創業以来、ナチュラル・ボーン・サステナビリティという考えのもと、ESGの取り組みに力を入れているオイシックス・ラ・大地株式会社。「人のつながりが強い」「持続可能性」の2点を大事にしながら、食に関する社会課題をビジネスの手法で解決することを標榜しています。
そんな同社では、2022年2月頃からサステナビリティ情報の開示に向けて動き出し、同年6月に開示をおこないました。また、人的資本情報に関しては、ESGの中のSociety(社会)の項目の1つと捉え、サステナビリティページ内にて開示しています。
本記事では、オイシックス・ラ・大地株式会社の人事サービス室室長の北さん・IR部の佐藤さんをお招きし、「人的資本の情報開示の始め方」をテーマに、情報開示するまでの手順やプロジェクトを推進する上でのコツについてお話いただいたjinjer社のウェビナーの内容をご紹介。
ニュースで目にすることが増えた「人的資本」というキーワードですが、まだ開示するまでの手順について説明された事例は、ほとんど見かけません。早ければ2023年から上場企業に対して開示が義務付けられる可能性がある「人的資本の情報開示」について、そのハードルが少しでも下がるような内容をお届けいたします。
登壇者紹介
北 週作|オイシックス・ラ・大地株式会社 HR本部 人事サービス室 室長
佐藤 萌希|オイシックス・ラ・大地株式会社 経営企画本部 IR・IC部 IRセクション
目次
1. ESGの一環として「人的資本情報の開示」を実施
佐藤さん:弊社がESGの開示に至った背景は、元来、サステナブルに対して力を入れてきた自負があることに加え、ESGやSDGs、サステナビリティのようなものの関心の高まりに対して、社会的な考えが事業に求められる時代になってきたためになります。
実際に当社の投資先の関心が、サステナビリティやESGに寄ってきているのを体感しています。そのような中でIR部として、投資家に対して説明する必要があり、ESG情報の開示を判断しました。
ESGはさまざまな規格があり、範囲も広いので、「どこから着手すればいいのか」や「何をしたらいいのか」ということが分かりにくいです。この点は、ESGも人的資本も共通だと考えております。
2. 人的資本情報を開示するにあたっての課題
課題①:情報開示しているイメージが湧いていない
佐藤さん:人的資本情報の開示にあたり、当社のそもそもの課題はスライドの通りです。開示のプロジェクトを始めた段階では、どこから手をつけたらいいのかわかりませんでした。
また、すでに開示している企業はありますが、クオリティが高く、どのような段階を踏めば同様のクオリティの情報を開示できるか、イメージが付いておりませんでした。
課題②:情報集約されていないから大変
佐藤さん:2つめの課題は、限られたリソースの中でどのように情報収集し、開示をおこなうのかという点になります。
いざ、開示しようとなっても、必要な情報が社内のどこにあるかわからない。そして、網羅的に情報集約されてない状態でした。
3. 課題に対する解決策
佐藤さん:これらの課題に対して、当社では2つの動きを進めました。
課題①に対する解決策:情報開示の精度とスピードを意識し、コンサルタント導入を決断
佐藤さん:最初に、コンサルタントの力を借りようということを決めました。基本的な知識を深める必要はありますが、開示するときは、プロの力を借りることで、精度良く、スピードも早く開示ができるだろうという判断のもと、コンサルタントを入れることを早期に決めました。
この開示のプロジェクトの最終的なゴールは、統合報告書や経営戦略と方向性を合わせることが重要ですが、初めての開示となる今回は、次の1つをゴールに定めました。
1つめがESGの評価です。開示することで、今までよりもランクアップさせるということを重視しました。
2つめが、ESGの評価における当社の立ち位置を明確に知るということです。創業当時からナチュラル・ボーン・サステナビリティを大事にしていますが、どれぐらい評価されているのか、そして評価を高めていくためにはどうするのか知識を備えるということを重視しました。
課題②に対する解決策:プロジェクトの旗振り役を作り、開示に向けた組織・環境づくりに邁進する
佐藤さん:そして、方向性をコンサルタントと決めた後に、実際にどのように情報を集めるかということがセカンドステップになります。
無形資産に対する投資が増えているということが事実としてありますが、財務諸表にのらないという特徴があります。また、無形資産は数値としては表せないものの、事業寄与度が大きいため、無形資産への注目が集まっているというわけです。
この領域は、基本的に「やりたくない」「投資したくない」という考えの人はいないはずだと思います。そのため、誰が旗振り役になるかを決めて進めていくということが大事だと思います。
私がこのプロジェクトを進めていく中で最も重視していたのは、腹をくくってリーダーシップを取るということになります。幸い、当社の場合は年次に関係なく、目的を持って手を挙げた人に対して協力するという風土があるので、かなり進めやすかったです。
4. ESGや人的資本情報の開示を推進する上で意識すべき3つのポイント
佐藤さん:情報開示プロジェクトでリーダーシップをとるという観点において、次の3点を意識しました。
1つめは、役職が高い人を巻き込むことです。そうすることで、日常業務と比べて優先度が下がることがないように意識しました。
2つめが、目的・開示する理由を明確にするということです。腹落ちしていただいた方が圧倒的にスピード感は早まるのでここは大事だと思います。
3つめが、依頼したいポイントは最大限頼るということを意識していました。1つ目とも関わりますが、役職が高い方たちにお願いしているので、「駄目ならば駄目と言ってくれるでしょう」という感覚で、「これをやりたいです」と最大限言うようにしました。
実際の組織体制は、まず事務局としてIR部があり、ここが外部のコンサルタントと一緒に情報連携をしながら、各部の皆さんにお願いするという形にしていました。
情報は、IR部にはあまりないので、関係しそうな部門には全てお声がけをしていました。全部で13ほど部署があり、その中の1つとして北も所属しているHR本部もあります。
5. 情報を開示するまでに実践した3ステップ
佐藤さん:情報開示に向けた具体的な進め方が上記のスライドになります。
最初に状況を把握し、その情報を掲載するに値するかどうか、GRIスタンダードをもとに対照表を作成しながら整理し、最後に開示するためのテキストや数字などの情報を集めていくというステップを踏んでいます。
ステップ1. 状況把握
佐藤さん:最初が各部門へのヒアリングです。IR部だけでは知らないことがたくさんあるので、状況を把握するために、先ほどあげたような部門の方たちに協力していただき、ヒアリングを実施します。
ポイントは、当社についてコンサルタントに詳しく知ってもらうことです。裏目的としては、各部の皆さんに当事者意識を持っていただくということです。少しでも関わることで親近感が湧くと思うので、そのような点を意識していました。
ヒアリングというところで北さん、最初に「開示したいです」と私に言われたときに、どのように感じられましたか?
北さん:そうですね、内心「え、今?この時期に?」というのは正直思いました。ただし、人的資本の情報開示はいずれ求められるようになるということはわかっていましたので、「ああ、この機会なんだな」というように思いました。
佐藤さん:ヒアリングの中で、残業時間など話すことをためらうような項目もあったと思いますが、回答に窮することはありましたか?
北さん:そうですね。決して胸を張って出せるような情報ではなかったり、他社事例で関連会社やグループ会社の情報も出されている状況を見たりと、「これ、どこまでやるんだろう」というような、迷いというか大変さのようなものは感じながらスタートしました。
ステップ2. 現状の整理
佐藤さん:ヒアリングして、HR部門を含めいろんな部署から聞いたものを、次にGRIの国際スタンダードに沿って、今当社がどういうポジションにあるのかというのを整理していきました。ここはコンサルタントの方に入っていただき進めました。
意識した点は、出てきた表を見てそのまま鵜呑みにするのではなく、「この評点って何でこんなに低いんですかね」というように認識をすり合わせることが大事だと考えています。
ステップ3. 項目決定・情報収集
佐藤さん: GRIの表を使って項目を決定し、「北さん、このテキスト作ってください」というようなことをお願いしていくフェーズになります。
具体的なイメージとしては、「人材の基本的な考え方について100文字で書いてください」というように依頼しました。加えて、依頼する際には他社事例もまとめてお渡しするということを意識していました。
北さん:実際にテキストを作成する際は、すでに経営陣とすり合わせをおこなった情報がありますので、そこから基本的な情報は集めました。当社は東証一部への指定替えや年一回の株主総会の前の想定問答などの対応があったので、経営と方針についてはすり合わせが済んでいるということです。
その他、先行事例にある他社さんの表現を参考に書いていきましたので、迷いは特にありませんでした。
6. 情報開示に向け、集めた情報を2軸で整理
佐藤さん:どの項目を開示するかを決めるにあたり、コンサルタントに依頼するときは2つの軸で見ていました。
1つ目が出すべき情報、1つ目がアピールしたい情報という軸でした。
1つ目の出すべき情報については、先ほどの国際スタンダードに沿ってすぐ集められそうである、かつ評点が高いものに絞って、「これは絶対に出したい」というようにコンサルタントにお願いをしていました。
2つ目のアピールしたい情報については、ヒアリングで明らかになったものになります。現在あげているのは、当社の特徴的な研修になります。産地が身近にあるので、その産地に行き、実際どのように作られているのかを知るという研修があります。このような項目は、コンサルタントに出したいとアピールして、テキストに残していく手順で行いました。
7. 今後注力したいことは「情報開示の質を高めること」
佐藤さん:今後情報開示において取り組みたい内容としては、「開示の質」を高めることです。
ESGや人的資本の理想的な情報開示となると、「経営戦略と方向性を合わせて、目指すべき未来があって、そこから逆算して、今何をすべきかということを順にステップを踏んでいくことがベストである」というのはもちろんですが、そこまではなかなかたどり着けません。
そのためスライドのピラミッド型の図のように、情報開示にはランクがあるというように思っています。先ほどの残業時間や男女の雇用割合の話もそうですが、まずは守りの項目を情報開示する。
そこで基礎が固まって初めてフィギュアスケートの自由演技のように自分たちの強み、攻めとしてアピールしたいところを表現していきます。本来そこの強みが人的資本やESGに寄与する部分なので、そこについての表現を増やしていきたいというのが当社の立ち位置です。
8. 開示していきたい独自の強み
佐藤さん:今後、具体的にアピールしていきたい内容がいくつかあります。
1つ目は、従業員のエンゲージメントに関してです。当社ではさまざまな取り組みをおこなっておりますが、サイト上に表現できていない状態です。
たとえば、「復職式」という取り組みがあげられます。育休で長期にお休みしていた場合、復職してすぐに気合が入りすぎてしまい力尽きるということが課題としてあると感じたママさんがおり、そのママさんが自発的に始めた取り組みになります。
帰ってきてウェルカムという気持ちを表すだけでなく、「このように力配分をした方がいいよ」というノウハウを共有する文化があります。
2つ目は、知識と経験の共有化という点についての内容で、半年に1回、社員表彰をおこなっています。
社員表彰は、社員の事業貢献に寄与した行動を褒め称えるような会になります。特徴としては、登壇者たちのどういうところがポイントとなり事業推進するに至ったのか、という背景をまとめ社員に紹介するという点になります。
そのため、知識の共有にはかなり力を入れているので、それをどのように人的資本と絡めて表現していくのかという点がここから先のステップだと考えています。
9. Questions/視聴者からのQ&A
― 5か月という短期間で情報開示をおこなうことができた理由は?
小野:ここからは第2部として、事前に用意した9つの質問の中から抜粋して質問いたします。最初に、ESG(人的資本)情報の開示をスムーズに進められた理由を改めて教えてください。
佐藤さん:期限を自分たちで決め、やり切ると決断したからだと思います。やると決めたら決めた人には応援するというような社風の会社なので、そこの部分が大きかったと考えています。腹をくくることで、自分でハンドリングできるので、スケジューリングや開示する範囲を決められるようになるので、比較的気楽に進められると思います。
― 情報開示のプロジェクトを進めるにあたり、経営陣の協力的だったか?
小野:ありがとうございます。プロジェクトの推進は佐藤さんが旗振り役となり進められたとのことでしたが、経営陣の協力具合など、どのような雰囲気だったのでしょうか。
佐藤さん:経営陣は、「IR部がやると決めたなら応援する。困ったときに頼って欲しい。」という感じでした。情報開示が必要であるということは、我々よりも強く感じているので、「やると決めたのであれば任せる」という印象を受けました。
北さん:そうですね、ネガティブな要素はまったくなく、後押しをしてくれていました。先ほどもありましたが、方針などに関しては人事管掌の取締役が見た上で背中を押していただいていますので、非常に協力的な体制をひいていただけていると思います。
小野:「わからないところは適時質問をもらえれば助言するので、推進は任せました」というプロジェクトを一任されたようなイメージですね。経営陣の雰囲気としては、前のめりである印象を強く持ちました。
佐藤さん:おっしゃる通りですね。経営陣にもやりたい気持ちは本当にありますが、細かい作業がたくさんあるので、それをやってくれる人を求めていると思います。
― 人事部主導で情報開示することは難しい?
小野:ありがとうございます。続いて、北さんに質問です。これまで旗振り役を決めることが需要であるという話が何度か出てきましたが、人事部主導で情報開示をおこなうことは難しいのでしょうか。
北さん:そうですね、難しさというより大変さがあるかなと思います。特にESGに関しては、関連部署が幅広く出てきますので調整業務が多々あります。
あとは人的資本だと、情報をどのように見せるのかが難しいです。今回は外部のコンサル会社にご協力いただきスムーズに開示できました。もし仮にそういうところがないとしても、たとえば広報とか、IRとか、外部の目に触れる資料を出している部署の協力はやはり必要かなというように思います。
小野:大変だけどできるという所感を持たれているということですね。
― 情報開示のプロジェクトにおける理想的な依頼方法とは?
小野:プロジェクトを推進するにあたり、「こういう依頼方法だったら情報を集めやすい」というような理想的なご依頼方法はありますでしょうか。
北さん:2点あると思っています。
1点は、情報を整理して提出するまでにある程度猶予期間があるということが大切だと思います。
人事部のメンバーは、給与の計算などの締め切りがある業務をおこなうタイミングでは、開示に向けた業務をおこなうことが難しいことがあります。そのため、期間に余裕があれば、定常業務の少ない時期に情報開示に関する業務を入れられるので、このような配慮がいただけると動きやすいです。
もう1点は、「集めた情報を出すか出さないかは後で判断できるので、まずは全部出して」というように、指定がない状態で依頼を受けたところがすごくよかったと思います。
一般的に公表しにくい残業時間などの情報に関しても、コンサルタントの方に相談することができ、柔軟に対応できます。形にこだわらずに情報を集め切ることができるのでやりやすく感じました。
小野:余裕ある期限の設定と情報を集めやすい依頼方法の2点が重要だということですね。
北さん:そうですね。また取り組みやすさだけでなく、開示しているからこそ、ここの数字をどうにか上げていくぞという気持ちにさせてくれます。
突貫で人的資本の情報をまとめた際も、人事管掌の役員もそうですし、取締役に全情報をお見せしたので、「ここってこういう数字なんだ」というような、一覧化したことで、管掌以外の数字も簡単に確認することができ、気づきがあったというように聞いています。
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