを用意。
「Schoo」を使ってゼミの仲間と同時刻に同じ学習コンテンツを視聴するオンライン集合学習を月2回実施したり、事務局が作成したワークを新人たち主導のもと実施してもらうワークショップを実施しました。
学習・発信・実践のサイクルによって、コミュニティの中で同期と一緒に学んでもらうことを重視しています。
第2クールは、より新人を主体とした活動に切り替わります。同期関係や知見を広げることを目的とする全体コミュニティ(全員参加)と、個別の学習テーマを深めることを目的とする個別学習ゼミ(任意参加)で構成され、個別学習ゼミは新人自身で活用内容や目標設定を設計してもらいました。
2023年度は、サステナブルな社会的取り組みについて学ぶ「サステナゼミ」、女性のキャリアについて考える「女子相談室」など7つの個別ゼミが立ち上がり、各ゼミごとに参加者を募りました。任意参加ですが、結果として約6割の新入社員が何かしらのゼミに参加する形になりました。
3.「新卒学部2023」の成果と得られた示唆
梅崎氏:「新卒学部」の取り組みを通して、参加した新入社員の行動面、心理面それぞれで大きな変化がありました。コミュニティ学習の実施により、学習時間は昨年の新入社員の3.5倍、1人あたり約7時間の自律学習が行われました。
学習時間上位者数も作対比約3倍と全体の学習時間が伸長しており、中には学習時間が100時間を超えた人も出てくるなど、他者の学びが自身への学びの刺激になったと言えます。
心理面においても、「同期との日常的な悩みや努力の共有によって、意欲が上がった」という声が出たほか、新卒学部で新しい分野へ興味を持つきっかけがあればあるほどキャリアへの不安は軽減され、取り組みがキャリア不安軽減に寄与していることが分かりました。
2024年度の「新卒学部」は、2023年度の取り組みをベースとしつつ新入社員自身で自律的な学び合いができる第2クールの期間を長くするなど、改善を加えて継続しています。
コミュニティでの学び合いを行うことが学習継続やキャリア不安の軽減に繋がることが明らかになったことから、今後も”みんなで学ぶ”組織風土の醸成に向けた仕組み作りに取り組んでまいります。
4.若手のキャリア観の変化と企業が抱える課題
古屋氏:法改正による長時間労働の是正やリモートワークなど柔軟な働き方の推進など、ここ数年で働き方は大きく変化した一方で育て方についてはあまり変わっていません。
若手をいかに採用し、定着させ、戦力にしていくかということが、どの企業においても課題になっています。それを改善するためには、現在の働き方に合わせた「育て方改革」を進める必要があるのです。
労働時間の短縮や有給休暇取得率の増加、教育においてパワハラが減ったというような変化からも推察できるように、実際に若手社員の職場での満足度は高くなっています。しかし、なぜか下がらないのが早期離職率です。
出典:厚生労働省, 新規学卒就職者の離職状況
なぜいい職場でも、若手社員は辞めてしまうのか。私の研究で注目したのは、職場環境におけるいくつかの不安要素です。
全年代では「経済不安」や「健康不安」が2大不安ですが、20代では「職場でスキルや技能の獲得が十分にできていないこと」「周りと比べて、自分の成長速度が遅いように感じること」といった回答が他年代と比較して顕著でした。
すなわち、多くの若手社員が「キャリア不安」に直面していると言えます。
この研究から判明した育て方改革へのひとつの示唆は、長時間労働などの量的負荷や人間関係のストレスによる負荷がない状態で、“仕事の質的負荷が高い環境”をつくる必要があるということです。
これまでの育成は主に上司と部下という縦の関係によって行われてきましたが、現在の職場環境ではそうした縦の関係の人的ストレスが、成長実感に対してマイナスに効いていることがわかっています。
それを構造的に解決するならば、横の関係で育て、水平関係で刺激を与えることが必要になる。つまり、若手同士の相互刺激の促進による機会創出が有効なのではないかと考えています。
私は今回の新卒学部の取り組みに関して、プログラム設計と効果検証について共同調査を行いました。入社時点と入社1年後のキャリア不安の状況を分析した結果、「新卒学部において新しい分野に興味や関心を持つきっかけがあった」という要素と、「CLAPなどの人事制度利用」の要素がキャリア不安軽減に機能していることが明らかになりました。
横の関係での育成は、実は野球やブラスバンドの強豪校でもよく実践されています。専門性を持つ顧問ではなく、スキルの高い同級生が教えたりしているんですよね。
若手育成においては、今回の「新卒学部」のようなラーニングコミュニティはひとつのセオリーになっていく可能性があると思います。同輩の関係性を強くして育てていくことの効果は、今後も研究を続けていきたいです。