「欧米で取り入れられた施策が、数年後に日本に上陸する」と言われるなど、HRに関する取り組みを考えている方の中には海外のHRに関する動向が気になっている方も多いのではないでしょうか。
しかし、昨今の社会情勢による影響などで海外に直接行く機会は激減し、欧米で進んでいる現地のリアルなHR施策やHRトレンド、注目HR Techツールなどの情報を得る機会は減っているように感じています。
本記事では、2022年8月23日・24日に開催したHR NOTE CONFERENCE2022より、
- 35 CoCreation合同会社の桜庭氏
- 株式会社WHOMの早瀬氏
- ハイマネージャー株式会社の森氏
- PwCコンサルティング合同会社の土橋氏(モデレーター)
が登壇したSession2-Eの内容をご紹介いたします。
今欧米の人事は何に注目しているのか、どのような施策を実施し、どんなツールを活用しているのかなど、欧米のHR事情に詳しい方々のパネルディスカッションを通してご紹介します。
桜庭 理奈|35 CoCreation合同会社 代表 CEO
外資系金融企業での営業・企画推進を経て、人事へキャリアチェンジ。複数の外資系企業において、多国籍な職場環境で戦略的な人事を担当。2017 年より外資系医療機器メーカーであるGEヘルスケア・ジャパン株式会社の人事本部長、2019年から同社執行役員を務めた。2020年に35 CoCreation合同会社を設立。経営・組織・リーダーシップ開発コーチング、講演活動を通して、多様なステージにある企業や経営者を支援している。国際コーチング連盟認定コーチ。Leadership Circle Profile認定プラクティショナー。Hogan assessment認定プラクティショナー。愛知県出身。
早瀬 恭|株式会社WHOM 代表取締役CEO
株式会社ジェイエイシーリクルートメントに新卒入社。 関西・東京本社勤務を経て、2014年に同社インド法人立ち上げのため代表取締役社長に就任。 その後2017年シンガポール法人の代表、インドネシア法人取締役兼務を経て、2019年リンクトイン・ジャパンへ事業部長として参画。 2020年10月株式会社WHOMを創業、各企業の人事代行・採用支援業を展開。JETRO高度外国人人材スペシャリスト。
森 謙吾|ハイマネージャー株式会社 代表取締役CEO
慶應義塾大学法学部を卒業後、PwCコンサルティング合同会社に入社。人事コンサルティング領域に従事し、製造・小売・通信・金融等の大手企業に対して、人材マネジメント戦略策定および人事制度構築、役員報酬設計、残業削減・退職率低下、などのプロジェクト実績を有する。現在はハイマネージャー株式会社を創業し、組織のエンゲージメントや生産性向上を支援する、パフォーマンス・マネジメントサービス「HiManager」の提供およびマネジメント・人事制度設計に関するコンサルティングを行っている。一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 研究員。
土橋 隼人|PwCコンサルティング合同会社 組織人事・チェンジマネジメント ディレクター
15年以上にわたり組織・人事領域のコンサルティングに従事。人事制度改革、M&A・組織再編に伴う制度統合支援、コーポレートガバナンス体制構築、組織文化変革支援、働き方改革、ピープルアナリティクスなど組織・人事に関する幅広い領域を支援。エンプロイーエクスペリエンスおよびサステナビリティ経営×人事の日本における責任者。ピープルアナリティクス、HRテクノロジー活用、エンプロイーエクスペリエンスなどに関する執筆・登壇多数。非営利活動法人日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事。一般社団法人 ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会研究員。
目次
1. 登壇者自己紹介
本日モデレーターを務める土橋です。
PwCコンサルティング合同会社にて、組織人事領域のコンサルティングを担当しています。社外ではNPO法人 日本人材マネジメント協会の理事も務めています。
本セッションでは、欧米事情に詳しい三方にご登壇いただき、欧米の人事が注目していることや取り組んでいる施策、取り組みの背景について議論したいと思います。
35 CoCreation合同会社でコーチングサービスを提供している桜庭です。
現職ではコーチングという対話を通して、対峙する皆さまの課題解決や目標達成の支援をおこなっています。
過去に約17年間、さまざまなグローバル環境で働いてきた経験を活かすべく、本セッションに参加させていただきました。本日はよろしくお願いします。
株式会社WHOMの早瀬です。
新卒で人材紹介会社に入社した後、インドの法人立ち上げに携わり、海外勤務を経験しました。
現在私が代表を務める株式会社WHOMの立ち上げ直前は、リンクトイン・ジャパン株式会社にも在籍していたので、米国のシリコンバレー事情などもお話できるかと思います。
新卒でPwCコンサルティングに人事コンサルティングとして入社し、現在はピープルマネジメント・プラットフォームのサービスを提供するハイマネージャー株式会社を運営しています。
HRテックのリサーチや導入支援をしてきた経験や、サービス提供者として海外現地の情報収集をおこなってきた知見をもとに、お話したいと思います。よろしくお願いします。
2. 【欧米HRのイマ】コロナ以降における欧米のHRトレンドとは?
コロナ禍でワークスタイル・ワークプレイスはどうなったか
新型コロナウイルスが流行して2年ほど経ち、普通に働くことが未だに難しいなかで注目しているHRトレンドとは何か、順に伺っていきたいと思います。
特に、「ワークスタイル・ワークプレイス」「ウェルビーイング」「心理的安全性」といったキーワードを絡めながら、皆さんの意見を教えていただけますでしょうか。
「社員が生きることを、企業が真剣に考えていかなくてはならない」という発想は斬新ですよね。
私が新卒の頃は、「仕事に感情を持ちこむのはプロフェッショナルではない」「人前で泣くな」とよく言われたものです。
しかし昨今、メンタルヘルスの言葉が注目されるようになったのは、大きな一つのトレンドだと考えます。
コロナ禍では、自分の意思とは関係なく半ば強制的にリモートワークに移行したため、プライベートと仕事がごちゃ混ぜになり、混乱が起きていましたね。私自身もここ数年、精神的に危ういと感じた時期がありました。
新型コロナウイルスの流行から少し時間が経った今、ようやく落ち着いて「これからどうやって働いていこう」と各社考えているタイミングだと思います。なお、私のクライアントでは出社型に戻した企業が増えています。
こうした状況下で、「こういう場面は出社がいい」「こんな仕事をするときはリモートワークの方がいい」など、意図をもってワークスタイルを使い分けをしていく動きが出てきていると感じます。
「オフィスに出社しないとできない仕事は何だろう、出社することの目的は何だろう」という議論は最近増えてきましたね。
「どこで働くべきか」という問いに対する正解はまだ出ていません。しかし間違いなく、働き方は多様化しています。
多様化のなかで注目されているのは、海外の人材を含めたチームづくりです。
以前は、どうしても他国との社会保障制度の違いが壁になっていましたが、近年は海外人材の社会保障をサポートするツールも出てきています。
働く場所の制約がなくなったおかげで優秀な人材を確保できるようになった、という話は増えていますよね。
特にエンジニア採用は、需要に対して供給が圧倒的に追い付いていません。海外に目を向ければ一気にタレントプールが広がると期待できます。
グローバルカンパニーにおいてリモートワーク環境はコロナ前からごく当たり前だったと思うのですが、コロナ後の働き方に何か変化はあったのでしょうか。
率直な意見としては、あまり違和感はありません。もともとリモートワークに慣れていましたから。
私も外資系企業だったこともあり、自分の上司が隣に座っていないという状況を15年ほど経験していたので、そこまで違和感はありません。ただ、私たちのようにリモートワークに慣れていない方もたくさんいらっしゃいます。
「今までは同じオフィスにいて阿吽の呼吸で働いていたのに、コロナのせいで社員の様子が分からなくなった」という葛藤を抱えている方も多いと思いますが、その葛藤は必ず終わると伝えたいです。
ちなみに、海外のIT企業では今、ワークスタイルはどんな状況なのでしょうか?
同じIT企業でもスタンスが違うようです。アップルは週3出社に戻すと言って社内から反発がありましたし、フルリモートを貫いている企業もあります。何を大切にするかによって、リモートワークを続けるかどうかは異なるのでしょう。
ウェルビーイング・メンタルケアのトレンド|欧米型のウェルビーイングの向き合い方とは
先ほど、桜庭さんが「メンタルの危機を感じた」とおっしゃっていましたが、ウェルビーイングやメンタルケアの領域で注目されているトレンドはありますか。
やはり「心理的安全性」というキーワードは非常に注目されていると思います。心理的安全性とは、端的にいえば「私もうだめです」と言えるかどうかということだと考えています。
忖度して声を上げられなければ生産性も落ちますし、社員が倒れたり離職したりしたときのインパクトは計り知れません。「健康でない状態で、どうやって働くの?」ということです。
ただのバズワードとして健康経営やウェルビーイング経営に目を向けるのではなく、人が組織を支えていることを理解した上で、心身を最大限に良い状態にする必要があります。
そして、人々のウェルビーイングの実現は、会社の成長に直結するという考え方が普及してきていると感じます。
社員のケアが大事というより、それが事業成長につながるという視点が重要だ、という考えですね。
海外を見ていると、日本とはウェルビーイングの捉え方が少し違うと感じます。
日本では、トップダウンで「会社が社員に何かをしてあげる」というスタンスで語られがちですが、欧米は「社員に余白を与えてボトムアップでウェルビーイングを促す」という姿勢です。
たとえばリンクトインでは、月に1度「In Day」といって、社員が自由に過ごせる日を設けています。
In Dayには、「社会貢献の日」「家族貢献の日」などテーマが決められていて、テーマに沿って個人で取り組みをしたり、チームで集まって動いたりします。余白を与えつつ自分から取り組むよう促すのが、欧米企業は上手だなと思います。
ちなみに、「In Day」の1日の動きは人事やマネジメントが管理するのですか?
全く管理しません。それぞれがSNSで発信することはありますが、基本的に本人に任せています。
ダイバーシティや家族貢献といった決められたテーマに対して真剣に考えて、自主性を持ち、ウェルビーイングに取り組めていたと思います。
今の話を聞いて、日本企業の人事から「社員を甘やかすのはどうなの」という意見が出るのでは、と感じました。自由を与えてマネジメントが成立するのかという疑問ですよね。その点についてどう考えますか?
性悪説、性善説の視点もありますが、私はピラミッドの下にいるスタッフ層が生産性高く働いていけるかどうかが重要だと考えています。
早瀬さんの話を聞いていて、「自律する社員がほしい」と、各社から声が上がるだろうなと思いました。
ボトムアップや自律に関するジレンマを抱えたままでは社員もかわいそうですよね。また、ある新規事業では自律性を発揮してと言われるのに、出社時間やランチの時間を管理しすぎると一貫性がなくなります。
自律した生き方ができる人を育てるのが、新しい人材開発には必要です。
社員をケアする施策と、パフォーマンスマネジメントの両輪が重要ということですね。
日本では、パフォーマンスに関する対話を重要視するマインドやスキルが、まだ成熟していないと思います。
日本の教育では、いいところも悪いところも含めて本音で話す度量がなかなか育っていきません。
パフォーマンスマネジメントをはき違えると「正か誤か」「0か100か」となってしまいますが、結果ではなくナラティブストーリーを重視する企業が成功していると思います。
3. 欧米注目のHRTechベンダーやHRツールはどのようなものがある?
2つ目のテーマですが、HRテックに詳しい森さんから伺いたいと思います。
リモートワークでのメンタルケアやマネジメントという話題がありましたが、海外ではとくに、パフォーマンスマネジメントの領域が伸びてきています。
たとえば、Lattice(ラティス)という会社はコロナ前と比較すると導入数が3倍ほど成長しています。
また、BetterUp(ベターアップ)という対話の質を高めていくオンラインコーチングのサービスもバリュエーションが4.9ビリオン(日本円で約6500億円)となっていて、勢いがあります。
ベターアップはコーチングのアセスメントやコーチ選びにAI技術を取り入れているのが特徴です。
加えて、Torch(トーチ)というオンラインコーチングのサービスも伸びています。
次に、Microsoft Viva Goals(ビバゴールズ)。マイクロソフトのサービスは今、グローバル人材の雇用を後押ししていると感じます。
マイクロソフトのように、もともと全世界で使われているサービスが人々の共通基盤として成り立っていけば、グローバル人材の活用にもつながると考えます。
マイクロソフトがエンプロイーエクスペリエンス に本格的に参入してきて、どんどんプロダクトのアップデートをしているのが印象的ですよね。
マイクロソフトはオールインワン・プラットフォーム型でサービス提供しているので、エンタープライズ領域の企業には相性がいいと思います。
森さん、早瀬さんに質問です。数年前はオールインワン・プラットフォームよりも、各領域に尖ったサービス(マイクロサービス)を選んで組み合わせていくのがトレンドだったと思います。この流れが最近変わっているのはなぜだと思いますか。
市場が成熟してきたためではないでしょうか。スタートアップが新規参入する際は「尖り」が重要ですが、市場が成熟していくなかで自然と統合されるのかと。
また、リモートワークにおいては、幅広く使えるツールが欲されているのも要因でしょう。汎用的に使える1つのサービスが欲しいというニーズがあるのだと思います。
SaaSは導入しやすいので、個別最適が起きていきます。
一方で、人事課題は個別ではなく全体で解決しなくてはならないテーマが多いので、オールインワン型が求められているのかもしれませんね。
重ねての質問ですが、HRテックのツールをどのようなスタンスで選べばいいと思いますか?
業界の商流の長さに合わせて選ぶのはどうでしょうか。医療、保険、製造業といったロングスパンの商流のビジネスは、なるべくワンストップサービスを導入した方がいいですし、一方、短いスパンで変化に対応していくビジネスならば、その都度使い勝手のいいものを導入していくと良いでしょう。
そもそも、業界によってHRテックのトレンドに非常に明るい方と、そうでない方の差が大きいと思います。それがいいか悪いかの話でもありませんが、社員の生産性を上げていくならば、人事こそHRテックの最先端を知っておくべきですよね。
森さんが注目する欧米のHRツール
日本のトレンドでWeb3やメタバースもよく取り上げられますが、VR関連も盛り上がっているようです。
たとえば、こちらのStrivrという会社は、教育や研修に用いるVRプログラムを開発していて、VR事業で35億円を調達しています。
私も、数年前にラスベガスでおこなわれているHRテックカンファレンスでVRの研修サービスを見たことがあります。当時は聴衆の反応もそれほど盛り上がっていなかった印象ですが、コロナ禍の時代では、VRを活用して在宅でトレーニングできたり、オフィスにいるのと同じようなリアリティを持てたりするのはメリットですよね。
最後にご紹介するのは、gloot(グロート)というインターナルモビリティ(人事異動制度)サービスです。
アメリカではインフレやグレート・レジグネーション(大量離職)が起きており、社員の離職を防ぐためにリスキリングを支援する流れが活発です。
グロートでは、たとえばプロジェクトマネジメントの経験者がセールス職に異動するためのリスキリング支援ができるようです。
大きなジョブチェンジは会社も抵抗があると思いますが、一番大切なメッセージは「機会がそこにある」という点です。機会が閉ざされると、スキルアップもキャリアアップも望めませんからね。
そのスキルアップとポジションがきちんと紐づいた形で設計されているのか気になります。
グロート自体はモビリティサービスなので、それを埋めていくラーニングは企業が提供しているようです。たとえば、自分に近しいキャリアパスを示すツールを用意するなどです。
おもしろいですね。リスキリングした結果、どういうキャリアにたどり着くのか。行く先を見せてくれるプラットフォーマーも増えていますよね。
ジョブ型の人材マネジメントにおいては同じ職種の中でキャリアアップすることがメインだと思うので、インターナルモビリティの議論は興味深く見ています。
4. 海外と日本におけるHR部門の違いとは何か?
最後のテーマは、海外と日本の人事部門の違いについてです。
日本の人事部門では、ダイバーシティ&インクルージョン、フィードバック、心理的安全性というバズワードに対して取り組むものの具体的なサポートができていないため、中間管理職にしわ寄せがいっていると感じます。これは海外との違いです。
海外や上手くいっている会社では、HRBPやラーニング型ディベロップメントなど、「誰が何をどうやってサポートするか」を定義づけたチームが多いと思います。
とはいえ、経営者やシニアリーダーが、どれだけ人事に期待をするのかを言語化していないと難しいと思います。HRBPや戦略人事のような人材を入れても、経営が「人事は管理する仕事だ」とプッシュバックすれば意味がありません。
経営、人事、指揮を出すポジションの人材が三位一体となり、人事からオペレーショナルな仕事を切り離すことが重要です。あなたはHRとして何ができるかと問いかけ、人事のリスキリングをおこなうことを強くおすすめします。
5. 視聴者へのメッセージ
今回は、海外と日本のHRの違いという話題が上がりましたが、日本の人事はテクノロジーを知る機会をぜひ増やしてほしいと思っています。
私が参加した2018年の海外でのHRカンファレンスには、現場で活躍する人事の方がほとんど来ていませんでした。先進的なHRテックサービスは何か、人事担当者自らが率先して知ることが大事だと思います。
人材開発や組織風土を変えるため、HRの領域においてコーチングが必要不可欠な時代になりました。
私たち、35 CoCreation(サンゴ コ・クリエーション)では、バイリンガルのコーチも在籍しているので、ぜひご活用いただけますと幸いです。
昨今のHRは求められることが多くなってきたと思います。良い意味で、人事の仕事は応用しがいのある面白い領域になってきたと感じています。
決して欧米が正しくて、日本の旧来のやり方が間違っているわけではありません。それぞれの企業文化を理解した上で、適切なやり方を見出して、より良い会社づくりに挑戦していきましょう。