最近、ダイバーシティ&インクルージョンという言葉を耳にする機会が増えた方もいるのではないでしょうか。これまではダイバーシティが重視される傾向にありましがた、それと並び企業にはインクルージョンが求められるようになっています。
ダイバーシティとインクルージョンはそれぞれ異なる意味を持ちますが、2つをセットにして考えることで生産性の向上や労働者不足の改善が期待できます。
本記事では、ダイバーシティ&インクルージョンの意味や問題点、企業の取り組み事例などを紹介します。
目次
1. ダイバーシティ&インクルージョンとは
ダイバーシティ&インクルージョンの基本事項の説明をします。
1-1. ダイバーシティとインクルージョンの違い
ダイバーシティは直訳すると「多様性」を表します。ビジネスシーンでは「多様な個性や経験を持った従業員が組織にいる状況」であり、インクルージョンはここにプラスして「その様々な人材が働きやすい環境づくりやマネジメント」を指しています。ダイバーシティ&インクルージョンは様々な人材が活躍する企業を作るためにはとても重要な考え方です。
例を挙げると、ダイバーシティに基づき、女性社員を多く採用したとします。
しかし、実際は女性社員を増やしただけで、社内で女性が活躍できる場が整備されていない場合があります。例えば、女性が発言しづらい環境であったり、まだ経験不足なのにもかかわらず、管理職になるように言われたりなどです。
これはダイバーシティは進んでいるが、インクルージョンが整備されていない状況であると言えます。
上記で解説した通り、ダイバーシティだけを推し進めることは時に危険を伴います。
ダイバーシティは女性管理職は○○名いるなどと数値に表すことが容易なため、推し進められがちです。しかし実際に女性が活躍できる環境づくりができているとは限りません。このような事態に陥らないためにダイバーシティとインクルージョンはセットで考える必要があります。
1-2. インクルージョンの重要性
英語のinclusionは日本語で「包摂」・「包括」・「社会的な一体性」という意味になります。ビジネス用語でのインクルージョンは「多様な個性や経験を持った従業員がそれぞれを認め合い、各々の特性を活かした企業活動が行われている状態」を表しています。
外国人の方を採用・教育し日本人と同じような仕事をさせるのではなく、外国人の方々の個性や特徴を認め、活躍できる場がある状況を指します。
現状、日本社会においてはダイバーシティが浸透しつつある中で、インクルージョンへの取り組み方が重要視されています。
そのため、インクルージョンという考え方は教育や政治、福祉でも用いられます。例えば「インクルーシブ教育」は障害のある子供たちを通常学級に在籍させ、障害を持っていない子供たちと同じように教育する新しい教育方法です。
この教育では、障害を持つ子供に充実感を与え、精神的および身体的能力を成長させることができます。ポイントは障害がある子供を変えるのではなく、障害がある子供を取り巻く環境や周りの人々を変えることで、障害のある子供が生きやすい状況を作ることです。
1-3. ダイバーシティ&インクルージョンの分類方法
多様性というと、真っ先に思いつくのは性別や国籍の違いかもしれません。しかし、ダイバーシティ&インクルージョンにおける多様性はもっと幅広い概念を持ちます。
ここでは、多様性を「属性」「発想・価値観」「働き方」3つに分けて紹介します。
1-3-1. 属性の多様性
分類例 | 概要 |
外国人の活用 |
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障害者の雇用 |
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LGBTの受容 |
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1-3-2. 発想・価値観の多様性
分類例 | 概要 |
意見の多様性 |
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経験・職能の多様性 |
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宗教の受容 |
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1-3-3. 働き方の多様性
ダイバーシティ&インクルージョンに取り組むにあたってもう1つ重要なのが働き方の多様性です。多様な働き方は働き方改革とも関連しているため、今後重要度が増していくと考えられます。
時短勤務や在宅勤務以外にも副業・兼業を容認する企業が増えています。これまでは副業・兼業というと企業にマイナスの影響を及ぼすと考えられていましたが、実は以下のようなメリットがあります。
- 新たな知識・スキルが身に付き、イノベーション創出につながる
- 自己実現によりいきいきと働く従業員が増える
- 優秀な人材の流出を防げる
働き方の多様性を認めることで、企業が得るリターンも大きくなることが期待できます。
2. インクルージョンが求められている背景
インクルージョンが求められている背景を説明します。
2-1. 少子高齢化で労働人口の減少が深刻化している
少子高齢化により、労働人口が減少しています。それに加え転職も盛んです。そこで優秀な社員や若手社員の転職を防ぐために、社員の定着率を高めなくてはなりません。
そのためには多様な働き方が可能な、ダイバーシティ&インクルージョンを推進させる必要があります。
2-2. 他社との差別化が求められる
現代社会における、ほとんどのモノやサービスは必要最低限の基準を満たしています。
例を挙げると炊飯器です。私たちは炊飯器を購入する際、どのメーカーの炊飯器もご飯を炊くという機能が備わっているので、ご飯を炊くこと以外(土鍋や保温機能が優れているなど)の要素から炊飯器を選びます。
これはビジネスにおいても同様で、提供するサービスの質は均一化してきています。そこで他社と差別化する要素が必要です。様々な人材が活躍できる会社ではそれぞれの視点からのニーズを満たしたり、意見を反映させることができます。
そのため、インクルージョンを推し進めることで、競合他社と差別化することにつながります。
3. インクルージョンのメリット
インクルージョンのメリットを説明します。
3-1. 離職率の低下や定着率の上昇
様々な人材や柔軟な働き方を採用することによって、働きやすい環境づくりにつながります。働きやすい環境は離職率の低下や定着率の上昇につながり、安定した企業経営を図れるでしょう。
3-2. 企業のイメージアップによるブランディング
近年、社会的に「多様性が認められる企業で働きたい」と考える労働者が増えています。
このような状況下でダイバーシティ&インクルージョンを実現することは、自社を「多様性が認められる企業」としてアピールすることが可能です。
また、多様性のある企業としてアピールすることで企業としての価値が上がると同時に、求人応募数の増加や優秀な人材の獲得も期待できます。
3-3. 従業員のモチベーションアップにつながる
自分の個性や発言が反映されやすい環境にすることで、従業員のモチベーションを向上させることができます。それに伴って、従業員のエンゲージメント向上にもつながります。
3-4. 様々な意見を導入することが可能になる
従業員の人生経験やキャリアを考慮し、人事配置をおこなう事により従業員のモチベーション向上だけではなく、事業にもプラスの効果が生まれます。様々な視点や考え方を持つ人材は企業に新しい意見や発見をもたらしてくれるでしょう。
このような意見を活用することで企業に新しい発見や事業をおこなうことができます。
4. インクルージョンのデメリット
インクルージョンのデメリットを説明します。
4-1. 従業員の反発
今までの制度を変化させることに強い反発が起こる可能性があります。なぜなら、現状を変えることは過去の自分たちを否定されたと感じる人がいるからです。
また今まで慣れていた業務を変える必要性も出てきます。特に大企業だと大規模な変革は難しいでしょう。
多様性の重要さを主張し続け、周りに理解してもらう働きかけが必要です。
4-2. 時間がかかる
インクルージョンを導入する際には、制度や採用基準を変える必要性があるため経営時からの了承を得なければなりません。
インクルージョン導入には時間がかかるため、長期的な期間を想定して取り組むことが必要です。
5. ダイバーシティ&インクルージョンの進め方
ダイバーシティ&インクルージョンを進めても、すぐに浸透するわけではありません。ダイバーシティ&インクルージョンを成功させるには、以下の4つの段階を1つずつクリアしていく必要があります。
- 抵抗:違いを拒否して受け入れない
- 同化:違いを同化させる、違いを無視する
- 分離:違いを認める
- 統合:違いを活かして競争力強化を図る
多くの日本企業は、まだ「抵抗」や「同化」の段階にあると考えられています。ダイバーシティ&インクルージョンを推進するためには段階を意識した取り組みが必要です。
5-1. 行動計画を設定する
ダイバーシティ&インクルージョンは、企業戦略の1つです。そのため、行動計画を設定する際は、経営理念と行動指針の関係性を明らかにし、ダイバーシティ&インクルージョンが目指す方向を決めることが必要です。
自社にとってどのような組織にするのがベストなのかを考え、実現に向け何が必要かを具体的な計画に落とし込みましょう。
5-2. 人事制度の整備
従業員それぞれが活躍できる人事制度を整備するためには、以下の点に注意しましょう。
- 職務を明確にする
- 公正で透明性の高い評価制度にする
- 多様性を生かし、適材適所を図る
ダイバーシティ&インクルージョンを進めるには、誰もが納得できる改革が必要です。各従業員に期待する役割を明確にし、適切な評価ができる人事制度を確立しましょう。
5-3. 環境やルールの整備
ダイバーシティ&インクルージョンにとって、従業員が雇用形態や属性に関係なく働けるような環境・ルールの整備も重要です。育児や介護、障害を理由に勤務時間や働き方に制限を受ける従業員に対しては、在宅勤務やフレックスタイム制を導入して時間や場所を限定しない働き方を提供します。
従業員同士の円滑なコミュニケーションを促すことも必要です。一例として、外国人従業員が在籍する場合、どの企業においても言葉の壁が大きな課題となります。このような場合、研修や社内独自のマニュアルを作成するなどの対策が求められます。
環境の整備においては、従業員の意見を大いに活かすべきです。定期的にアンケート調査をおこなうなどして、本当に従業員にとって働きやすい環境・制度ことを確認し、改善をおこなうことが大切です。
5-4. 社員の意識改革
ダイバーシティ&インクルージョンを推進する上で大きな課題となるのが従業員の意識改革です。多様性を受け入れ、お互いを尊重し合いながら成果を出すことは簡単なことではありません。
企業として一体感のある組織風土をつくるには、多様性を受け入れる側の意識改革が必要となります。特に重要なのが、マネジメント層の意識改革です。
制度や環境を整えても、マネジメント層の意識が低いままであれば新たな変化を生み出すことはできないでしょう。さまざまな事情を持つ人材に対応できるマネジメントスキルを備えた管理職を育成することで、ダイバーシティ&インクルージョンの成功が近づくはずです。
5-5. コミュニケーションの促進
ダイバーシティ&インクルージョンを実現するには、これまで以上に従業員同士のコミュニケーションが必要となります。たとえ少数派の意見であっても、言いやすく拾いやすい仕組みを作ることでコミュニケーションを活発にすることが可能です。
また、情報共有の方法も見直してみましょう。多様な意見を多くの人が受け入れる環境を作ることで新たな視点・議論が生まれ、多様性を活かした業務遂行が可能となります。
このような取り組みを進めることは、全社員に対してダイバーシティ&インクルージョンを定着させることにもつながっていくでしょう。
6. ダイバーシティ&インクルージョンの問題点
次に、ダイバーシティ&インクルージョンの問題点を紹介します。
6-1. ダイバーシティ&インクルージョンを妨げる2つの要因
先程も解説しましたが、ダイバーシティ&インクルージョンを進める上で大きな課題となるのが従業員の意識改革です。役職や雇用形態に関係なく、全従業員に統一した意識を持たせることは非常に困難でしょう。
ダイバーシティ&インクルージョンに対する意識改革を妨げるのには2つの要因があります。1つは、「多様性を受け入れる意識が希薄」なことです。
従来の日本の多くの企業は、個別性を尊重する考えや仕組みがありませんでした。また、労働力という面では男性の正規雇用社員が最重要視され、女性は重要な任務を与えられる機会が少なく才能を十分に発揮できない環境でした。
このような体質はすぐに変えることができません。実際に、ダイバーシティ&インクルージョンの重要性を認識しつつも、これまでの雇用システムを変えるのに苦慮する企業も少なくありません。その結果、成長戦略としての優先順位が下がり、ダイバーシティ&インクルージョンが推進されない状況に陥っているのです。
2つ目は、「無意識な偏見」があるためです。これまでの経験や情報により、無自覚に固定観念や先入観が入り込み、多様性を受け入れられない状態をいいます。
例えば、「管理職は男性が務めるべき」「短時間勤務者は家庭を優先し仕事への意識が低い」といった思い込みです。「男女平等」「家庭の事情と仕事意欲は関係ない」と頭では理解しているものの、無意識のうちに選別してしまうのです。
この考え方は誰もが持っているもので、本人が自覚すること事態難しいのが課題です。そのため、ダイバーシティ&インクルージョンを推進するには、このような考え方があることに気づかせ、繰り返し説くことで徐々に改善していくことが必要となります。
6-2. 数値主義に陥ってしまう
ダイバーシティが浸透しているかを確認する際、女性管理職の人数など「数値」で測りやすいです。
それに対し、インクルージョンは数値化しにくいため、数値以外の部分で職場環境を把握することが必要です。職場環境を把握するには定期的に調査をおこなうことが必要です。
短期間で従業員満足度を測ることができるパルスサーベイなどが有効です。
7. ダイバーシティ&インクルージョンへの取り組み方のポイント
インクルージョンを導入する際の注意点を説明します。
7-1. 経営陣によるメッセージの発信
ダイバーシティ&インクルージョンを進める際は、経営トップが自ら従業員に対してダイバーシティ&インクルージョンに取り組むことをメッセージとして伝えることが大切です。社内外に対して企業のビジョンや目標を示すことで従業員の意識を変えるきっかけとなります。
また、どのくらいの期間をかけてどのように進めていくのか、経営戦略との整合性がある中長期的な目標を設定し具体的に示すことも必要です。
7-2. 誰もが発言しやすい環境作り
様々な意見を反映させるには年齢・性別・人種関係ない環境づくりが必要です。発言がしづらい状況だとどれだけ多様な人材がいたとしても意味がありません。
それぞれの人材が会社に必要だという意識を社内に浸透させる必要があります。
7-3. 新しい制度や環境作り
新しい制度や環境を作らなければインクルージョンを進めることができません。多種多様なバックグラウンドを持つ人材を同じ基準で評価することはできないからです。
例えば、通勤するのが難しい人のためにリモートワークを可能にしたり、育児で忙しい方のために短時間勤務制度を導入したり、、新しく制度を導入することが必要になります。
7-4. 人事評価の項目に加える
ダイバーシティ&インクルージョンに関する項目を人事評価項目に設定するのも有効です。多様性を受け入れるような考え方・行動を項目に加え、従業員の意識改革に取り組む企業もあります。
7-5. セミナーや研修の実施
ダイバーシティ&インクルージョンを認識するためには社員教育が必須です。そもそもダイバーシティ&インクルージョンとは何か、なぜ重要なのかから始まり、実現することで得られるメリットや意識改革への取り組みなどを段階的に伝えます。
大まかな研修のプロセスは以下の通りです。
- ダイバーシティ&インクルージョンへの理解:基本概念や企業における意義・必要性を知る
- メリット・デメリット:多様性の受け入れがもたらすポジティブ・ネガティブな影響について理解する
- 自己認識を上げる方法を習得:無意識の偏見やバイアスに気付くためのトレーニングをおこない、意識を変える
- 偏見の克服:ダイバーシティを受け入れ、インクルージョンの環境を育む方法を検討する
- 具体的な計画の立案:現実的なダイバーシティ&インクルージョン推進計画を作成・共有・実践する
8. ダイバーシティ&インクルージョンに取り組む前に知っておくべき制度・法律
ダイバーシティ&インクルージョンに取り組む前に、関連する制度・法律について理解しておきましょう。関連する制度・法律の一例は以下の通りです。
制度・法律 | 概要や目的 |
くるみん | 女性労働者が仕事と子育てを両立しやすい環境を整える重要性が高まったことから導入された制度 |
女性活躍推進法 | 働きたいと願う女性が自由に活躍できる社会を実現するために制定された法律 |
障害者雇用促進法 | 障害者の職業の安定を図ることを目的とした法律 |
高年齢者雇用安定法 | 働く意欲がある誰もが年齢に関わりなくその能力を十分に発揮できるよう、高年齢者が活躍できる環境整備を図るための法律 |
次世代育成支援対策推進法 | 時代の社会を担う子どもが健やかに生まれ、かつ、育成される社会を形成することを実現するための法律 |
9. ダイバーシティ&インクルージョンに取り組む企業の成功事例
野村證券では、リーマン・ブラザーズの欧州・アジア部門のビジネスを継承したことをきっかけに、多様な背景を持つ従業員が働くことになりました。ダイバーシティ&インクルージョンの実現に向け、以下の3つの施策を実施しています。
- 制度の整備:倫理規定を改定し、「人権の尊重」の項目に人種や国籍、宗教、障がいの有無に加えて、LGBTについても明文化
- 社員ネットワーク活動:リーマン・ブラザーズの取り組みを引き継ぎ、部門を超えて従業員同士が交流する機会を設定
- 研修の実施:新入社員や管理職は必須参加で、身近な課題として浸透するよう意識付けをおこなう
これらの施策の結果、ダイバーシティという言葉の意味を「理解している」「やや理解している」と答えた割合が92%にものぼりました。また、LGBTへの取り組みに対してもポジティブな回答が約9割を占め、これまでの取り組みがしっかりと成果に表れています。
10. ダイバーシティ&インクルージョンを推進して企業の飛躍を!
この記事ではダイバーシティ&インクルージョンについて説明しました。ダイバーシティとインクルージョンは混同されがちな言葉ですが、それぞれが関連し切り離せない関係であることがおわかりいただけたのではないでしょうか。
ダイバーシティ&インクルージョンを進めるためには多様性を受け入れ、その上で「新しい制度の導入」や「多様性を認める風土づくり」などが必要です。新しい制度や風土作り、多様な人材が受け入れられるかどうかなど実現にはかなりの時間がかかるでしょう。
しかし、イバーシティ&インクルージョンを進めることは働きやすい環境づくりにつながります。労働者不足などの課題を克服して企業のさらなる躍進を実現するために、イバーシティ&インクルージョンに取り組んでみてはいかがでしょうか。