
働く女性の多くが抱える“見えない不調”は、いまや企業の生産性や人材定着に大きな影響を与える社会課題となっています。にもかかわらず、日本では女性の健康課題は長く「個人の問題」として扱われ、組織としての対策は十分とはいえません。
本稿では、オンラインピル診療サービスを展開するmederi 代表・坂梨亜里咲が、女性の健康課題が企業経営に及ぼす実態と、組織が向き合うべきポイントを解説します。

寄稿者坂梨 亜里咲氏mederi株式会社 代表取締役
明治大学卒業後、大手ファッション通販サイト及びECコンサルティング会社にてマーケティング及びECオペレーションを担当。2014年より女性向けwebメディアのディレクター、COO、代表取締役を経験した後に、自らの不妊治療経験からmederi株式会社を起業。オンラインピル診療サービス「mederi Pill(メデリピル)」、企業向け健康支援・福利厚生サービス「mederi for biz(メデリフォービズ)」を展開。
目次
働く女性の87%が感じる「見えない不調」

「優秀な女性が辞めていく理由」は、本当に個人要因でしょうか。
採用や育成に力を入れても、数年で離職してしまう。管理職候補として期待していた女性社員が、体調を理由にキャリアを停滞させてしまう。人事や経営者の方なら、一度は直面したことのある課題ではないでしょうか。
その背景には、しばしば「女性特有の健康課題」が潜んでいます。
生理痛、PMS(月経前症候群)、更年期障害などの症状は、本人の努力や意識だけで解決できるものではありません。にもかかわらず、日本では長らく「健康管理は自己責任」とされ、組織としての支援は十分ではありませんでした。
弊社の独自調査によると、働く女性の87%が「生理トラブルが仕事に影響する」と回答しています。
集中力の低下、判断ミス、欠勤や早退――これらの影響は“気合い”では防げません。こうした状況が続くことで、優秀な人材が静かに職場を離れ、組織全体のパフォーマンスを下げる構造的な問題が生まれます。
つまり、女性の健康課題はもはや個人の問題ではなく、企業経営を左右する経営リスクなのです。
年間4911億円の労働損失 ― 経済インパクトの実態

経済産業省の試算によると、生理やPMSによる労働損失は年間4,911億円にのぼります。
さらに更年期関連による損失は1.9兆円。女性の健康課題全体では、年間3.4兆円を超える経済損失が生じています。
この4,911億円のうち、約3,400億円は「出勤しているが集中できない=プレゼンティーズム」によるもの。欠勤や早退などの「アブセンティーズム」は約1,500億円。つまり、“働いているのに成果を出せない”状況こそが、企業にとって最大の損失なのです。
経済産業省のデータをもとに試算すると、従業員1,000人規模の企業では、年間数百万円〜1,000万円程度の生産性損失が発生している可能性があります。一見すると小さな数字に見えるかもしれませんが、継続的に発生すれば年間の教育研修費や採用広告費にも匹敵する規模です。
目に見えにくい“体調によるパフォーマンス低下”こそが、実は企業成長を阻む静かな要因になっているのです。
健康投資は「コスト」ではなく「経営戦略」
「生理やPMSに会社として関わるのは、福利厚生の一環にすぎないのでは?」そう考える経営者も少なくありません。しかし、実際にはこれは最もROI(投資対効果)の高い人材投資です。
たとえば、生理痛やPMSを軽減する低用量ピルの費用は、1人あたり月3,000円ほど。1日100円の投資で欠勤や集中力低下を防げます。もし月に1日でも欠勤が減れば、それだけで十分に回収できる費用対効果です。
さらに、「会社が自分の体調を支えてくれる」と社員が感じることは、心理的安全性・エンゲージメント・定着率の向上につながります。採用難が続くいま、健康支援は“採用ブランディング”としても機能します。
海外では、世界的な人材・福利厚生コンサルティング会のMercer や 、非営利団体で、女性の健康に関する研究・啓発・支援活動を推進しているWellbeing of Women(英国) をはじめ、女性の健康支援を ESG経営や人的資本開示の一環として位置づける企業・団体 が増えています。
Mercerは「Women’s health is good business(女性の健康は良いビジネス)」という報告を発表し、女性の健康支援を“生産性向上と企業価値向上を同時に実現する投資”として整理しています。また、Wellbeing of Womenでは、「企業会員制度を通じて女性の健康支援が企業・社会双方の利益になる」という考え方を広めています。
すべての企業がこのレベルに至っているわけではありませんが、 “女性の健康=経営資本”と捉える動きは確実に広がりつつあります。 “ウェルビーイング経営”を推進する流れの中で、健康投資は「優しさ」ではなく持続的成長を支える経営戦略として注目されているのです。
“女性が活躍する組織”の共通点を紐解く― 先進企業の実践例
すでに先行している企業では、明確な成果が生まれています。共通点は、「体と心の両面から支える仕組み」と「心理的安全性の確保」です。
① 生理用品の常備化
トイレや休憩室に生理用品を常備し、社員が“言わなくても使える”環境を整備。小さな配慮が大きな安心を生み、心理的安全性を高めます。
② 男性社員への理解促進研修
管理職や男性社員が正しい知識を持つことは、組織文化の基盤づくりに欠かせません。“無関心”が“共感”に変わることで、職場全体のコミュニケーションが改善します。
③ 匿名相談窓口の設置
「症状はあるが誰にも相談できない」という状況を解消。専門医やカウンセラーに匿名で相談できる仕組みを整えることで、早期対応やメンタル面の安心につながります。
④ 低用量ピル代の補助
ピルは避妊薬という誤解が根強い一方で、生理痛・PMS・月経不順の改善効果があります。月3,000円前後の補助で、社員の健康管理とパフォーマンス維持を支援できます。
⑤ オンライン診療の福利厚生化
勤務中でもスマートフォンで産婦人科医に相談できる仕組みを導入。通院時間の削減と体調管理の両立を実現し、働く女性の継続的なキャリア形成を後押しします。
小さな一歩が未来を変える ― 「我慢」から「対話」へ
多くの企業から「女性の健康支援をどこから始めればよいかわからない」という声を聞きます。大切なのは、完璧を目指さず、できることから小さく始めることです。
まず、企業や人事担当者が取り組むべき第一歩は、現状を正しく把握すること。
欠勤や早退、女性社員の体調不良による業務への影響を、アンケートや人事データなどで“見える化”します。実際の数字を把握することで、経営層や管理職にも「これは経営課題である」と伝わりやすくなります。
次に、低コストでも効果のある施策から着手します。たとえば、生理用品の常備や匿名相談窓口の設置など、すぐに始められる取り組みを導入しましょう。
こうした小さな施策でも、社員の心理的安全性が高まり、「会社が自分の体を気遣ってくれている」という信頼感が生まれます。

弊社の女子トイレには無料ナプキンが設置されています
さらに、教育・啓発を継続的に行うことも重要です。人事部や経営層が中心となり、社員全員を対象にした研修や勉強会を定期的に開催し、データや事例を交えて理解を深めましょう。
特に、管理職や男性社員を含むすべてのメンバーが正しい知識を持つことで、「共通言語」として語れる文化が生まれ、女性社員が安心して「相談できる」「助けを求められる」職場づくりにつながります。
こうした一つひとつの小さなアクションの積み重ねが、やがて大きな文化変革を生み出します。女性社員が健康で安心して働ける職場づくりは、企業の競争力を高める投資であり、社会全体の生産性を底上げする第一歩となるのです。
おわりに
本稿で紹介したのは、女性の健康課題を経営視点で捉え、行動を起こすための第一歩にすぎません。実際に制度を設計し、社員に浸透させるには、「どの制度を導入すべきか」「どう伝えればよいか」という具体的な壁に直面します。
その問いに答えるために、私は拙著 『女性に選ばれる会社の新・健康経営 ― 職場改革は生理・PMSケアから始めよう』(合同フォレスト刊)を執筆しました。書籍では、導入企業の実例やデータをもとに、制度設計や社内浸透のポイントを整理しながら、「女性の健康投資をいかに経営戦略として活かすか」を実務の視点で解説しています。
女性が健康に働ける環境を整えることは、企業の成長戦略であり、社会の未来への投資です。「我慢」から「対話」へ。 あなたの会社の小さな一歩が、組織の強さと社会の持続可能性を変えていくはずです。
