近年、女性の活躍推進が重要視されてきています。
政府が重点方針において「プライム上場企業の女性役員の比率を2030年までに3割以上にする」ことを掲げたり、有価証券報告書において「女性管理職比率」の記載を義務化したりするなど、企業が女性活躍を推進する機運が高まっています。
その背景には何があるのでしょうか。そして、推進するにあたり、どのようなことが課題になるのでしょうか。
本記事では、『本人・管理職・全社で実現する女性活躍推進』をテーマに、女性活躍が推進される背景や、実現に向けて本人・管理職・会社が意識変革していくためのポイントについて、数多くの企業を支援されてきたリンクアンドモチベーションの宮澤さんにお話を伺います。全5回の連載です。
- 01|女性活躍が注目される背景と「3つの壁」
- 02|「キャリアの壁(本人の壁)」を乗り越えるための意識変革
- 03|「マネジメントの壁(管理職の壁)」を乗り越えるための行動変革
- 04|「サポートの壁(全社の壁)」を乗り越えるための風土変革
- 05|女性活躍推進 実践事例
【人物紹介】宮澤 優里 | 株式会社リンクアンドモチベーション人材育成支援領域 責任者
一橋大学を卒業後、株式会社リンクアンドモチベーション入社。一貫して大手企業向けのビジョン浸透・風土変革・育成に携わり、延べ150社以上を支援。顧客企業の組織変革を成功に導く傍ら、自社のプロダクト開発にも従事。コンサルティング部隊のマネジャーを経て、現在風土変革・人材育成領域、自社の新規事業拡大領域の責任者を務める。また、個人の自立的な成長サイクルを実現する人材育成クラウド「ストレッチクラウド」の事業責任者を兼務。メディアでの解説実績多数。
女性活躍推進の背景にある、3つの市場の変化
−日本全体で女性活躍推進に注目が集まっているように感じますが、その背景には何があるのでしょうか?
宮澤さん:おっしゃるように女性活躍推進については、企業内でも重要性が高まり、その実現に向けた対応が求められています。
前提として、「ジェンダー平等」は世界的な目標となっています。たとえば、「持続可能な開発目標(SDGs)」では、5番目のゴールとして「ジェンダー平等を実現しよう」が定められていますが、このターゲットの一つが「政治、経済、公共分野でのあらゆるレベルの意思決定において、完全かつ効果的な女性の参画及び平等なリーダーシップの機会を確保する」ことです。
では、「ジェンダー平等」における日本の現状はどうでしょうか。スイスの非営利財団「世界経済フォーラム」が発表した「ジェンダー・ギャップ指数」において、2023年の日本の総合順位は、146か国中125位でした。(※1)
中でも、「経済」分野における「管理的職業従事者の男女比」、つまり「女性管理職比率」の項目は、133位と特に低い順位となっています。(※2)
このような状況を受けて、「ジェンダー平等」の実現は日本においても重要なテーマだと捉えられています。
この前提を持った上で、“企業に”女性活躍推進が求められている背景を、企業を取り巻く「3つの市場」である、資本市場、商品市場、労働市場の観点から考えていきたいと思います。
(※1)「教育」と「健康」の値は世界トップクラスですが、「政治」と「経済」における値が低くなっています。
(※2)世界経済フォーラム(World Economic Forum:WEF).“グローバル・ジェンダー・ギャップ報告書2023(Global Gender Gap Report 2023)”.(2023)
資本市場での観点
宮澤さん:まず「資本市場」適応という観点から考えると、企業は女性活躍推進を進め、その目標や実績を公表することが求められるようになっています。
これは、政府が女性活躍推進に関する情報開示を企業に対して求めてきた影響が大きいでしょう。
具体的には、以下の動きが見られます。
- 「コーポレートガバナンス・コード」で「女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保」が原則として示されており、2021年の改訂では、「管理職における多様性の確保」について、考え方と目標を示すことなどが求められた。
- 政府が、プライム市場上場企業を対象に女性役員比率を3割以上にする目標を掲げた。
- 有価証券報告書に女性管理職比率を記載することが義務化された。
これらの背景から、投資家をはじめとするステークホルダーからの信頼を得るためにも、女性活躍推進に取り組むことが企業にとって重要なテーマになっています。
商品市場での観点
宮澤さん:次に「商品市場」適応の観点です。
近年、消費者のニーズはより速いスピードで複雑に変化しており、それを敏感に察知しながら商品やサービスを提供する必要があります。
そのためには、「女性」だけに限らず、「多様なお客様のニーズ」を理解する必要があり、事業戦略を実現するための要として多様性のある組織づくりが重要視されるようになりました。
上記で触れた「コーポレートガバナンス・コード」においても、以下のように言及されています。
「上場会社は、社内に異なる経験・技能・属性を反映した多様な視点や価値観が存在することは、会社の持続的な成長を確保する上での強みとなり得る、との認識に立ち、社内における女性の活躍促進を含む多様性の確保を推進すべきである」(※3)
(※3)株式会社東京証券取引所.“コーポレートガバナンス・コード ~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~ ”.日本取引所グループ.(2021).
性別や国籍、年齢など表層的属性の多様性を指す「デモグラフィック・ダイバーシティ(人口統計学的多様性)」はもちろん、最近では思考特性や職務経験、ワークスタイルといった認知的な多様性を指す「コグニティブ・ダイバーシティ」に注目が集まっています。
デロイトがまとめた研究結果では、「コグニティブ・ダイバーシティ」が進んだインクルーシブな組織は、イノベーションが20%高まり、リスクが30%下がると指摘されています。(※4)
コグニティブ・ダイバーシティは、「人材版伊藤レポート」で人材戦略に求められる共通要素の一つ「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」でいわれている「ダイバーシティ」とも捉えられるでしょう。
今後企業成長を実現していくためにはダイバーシティが必要であり、その一つとして女性活躍推進も求められています。
労働市場での観点
宮澤さん:3つ目が「労働市場」適応の観点です。
日本では労働人口が減少しており、多くの企業で人手不足が課題となっています。
そのような中で、企業が「ライフイベントがあっても、女性社員に働き続けてほしい」「性別関係なく、ポテンシャルがある人材には管理職や役員など指導的地位に就いてほしい」「生き生きと生産性高く働いてほしい」と考えるのは自然ではないでしょうか。
これから企業成長を実現していくためには、いかに優れた人材に選ばれ続け、活躍してもらうかが重要です。
女性社員が働き続けたいと思っているにも関わらず、ライフスタイルの変化などによって機会を失っているとすれば、企業にとっても本人にとっても、もったいないですよね。
実際、入社の段階では男女比率が均等程度であったとしても、勤続年数や役職が上がるにつれて女性比率が少なくなるという話をよく耳にします。
−役員や管理職の構成が多様になると、企業にとって具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか。
宮澤さん:内閣府 男女共同参画局の「女性リーダー育成のためのモデルプログラムの効果の調査研究|女性役員の必要性」によると、以下のように言われています。
- 取締役会の構成員が多様となることで、多様な視点・価値観を反映した幅広い選択肢の検討が可能となり、暗黙の了解や集団的浅慮に陥らず、柔軟・最適な業務執行の決定、及びリスク回避が可能となる。
- その結果、取締役会の監督機能の向上に資する。
- 多様な視点・価値観を受容する組織においては、イノベーションが促進され、この結果、企業競争力や社会的評価が向上し、企業価値も向上する。
さらに、女性役員比率が高い企業は、自己資本利益率(ROE)などの経営指標が良くなっている(※5)というデータもあり、女性の役員を登用することは、経営にとって好影響になると考えられます。
また、女性役員や管理職が、ほかの女性社員のロールモデルとなることで、全社として女性社員の活躍が促進されることも想定されます。
「こんなキャリアを歩んでいる女性社員の方がいるんだ」と見聞きすることで、多様な人材が「自分もこの会社で活躍できるかもしれない」と思うきっかけになり、「この会社で働き続けてみよう」「管理職を目指そう」と思う方が増えるでしょう。この変化は採用にもよい影響をもたらすと思います。
女性活躍推進における「3つの壁」
−宮澤さんが多くの企業の支援をする中で、女性活躍推進の現状についてはどのような所感をお持ちでしょうか。
宮澤さん:まず「女性活躍推進に取り組んでいるかどうか」については、大手企業は軒並み着手しているのではないかと思います。これは、前述した3つの市場の変化が背景にあり、特に政府方針の影響が大きいでしょう。一方で、中小・ベンチャー企業における取り組みは、まだまだこれからではないでしょうか。
ただ、取り組みを進める大手企業において「うまくいっているのか」という点では、半数近くの企業でうまく進んでいないと感じます。
実際に、従業員301名以上の企業に、自社の女性活躍推進の取り組みについて「成果が出ていると評価しているか」を聞いたところ、42.3%が「あまり評価していない」「評価していない」と回答しています(※6)。
当然ながら制度設計や浸透、人の育成には時間がかかるので、変化を実感するまでにはタイムラグが発生します。
組織風土変革なども同様ですが、成果に結びつくまでのリードタイムが長いため、現状では「成果が出ていない」という回答が多いのかもしれません。
−取り組みを進めていく中で、何が障壁になるでしょうか?
宮澤さん:企業の方々からお話を聞くと、女性活躍推進を阻む壁として、大きく「キャリアの壁(女性社員本人の壁)」「マネジメントの壁(管理職の壁)」「サポートの壁(全社の壁)」の3つがあることが見えてきました。
宮澤さん:企業には、これら3つの壁をすべて乗り越えることが求められますが、最終的には「サポートの壁」を乗り越えられるかどうかが重要です。
全社の課題解決に取り組むことで、あらゆる施策の効果があがり、本人や管理職の課題解決にもつながるでしょう。
ですので、「女性活躍推進=企業の風土変革」と捉えることが大切です。
例えば、「サポートの壁」でひと昔前によくお聞きしたのが、「制度はつくったが、活用できていない」という問題です。
せっかく良い制度があるにも関わらず、活用している人を見たことがないという話を聞いたことはないでしょうか。
この原因としては、制度活用に向けた浸透施策や職場でのコミュニケーションの不足などが考えられるでしょう。
コミュニケーションの不足については、女性社員が「制度があるのは知っているが、上司に相談しにくい」と思っていることがあります。そういう意味では、「マネジメントの壁」ともいえるでしょう。
さらに、そのような環境では女性社員が「管理職になると大変なので、なりたくない」と思うようになり、「キャリアの壁」にも繋がっていきます。
このように、「キャリアの壁」「マネジメントの壁」「サポートの壁」は密接に繋がっています。
−宮澤さんも「管理職になりたくない」と考えていた時期があったのでしょうか?
宮澤さん:そうですね。私の場合で申し上げると、受け取り方の問題もあったと思いますが、はじめは管理職への期待に対して、「出世せよ」「昇格せよ」と言われているように感じてしまっていたんです。
私は昇格するために仕事をしているわけではなく、顧客のために仕事をしていると思っていたので、その時は管理職になりたいという意欲が湧いてきませんでした。
−そこからご自身の中でどのような変化があったのですか?
宮澤さん:自分の中で管理職に対する「意味付け」が変わったことが大きいです。
管理職になることはどういうことなのか、ひたすら自問自答したんです。その中でしっくりきたのが「組織のリーダーとして、メンバーと一緒に成果を出すのが管理職である」ということでした。メンバーの成長や成果の最大化のためにリーダーになるのであれば、前向きにやりたいと思えたんです。
企業の方からお話を伺うと、管理職の「意味付け」ができていないという課題はどの企業でもよく起きているそうです。「管理職になることの意味」「管理職の存在意義」について対話ができると、ポジティブな意識変化につながるかもしれません。
次回は、こういった「キャリアの壁(本人の壁)」を乗り越えるための意識変革ポイントについてお話しできればと思います。
- 01|女性活躍が注目される背景と「3つの壁」
- 02|「キャリアの壁(本人の壁)」を乗り越えるための意識変革
- 03|「マネジメントの壁(管理職の壁)」を乗り越えるための行動変革
- 04|「サポートの壁(全社の壁)」を乗り越えるための風土変革
- 05|女性活躍推進 実践事例